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第31話
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愛のない夫婦生活から、私はもう一度踊り出す 第112話
案の定、拓海は結衣を連れてこの病院に来ていたのだ。私に子供を産むよう強要する口実がなくなるだろう、と知佳は思った。看護師が二人を薬局へ案内した。処方されたのは漢方薬だったため、看護師は薬局で煎じてもらうか、自宅で服用するか尋ねた。拓海は薬局での煎じ代行を選び、受け取り方法として来院か郵送かで選ぶことになった。拓海は郵送を選び、住所を記入する際、会社の住所を記載した。本来、知佳は拓海がどこに送るかなど、距離が離れていて、住所までは確認できなかったはずだ。しかし、結衣の甘えた声が聞こえてきた。「どうして会社に送るのよ？」拓海はペンを置き、非常に真面目な口調で言った。「会社に送るに決まっているだろう。俺の個人電話番号を書いて、俺が受け取る。君が自分で飲むように任せたら、三日坊主になるのは目に見えているから、俺が直接見張る」結衣は唇を尖らせ、甘えるように体をくねらせた。なんて傲慢な社長だろう！その傲慢な社長が自ら宅配便受け取るなんて……知佳は思い出した。以前、急に寒くなった日、拓海が厚着をしていないことを心配し、服を届けようとしたことがあった。だが、彼の会社に行く勇気はなく、その日は中村さんも手が空いていなかったため、デリバリーサービスを使おうかと考えた。それでも勝手に決めるのは怖くて、拓海に電話をかけ、デリバリーに彼の番号を教えるべきか、それとも……と尋ねた。知佳が「それとも」の後、つまり「受付か秘書課の番号か」を言い終わる前に、拓海は冷たく遮った。「俺の個人情報をデリバリーに教えるだと？何を考えているんだ？」あの時、知佳は理解した。雲の上の存在である俺様社長だ。プライバシーを重視し、彼の番号を安易に教えることはできないのだと。だが今、拓海は自らプライベートな電話番号を書き、宅配便に教え、しかも自ら受け取りに行くという。つまり、誰かが掲げる「ルール」なんて、実は「ルールなし」と同じで、彼の気分次第で変わるのだ。それだけでなく、自ら受け取るだけでは飽き足らず、拓海は看護師に、何か食べてはいけないものがあるかと尋ねた。彼は意外と熱心だ……看護師は答えず、医師に尋ねるように言った。拓海は結衣に「ここで待っていろ、俺がもう一度聞いてくる」と念を押した。結衣は頷いた。拓海が診察室に入ると、看護師
愛のない夫婦生活から、私はもう一度踊り出す 第111話
「そうよ。あるのは知っていたけど、試したことはなかったから。一つ買って試してみましょう」知佳は目を輝かせた。「それにね、これからおばあちゃんを旅行に連れて行く時、どれだけ長く遊んでも、花が枯れないか心配しなくて済むし、近所の人に迷惑をかけることもないわ」「だけど……」良子はひどくためらった。「知佳ちゃんはもうすぐ出ていくんじゃない？じゃあ、あの別荘はどうなるの……」知佳は微笑んだ。「おばあちゃん、とにかく、どこへ行っても、これからおばあちゃんは私についてきてくれるんでしょ？」どこにいようと、知佳がしっかりと自立の足場を固めたら、必ずおばあちゃんを自分のそばに迎え入れるつもりだった。良子は笑って、知佳の頭を撫でた。子供の頃、知佳は体が弱く、女の子だったため、両親からはあまり大切にされなかった。両親は幼い弟の方を偏愛していたからだ。だから、病気になった時はいつも良子が看病してくれた。知佳は愛情を込めて育てられたと言っていい。だが、知佳は知っていた。おばあちゃんの結婚生活が、決して幸せなものではなかったことも。おじいさんはおばあちゃんに優しくなく、息子である知佳の父を溺愛する一方で、娘に対しては驚くほど冷淡だった。もし、おばあちゃんが必死になって娘の学費を工面し、遠方へ出ることを後押ししなければ、叔母はこの家にとって都合の良い道具として、一生を終えることになっていたかもしれないのだ。叔母が外でどんな生活をしているかは知らないが、いつもお金を送ってきてくれるのは知っている。叔母は電話でいつもおばあさんを迎えに行きたいと言っていたが、おばあちゃんはいつも断っていた。それはおじいさんのためではなく、おじいさんが亡くなった後も、おばあちゃんは叔母のところへ行こうとしなかった。知佳は、おばあちゃんは自分のためにこの家に留まっていることを知っていた。おばあちゃんは、自分を見捨てられないと強く思っていた。自分がどこかでいじめられたり、辛い思いをしていないかと、常に心を砕いていた。だからこそ、どんなことがあってもこの場所を離れず、自分にとっていつでも帰れる居場所、確かな拠り所を与えようと尽くしていた。こんなにも穏やかで安らかな時間を、おばあちゃんと過ごせるのは本当に貴重だ。知佳は良子と一緒に水やりを終えた後、日陰でお茶を淹れ、おしゃべり
