牢にいる間の生活は最悪だった。
私には魔女である疑いがかかっていて、危険であると足を鎖に繋がれた。
小太りに無精髭の看守が私が全く食事に手をつけていないのを指摘する。
「また、食事をとってないのか⋯⋯」
「お腹が空いてないので⋯⋯」お腹なんか空くわけがない。
モリアが現れてから、信じられないことばかりで食事が喉を通りづらくなっていた。「にしても、良い女だな」
急に私の唇を指でなぞってきた看守にゾッとする。 このような無礼をはたらかれていると言うことは、私は地位を失う可能性が高い。「おやめ下さい! 無礼ですよ⋯⋯」
私は言葉が続かなかった。
看守が突然私を押し倒してきたのだ。「や、やめて!」
私が叫んだ瞬間、看守が火だるまになり転がった。 牢からの焦げ臭い匂いに、騎士たちが押し寄せる。「魔女だ!」
私は、やってきた騎士に地面に押し付けられた。 (本当になんでこんなことに⋯⋯)私の管理はより厳重になり、鎖に繋がれた上に目隠しをさせられた。
何日経ったかもわからないある日訪れたのは私の父だった。「なんて様だ。お前が魔女の血を引いているという事はお前は私の子ではない⋯⋯リリアはとんでもない不貞を働いていたんだな」
「待ってください。お父様! 私は魔女ではありませんし、お母様も不貞を働くような方ではありません」母は人目を引く派手な見た目とは裏腹に真面目な女性だ。
不貞を働いた上に、托卵するような人ではない。万が一、私が父の子ではないとしても、母がすすんで他の男と関係を持ったとは考え難い。
お父様が、母が告白できないような恐ろしい目に遭って私を孕った可能性を少しも見出してないのが悲しい。「ルカ! お前も王太子殿下がいながら、多数の男と内通していたそうじゃないか。血は争えんな。お前のような女は極刑で良いと陛下にもお伝えしたよ」
私は急に父より怒鳴りつけられて驚いてしまった。
「私は殿下以外の男性とは、ほとんど会話さえした事がありません」
私の返した言葉に返事はなかった。 足音が遠ざかっていくのが聞こえて、私は父が私の弁明を聞く気がなく去ったのだと悟った。 (どうして出鱈目な情報ばかりが出回っているの? それに極刑って)何日か経った時、私は目隠しをされたまま髪を切られているのが分かった。
おそらく王族の命を狙ったことで斬首刑との判決がくだったのだろう。後ろ手に拘束されながら、私は促されるままに重たい足を持ち上げた。
この状況を打破する手段など思いつかない程、私は疲弊し絶望していた。外に出たのだろう、目隠し越しに眩しい光を感じる。
多くの怒号や私を非難する声がするが、何も気にならない。 ただ、この地獄の終わりを待っていた。「きゃっ!」
階段があったのか、思わず転んでしまった。 その拍子に目隠しが取れる。目を開いて最初に会ったのは、私の愛したクリスがモリアを愛でてる姿だった。
(元婚約者が処刑される席で、よくもイチャイチャと⋯⋯)死んでいた私の心に、一気に怒りの炎がともる。
その瞬間、私の周りが私を守るように炎で包まれた。「魔女だー!」
私に向かって何か投げられた気がするが、一瞬にして消えていく。見たこともないような黒い炎だ。
(前は赤い炎だったのに何で?)「そこまでにしましょうか。ルカリエ様」
その時、落ち着いた低い声がしたかと思うと私の発した炎は消えていった。炎の壁の先にいたのは、私の未来の夫となる麗しい黒髪と黒い瞳を持つレオナルド・マサスだった。
寝室に乗り込んできた、クリスはすぐに捕縛され連れて行かれた。「レオ! クリスをどうするつもり?」 「ここは、マサス王国だ。マサス王国の法が適用される。王妃の寝室に入ってくるなどもっての他だろう。しばらく牢に閉じ込めたら、国に強制送還するよ」 牢とは言っても他国の王族だから、貴賓室のようなところだろう。 クリスは裕福な国で生まれながらの王太子として育てられたから、本当に私が入れられたような牢屋に入ったら卒倒しそうだ。 私の銀髪をいじりながら、レオは余裕の表情を見せてきた。 彼の恋する瞳を見ていたら、昨日まではなかった不安がどっと押し寄せてきた。 