隣国の王子は無理でも、もうこの際ライリーと駆け落ちすれば良くない?
……とは言えライリーってこのくらいだとまだ14歳とかその辺りだっけ?
まだ中学生かあ。 だとしたら犯罪になるな。 それにアデリナも近いうちに離婚予定ではあるものの、まだ一応人妻だ。 本気で残念だ。 「アデリナ様。ご無沙汰しております。」さっきまで子供達に剣を教えていた、ちょっと厳つい村人のような格好の男が近寄ってきた。
髪は白くて短く、顔は角ばって薄ら顎髭を生やしている男性。 まず丁寧に頭を下げる。 見た目に分かるほど屈強な肉体。 汗まみれの額を首にかけていた布でガシガシと拭いていた。「どうも……?」(ステータスオープン…)
[ラシャド▷剣術師範 Lv55
ライリー達に剣を教えている 現在の親密度36]遠目に見て何となく分かっていたけど、やっぱりライリー達の先生みたい。
……ていうかレベルと親密度の数字が微妙で良く分からないんですけど。 振り返り、懸命に稽古に励む少年達を眺める。「アデリナ様のお陰で皆元気になりました。
貴方はあの子達の命の恩人だ。」「そんな……私は何も。」
実際にライリー達を救ったのは本物のアデリナだ。
でも誰の目にもアデリナはやはりアデリナにしか見えないのだろう。 複雑だが微笑む事にする。「いつもありがとう、ラシャド。」
「いえ。
あの。もし宜しければアデリナ様もあの子達と一緒に夕食を食べませんか?」ラシャドの正体は未だよく分からないが、性悪だと言われているアデリナを警戒する様子は全くない。
よほど信頼しているんだろう。「いいわ。食べましょう。」
確かにローランドとの間には、信じられないくらい色々な事があった。 最初は1秒でも早く離婚したかったからずっと避けてたのに、なぜかローランドの方から近寄ってくるようになった。 私もいつの間にか、戦争によってローランドが苦しむのは嫌だと思うようになった。 だって戦争が起きれば、ローランドは戦場で瀕死の重傷を負う。 いくらリジーに会うためとは言え、すでにローランドは私にとって小説の中の人では無くなっていたから。 傷ついてほしくなかった。 それに戦争が起これば自国だけじゃなく、相手国でも多くの兵や国民達が死ぬ。 分かっていたから未然に防ごうとしてしまった。 何よりアデリナがローランドにずっと誤解され続けているのも嫌だった。 アデリナはとにかく不器用すぎた。 けれど確かにローランドを愛していたから。 それに本人に託されていたから。 私が変わった事でローランドは義務で私を大切にしてくれていたけれど、言われてみれば本当にそれだけだった? 私がこれまでに接したローランドは確かに生きて、笑って、時には人間らしく失敗だってしていたよね? ちょっと不器用な所もあったよね? アデリナに負けず劣らずツンデレタイプだったよね? 私がレェーヴ一派の山賊に襲われた時、助けに来てくれた。 あの時はめちゃくちゃ怒ってた。 ルナール達と交渉する時も、フィシに襲われそうになった時も。 何かする度に私の側に居て、困った時は間違いなく側で守ってくれた。 何だかんだ甘くて優しく包み込んでくれた。 妊娠してからは特に…… 「でも……その信頼を裏切ったのはローランドじゃない。 リジーが毒を盛られたからと私を冷たく突き放したのも、北棟に閉じ込めたのも、あの時寝室でリジーと二人きりなのを見せつけたのも。 結局ローランドは私の事を政略結婚の相手としてしか見ていなかった。 そうなんでしょう? だからリジーと恋に落ち
