تسجيل الدخول莉子の件を片付けると、慎也は麻美との復縁にすべてを賭けるようになった。慎也の知る限り、まだ麻美は翼とは付き合っておらず、自分にはまだチャンスがあると考えたからだ。そして彼は今度こそどんなことがあっても、もう二度と麻美を裏切らないと誓いを立てた。たとえ麻美が山ほどの減点表を作ったとしても、1点もマイナスさせないようにするつもりだ。彼は麻美が望むなら、佐々木グループを譲り渡したって構わなかった。こうしてイナホ・デザインの場所を調べ上げた慎也は、花束を手に、その扉を叩いた。「すみません、麻美はいますか?」と慎也は丁寧に尋ねた。すると、事務所内の視線が一斉に集まり。その中から、夏帆が歩み寄ってきて、複雑な表情で慎也を見つめた。「何をしに来たの?」慎也は夏帆を知っていた。麻美が離婚した後、彼女と一緒にこの事務所を立ち上げた、かつての先輩だ。だから、夏帆に対し、慎也は微笑みながら言った。「麻美を、もう一度口説き落とすためです」夏帆はなんと返すべきか言葉に詰まった。過ちを犯した人間は、誰もが決まって後になってから後悔するものだ。だが、どうしてもっと前に気がつかなかったのだろう?長い沈黙の後、麻美のことについては本人にしか決められないと思い直し、夏帆は扉を開けて2階を指さした。「2階にいます。でも、麻美ちゃんがあなたを許すことは絶対にないでしょうね」慎也の心は痛んだが、それでも2階へと上がった。2階では、麻美が風に当たっていた。慎也と再会し、麻美の脳裏をかつての出来事が過ぎていた。最初は互いに愛し合っていると信じていたのに、でも実は莉子が別の相手と結婚してしまったから、慎也はその腹いせに自分を結婚相手に選んだのだった。その時の彼女は慎也に心から愛してはもらえず、それでも諦めきれず、妻の座にすがりついていた。そして、体も心も傷だらけになり、もはや愛のかけらも見出せなくなった時、ようやく去る決意をした。皮肉な運命というものだ。莉子への執着を捨てた慎也が、今になって自分を取り戻そうとしてやってくるなんて。せっかく自分は今、これ以上にないほど穏やかで幸せな暮らしを送っているというのに。そこへ翼が歩み寄り、ホットココアを差し出した。「体調、優れないの?」と翼がそう尋ねた。彼は慎也と再会したことで、麻美がまた傷つい
慎也は、一歩前へ踏み出した。実家で叱られた時も、莉子に対し怒りをぶつけた時も、彼がこれほど取り乱したことはなかったのだ。ただ、ずっと思いを寄せる麻美とようやく再会できたから、慎也の気分は高揚し、今にも自分のすべてを曝け出したい衝動に駆られてしまったのだった。だが、そんな姿に麻美はうんざりしていた。一方、彼女の冷たく、嫌悪感を露わにしたようなまるで他人を見る眼差しを受けて、慎也は胸を深く突き刺されたかのようだった。「佐々木さん、あなたは自分の身を正すべきです。もし麻美にあなたを許すつもりがあれば、連絡が途絶えたりすることはなかったはずです。お二人に何があったのかは知りませんが、麻美は本当に優しい人です。だから、あなたは本当に許しがたい過ちを犯したからこそ、今の状態を招いたのでしょう」翼が絶妙なタイミングで麻美の前に立ちふさがった。その眼差しも氷のように冷たく、遠慮のない皮肉で慎也に詰め寄った。その言葉に慎也は震え、目をさらに赤く潤ませた。そして、慎也は二人をじっと見つめた。麻美を庇う翼、そして、翼の後ろで彼に信頼を寄せる麻美。もしや、麻美が昔望んでいたのは、こういう温かい関係だったのではないだろうか?それに気づき、慎也は痛みをこらえ再び麻美をチラッと見た後、未練を押し殺してその場を去った。だが、せっかく麻美に再会できたのだから、慎也は当然このまま引き下がるつもりはなかった。宴会の最中も、隣に寄り添う莉子のことなど構うことなく、彼は麻美の一挙手一投足を目で追っていた。慎也にとって麻美に謝罪すら受け入れてもらえない以上、莉子はもう何の役にも立たない駒でしかなかったからだ。そして宴会が終わって、麻美が翼と連れ立ってあっさりと立ち去るのを見届けてから、ようやく慎也はその眼差しを戻した。そこへ、莉子は急いで近づいていった。「慎也……今や麻美さんも新しい生活を始めたのだから、もう彼女なんて忘れましょうよ。それで私たちも、またやり直せるはず……」莉子はすがるように慎也を見つめながら、希望を抱いていた。しかし、莉子と向き合った慎也の目は、先ほどまでの情熱はなく一気に冷めていった。そして彼は淡々と言い放った。「お前はもう帰れ」「えっ?」一方、そう言われた莉子は信じられないように目を見開き、顔面蒼白になった。「失せろと言