クリスも同じような瞳を私に向けてきたのに、突然私に覚めたようになりモリアに夢中になった。 今朝現れたクリスは、モリアが現れる前の彼のように私を愛しむような瞳を向けてきた。 もう、何が本当かわからなくなる。 人の移りやすい気持ちなど何の保証もない。「強制送還は死罪と変わらないかもね。よく、ここまで来たものだわ」 この時期の凍てつくマサス王国に、海を渡って来るだけでも危険だ。春が来る前に強制送還となったら、スグラ王国に到着する前に船が座礁する可能性が高い。「他の男のことなど考えないで⋯⋯俺に集中して」 レオがまた私を押し倒して口づけをしてくる。 彼が私に夢中な姿を見せてくる程、私は彼の隣なら安心だとこの1年は思えていた。しかし、極端な心変わりを見せて私を苦しめたクリスと再会した後は、寵愛だけ頼りにした安寧な日々に恐れを感じている。「レオは私のどこがそんなに好きなの?」 私は手を伸ばして、彼の髪を掬いながら尋ねた。「光輝くルビーのような瞳に、その月の光を閉じ込めたような銀髪。君よりも美しい女性はこの世に存在しないよ」 レオは私が1番欲しくなかった回答をした。 要するに外見が好きだと言うことだ。 外見など時が経つほどに変化する。 それに、私は醜い自分を見たことがある。 クリスに足蹴に
敗戦国であるマサス王国は、植物も育たない凍てつく孤島を残し全ての領土を奪われた。 それは俺、レオナルド・マサスが生まれる30年も前の話だ。 それからずっと、マサス王国は大陸から離れていることを逆手に取り魔法の研究を進めていた。 世界的には失われたとされる魔法の力を我が国は手に入れることに成功していた。 魔女の一族を捉え、その血を採取し研究を重ねた。 やがて、魔法の力を得る薬の開発に成功した。 他国に露見せぬよう地下に魔法学校を建設し、魔法の力を得た者をそこで教育した。 彼らは大陸侵略の際には魔法学校の生徒から、マサス王国の兵隊になる予定だ。「早く飲め! モリア!」 「あの⋯⋯でも、人によっては飲んだら呼吸困難で死を招くと⋯⋯」 「俺の為に力を得たくないのか? 役に立ちたいと言っていただろう」 「レオナルド様の力を分けて頂きたく⋯⋯」 モリアは図々しい願いを申し出てきた。 己の力を分け与えられる人間は生涯1人だ。 俺は炎の能力を持っていて、その能力を分け与える相手を既に決めている。 魔法の力が得られる薬はリスクが高かった。 この薬を飲んだところで力を得られるのは10人に1人だ。 その他の者は呼吸困難を起こして死んでしまう。 俺にとってモリアは駒でしかないので、役に立たないならいらない存在だ。「俺のことが好きなのか⋯⋯」 「身の程もわきまえない想いとは分かっております」 モリアが空色の瞳を潤ませながら縋ってくる。 彼女はこれで俺の心が動かせるとでも思っているのだろうか。 残念ながら10年以上前から俺の心は、ルカリエに囚われている。 ルカリエは覚えてもいないかもしれないが、10年以上前俺を絶望の淵から救ってくれた女神が彼女だった。 だから、モリアがいくら俺を欲しても俺の気持ちは揺るがない。 ただ、利用できるものとして俺にとってモリアは存在していた。「じゃあ、飲めるよな⋯⋯」
牢にいる間の生活は最悪だった。私には魔女である疑いがかかっていて、危険であると足を鎖に繋がれた。小太りに無精髭の看守が私が全く食事に手をつけていないのを指摘する。「また、食事をとってないのか⋯⋯」「お腹が空いてないので⋯⋯」お腹なんか空くわけがない。モリアが現れてから、信じられないことばかりで食事が喉を通りづらくなっていた。「にしても、良い女だな」急に私の唇を指でなぞってきた看守にゾッとする。このような無礼をはたらかれていると言うことは、私は地位を失う可能性が高い。「おやめ下さい! 無礼ですよ⋯⋯」私は言葉が続かなかった。看守が突然私を押し倒してきたのだ。「や、やめて!」私が叫んだ瞬間、看守が火だるまになり転がった。牢からの焦げ臭い匂いに、騎士たちが押し寄せる。「魔女だ!」私は、やってきた騎士に地面に押し付けられた。(本当になんでこんなことに⋯⋯)私の管理はより厳重になり、鎖に繋がれた上に目隠しをさせられた。