「……え?」
駄目だ。なぜそんな顔をする。
まるで今初めて触れられたような、初めて男を知ったような顔を。 ……そんな顔をして私を見るな、アデリナ。今夜は互いに疲れている。
だからそんなつもりはなかったのに、もう止められなくなってしまう。「アデリナ……」
「ローランド?ちょっ……待っ」
確かに態度は悪かったが、初夜以外に彼女に拒まれた事はない。
だが今は逃げ腰なのが分かる。しかし今夜は一段と拒否されたくない。
そのまま流れる様に、彼女の柔らかい唇にキスをした。「ん………っ!」
これまでアデリナに、こんな風にキスしたいと思った事もなかったのに。
驚いた様に目を見開いて、吐息を漏らしたアデリナ。ますます愛おしさが込み上げる。 そのまま衝動的に彼女をベッドに押し倒した。 これまで、こんな風に強引にしようとした事なんかなかったのに。 体が勝手に動き、心が激しく躍動する。今夜はどうしても彼女が欲しい。
彼女の体に触れて、満たされたい。 その中に入りたい。 疲れているせいか?「っ、……はあっ、アデリナ……」
漸くキスから解放したのに、薄っすらとした照明の中で見おろした彼女の姿にまた驚く。
「っ、ローランド、本当に待っ……」
待ってと言いながら何だ、その真っ赤な顔は。
真っ赤な耳は。 今までそんなウブな反応をした事なんかなかったのに。 ……もうこれ以上、本当に止ふうん。何だ。じゃあやっぱり今だけ? なら別に愛されてるわけじゃないのね? だったらいずれはローランド王も、あのランドルフとかいう補佐官も私の魅力に落ちるはずよ。 それから体調不良を理由に診察に行かず、アデリナ王妃にいじめられているという噂だけを流し続けた。 だけど何人かの城仕えのメイドや官僚達は、なぜかあの王妃の味方で、噂を信じてないようだった。 「アデリナ様が……?」 「そんなはずないわ。あんなにお優しい人だもの。その噂こそおかしいわよね。」 「あんなに素晴らしい大義を達成された方だぞ。絶対ありえない。」 ……何なの?こいつら。 私の力が全く効かないわ。何であの王妃に味方がいるわけ? ちっとも面白くないわ………!! それにあれからローランド王に何度か接触したけれど、当の本人は私を見ても知らんぷり。 「陛下……あの、今夜一緒に」 「何だ?私には愛する妻がいるのに、王である私を誘うつもりか? 残念だが、お前の相手をする気は微塵もないぞ。リジー。」 まるで氷みたいに冷たい瞳で、ローランド王は私をギロっと睨んでくる。 あのランドルフもやっぱり同じだった。 「なん……で?あの性悪の王妃が愛されてるなんて、おかしいでしょう? あの女、よくも……私のローランド王を!」 気に食わないことはまだある。 それはアデリナ王妃がローランド王との子を妊娠していることだ。 それもまた面白くない!まさか、そのせい? 本当にムカつく女だわ………!! そんな時にタイミングよく、あの女の方からお声がかかったの。私ってばやっぱり世界に愛されてるわね。 そして迎えたお茶会。 アデリナ王妃はなぜか懸命に私に笑いかけ、友達に接するみたいに優しくする。 イライラするわ。悪役として振る舞えばいいのに、何で良い人ぶるわけ……? あんたがいい人だと私が困るのよ!! もっと悪役らしく、
何これ、ヒロインの力ってこんなにもすごいの? 出会う人出会う人にベタ惚れされるなんてこんな快感味わったら、もう元には戻れないわ! そうして私はついに[男主人公《ヒーロー》]であるあの人と出会う。 「リジー。こちらがクブルクの国王陛下だ。」 気品よく一本に束ねた、薄水色にも見える美しい銀の髪。切れ長の目。きれいな瞳。口元の色気のある黒子。 高身長。威厳のある、豪華な風貌。 これが、私と恋に落ちるクブルク国の王。 ローランド・フォン・クブルク……!! 何てイケメンなの!!? ああ、この人が私の運命の相手なのね! 