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第6話

Author: るるね
last update Petsa ng paglalathala: 2026-03-24 14:01:27

 やがて由衣を迎えに来た車が到着した。

 まるでこの世の終わりでも訪れたかのように名残惜しげに別れを告げる彼女を見ても、慎一はその場に立ったまま、形だけの笑みを浮かべるだけだった。

 そしてそのまま踵を返し、自分専用の駐車スペースへと向かう。

 すでに運転手は彼からの連絡を受けて車内で待機しており、まるで時間を計算していたかのように、慎一が後部座席のドアに手をかける寸前、すぐに車を降りて恭しくドアを開けた。

「ありがとう」

 運転手の名は久我誠。

 二十年以上前、朝倉家に仕える補佐役として働いていた人物で、ここ数年で慎一の専属運転手兼個人秘書となった。

 長年この家に仕えてきた彼にとって、慎一は幼い頃から見守ってきた存在でもある。だからこそ、つい世話を焼きたくなってしまうのだった。

「社長、昨夜はご自宅でよくお休みになれましたか」

 後部座席に腰を下ろした慎一に、久我は穏やかな声で問いかける。

 慎一は重度の不眠症を抱えており、多くの場合は薬に頼らなければ眠ることができない。過度のストレスのせいなのか、久我はこれまで一度も、彼が「よく眠れた」と口にするのを聞いたことがなかった。

 案の定、慎一は眉間を押さえ、わずかに顔をしかめる。

「いつも通りだ……どこで寝ても変わらない。だが、あの女が家にいると、なおさら気分が悪くなる」

 長年仕えてきた者への信頼もあり、また胸の内を打ち明けられる相手がほとんどいないこともあって、慎一はこの結婚の本質について、久我の前では隠そうとしなかった。

 久我は小さく息をつき、紗月のことに触れるときは、いっそう言葉を選ぶようにして尋ねる。

「……奥様のことは、やはりお許しになれませんか。私の知る限りでは、奥様は決して――」

「許す?」

 慎一は冷笑した。その響きには、嘲りすら滲んでいる。

「そんな滑稽な言葉、二度と口にするな。それと――新しく入った秘書の件だが、俺の居場所を軽々しく他人に売っていたらしいな。久我、知っているか?」

 久我はすぐに意図を察した。

「すぐに退職の手続きを取らせます」

「そうしろ」

*

 車が会社へと向かって走り出す中、慎一は頬杖をつき、窓の外を流れていく、彼にとっては何の変化もない景色をぼんやりと眺めていた。

 そもそも、彼にとって紗月は、最初からここまで疎ましい存在だったわけではない。

 かつては、穏やかな時間も確かに存在していた。

 家庭の事情で、紗月は慎一の祖父の家に身を寄せていた時期があり、二人は長い間、同じ屋根の下で暮らしていた。

 一緒に学校へ通い、並んで帰り、時には無邪気に遊んだこともある。

 互いにとって、それなりに大切な存在だった。

 慎一は彼女を本心から「妹」として見ていた。

 もし紗月が分をわきまえ、穏やかに生きていれば、より良い未来を用意してやるつもりでいた。

 祖父もまた、幼い頃から彼女を気に入り、家族同然に扱っていた。

 だが、紗月はあまりにも貪欲で、恥知らずで、満足というものを知らなかった。

 二人の関係が歪み始めたのは、いつからだったのか。

 おそらく慎一が初めて恋をし、ある一人の女性を心から愛した、そのときからだ。

 祖父にその想いを打ち明けようと胸を躍らせていた頃。その前日、紗月はか細い声で彼の恋を祝福していた。

 それなのに、翌日には彼女は祖父の腕の中で泣き崩れながら、こう口にしたのだ。

「……慎一と結婚したい」

 祖父は慈しむように彼女の頭を撫で、その涙に心を痛めた表情を浮かべていた。

「泣くな、紗月ちゃん。わしがちゃんとしてやる。慎一と結婚させてやるからな」

「でも……慎一には好きな人がいるのに」

「そんなもの、どうでもいい。紗月ちゃんほど慎一にふさわしい者などおらん。わしが決めれば、あいつに逆らえるはずもない」

 慎一は生まれて初めて、身近な人間からの裏切りを思い知った。

 その後、自分のしたことが露見したと知った紗月は、涙ながらに「どうしても気持ちを抑えきれなかっただけ」と弁明し、彼の想う相手には何一つ手を出していないと、何度も誓ってみせた。

 かつて妹のように思っていたその女を、慎一はもう二度と、信じることができなかった。

 それに、紗月が彼にしてきた過ちや仕打ちは、たった一度きりで済むようなものではなかった。

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