唐突にアデリナが首を垂れ、大きな声で謝罪を始める。全力で。
「私はそのっ、本当に悪い事考えてたわけじゃないんですよ?
……信じて貰えないかもですけど。 それにあの子達だって、変態貴族に売られそうになっていた訳ですし…? その、人助けの一環と言いますか」珍しく言い訳をするアデリナが、ちょっと子供みたいで面白い。
イタズラを隠す子供のように目を泳がせ、指をモジモジと弄ぶ様は何とも…… こんな一面がまた見れた。それがとても新鮮で………
「アデリナ。」
どうしても堪え切れない衝動に駆られてしまう。
一昨日より昨日。昨日より今日。 これまで私が目を背け、知らずにいたアデリナを知るのが楽しくて仕方ない。「ロー…ラン、ド?」
名前を呼び、思わず彼女の白い肌に触れる。 自分でも驚くほど、甘い声だった。 淡い白い照明の光が二人の輪郭を照らす。 久しぶりに触れた頬は柔らかく、気持ちが良い。 これまでは何処か遠慮がちに触っていた筈なのに、今夜は気持ちが全く違う。 ただ早くアデリナに触れたいという気持ち。薄青紫の瞳が、照明に照らされて幻想的に映し出された。
……本当に私の妻はとても美しい。
どうしてこれまで、アデリナのこの魅力に気づかなかったのだろう。
それに、実は夫の事を想う、健気な心の持ち主だという事実に。
あの少年達の笑顔を見れば分かる。 看病の時だってそうだ。 ただ言葉が、やる事成す事全部が、不器用なだけ。確かにいつも私を労ってくれていた。だから今は彼女が何をしても、下手な言い訳をしても、きっと全てを許してしまうだろう。
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何これ、ヒロインの力ってこんなにもすごいの? 出会う人出会う人にベタ惚れされるなんてこんな快感味わったら、もう元には戻れないわ! そうして私はついに[男主人公《ヒーロー》]であるあの人と出会う。 「リジー。こちらがクブルクの国王陛下だ。」 気品よく一本に束ねた、薄水色にも見える美しい銀の髪。切れ長の目。きれいな瞳。口元の色気のある黒子。 高身長。威厳のある、豪華な風貌。 これが、私と恋に落ちるクブルク国の王。 ローランド・フォン・クブルク……!! 何てイケメンなの!!? ああ、この人が私の運命の相手なのね! 私にたくさんの愛と贅沢を与え、私に一生楽をさせてくれる人………!! 「陛下………!」 いつもの調子で喜んでローランド王に近づいたら、なぜか側にいた眼鏡の男に阻まれる。 ……何よこいつ。誰よ? 「たかが一介の看護師が、王にその様に接近してはなりません。 下手すれば王族への無礼で処罰されることもありますので、どうかお気をつけ下さい。」 真面目そうなその男は後にローランド王の補佐官、ランドルフ侯爵だということが分かる。 だがなぜこの男に私のヒロインの力が通じないのか、分からなかった。 「は……?」 何でこの男には私の力が通じないわけ? それによく見たら、肝心のローランド王さえもまるで私に関心がないような冷え切った瞳をしていた。 怖…!何よその瞳。まるで氷みたい。 あなたの運命のヒロインがわざわざ会いに来てあげたのよ!? あなたは、もっと喜ぶべきでしょう!!? わけが分からないわ。 何でローランド王とあのランドルフ侯爵には、ヒロインの力が効かないわけ!? こっちは屈辱に震えているのに、お構いなしにローランド王とランドルフ侯爵は何か内緒話をしていた。 「陛下。今日は王妃陛下の調子も良く、夕食をご一緒にされるとのことです。」 「……そう
