Partager

第52話

Auteur: るるね
last update Date de publication: 2026-04-23 23:18:22

 慎一から放たれる威圧と、こちらへ向けられた視線の重圧を必死に振り払うようにして、紗月は一度、深く息を吸い込んだ。

 キーボードに手を置き、視界に入る慎一の存在を意識から切り離すように、前列の社員たちへと視線を固定する。

 そして、パワーポイントのスライドを再生した。

 順序に従い、今回の案件についての説明を始める。

 手元に原稿はない。それでも、話すべき内容はすべて頭の中に叩き込まれていた。

 スライドが一枚ずつ切り替わるたびに、紗月は一定のリズムを崩すことなく、今回のデータ不備や不十分だった対応について説明し、自らの責任を引き受けていく。

その話しぶりは、驚くほどに的確で、そして落ち着いていた。

 謝罪を目的とした場であるにもかかわらず、残された時間を使い、紗月はこの企画の実現可能性と今後の展望についても丁寧に語っていった。

 この一週間、彼女はこの案件に関する資料を徹底的に読み込み、分析を重ねていた。

 会社から求められているのは、あくまで謝罪だけ。

 それでも、ようやく巡ってきた「まともな案件」に、気づけば、必要以上に踏み込んでしまっていた。

 もしかすると、無駄なことだった
Continuez à lire ce livre gratuitement
Scanner le code pour télécharger l'application
Chapitre verrouillé

Dernier chapitre

  • 愛し続けた彼を、私は手放すことにした   第121話

     休みが終わり、再び撮影現場へ出勤すると、紗月は由衣の周囲の空気がどこかおかしいことに気づいた。 これまでも由衣の機嫌がいいことはなかった。 だが今日は、紗月が現場に来た時から、由衣が何とも言えない視線でじっと彼女を観察していた。 その視線に、紗月はなんとなく背筋が寒くなる。 幸い、今日は由衣の撮影スケジュールがかなり詰まっていた。 ほとんどの時間をスタジオでの撮影に費やしており、紗月と顔を合わせる機会もあまりない。 それに、紗月は少しだけ安堵する。  今日は美咲から、セットの解体作業を手伝うよう指示されていたからだった。 本来であれば、この作業は専門の大道具会社の担当であり、解体スタッフの配置もすでに決まっていた。 そのため、紗月が来たところでかえって邪魔になるだけで、スタッフたちも困ったような顔をしていた。 結局、運搬などの簡単な作業だけを任されることになった。 それでも、美咲や由衣の傍にいるよりは、こちらの方がずっと居心地がよかった。 解体チームの雰囲気はとても良い。 四人しかいないからか、全員仲が良く、仕事中も笑い声が絶えない。 紗月が一人で黙々と作業をしていると、退屈しているのではないかと気を遣い、わざわざ会話に巻き込んでくれることもあった。 こんな職場の空気は、紗月にとってほとんど初めてのものだった。 朝倉サポートソリューションズでの日々は、毎日が息苦しく、張り詰めた空気の中で過ごすばかり。 由衣の傍も同じだった。 だからこそ、解体スタッフたちの楽しそうな会話を聞きながら、紗月も時折つられるように微笑み、小さな笑い声を漏らしていた。* 昼休み。 紗月は近くの椅子に腰を下ろし、ぼんやりと時間が過ぎるのを待っていた。 何気なく顔を上げた時、別の方向から由衣がこちらへ歩いてくるのが見えた。 迷いのない足取り。 その視線もずっと紗月へ向けられている。 明らかに、自分を目当てにしているのだと分かった。 紗月の前まで来ると、由衣はゆっくり顔を上げ、目の前にある解体途中の背景セットへ視線を向けた。 それは数日前の撮影で使われていたセットだった。 二階建てほどの高さがある、マンションのバルコニーを模したセット。 高層階のベランダを演出するために作られたものだ。 今は、もともと取り付けられていた透かし彫りの装

