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ローランドの困惑

Author: Kaya
last update Last Updated: 2025-06-17 20:01:48

 広い寝室は静寂に包まれていた。

 手元の照明がわずかに周囲を照らしている。

 少し離れた場所には天井まで届きそうなほど大きな窓がある。そこから差し込む月明かりもまた、室内の輪郭を仄かに浮かび上がらせていた。

 天蓋付きの広々としたベッドには、皺一つなく整えられたシーツに、ブルーの布団が掛けられている。

 その上に私は仰向けで寝転がった。

 「………静かだ。」

 結婚したあの夜から、今までずっとアデリナと一緒に寝ていたベッド。

 ———初夜であの女はここで何て言った?

 「私、眠いの。

 だから今夜はあなたとはしません。」

 結婚式の間どころか、直前までアデリナは強気で偉そうな態度を取り続けていた。

 ついに夜が訪れ、この主寝室でいざ初夜を迎えようとすると、アデリナは私に背を向け不機嫌そうに言い放った。

 「は………?しかし今夜は………」

 「う、うるさいわね!今夜はしないと言ってるでしょう!

 い、いいから大人しく寝て下さらない!?」

 何という物言いだろうか。

 いくら政略結婚でお互いに愛がないとは言え、まさか王である私との初夜を拒むなんて。

 しかも夫に背を向け、アデリナは一度もこちらを振り返ろうとはしなかった。

 話に聞いていた通りだ。

 我儘《わがまま》で傲慢で性格が悪いという。

 私は仰向けになり、片腕で額を覆いながら高い天蓋裏を見上げた。

 ……こんな女を愛せるんだろうか。

 いや、例えどれだけ性格が悪いとしても、私は愛さなくてはいけない。

 翌日。初夜を無事に迎えたという房事記録官に虚偽報告をして、私は寝室を後にした。

 あれから一度もアデリナはこちらを見ようともしなかった。

 互いに愛のなかった冷え切った両親の姿を思い出す。

 あんな風にはなりたくない………。

 ◇

 それから何夜目かで漸くアデリナとの初夜を終わらせる。

 その間アデリナは珍しく何の文句も言わなかった。

 呼吸を整え、露出した肌を隠すように布団を掛けてやる。

 「その……痛くなかったか?大丈夫か?

 もし違和感や体調不良などがあれば医師に」

 「……だ、大丈夫です!

 こんな事くらいで、私は体調を崩すほど軟弱ではありませんから!」

 怒ったように顔を真っ赤にし、アデリナはまた背中を向ける。

 大事な王族の房事をこんな事とは……

 その日はさすがの私も頭にきて、彼女に背中を向けて眠った。

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