私にたくさんの愛と贅沢を与え、私に一生楽をさせてくれる人………!! 「陛下………!」 いつもの調子で喜んでローランド王に近づいたら、なぜか側にいた眼鏡の男に阻まれる。 ……何よこいつ。誰よ? 「たかが一介の看護師が、王にその様に接近してはなりません。 下手すれば王族への無礼で処罰されることもありますので、どうかお気をつけ下さい。」 真面目そうなその男は後にローランド王の補佐官、ランドルフ侯爵だということが分かる。 だがなぜこの男に私のヒロインの力が通じないのか、分からなかった。 「は……?」 何でこの男には私の力が通じないわけ? それによく見たら、肝心のローランド王さえもまるで私に関心がないような冷え切った瞳をしていた。 怖…!何よその瞳。まるで氷みたい。 あなたの運命のヒロインがわざわざ会いに来てあげたのよ!? あなたは、もっと喜ぶべきでしょう!!? わけが分からないわ。 何でローランド王とあのランドルフ侯爵には、ヒロインの力が効かないわけ!? こっちは屈辱に震えているのに、お構いなしにローランド王とランドルフ侯爵は何か内緒話をしていた。 「陛下。今日は王妃陛下の調子も良く、夕食をご一緒にされるとのことです。」 「……そう
私、リジー。 この世界の愛されヒロイン。 何でそう思うかって? うふふ。それは私が神の天啓を受けたから。 [お前には今から〇年後に、サディーク国とクブルク国の戦争で運命の出会いが訪れる そこでお前は、瀕死のクブルク国王の命を救い、彼に熱烈に愛される だがクブルク王には邪悪で強欲な妻、アデリナがいる 彼との愛を引き裂こうと、アデリナはあらゆる卑怯な手を使うだろう だが臆することはない 何故ならお前はこの世界のヒロインだから 必ずお前はクブルク王との愛を貫けるはずだ] 親が早死にして天涯孤独。 そんな私は孤児として教会で暮らし、大人になってからは看護師として貧しい人々に奉仕作業をする日々を送っていた。 ……ぶっちゃけ、こんな生活嫌だと思っていたの。 何で私が見ず知らずの人の命を救わなきゃいけないわけ? 死にかけたお婆さんや、病気の子供、はたまた任務中にヘマして傷を負った兵など。 みんな貧乏だし、臭いし、仕事は無報酬だし最悪。しかも病人は笑顔まで求めてくる。 私の笑顔は見せ物じゃないわよ! そうしてある日突然受けた、神の啓示。 死ぬほど大喜びしたわ。 だから早くサディークとクブルクが戦争を始めてくれないかしらって。 そこで死にかけたクブルク王に出会い、恋に落ちるのよね。 ああ、何てロマンチックなの? しかも彼はアデリナという性悪妻を捨て、最後はこの私を選ぶのよね? ステキ。ステキ過ぎるわ。 そうなれば私はやがて王妃に……! そして体験した事もない贅沢をして、見た事もないお金に埋もれながら暮らせるのね! 今から待てないわ。早く。 早く戦争になってよ……! 私の幸せのために……!! なのに。 [物語が狂った ア
え?ちょっと待って……私まで公開告白をさせる気じゃないでしょうね? 動揺する私にローランドはさらに追い打ちをかける。 そして誰にも聞き取れないほどの小さな声で囁いた。 「———アオイ」 「え?」 「お前の魂がすでにアデリナじゃないのは分かってる。 だが、その事も全て含めて愛してる。 お前はアデリナであり、アオイでもある。 そんなお前を丸ごと愛しているんだ。 だから、私をこれ以上困らせないでくれ。」 え………ちょっと……… え?えええ!!! 予想外の展開過ぎる………!!! 私が上坂葵だって、正体がバレてたの!?? 一体、いつから………??? 顔を持ち上げたローランドは私の前髪をすくい、額にそっとキスをした。 「り、リジーは?リジーはどうなったの?」 「リジーはお前の悪い噂を言いふらした証拠と、自作自演で毒を飲んだ証拠を突きつけてサディーク国に送り返した。 厳しい修道院に送ったから、もう二度と出ては来れないだろう。」 「彼女と恋に落ちて…… 愛した、はずでは………」 物語の強制力は? ヒロイン補正は? それで恋に落ちたはずでしょ? 「すでに愛する妻がいるのに……?」 そう言ってローランドが優しい微笑みを浮かべる。 その時、久しぶりにウィンドウが出現した。 ずっと見れなくなっていたローランドの親密度の文字が……レインボーカラーに。 [ローランド 現在の親密度▷▷▷ すでに【真実の愛】に到達しています