  • 愛し続けた彼を、私は手放すことにした   第120話

     不安な数日を過ごした後、紗月は休みの日に病院を訪れ、改めて検査を受けた。 そして結果を告げられた瞬間、彼女は全身から力が抜け、そのまま診察室の椅子へ崩れ落ちる。 そんな紗月の反応を見て、医師もすぐには言葉を続けなかった。 少し間を置き、言葉を選ぶようにしてから、穏やかな声で口を開いた。「現在は妊娠四週前後ですね。二週間後にもう一度来院していただいて、胎嚢の位置を確認しましょう。その後、今後の検査予定なども一緒に決めていきますが……朝倉さん、それでよろしいですか?」 紗月の思考は止まったままで、視線もずっと宙の一点を見つめたまま動かなかった。 医師の言葉は耳に入っていた。けれど、それを理解するまでには少し時間が必要だった。 しばらくしてからようやく、何を告げられたのかをゆっくり理解し始める。「あ……はい……」「では、今日のうちに次回の予約もできますが……」 医師は手元の予定表を確認しながら日付を口にした。 それでも紗月の反応が遅いからといって急かすことはなく、ただ辛抱強く返事を待ってくれる。 こうして突然妊娠を告げられ、頭が真っ白になってしまう患者は珍しくないのだろう。 医師の落ち着いた態度からは、そんな慣れた優しさが感じられた。 彼女は意識してゆっくりとした口調で話し、紗月から再び返事を聞くと、安心させるように穏やかな声で続けた。「朝倉さん、まだ赤ちゃんは小さいですから、どんな決断も遅くはありません。もし迷いや不安があるようでしたら、ご相談をお受けする専門の窓口もございますので、ご希望でしたら予約をお取りできます。また、必要であれば産科への紹介状をお作りすることもできますよ」「あ……」 一瞬、紗月の心が揺れた。 ぼんやりと医師を見つめた後、気づけば無意識のうちに小腹へ手を添え、少し迷うように首を横に振った。「いえ……大丈夫です。二週間後にまた来ます」 医師は頷き、ゆっくり立ち上がる紗月を見ながら、最後に一言付け加えた。「朝倉さん、できれば診察にはご主人も一緒に来られるといいですね。妊娠中の注意点は、ご家族にも知っておいていただいた方がいいですから」「……はい」 婦人科を出ると、外は気持ちがいいほどの晴天だった。 人で賑わう街の中に立ちながら、紗月は自分がどこへ向かえばいいのか分からなくなっていた。 足が重い。 

  • 愛し続けた彼を、私は手放すことにした   第119話

     飯野は普段から口が軽く、思ったことをそのまま口にするタイプだった。今の言葉も、ただ下品な冗談のつもりで口にしただけだ。 まさか紗月が一瞬で顔色を変えるとは思っていなかった。 目を大きく見開き、何かに怯えるような表情を浮かべる。 その反応はあまりにも異様で、飯野も思わず呆気に取られた。 さらに冗談を続けようとしていた口も止まる。「まさか……当たったの? 本当に妊娠してるとか? ちょっと待ってよ、怖いんだけど! 俺、妊婦とどうこうする趣味はないからね」「あ……違います……違う、そんな……」 紗月は慌てて否定しようとする。 あまりにも動揺していて、飯野の言葉がどれほど失礼かを考える余裕すらなかった。 ただ、胸の奥には奇妙な恐怖がじわじわと広がっていく。 ――もし、本当に当たっていたら。 こんなひどい生活の中で、もし本当に慎一との子供ができていたら……。 そう考えただけで、紗月の顔からさっと血の気が引いた。 あれほど自分を嫌っている慎一が、その子を歓迎してくれるはずがない。 気づけば、紗月の手は無意識のうちにお腹へ伸びていた。 まだ何の実感もない。 けれど、ここ数日は確かに疲れやすく、食欲もなかった。 ずっと仕事の疲れだと思っていた。 しかし今、この止まらない吐き気が、紗月に別の可能性を疑わせる。 そう考えた瞬間、顔色はみるみる失われ、頭の中は真っ白になった。 そんな紗月に、飯野が再び手を伸ばそうとしたことで、彼女はようやく我に返る。「すみません……」 小さくそう言い残すと、紗月は逃げるようにその場を後にした。 バッグを取りに戻る余裕すらなかった。 紗月はスマートフォンで検索し、一番近いドラッグストアへ向かうと、そのまま妊娠検査薬を購入した。 こういうものを買うのは初めてだった。 結婚してから夫婦生活はあったが、慎一は毎回きちんと避妊をしていて、その可能性を徹底的に排除していた。 ただ、最近の数回だけは確かに……。 検査薬の箱を握りしめながら、紗月はこれまでのことを思い返していた。 慎一でさえ余裕を失うほど激しかった時もあり、何度かは完全に避妊できていなかったこともあったのかもしれない。 その頃の紗月は、意識を失うほど疲れ切っていて、目を覚ました時にはいつも慎一がすべてを片付け終えていた。 だからこそ、これま