何日経ったかもわからないある日訪れたのは私の父だった。「なんて様だ。お前が魔女の血を引いているという事はお前は私の子ではない⋯⋯リリアはとんでもない不貞を働いていたんだな」「待ってください。お父様! 私は魔女ではありませんし、お母様も不貞を働くような方ではありません」母は人目を引く派手な見た目とは裏腹に真面目な女性だ。不貞を働いた上に、托卵するような人ではない。万が一、私が父の子ではないとしても、母がすすんで他の男と関係を持ったとは考え難い。お父様が、母が告白できないような恐ろしい目に遭って私を孕った可能性を少しも見出してないのが悲しい。「ルカ! お前も王太子殿下がいながら、多数の男と内通していたそうじゃないか。血は争えんな。お前のような女は極刑で良いと陛下にもお伝えしたよ」私は急に父より怒鳴りつけられて驚いてしまった。「私は殿下以外の男性とは、ほとんど会話さえした事がありません」私の返した言葉に返事はなかった。足音が遠ざかっていくのが聞こえて、私は父が私の弁明を聞く気がなく去ったのだと悟った。(どうして出鱈目な情報ばかりが出回っているの? それに極刑って)何日か経った時、私は目隠しをされたまま髪を切られているのが分かった。おそらく王族の命を狙ったことで斬首刑との判決がくだったのだろう。後ろ
「懐妊? ですって?」 驚きのニュースがスグラ王国を駆け巡った。クリスがモリアに夢中になって半年、モリアがクリスの子を孕ったという。 私は、クリスが正式な婚姻前にそのようなことをしたことが理解できなかった。私とクリスは10年以上連れ添っていたが、肉体関係はない。 朝食の席で父である、ミリアン・セリア侯爵が頭を抱えている。 彼はスープを掬うスプーンをゆっくりとテーブルに置くと、私に諭すように言ってきた。「ルカリエ⋯⋯王家からクリス王太子との婚約を破棄するようにとの打診が正式にあった⋯⋯」私は父の言葉に息を呑んだ。「どうして! 男の心1つ満足に掴めないの? もう、あなたは終わりよ!他国なら側妃になれたかもしれないけれど、スグラ国は一夫一妻制! 王太子の手垢のついたあなたはどこにも行けない⋯⋯うぅ⋯⋯」母が目の前の皿を突然投げて金切り声をあげたかと思えば、泣き出した。 私が何をしたというのだろう。 スグラ王国では王族の言うことは絶対だ。 だから、私の努力も私の立場も実はクリスの気持ち1つで失うものだった。「クリスは私に手垢1つ付けてないわよ⋯⋯」私たちが理想のカップルだと思っていたのは、思い上がりだったのだろうか。「そんな事は関係ないって分かっているわよね、ルカ⋯⋯」泣き声を押し殺しながら話してくる母の言う通りだ。 クリスが私に手を出してようと、出してなかろうと10年私たちが婚約していたのは周知の事実。 他から見れば私はクリスの立派なお古だ。「モリア・クーナ男爵令嬢が次期王太子妃だ。今日には花嫁修行に王宮入りするらしいぞ」父が諦めかけたような顔で私に告げてくる言葉は、私を絶望の縁に追いやった。 10年近く励んできた孤独な妃教育はなんだったのだろう。 結局、妃教育はおろか義務であるアカデミーの教育も受けていないモリアが次期王太子妃だ。 私はどうしても納得がいかなくて、王宮に出向いた。「クリス王太子殿下に会いに来ました」城壁を守る騎士に告げると彼らは私を嘲笑った。「セリア侯爵令嬢、美しいですね。クリス王太子殿下は本当に見る目がない。私ならあなたを受け入れられますよ」チャラそうな門番の1人が私の銀髪をすくって口付けをしながら私を口説いてきた。 まるで、娼婦を相手にするような態度に心が沸騰するのを感じた。 私はもう彼ら
