Share

第4話

Author: ほねちゃん
それから、莉子は慎也を案内しながら、店の中をあちこち連れまわした。

「ねえ、覚えてる?中学の頃、私がずっと言ってた夢。自分のお店を開くこと」

「ああ。リゾート風の内装で、壁には印象派の絵を飾って、テーブルや椅子は黒と白に揃えるんだろ?アロマにもこだわって、毎日違う花の香りを漂わせるんだって言ってたよな」

慎也が当時の言葉をひとつも間違えず語るのを聞いて、莉子は言葉を失った。

「どうしてそんなに細かく覚えてるの?それじゃ、あれも覚えてるかな……」

「当然だろ。『お店の株の3割をやるから、慎也がバーテンダーをしてよ』っていうあの約束、それは今でも有効だよね?」

すると、莉子の瞳が喜びで揺れ、恥ずかしそうに頬を赤らめた。

「昔の冗談を、本気にしちゃだめよ。それに慎也、これからは会社を継ぐんでしょ?私の店でバーテンダーなんてさせたら、そんなの恐れ多いわよ」

すると、慎也の表情が一瞬暗くなり、何か言いたそうに唇を動かしたが、やがて黙り込んだ。

一方、そのやり取りをただ見つめていた麻美は、胸の奥に黒い影がどんどん広がっていくかのように、息が詰まりそうになった。

麻美にはわかっていた。慎也の言葉には偽りがないことが。

彼は本当に、いつでもどこでも莉子のそばにいたい、たとえバーテンダーとして、遠くから見つめるだけで十分だと思っているのだ。

かつて失った痛みを知っているからこそ、慎也にとってもう一度手に入れるチャンスをなによりも大切にしたいはず。

こうしている今も、慎也の視線は莉子に釘付けで、一度も振り向くことがなかった。

そんな中、麻美だけが一人、誰にも気づかれることなく、取り残されていた。

個室に入ると、慎也は当たり前のようにメニューに手を伸ばした。

すると隣に座った莉子が、彼が注文した料理を聞いて、わざとらしく口を開いた。

「慎也、どうして私の好物ばっかり頼むのよ?奥さんは何が好き?彼女にも聞いてあげなきゃ」

それを聞いて、慎也は手を止めた。一瞬、麻美に目をやると、平然とした様子でメニューを差し出した。

「君の好みがわからないから、適当に頼んだんだ。食べたいものは自分で頼んでくれ」

そんな慎也の無関心な態度と、莉子の誇らしげな笑みを目の当たりにして、麻美は息が詰まりそうになりながらも、掌に跡が残るほどギュッと強く握りしめた。

もともと慎也はすべてにおいて冷淡な人だとわかっていた。結婚記念日を忘れても、ロマンチックな演出がなくとも、自分の気持ちを気遣ってもらえなくても、すべて我慢できた。

しかし、目の前で莉子への情愛を見せつけられ、それと対照的な自分の扱われ方を比べると、やはりどうしようもない惨めな気持ちがこみ上げてきた。

麻美はメニューを受け取らず、青ざめた顔で立ち上がると、洗面所へ行くと言って部屋を出た。

案の定、莉子が道案内を口実についてきた。そして、連絡先を交換したいと言いながら、莉子はたびたび棘を帯びた言葉を投げかけてきた。

「麻美さん、気を悪くしないでくださいね。慎也とはもう十何年もの付き合いなんです。私の体のことだって、彼は全部わかってくれてるんです。

少し前もね、私の体調を気にして隣の市までわざわざ専門医を探して紹介してくれたのですよ。昔もよく、海外にいる私にクリスマスプレゼントを贈ってくれたりして……」

そんな単なる釈明に見せかけた自慢話に、麻美は胸が押しつぶされそうなほどの苦しさを感じた。

ついに足を止め、莉子に向き直ると、麻美は震える声で尋ねた。

「それで?結局何が言いたいのですか?」

すると、莉子は表情を一変させて、口角に冷ややかな笑みを浮かべた。

「隠す必要なんてないですよね。あなたが彼の奥さんであろうと、慎也にとって私は唯一無二の存在よ。彼は近いうちに必ず私の元へ戻ります。あなたも分別があるなら、自分から身を引くことね。そのほうがお互いうまくいくでしょう?」

確かに莉子の言うことはすべて否定しようのない真実だと、麻美も分かっていた。

だから、麻美は視線を落として一度深く息を吸い込んで、何か言おうとしたその時、頭上のきらびやかなシャンデリアが突如ぐらつき、二人が立つ場所へと一気に崩れ落ちてきた。

その瞬間客たちの悲鳴が響き渡り、店内が瞬時に恐怖で満ちていった。

一方、何が起きたか理解する間もなく、空から降ってくる巨大な黒い影に二人は戦慄した。

そして、シャンデリアの破片が降り注ぐ中、数メートル離れた場所から走り寄った慎也は、真っ先に莉子を引き寄せ、安全な場所へと連れ出した。

だが、取り残された麻美の体は、無残にもシャンデリアの直撃を受け、血の海に倒れ込んだ。

全身を駆け巡る激痛が、脳の神経を容赦なく切り裂いていく。

額を流れる血で視界が真っ赤になる中、薄れゆく意識で麻美が見た光景。それは、取り乱す莉子を守ろうと群がる客たちの中心で、ただ莉子のことだけを気に掛ける慎也の姿だった。