例のインタビューが放送されてすぐ、慎也は麻美の現在の居場所を知った。麻美は深津市にいた。かつての夢通り、彼女は自分のデザイン事務所を開いていたのだ。それを知って、慎也は貪るようにイナホ・デザインについて検索した。自分から離れてからの1年間、麻美がどう過ごしていたのかを知りたかったからだ。そして彼女は自分のように落ちぶれてはいなかった。むしろどんどん輝きを増し、ゼロから立ち上げた事務所も今や誰もが知るブランドに成長していた。こうして照明の下に立つ麻美の姿を凝視し、慎也はかつてのように抱きしめたい衝動を必死に抑え込んだ。そして、我慢できず駆け寄ろうとした時、隣にいた莉子が彼の腕を引いた。「慎也……」莉子がすがるような目で慎也を見つめたが、慎也は振り向こうともせず、莉子の手を振り払った。すると、莉子は憎しみをこめて拳を握りしめた。あの時、二人が決裂したあと、慎也は佐々木家の本家で3日間も懺悔し続けて、ようやく復帰のチャンスを得ることができたのだ。すると彼はかつて一言で佐々木グループの相続権を捨てた男とは別人のように、仕事に打ち込んでいったのだった。一方で、莉子は不安を募らせていた。佐々木グループに戻っても慎也が自分のスキャンダルを揉み消してくれなかったからだ。レストランの悪事は暴露され、世間から唾を吐かれ、前夫との事も笑いものにされていた。一方、そんな事態に初めて直面した莉子は、かつてのプライドを捨てて慎也に縋るしかなくなった。そして世間の批判に押され、彼女は頭を下げ、慎也の許しを乞った。だが、泣き崩れる莉子を見ていると、慎也の胸には複雑な思いが込み上げた。昔、あれほど大切に愛してきた相手がやっと手に入ったのに、自分はまるでゴミを拾ったかのような気分だった。慎也はもともと莉子には興味がなかった。自業自得だと思っていたからだ。しかし、麻美に莉子の謝罪を聞かせ、自分の悔いを見せるまでは傍に置いておこうと思った。だから、嫌々ながらも慎也は莉子を受け入れた。しかし、彼女を以前のように大事には扱わなかった。それどころか莉子は慎也の顔色を窺う立場に成り下がった。現に、書斎の思い出の品々を焼かれる時、炎を見つめて莉子は怯えるしかなかった。彼女も自分はもう慎也に依存するしかない身分だと分かっていたから。幸い、この1年麻美は姿を見せず
そこで、麻美は涼しい顔でそのインタビューを観ていた。内容はほとんどイナホ・デザインの作品についてで、麻美としての素性や、慎也との関係に触れる部分はほんの一部だった。インタビュー公開後、ネットで少し話題にはなったが、麻美は軽くチェックしただけで興味を失った。麻美が退屈そうにしているのを察したのか、翼が近づいてきた。彼は一枚の招待状を手に持ち、麻美の目の前でひらひらと揺らしてみせた。読み通り、麻美の目が瞬時に輝きを放った。「あれなの?」すると、翼は得意げに微笑んだ。「その通り。今日の朝届いたばかりなんだ」麻美はすぐにそれを受け取り、嬉しさのあまり招待状を掲げてくるくるとその場で回った。これはデザイン業界への登竜門となるイベントへの切符だ。そこには業界の権威だけでなく、各地から名だたるコレクターや実業家も集まる。イナホ・デザインの名がようやく業界に轟いた今こそ長年の夢をようやく成し遂げられそうだ。「よかった、翼!」麻美は感激のあまり翼に飛びつき、力いっぱい抱きしめた。それは麻美がずっと待ち焦がれていた瞬間だった。一人で必死にもがき、一から始めた日から、仲間と共に努力を重ねた今日まで。ついに実力で認められる時がきた。麻美の瞳が涙で潤んだ。学生時代にもチャンスはあったが、慎也と結婚したことで諦めなければならなかった。何年も経ってゼロからやり直し、数々の困難を乗り越えてようやく光が見えたのだ。「ありがとう、翼……」麻美は言い切れないほどの感謝に溢れていた。自分の成功は一人だけの力じゃない。夏帆からの誘いや、翼の加入、みんなの努力がなければとうに失敗していただろう。一方、翼は麻美の背中を優しく叩いた。「麻美の実力さ。本当にすごいよ」翼は麻美の頑張りを見てきた。最後まで諦めなかったのは麻美自身だ。自分はただ、麻美に引き寄せられ、そんな眩く輝く光を纏う彼女を追いかけて突き進んできただけだから。それから、二人は顔を見合わせ微笑んだ。この時二人は言葉を交わさずとも、互いの心は通じ合っていた。その後、麻美は早速夏帆にこの朗報を伝えたが、残念ながら夏帆は事務所の切り盛りで忙しく、この宴会には参加できないとのことだった。他のメンバーにも確認したが皆時間が取れず、結局麻美と翼の二人で参加することになった。その日、麻美と翼はそ