愛のない夫婦生活から、私はもう一度踊り出す 第110話
知佳は足を止め、ドアをわずかに開けたまま、外の電話に聞き耳を立てた。「結衣、信じてくれ。俺が医者に聞いたんだ、彼は西京の名医の弟子だ。君ももう一度試してみよう、な？」「ディンクス？もし君が本当に望むなら、俺は何も言わない。それもいいだろう。でも、君の本心はそうじゃないだろ。君はただ、試すのが怖いんだ、失敗を恐れているだけだ」「そんなにネガティブになるな。他人の子は結局、他人の子だ。君は一生、自分の子供が欲しくないのか？」「結衣、後で迎えに行くから、我儘言うのはやめてくれ、な？」知佳はドアにもたれかかり、心の中は凍てつくように冷たかった。なるほど、彼が突然子供を作ろうと言い出したのは、そういうことだったのか……まさか、結衣が子供を産めないから、自分と子供を作り、それを結衣に渡そうとしているというのか？やはり、彼の言うことは一言も信用しないのが正解だった。彼は嘘しか言わない。知佳は静かにドアを閉め、それ以上聞くのをやめた。拓海が外から入ってきた時、知佳はすでにそばを食べていた。ゆっくりと、何も起こらなかったかのように振る舞いながら食べている。拓海は知佳のそばに来て、シンプルなそばを見て尋ねた。「おかずはいるか？飲み物は何がいい？牛乳飲む？」知佳は食べるのを止め、言った。「森川さん、気づいていないかもしれないけど、私は牛乳アレルギーだわ。それに、おばあちゃんが用意してくれたおかずがあるから、お気遣いありがとう」拓海は言葉に詰まり、少し気まずそうにした。「じゃあ……」「『じゃあ』とか『あれ』とか、もういいから。静かに朝食を食べさせて」知佳の声は小さかった。おばあさんに聞かれたくないからだ。だが、その口調ははっきりと冷たく、揺るがなかった。この状況は、まるで昔と役割が入れ替わったようだ……以前の彼女は、いつも彼に気を遣っていた。「拓海、おかずはいかが？」「拓海、牛乳を温めようか？」「拓海、スープ飲む？よそってあげるわ」彼もまた、顔を上げずに、あるいは眉をひそめて、「仕事のことを考えているんだ。静かに飯を食わせてくれないか？」と言ったものだ。ハッ……やはり、無欲な人間ほど強い。彼に対する愛の欲望があった時、彼女は最初から不平等な位置に立っていた。彼を見上げ、彼を崇め、一歩引いていた。
愛のない夫婦生活から、私はもう一度踊り出す 第109話
「いや、絶対にダメだ！」知佳は全身の力を振り絞って抵抗した。この状況で頼れる唯一の「武器」は、もはや彼女の歯だけだった。渾身の力で彼の肩に食らいついた瞬間、ようやく彼の拘束が緩むのを感じた。彼女はもがきながら身をよじる。ベッドが狭すぎたこともあり、拓海はそのまま勢いよく床へと叩きつけられた。ドスン、かなり大きな音が響いた。知佳は大きく息を吸い込みながら起き上がり、床に座り込んでいる拓海を見た。彼は理解できない奇妙な目で彼女をじっと見つめていた。知佳は少し怯え、ベッドから降りて、おばあさんの部屋で寝ようとした。床に足を下ろした瞬間、拓海に腕を掴まれた。拓海の目には、怒りと屈辱が透けていた。「どこへ行く？」声はかすれていた。他にどこへ行けるというのか？まだここに寝るつもりだとでも？拓海の荒い息遣いが次第に落ち着いた。「わかった、もう手は出さない」彼女がまだ動かないのを見て、彼は深く息を吸い込んだ。「約束する」外で物音がした。良子が起きてきたのだ。「知佳ちゃん、どうしたの？」「おばあさん、大丈夫だよ、俺がベッドから落ちたんだ」拓海が慌てて答えた。「ベッドが狭すぎて」「それなら……知佳ちゃんは私と一緒に寝たらどう？」良子が外から尋ねた。知佳は、おばあさんが自分を心配しているのだと理解した。良子の部屋に行きたかったが、拓海が知佳を掴み、警告するような目で睨んでいた。一瞬の膠着状態の後、拓海は声を潜めた。「触らないと言ったら触らない。俺は粘着質な真似はしない」拓海はプライドの高い人間だ。知佳はそれを知っている。「まだ話がある」拓海は続けた。しかし、今、拓海が話すことなど、知佳は一言も聞きたくなかった。「寝るだけ。何もしないで、話すのも禁止」知佳は条件を突きつけた。拓海は沈黙した。沈黙の中、彼女は彼の目の中にあるものを見透かすことはできなかったが、最終的に彼は頷いた。「わかった」そして手を放した。知佳はドアを開け、おばあさんに問題がないことを伝え、姿を見せた。「おばあちゃん、もういいわ。ここで寝るわ」良子はそっと知佳に視線を送った。「本当に大丈夫なの？」知佳は笑った。「うん、おばあちゃん、おやすみなさい」「おばあさん、明日の朝はネギ油そばが食べたいな」拓海はすでに床から立ち上がり、知佳