私がリジー毒殺未遂の犯人扱いされた時、話も聞かずにあんな風に溜息を吐いたくせに。 心底呆れたって顔をして、私を北棟に閉じ込めるように言ったくせに。 それから一度も会いに来なかったくせに。 リジーが目を覚ましたからと、寝室に呼びつけといて。 中にはすでにリジーを呼んでいたなんて。 事前なのか事後なのかは知らないけど、無事にヒロインと恋に落ちました。 ハッピーエンドですって見せつけたのは、貴方でしょ? どうしてヴァレンティンが産まれるまで待ってくれなかったのよ……… 「アデリナ……」 「来ないで………!」 「アデリナ……違っ、話を」 「来るなって言ってんでしょーが! このっ……最低の浮気クズ野郎が!!」 弱々しく近づいて来るローランドにブチ切れる。 周囲の兵達は困惑を隠し切れない。 また、隣のレェーヴはなぜか……肩を震わし笑っていた。……おいっ! 「何しに来たのよ?ローランド。 もう私に用はないはず。 私達はきれいさっぱり離婚したんだから。」 腕を組んでローランドを睨みつけてやる。 「離婚……? ああ、あの紙切れの事か? 残念ながらあの紙切れは破り捨てた。」 「え………?」 「アデリナ。お前と私の婚姻関係は今も継続中だ。知らなかったのか?」 「し……知るはずないでしょ! 何で?ローランドにはもうリジーがいるじゃない!」 だって貴方にはリジーがいればいいんでしょ? だって貴方はそういう人だもんね? 結局は原作通りにアデリナとヴァレンティンを
「おーい、火事だ!」 「向こうで火事だぞ!」 「大勢の人達が閉じ込められてる!」 ライリーを筆頭に、精鋭部隊訓練生の少年達が、兵達の前で一斉に叫び始めた。 中にはラシャドの姿も。目が合ったラシャドは笑顔で、私に目で軽く合図した。 「アデリナ様。ここは俺達にお任せ下さい。」 口パクでそう言っている。 ラシャド……!ありがとう!! 火事だと言いながら向こう側に走っていく彼らを、兵達は戸惑いながら追う。 後尾にいたライリーもまた、逃げる瞬間に私に目線で合図をしてきた。今です!と。 さすがはライリー!私の第二の推し……! 皆、本当にありがとう………!! 私とホイットニーはライリー達が注目を引きつけてくれている間に、レェーヴが働いている自警団に向かった。 その日はたまたまレェーヴが会社にいてくれて本当にラッキーだった。 成り行きを説明すると、レェーヴがすぐにヴァレンティンを抱き上げた。 「ならさっさとここから逃げるぜ。」 「ええ……!」 ここにいたら間違いなく、ローランドに捕まってしまう。 戦争もなくなり、愛するヒロインとも一緒になれたローランドが、今さら私を追ってくる理由はただ一つ。 ヴァレンティンだ……!! 悪いけど絶対、ヴァレンティンだけは貴方には渡さない!! 死んでも我が子は守る!! 私達は国を出るため、港に向かって走り始めた。 だけど追っ手が……… そしてついに私達はクブルクの兵達に取り囲まれてしまった。 その中に彼が。 ローランドがいた。 「アデリナ…………」 数ヶ月ぶりに会うローランドはなぜか凄く窶れ
何でクブルクの兵がこんな所に……? 穏やかないつもの午後。 休日だというホイットニーにヴァレンティンを預けて、私は夕食の材料を買いに町に来ていた。 そこでこの騒動。 中には王宮で何度か顔を合わせたクブルクの兵もいる。咄嗟に壁際に隠れてやり過ごした。 王宮の兵という事は、私達を探してるのは間違いなくローランドだ。 何で今さらローランドが私を探してるの? 私達はもう離婚したのよ? あの後ローランドは、リジーと幸せになったはずでしょ? なのに私とヴァレンティンを探してるって事は………やはり物語の強制力というやつで!? 本来なら私もヴァレンティンも死ぬはずだから、その未来通りに! ……逃げなきゃ! ヴァレンティンを守らなきゃ!! 何とか兵達に見つからずに無事に家までたどり着く。 ホイットニーに状況をうまく説明する間もなく、私は荷物をまとめ始めた。 「ホイットニー、悪いんだけど、今すぐ家を出る準備をして!」 「え?一体どうされたのですか? アデリナ様!?」 「ローランドが……私とヴァレンティンを探し回っているみたい。」 「え……ローランド様が?なぜ今さら? もうお二人は離婚なされたはずでは……」 「分からないけど…… もしかしてヴァレンティンの王位継承とかの問題をめぐって、殺すためかもしれない。」 下手したらリジーに子ができた可能性もある。 その為に邪魔なヴァレンティンを狙っているのかも。 「そんな……果たして本当にそうなのでしょうか?」 「分からないけど、今は確認してる暇はないの! とにかく必要な物だけまとめてくれる?」