お酒もほどほどに進んだところ、麻美は2階のテラスで夜風に当たっていた。少し酔ってはいるが、気分は晴れやかだ。慎也のもとを去って2年。自分はもはや、あの頃の苦しみから抜け出し、過去に縛られることもなくなった。もう慎也のために自分を失い、悲しむこともなくなったのだ。心地よい夜風に吹かれ、髪を靡かせながら佇む彼女の姿はまるで一枚の絵のようだった。そこへ、誰かがそっとやってきて、隣の欄干に身を預けた。「一人でここにいたの?みんなが探してたんだよ」と翼が声をかけてきた。「少し風に当たりたくて。なんだかすべてが夢みたいで、私たちが本当にここまでやってこれたなんてね」麻美は細めた瞳に、微かな笑みを浮かべていた。「そうだね。僕たちは成し遂げたんだ」麻美を見て、翼もつられて笑った。2年前、麻美と夏帆が立ち上げた事務所の一番重要な局面を迎える時に誘ってくれた。当時、麻美の名前は聞いていたが、あの時はこんな小さな事務所が業界大手になるなんて想像もしていなかった。けれど、麻美の真っすぐな瞳と熱意を前に、翼は断れなかった。そして、イナホ・デザインのメンバーとなった彼は、麻美のその強烈な情熱を間近で感じることができた。麻美は仕事に命をかけていた。ほんの少しのデザインの修正にも納得するまでこだわり、何日も徹夜を繰り返して完璧を目指した。いつから麻美に惹かれていたんだろう?最初の大きな契約をとった時か?初めて認めてもらえた瞬間?それとも喜びのあまり抱き合ったあの日か?翼がその感情に気づいた時には、既に麻美のために胸をときめかせるようになっていた。麻美の過去を知っているからこそ、翼はあせらず、彼女をサポートしていこうと決めたのだ。麻美の準備ができるその時まで陰ながら支えようと。自分たちには、まだたくさんの時間が残されている。翼は煌めく星空を見上げたが、それも麻美の瞳の輝きにはかなわないと思った。その想いを胸に翼が笑みを浮かべながら風に髪を揺らす麻美を見つめていると、遠くの湖面に広がる波紋のように、彼の胸の鼓動も次第に大きくなっていった。支え合っているうちに互いの気持ちは音もなく近づいていくものだ。そして、夜も深まり冷えてきた頃、翼は麻美を支えて階下へと降りた。スタジオには、夜遅くまで仕事をする人が休息を取れるよう、宿泊できる
一方、慎也と別れてから、麻美は深津市で新しい生活を始めていた。深津市に着いてすぐ、夏帆がメンバーを連れて出迎えにきた。彼らは誰もが夢を語り、瞳をキラキラさせていた。麻美は、もし慎也と結婚していなければ、自分もこんな風に輝かしい未来に向かって駆け出していたのだろうと思った。そしてその日は皆で食事をした後、休む間もなく仕事に取りかかった。立ち上げたばかりの事務所は、何から何まで手探りだ。場所探し、内装、登記、採用……ゼロから何かを作るのは簡単じゃない。それでも麻美は一つ一つ慎重に進めていった。忙しい日々に追われるうち、彼女は慎也のことを考える間もなくなっていた。こうして、数ヶ月の猛烈な仕事の末、事務所はやっと形を成した。屋号を決める時、麻美は少し考えて「イナホ・デザイン」と決めた。彼女はこの事務所に自分のこれからの人生への期待を込めていたのだった。将来は必ず、自身とともに事務所も輝かしく成長していくのだろう。それに対して夏帆もこころから、成功を祝ってくれた。この再出発は、麻美の人生に新たな命を吹き込んでくれた。こうして、麻美はわずかな仲間と共にデザインの世界へ飛び込んだ。最初は本当に過酷だった。仕事も貰えず、信用も無かった。一番苦しい時期はパン一つを分け合うほどだった。それでも、みんなの夢が詰まった場所だから、麻美は何としてもやり抜くつもりで踏ん張ったのだった。そして努力が報われ、満足のいく作品を世に出した時、イナホ・デザインは軌道に乗り始めた。さらにその勢いに乗り、麻美たちは自らの評判を確実なものにしていった。次第にイナホ・デザインの名は深津市で広がっていった。デザイン業界に関わる者なら誰もがその実力を知るようになり、大きな案件を任されるようになった。「また一つ、億単位のプロジェクトが無事終わったわね。乾杯!」スタジオの中で、麻美は笑顔でグラスを掲げた。「乾杯!麻美さんの腕は本当に最高です!」「そうです。でも、翼さんのサポートもあってこその成功ですね。これからもいろいろと教えてください」「お二人のコンビはまさに無敵ですね!」こうして皆が声を揃えてグラスを合わせた。一方、話題の中心にいた望月翼(もちづき つばさ)は控えめに笑い、ずっと麻美のことを見つめていた。「いや。やっぱり麻美の実力のおかげで