  • 愛し続けた彼を、私は手放すことにした   第118話

     由衣としても、紗月を傍に置いているだけで目障りだったのだろう。 だからこそ、こんなやり方で自ら諦めて身を引いてくれればいいと考えた。 それに、今日立花が紗月にオーディションの話を持ちかけたことを思い出すだけで、由衣の胸には苛立ちが込み上げてくる。 一刻も早く紗月を自分の前から消してしまいたかった。 視界に入らないだけで、どれほど気が楽になることか。 慎一がどういうつもりで紗月を自分の傍に置いたのか、由衣には分からなかった。 最初は、数日だけ自分のおもちゃ代わりにして遊ばせるつもりなのだと思っていた。 だが、どうやら由衣の思っていたような話ではなかったらしい。紗月は毎日律儀に現場へ顔を出し、慎一は一度として撮影所に姿を見せない。 由衣自身、もうこんな嫌がらせじみた遊びを続ける気力はなくなっていた。 紗月が嫌いなのは本当だが、慎一のいない場所でどれだけ紗月を虐めたところで、自分には何の得もない。 それどころか、毎日の撮影でようやく保っている機嫌まで悪くなる。 まったく割に合わなかった。 もちろん由衣は知らない。 もし選べるのなら、紗月だって好きでここで仕事をしているわけではないことを。 目の前に置かれた、今にも溢れそうなほど並々と注がれたビールジョッキを見つめながら、紗月はわずかに躊躇した。 すると、周囲から「飲んで!」「いけるいける!」と囃し立てる声が上がった。 一人ではない。 次々と声が重なり、その場の空気はみるみるうちに熱を帯びていく。 まるで、紗月が飲み干すまでこの騒ぎは終わらないと言わんばかりだった。 由衣は冷ややかな笑みを浮かべながら、迷っている紗月を眺める。やがて紗月は両手でジョッキを持ち上げ、ゆっくりと何口か続けて飲んだ。 しかしジョッキを下ろしても、中身はほんの少し減っただけだった。 それを見た一人の俳優が面白そうに笑う。 もっと飲めと囃し立てながら、男はしつこく紗月を急かした。 もともとは向かいの席に座っていたが、それでは不便だと思ったのか、いつの間にか隣のスタッフと席を替わり、紗月のすぐ横へ移動してきていた。 そして、笑顔のまま、一口飲むたびにまた次の一口を勧めてくる。 由衣はそんな様子を黙って見ていた。 当然、その男の下心にも気づいている。 紗月は女優ではない。 ただの付き人だ。 そし