私、リジー。 この世界の愛されヒロイン。 何でそう思うかって? うふふ。それは私が神の天啓を受けたから。 [お前には今から〇年後に、サディーク国とクブルク国の戦争で運命の出会いが訪れる そこでお前は、瀕死のクブルク国王の命を救い、彼に熱烈に愛される だがクブルク王には邪悪で強欲な妻、アデリナがいる 彼との愛を引き裂こうと、アデリナはあらゆる卑怯な手を使うだろう だが臆することはない 何故ならお前はこの世界のヒロインだから 必ずお前はクブルク王との愛を貫けるはずだ] 親が早死にして天涯孤独。 そんな私は孤児として教会で暮らし、大人になってからは看護師として貧しい人々に奉仕作業をする日々を送っていた。 ……ぶっちゃけ、こんな生活嫌だと思っていたの。 何で私が見ず知らずの人の命を救わなきゃいけないわけ? 死にかけたお婆さんや、病気の子供、はたまた任務中にヘマして傷を負った兵など。 みんな貧乏だし、臭いし、仕事は無報酬だし最悪。しかも病人は笑顔まで求めてくる。 私の笑顔は見せ物じゃないわよ! そうしてある日突然受けた、神の啓示。 死ぬほど大喜びしたわ。 だから早くサディークとクブルクが戦争を始めてくれないかしらって。 そこで死にかけたクブルク王に出会い、恋に落ちるのよね。 ああ、何てロマンチックなの? しかも彼はアデリナという性悪妻を捨て、最後はこの私を選ぶのよね? ステキ。ステキ過ぎるわ。 そうなれば私はやがて王妃に……! そして体験した事もない贅沢をして、見た事もないお金に埋もれながら暮らせるのね! 今から待てないわ。早く。 早く戦争になってよ……! 私の幸せのために……!! なのに。 [物語が狂った ア
え?ちょっと待って……私まで公開告白をさせる気じゃないでしょうね? 動揺する私にローランドはさらに追い打ちをかける。 そして誰にも聞き取れないほどの小さな声で囁いた。 「———アオイ」 「え?」 「お前の魂がすでにアデリナじゃないのは分かってる。 だが、その事も全て含めて愛してる。 お前はアデリナであり、アオイでもある。 そんなお前を丸ごと愛しているんだ。 だから、私をこれ以上困らせないでくれ。」 え………ちょっと……… え?えええ!!! 予想外の展開過ぎる………!!! 私が上坂葵だって、正体がバレてたの!?? 一体、いつから………??? 顔を持ち上げたローランドは私の前髪をすくい、額にそっとキスをした。 「り、リジーは?リジーはどうなったの?」 「リジーはお前の悪い噂を言いふらした証拠と、自作自演で毒を飲んだ証拠を突きつけてサディーク国に送り返した。 厳しい修道院に送ったから、もう二度と出ては来れないだろう。」 「彼女と恋に落ちて…… 愛した、はずでは………」 物語の強制力は? ヒロイン補正は? それで恋に落ちたはずでしょ? 「すでに愛する妻がいるのに……?」 そう言ってローランドが優しい微笑みを浮かべる。 その時、久しぶりにウィンドウが出現した。 ずっと見れなくなっていたローランドの親密度の文字が……レインボーカラーに。 [ローランド 現在の親密度▷▷▷ すでに【真実の愛】に到達しています
ふと兵の間にいたランドフルに目線をやると、その通りですという風に頷いた。 え…………? 「いいか、アデリナ。 よく聞け。 私が愛しているのはお前だ……! 他の誰でもない。 私はお前を愛しているんだ………!! 私はアデリナ・フリーデル・クブルクを心の底から愛している…………!!!」 「え…………?」 え? その場がシン、となる。誰もがローランドの叫んだ言葉に、理解が追いつかずに。 だってこの人「氷の王」だから。 そんな人からこんな情熱的な告白が聞けるなんて誰も思ってなかったから。 「全く。お前が居なくなったのを知った時、私がどれだけ心臓を潰されるような思いをしたか。 これ以上、私をおかしくさせないでくれ。 お前は間違いなくクブルクの王妃だ。 そして私の愛する唯一の妻。 だから、早く私達の子を連れて、私の元に戻ってきてくれ……」 私の……愛する……唯一の……妻? 「頼む。もうこれ以上、気が狂いそうなんだ。」 ローランドの掠れた声が、私の耳元で聞こえた。 なぜならローランドが私を抱き寄せ、私の肩に蹲るように顔を埋めたから。 ええええええええええええええ? 今の……公開告白!?? こんなに大勢のクブルク兵や町民達の前で? 何それ、何その潔さ。 何よりそれ、本当なの? 「ローランド?……貴方が私の事を愛してるって……それ、本当に?」 「ああ、本当だ。嘘など言って