ふと兵の間にいたランドフルに目線をやると、その通りですという風に頷いた。 え…………? 「いいか、アデリナ。 よく聞け。 私が愛しているのはお前だ……! 他の誰でもない。 私はお前を愛しているんだ………!! 私はアデリナ・フリーデル・クブルクを心の底から愛している…………!!!」 「え…………?」 え? その場がシン、となる。誰もがローランドの叫んだ言葉に、理解が追いつかずに。 だってこの人「氷の王」だから。 そんな人からこんな情熱的な告白が聞けるなんて誰も思ってなかったから。 「全く。お前が居なくなったのを知った時、私がどれだけ心臓を潰されるような思いをしたか。 これ以上、私をおかしくさせないでくれ。 お前は間違いなくクブルクの王妃だ。 そして私の愛する唯一の妻。 だから、早く私達の子を連れて、私の元に戻ってきてくれ……」 私の……愛する……唯一の……妻? 「頼む。もうこれ以上、気が狂いそうなんだ。」 ローランドの掠れた声が、私の耳元で聞こえた。 なぜならローランドが私を抱き寄せ、私の肩に蹲るように顔を埋めたから。 ええええええええええええええ? 今の……公開告白!?? こんなに大勢のクブルク兵や町民達の前で? 何それ、何その潔さ。 何よりそれ、本当なの? 「ローランド?……貴方が私の事を愛してるって……それ、本当に?」 「ああ、本当だ。嘘など言って
確かにローランドとの間には、信じられないくらい色々な事があった。 最初は1秒でも早く離婚したかったからずっと避けてたのに、なぜかローランドの方から近寄ってくるようになった。 私もいつの間にか、戦争によってローランドが苦しむのは嫌だと思うようになった。 だって戦争が起きれば、ローランドは戦場で瀕死の重傷を負う。 いくらリジーに会うためとは言え、すでにローランドは私にとって小説の中の人では無くなっていたから。 傷ついてほしくなかった。 それに戦争が起これば自国だけじゃなく、相手国でも多くの兵や国民達が死ぬ。 分かっていたから未然に防ごうとしてしまった。 何よりアデリナがローランドにずっと誤解され続けているのも嫌だった。 アデリナはとにかく不器用すぎた。 けれど確かにローランドを愛していたから。 それに本人に託されていたから。 私が変わった事でローランドは義務で私を大切にしてくれていたけれど、言われてみれば本当にそれだけだった? 私がこれまでに接したローランドは確かに生きて、笑って、時には人間らしく失敗だってしていたよね? ちょっと不器用な所もあったよね? アデリナに負けず劣らずツンデレタイプだったよね? 私がレェーヴ一派の山賊に襲われた時、助けに来てくれた。 あの時はめちゃくちゃ怒ってた。 ルナール達と交渉する時も、フィシに襲われそうになった時も。 何かする度に私の側に居て、困った時は間違いなく側で守ってくれた。 何だかんだ甘くて優しく包み込んでくれた。 妊娠してからは特に…… 「でも……その信頼を裏切ったのはローランドじゃない。 リジーが毒を盛られたからと私を冷たく突き放したのも、北棟に閉じ込めたのも、あの時寝室でリジーと二人きりなのを見せつけたのも。 結局ローランドは私の事を政略結婚の相手としてしか見ていなかった。 そうなんでしょう? だからリジーと恋に落ち