1年前、モリア・クーナは突然現れた。 ピンク色のウェーブ髪に、澄んだ空色の瞳を持った女だ。アカデミーでも、お茶会でも私は彼女に出会したことがなかった。 彼女は、ほとんど平民と言って良いような貴族だった。そんな彼女が建国祭の舞踏会に現れた時は、周りはざわついた。 誰も見たこともない、噂も聞いたことがない少女だ。 貴族には義務と課せられているアカデミーの教育さえ受けていない。私は妃教育で王国の貴族令嬢については把握しているはずだった。しかし、彼女の名前を見たことはない。 彼女の存在を知って、慌て貴族名鑑を見たら彼女の名前が今現れたように存在した。 私とクリスはいつも2曲続けて踊るのに、その日は1曲終えると彼は彼女のもとにいった。「モリア・クーナ男爵令嬢。あなたと踊れる幸運を私にくれますか?」 王太子である彼が男爵令嬢でしかない彼女に愛を乞うように跪く様は異様だった。 周りの人間が私を憐れみの目で見つめてくる。 彼と彼女がダンスをしている間、私は自分が地獄の縁に追い込まれていくのを感じた。(どうして、私に恥をかかせるの?) 私が戸惑いながら2人を見つめていると、2人は会場の外へと消えていった。その後、2人が男女の関係になったと噂がたった。 私は一気に憧れの令嬢から、婚約者に捨てられた令嬢になった。 そのあとはクリスは私を避け続けた。 私は訳が分からず、王宮に出向いた。「お約束のない方のご来訪は、ご遠慮させて頂いております」私を次期王妃として扱っていた城壁を守る騎士さえも冷たくなっていた。私はここで自分の立場を初めて知った。 私は、王太子の婚約者で侯爵令嬢だったが、クリスの関心を失ったら誰も私を尊重しないのだ。「そう、それなら仕方ないわね⋯⋯」縋るのはプライドが許さない。私は馬車に乗り込み帰途につこうと思った。「アカデミーにも通えない貧乏人と、ルカリエ様になじられて⋯⋯」 私がふと聞こえた自分の名前に、横を見るとクリスとモリアが寄り添いながら歩いていた。 私とクリスは立場もあり、人前であまりくっついたりはしない。しかし、クリスはそんな制約も守れないくらい彼女に夢中に見えた。「私、そんなこと言ってないわ。今日、会うのも2回目よね。クーナ男爵令嬢⋯⋯」私の言葉はそれ以上、続かなかった。クリスが私の頬を思いっ
私の故郷では見られない雪が降っている。 キラキラ光る宝石のように見えるのは、空気が澄んでいるからだろう。 乾いた空気が本当に気持ちが良い。思わずバルコニーに出ると、私の愛しい人が追いかけて来た。「ルカリエ、そんな格好で外に出たら風邪をひく⋯⋯」 後ろから抱きしめてくるのは、今日私の夫になったレオナルド・マサスだ。 彼の温もりは私を包み込み、私も少しでも自分の温もりを返そうと身を捩った。 彼が私の銀髪の髪を愛おしそうに撫でてくれる。「もう、レオったら、そんなに早く私を自分のものにしたいの?」 私の質問に静かにレオはうなづいた。 彼の黒髪が夜風に他靡く。 彼の暗い、深淵を見つめるような瞳が好きだ。 (愛しい⋯⋯) 私はこれ程に自分を求めてくる男を前に、味わったことのない感情を抱いていた。私は1年前にスグラ国の王子に婚約破棄を言い渡されたばかりだ。 クリス・スグラとは心が通じ合っていると信じていた。 しかし、それは私の思い上がりだった。 彼はモリア・クーナ男爵令嬢が現れるなり、彼女に夢中になっていた。 彼は彼女の言葉を全て信じて、私との婚約を破棄した。 私は誰もが憧れる王子の婚約者から悪役令嬢に一瞬でなった。 覚えのない嫌がらせの冤罪までかけられて、私は遠い島国マサスに流された。 地位も名誉も失った私を救ったのがレオだ。 豪雪地帯でもあるマサス国は、今日も雪景色だ。 レオはマサス国の王でありながら、罪人とされる私を求めた。 私の名誉を回復させ、爵位を与え自分の婚約者とした。 その時、バルコニーから1隻の船が桟橋に接岸するのが見えた。 船の先頭にはスグラ国の王章が見える。 ブリザードの吹き荒れるこの時期のマサス王国に上陸するのは命懸けだ。 周囲を氷山で囲まれていて、船がいつ挫傷するとも分からない。 船から降りてきた、小さい影は私が10年以上も思い続けたけたクリスだった。 (結婚式にも呼んでないのに、何しに来たの?) 私が動揺していると、急にレオが私の耳をはんできた。「な、何するの?」 「君はもう僕のものだ⋯⋯」 寒さで凍え切った私の体はレオによって寝台に運ばれた。 ベッドに寝転がされて見上げた彼の顔は少なからず、焦っているように見える。 「レオ! スグラ国の船が⋯⋯!」