確かにローランドとの間には、信じられないくらい色々な事があった。 最初は1秒でも早く離婚したかったからずっと避けてたのに、なぜかローランドの方から近寄ってくるようになった。 私もいつの間にか、戦争によってローランドが苦しむのは嫌だと思うようになった。 だって戦争が起きれば、ローランドは戦場で瀕死の重傷を負う。 いくらリジーに会うためとは言え、すでにローランドは私にとって小説の中の人では無くなっていたから。 傷ついてほしくなかった。 それに戦争が起これば自国だけじゃなく、相手国でも多くの兵や国民達が死ぬ。 分かっていたから未然に防ごうとしてしまった。 何よりアデリナがローランドにずっと誤解され続けているのも嫌だった。 アデリナはとにかく不器用すぎた。 けれど確かにローランドを愛していたから。 それに本人に託されていたから。 私が変わった事でローランドは義務で私を大切にしてくれていたけれど、言われてみれば本当にそれだけだった? 私がこれまでに接したローランドは確かに生きて、笑って、時には人間らしく失敗だってしていたよね? ちょっと不器用な所もあったよね? アデリナに負けず劣らずツンデレタイプだったよね? 私がレェーヴ一派の山賊に襲われた時、助けに来てくれた。 あの時はめちゃくちゃ怒ってた。 ルナール達と交渉する時も、フィシに襲われそうになった時も。 何かする度に私の側に居て、困った時は間違いなく側で守ってくれた。 何だかんだ甘くて優しく包み込んでくれた。 妊娠してからは特に…… 「でも……その信頼を裏切ったのはローランドじゃない。 リジーが毒を盛られたからと私を冷たく突き放したのも、北棟に閉じ込めたのも、あの時寝室でリジーと二人きりなのを見せつけたのも。 結局ローランドは私の事を政略結婚の相手としてしか見ていなかった。 そうなんでしょう? だからリジーと恋に落ち
私がリジー毒殺未遂の犯人扱いされた時、話も聞かずにあんな風に溜息を吐いたくせに。 心底呆れたって顔をして、私を北棟に閉じ込めるように言ったくせに。 それから一度も会いに来なかったくせに。 リジーが目を覚ましたからと、寝室に呼びつけといて。 中にはすでにリジーを呼んでいたなんて。 事前なのか事後なのかは知らないけど、無事にヒロインと恋に落ちました。 ハッピーエンドですって見せつけたのは、貴方でしょ? どうしてヴァレンティンが産まれるまで待ってくれなかったのよ……… 「アデリナ……」 「来ないで………!」 「アデリナ……違っ、話を」 「来るなって言ってんでしょーが! このっ……最低の浮気クズ野郎が!!」 弱々しく近づいて来るローランドにブチ切れる。 周囲の兵達は困惑を隠し切れない。 また、隣のレェーヴはなぜか……肩を震わし笑っていた。……おいっ! 「何しに来たのよ?ローランド。 もう私に用はないはず。 私達はきれいさっぱり離婚したんだから。」 腕を組んでローランドを睨みつけてやる。 「離婚……? ああ、あの紙切れの事か? 残念ながらあの紙切れは破り捨てた。」 「え………?」 「アデリナ。お前と私の婚姻関係は今も継続中だ。知らなかったのか?」 「し……知るはずないでしょ! 何で?ローランドにはもうリジーがいるじゃない!」 だって貴方にはリジーがいればいいんでしょ? だって貴方はそういう人だもんね? 結局は原作通りにアデリナとヴァレンティンを