  • 愛し続けた彼を、私は手放すことにした   第117話

     由衣は立花に対しても、いつも通りの甘く愛らしい笑顔を浮かべていた。 だが、立花は特別な反応を見せることはない。 他のスタッフのように機嫌を取ることもなく、終始一人の役者として接しているだけだった。 穏やかに頷き、「分かりました」と一言だけ返すと、再び紗月へ視線を向ける。「さっきの話は、また今度にしましょう」 紗月ははっとして、慌てて頷いた。「……あ、はい」 立花の姿が完全に見えなくなるまで見送った瞬間、由衣の顔から、それまでの愛らしい笑みが跡形もなく消えた。 紗月の肩を掴んでいた指先にも力がこもり、痛みに思わず身を引こうとした。 しかし、由衣は手を離さなかった。 それどころか、逃げられるのを恐れるかのように、さらに強く肩を掴んだままだった。 一瞬、由衣の表情が醜く歪む。けれど、何かを思い出したように、すぐさま無理やり笑顔を作った。 その笑みはひどく不自然だった。 演技力には定評のある女優なのに、紗月を前にすると、どうしても感情を隠しきれないらしい。「ねえ、あんたも役者になりたいんだ?」 由衣は唇を吊り上げる。「そういえば、昔立花監督の映画を受けたことがあるって聞いたことあるなぁ。だからあんなに気にかけてくれるってわけ?」 立花の作品に出演するため、由衣は以前から立花本人のことはもちろん、その交友関係や人脈についてもかなり調べていた。 その過程で、紗月がかつてオーディションに合格し、事務所から出演決定の連絡まで受けていたことも知っている。 けれど、その話はいつの間にか立ち消えになっていた。 どうして由衣がそんなことまで知っているのか、紗月には分からなかった。 もしかしたら、慎一が話したのかもしれない。 そう考えた瞬間、胸の奥がずしりと重くなる。 紗月が何も答えずにいると、由衣は苛立ったように口元を歪めた。 その無反応な態度が気に障るらしく、腹立たしさを滲ませながらも、どうにか感情を押さえ込む。「理由は知らないけど、芸能界に入りたいなら私が力になってあげてもいいよ?今夜、打ち上げがあるの知ってるでしょ? この世界って人脈も大事だから。分かるよね?」 そう言ってから、由衣はにっこりと笑った。 その口ぶりでは、紗月も一緒に参加させるつもりらしかった。 紗月は反射的に断ろうとする。「いえ、私は――」「ねえ」 由

  • 愛し続けた彼を、私は手放すことにした   第116話

     紗月にも、自分がどこでまた慎一の癇に障ったのか分からなかった。 慎一の顔色は完全に沈み込み、明らかに怒っている。 塗り終えた薬を無造作に置くと、立ち上がり、再び上から見下ろすように紗月へ視線を向けた。 紗月は何も言わない。 短い沈黙のあと、慎一は怒りを押し殺すように低く笑った。「紗月。これはお前が自分で選んだことだ。後悔しても知らないぞ」 それだけ言い残し、慎一は控室を出ていった。そして、その後は二度と戻ってこなかった。 今日以降、撮影現場に姿を見せることもない。 由衣の付き人として過ごす日々も、思っていたほど辛いものではなかった。 慎一が来なくなってからというもの、由衣も紗月を相手にする気を失ったらしく、任されるのは細々とした雑用ばかりだった。 だが、怪我の功名と言うべきか――。 そのおかげで、紗月は撮影スタッフたちと接する機会が増えた。 由衣が撮影に入っている間、手の空いた時には、撮影の流れや現場の進行を間近で見ることができた。 認めざるを得なかった。 由衣は私生活では決して性格がいいとは言えない。けれど、ひとたびカメラの前に立てば、まるで生まれながらの女優のようだった。 演技は自然で完成度も高く、台本の理解力にも優れている。 ミスをすることもほとんどなく、時には紗月自身も思わず見入ってしまうほどだった。 暗闇の中から、ライトに照らされたセットを見つめていると、いつの間にか自分の感情までも役者たちと共に揺さぶられ、胸の奥がじんわりと熱くなっていく。 かつて紗月が憧れていた世界。 夢見ていた景色が、今こうして目の前に広がっている。 ただ一つ違うのは――その中に、自分の居場所がないことだった。 その現実は、撮影が終わるたびに美咲から別の雑用を言いつけられる度に重くのしかかり、自分がかつて手放したものがどれほど大切だったのかを、嫌というほど思い知らせてくる。  そんなある日。 紗月が小道具を片付けていると、こちらへ歩いてくる立花の姿が目に入り、思わず手を止めた。 立花はちょうど一つの撮影を終えたばかりで、現場全体もちょうど休憩時間に入っている。 特別に紗月を探していたわけではない。 だが、彼は紗月を見つけた瞬間、わずかに足を止めた。 歩調を緩めながら近づいてくると、やがて紗月の前で立ち止まる。 その視線は、