愛のない夫婦生活から、私はもう一度踊り出す 第108話
マッサージする手つきは、拓海にとって非常に慣れたものだった。拓海がどれほど知佳を忌み嫌おうと、良心の呵責が彼を突き動かし、回復期当初は否応なしに長期間マッサージを施した。今、久しぶりにマッサージをしても、その腕は全く衰えていなかった。ツボは寸分違わず的確で、指先には確かな圧力が宿っていた。たっぷり三十分間マッサージを続けた。終盤には、知佳は少し眠気に襲われていた。拓海が毛布をかけてくれた時、彼女は驚いて目を覚まし、マッサージが終わったことを知った。「手を洗ってくる」拓海の手には薬用オイルがべったりついていた。知佳は寝返りを打ち、壁に向かって再び横になった。彼はすぐに戻ってきて、彼女の背後で横になった。ベッドが本当に狭いため、彼は彼女にぴったりと密着した。知佳は無意識に内側へ移動しようとしたが、拓海に腰を抱きしめられた。「寝てないだろ？」寝ていたのに、起こされたじゃないか！「寝てる」と知佳は言った。「寝てるのに会話できるのか？」拓海はさらに密着してきた。それなら、もう話さないでおこう。「一つ話がある」彼は突然言った。「笑うなよ」彼に、自分を笑わせるような話があるというのだろうか？「俺、子供の頃は結構おバカでさ、寝る前にこっそりゲーム機で遊んでたんだ。君は遊んだことあるか？おばあさんに寝てないのがバレて、見に来た時、『寝てる子は口が開いてるんだよ、口を閉じてたら寝たふりだ』って言われて、俺、バカ正直に口を開けて寝たふりしたんだ。おばあさんは俺が十歳になるまでずっと笑い話にしてた……」知佳は笑わなかった。笑えなかった。結婚五年目にして、拓海が自分に、これほど多くの言葉をかけたのは、初めての瞬間だった。これまで、自分の方が懸命に話しかけ、彼の閉ざされた世界に踏み込み、二人の間の距離を縮めようと努めてきたのだ。だが、彼はいつもそっけなく一言二言で応えるか、あるいは、ただ押し黙って、口を開くことさえなかった。今思い返せば、この五年間、自分がまるでピエロのようだった。拓海の前で一生懸命演じても、観客である彼は、ただ自分を笑い話のように見ていたに過ぎない。知佳は目を閉じ、微動だにしなかった。まるで、この五年間、千日以上にわたってピエロを演じても、拓海が無関心だった時のように。彼は飽きて諦めるだろう、と知
愛のない夫婦生活から、私はもう一度踊り出す 第107話
その後、拓海は南野先生を見送るために外へ出た。拓海が南野先生を見送って戻ってきた頃には、すでに夜の帳が降りていた。知佳と拓海は良子の家に泊まることになった。拓海が良子の家に泊まるのは実に五年ぶりだ。泊まるのは、知佳が子供の頃に使っていた部屋で、当然ながらシングルベッドが一つしかない。もちろん、良子の家には他にも部屋がある。知佳の両親や弟が使っていた部屋だ。知佳は狭いベッドを見て、拓海に提案した。「私の部屋は本当に狭すぎるわ。あなたは……」彼女が言い終わる前に、彼は遮った。「どうしたい？」知佳は口を閉じた。拓海は潔癖症だ。もちろん、その潔癖症はダブルスタンダードかもしれないが、何より彼は知佳の両親や弟を好んでいない。知佳は諦めた。もうどうでもいい、好きに寝ればいい。とにかく、彼女は先に横になった。拓海はベッドの縁に腰を下ろした。「奥さん、一体俺にどれだけ秘密を抱えているんだ？」彼が「奥さん」と呼ぶ時は、決まって皮肉を込めて、まともに話すつもりがない時だ。知佳は心の中で一つ一つ数えてみた。隠し事は結構たくさんある。ただ、拓海が一体どの件について言っているのか分からなかった。「どうやってこの鍼灸師と知り合った？毎日ここで鍼を打ってもらっているのに、どうして俺に黙っていた？」知佳は黙っていた。「さっき先生と話したんだが、君の足は毎日マッサージも必要らしいな。俺にもおばあさんにも言わずに、誰に頼んでやってもらうつもりだったんだ？」彼の詰問が次から次へと飛んできた。知佳は心の中で安堵した。よかった、留学の件ではないらしい。正直、留学の件も知ったとしても、大した事ではない。どうせいつかは知られることだ。ただ、彼に邪魔されたくないだけだ。「今、何を尋ねても答えないつもりか？」背後でカサリと衣擦れの音がした。次の瞬間、パジャマの裾がめくり上げられ、その冷たい感触が、知佳の肌に直接触れた。知佳の本能的な拒絶反応が働き、彼女は身を翻し、足を抱え込むように固く丸まった。拓海の両手にはマッサージオイルがたっぷりついており、空気にはほのかな漢方の香りが漂っていた。「マッサージしてやる」彼は手を差し出した。「南野先生がもう一本薬用オイルをくれた」「結構よ」知佳はすぐにズボンの裾を下ろした。「知佳」彼は
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