初めは怒りに震えた。 けれどアオイの消息が不明のまま、時間だけが虚く過ぎていった。 後から後から、アオイにちゃんと説明した上で、愛してると伝えればよかったと後悔ばかりが募った。 言葉足らずだった自分を何度も悔いた。 私がリジーを愛するはずがないと。 あんな風に私のアオイを罠に嵌めた女など、誰が愛すると言うんだ。 あんなに性格の腐っている女を、私が愛することは一生ない。 私が生涯愛するのはアオイ。お前だけだ。 私を懸命に愛してくれて、私の子を身籠ってくれたお前だけなんだ。 幼い頃、体の弱かった私は両親に愛されず、寂しい思いをしながら過ごしてきた。 だが病気で寝込んだ私を何だかんだ言いながらも世話を焼く、アオイに何度も癒された。 人から優しくされるということを、人の温かさというものを、そして不器用ながらも愛というものを、アオイ。お前に教えて貰ったんだ。 やっと愛を知ったのに。 人を愛する事ができたのに…… アオイは実家にも戻ってないという。マレハユガ大帝国の皇帝に、娘を見つけなければ殺すと脅された。 あんなにアデリナを嫌っていた母上までも。 何やらアオイの素直さが気に入ったらしい。 しかもサディークのあの王太子までもが彼女の失踪の噂を聞きつけて、文句を言ってくる。 「我が国が和平条約を結んだのは王妃陛下です。 王妃が無事に戻らなければ……条約は破棄させて貰いますよ。」 うるさい。お前に言われなくても、必ず見つける。 だが、一体どこに消えてしまったんだ…… クブルクの大規模な軍を使い、アオイ達の捜索を開始してはいるが、一カ月経っても何の手掛かりも掴めなかった。 そこで神殿にも協力を依頼した。 「陛下。貴方がしっかり王妃陛下を捕まえておかないから」 呆れたようにイグナイトが溜息を吐いた。 「分かっ
そうして私は心を鬼にし、アオイを北棟に閉じ込める様に言った。 アオイ……今は我慢してくれ。 お前に不便がないよう、部屋では快適に過ごせる様言っておくから…… 今その事をアオイに説明できない。 この状況だと、誰がアオイに危害を加えるか分からないからだ。 むしろ私がリジーに大人しく従ってると周囲に思わせておく方が、まだアオイは安全なはずだ。 悪いとは思ったが私を呼び止めるアオイを振り切り、毒に倒れたというリジーの元へ…… 彼女の自作自演の証拠を見つけに向かった。 一週間後、毒から回復したリジーが目を覚ました。 だがリジーが目覚めると同時に、私の方が疲労と熱で倒れてしまった。 早くリジーから自白を引き出し、アオイの無実を証明したいのに。 だからランドルフ達に頼み、容疑者としてリジーを招集するようにと命令しておいたのだ。 私の部屋ならあの女は必ず逃げずにやってくるだろう。 今回の件でアオイが犯人扱いされる決め手となった、アオイの髪飾り。 あれについてはリジーが私の部屋に来たあの夜に盗んだと思われる。 それにはやはりリジーの手垢が残っていた。 着色をつけた手形と、髪飾りに付いていた手垢が一致した。 それからリジーの部屋に用意されていた解毒薬の残った瓶。すでに使用されているのは、操られた侍医がリジーに飲ませたのだろう。 初めからリジーは死ぬ気などなかったのだ。 これらを叩きつけ、後はアオイから無実だと言わせれば…… だが、あの時どうやらリジーは部屋に入る直前にアオイに何かを吹き込んだらしい。 その場にアオイが来ていた事を知らないまま私達はリジーを徹底的に問い詰め、やっと自白させた。 それから仕事とリジーの件に忙殺されている間に、アオイがいなくなってしまったのだ。 離婚届と手紙を残して。 ……どうして