  • 愛し続けた彼を、私は手放すことにした   第46話

    「ねえ優介、広告の撮影現場、一緒に見に行くって約束したでしょ!」「そうだよ。言い出したの、優介のほうじゃん」 紗月に甘えようとする優介に対して、友人の二人はまったく容赦なく割り込み、その誘いをあっさり遮った。「だからさ、二人とも邪魔しないでって言ってるだろ。芸能人なんかより、紗月お姉さんのほうが大事なんだよ」 不満げに友人たちを睨みつけたあと、優介は再び紗月へと視線を戻す。 その途端、まるで別人のようにしゅんとした表情になり、頭の上にはふわふわした子犬の耳でも生えているかのように見えるほど、甘えた様子で彼女にすり寄った。「ねえ、いいでしょ? 紗月お姉さん」「優介くん、友達はちゃ

  • 愛し続けた彼を、私は手放すことにした   第50話

     慎一に気づかれる前に、紗月は腕の中のやや重みのある書類をぎゅっと抱きしめた。 最後に一度だけ慎一へ視線を向けると、足早に、人目につきにくい脇の通路へと身を滑り込ませるようにして、その場を離れた。 車から降りたばかりの慎一は、すぐに下河に捕まり、さらに正田まで引き連れてきたことで、内心うんざりしていた。 二人の取り繕ったような挨拶を冷淡にあしらい、適当に切り上げて追い払う。 ようやく顔を上げたときには、ビルの入口にはもう紗月の姿はなかった。 無意識のうちに眉間に皺が寄る。 胸の奥にくすぶっていた苛立ちと、理由のわからない焦燥が、さらに強くなる。まるで見えない虫が皮膚の上を這い回っ

  • 愛し続けた彼を、私は手放すことにした   第40話

     紗月もそこにいると知った途端、悠臣の声色は一気に親しげなものへと変わった。 どこか浮き立つような高揚感すら滲んでいて、きっと慎一が聞いていることも分かったうえで、わざと自分と紗月の関係を親密に見せつけようとしているのだろう。「紗月ちゃん、久しぶりだな。最近は元気にしてたか? この数年、ほとんど連絡できなくて悪かった。実はずっと海外の会社を視察していてさ……」 悠臣は、紗月と連絡を絶っていた年月を、まるで仕事のためにやむを得なかったかのように取り繕っていた。 それを聞きながら、慎一は思わず笑いそうになる。 たしかに、悠臣がこの数年、断続的に海外へ行っていたのは事実だが、彼の言う「海

  • 愛し続けた彼を、私は手放すことにした   第39話

     短い沈黙が落ちた。 あまりにも度を越した侮辱だった。 とりわけ、慎一が自分をほかの男のベッドへ送るなどと言い放ったことは、紗月にとって、直接刃物で胸を抉られるのと何ひとつ変わらなかった。「……っ、う……」 涙がこぼれ落ちるより先に、紗月は思わず慎一を打とうと手を伸ばした。 もともと力の弱いその腕では敵うはずもなく、動きも遅い。振り上げた手首はあっという間に慎一に掴まれ、そのまま枕へと押し戻されてしまう。 結局、彼に触れることすら叶わなかった。 慎一はフンと鼻先で笑う。 紗月が泣いていても、その目は冷えきったまま。まるで退屈な芝居でも眺めるような眼差しだった。「なんだ、そん

Plus de chapitres
Découvrez et lisez de bons romans gratuitement
Accédez gratuitement à un grand nombre de bons romans sur GoodNovel. Téléchargez les livres que vous aimez et lisez où et quand vous voulez.
Lisez des livres gratuitement sur l'APP
Scanner le code pour lire sur l'application
DMCA.com Protection Status