彼はまるで守護者のように寄り添い、店長である莉子をすべての非難やパニックから隠すように守り抜いていた。

どんどん遠ざかる二人の影を最後に、麻美は力尽き、意識が闇の中へと消えていった……

目を覚ますと、麻美は病院のベッドに横たわっていた。

全身を包帯で巻かれ、少し動かすだけでも鋭い痛みが走った。

だが、病室はガランとしていて、誰一人として付き添いがいなかった。

しばらく天井を眺めていた麻美は、痛みをこらえ、テーブルに置かれたカバンから例の減点表を取り出すと、10点の減点を記入した。

ペンの置き所を探していると、指先から滑り落ちた減点表を、ちょうど巡回に訪れた看護師に拾われてしまった。

減点表の内容を一瞥した看護師が、好奇心を隠そうともせず言った。

「これ何ですか?ずいぶん点が減ってますけど……最後はどうなるんですか?」

麻美は小さく視線を動かし、看護師の手から減点表を受け取ると、静かな声で告げた。

「婚姻減点表です。満点から始まって、0点になったらすべてが終わるんです」

「終わるって……離婚ってことですか?あと10点しかないじゃないですか?」

看護師の驚いた声が上がると同時に、病室のドアが力強く開かれた。

眉を寄せた慎也が入ってくると、鋭い眼差しで麻美を見つめた。

「10点って何の話だ?」

Patuloy na basahin ang aklat na ito nang libre
I-scan ang code upang i-download ang App

Pinakabagong kabanata

  • 愛の減点表、初恋を選ぶ夫を0点で捨てる   第23話

    莉子の件を片付けると、慎也は麻美との復縁にすべてを賭けるようになった。慎也の知る限り、まだ麻美は翼とは付き合っておらず、自分にはまだチャンスがあると考えたからだ。そして彼は今度こそどんなことがあっても、もう二度と麻美を裏切らないと誓いを立てた。たとえ麻美が山ほどの減点表を作ったとしても、1点もマイナスさせないようにするつもりだ。彼は麻美が望むなら、佐々木グループを譲り渡したって構わなかった。こうしてイナホ・デザインの場所を調べ上げた慎也は、花束を手に、その扉を叩いた。「すみません、麻美はいますか?」と慎也は丁寧に尋ねた。すると、事務所内の視線が一斉に集まり。その中から、夏帆が歩み寄ってきて、複雑な表情で慎也を見つめた。「何をしに来たの?」慎也は夏帆を知っていた。麻美が離婚した後、彼女と一緒にこの事務所を立ち上げた、かつての先輩だ。だから、夏帆に対し、慎也は微笑みながら言った。「麻美を、もう一度口説き落とすためです」夏帆はなんと返すべきか言葉に詰まった。過ちを犯した人間は、誰もが決まって後になってから後悔するものだ。だが、どうしてもっと前に気がつかなかったのだろう?長い沈黙の後、麻美のことについては本人にしか決められないと思い直し、夏帆は扉を開けて2階を指さした。「2階にいます。でも、麻美ちゃんがあなたを許すことは絶対にないでしょうね」慎也の心は痛んだが、それでも2階へと上がった。2階では、麻美が風に当たっていた。慎也と再会し、麻美の脳裏をかつての出来事が過ぎていた。最初は互いに愛し合っていると信じていたのに、でも実は莉子が別の相手と結婚してしまったから、慎也はその腹いせに自分を結婚相手に選んだのだった。その時の彼女は慎也に心から愛してはもらえず、それでも諦めきれず、妻の座にすがりついていた。そして、体も心も傷だらけになり、もはや愛のかけらも見出せなくなった時、ようやく去る決意をした。皮肉な運命というものだ。莉子への執着を捨てた慎也が、今になって自分を取り戻そうとしてやってくるなんて。せっかく自分は今、これ以上にないほど穏やかで幸せな暮らしを送っているというのに。そこへ翼が歩み寄り、ホットココアを差し出した。「体調、優れないの?」と翼がそう尋ねた。彼は慎也と再会したことで、麻美がまた傷つい

  • 愛の減点表、初恋を選ぶ夫を0点で捨てる   第22話

    慎也は、一歩前へ踏み出した。実家で叱られた時も、莉子に対し怒りをぶつけた時も、彼がこれほど取り乱したことはなかったのだ。ただ、ずっと思いを寄せる麻美とようやく再会できたから、慎也の気分は高揚し、今にも自分のすべてを曝け出したい衝動に駆られてしまったのだった。だが、そんな姿に麻美はうんざりしていた。一方、彼女の冷たく、嫌悪感を露わにしたようなまるで他人を見る眼差しを受けて、慎也は胸を深く突き刺されたかのようだった。「佐々木さん、あなたは自分の身を正すべきです。もし麻美にあなたを許すつもりがあれば、連絡が途絶えたりすることはなかったはずです。お二人に何があったのかは知りませんが、麻美は本当に優しい人です。だから、あなたは本当に許しがたい過ちを犯したからこそ、今の状態を招いたのでしょう」翼が絶妙なタイミングで麻美の前に立ちふさがった。その眼差しも氷のように冷たく、遠慮のない皮肉で慎也に詰め寄った。その言葉に慎也は震え、目をさらに赤く潤ませた。そして、慎也は二人をじっと見つめた。麻美を庇う翼、そして、翼の後ろで彼に信頼を寄せる麻美。もしや、麻美が昔望んでいたのは、こういう温かい関係だったのではないだろうか?それに気づき、慎也は痛みをこらえ再び麻美をチラッと見た後、未練を押し殺してその場を去った。だが、せっかく麻美に再会できたのだから、慎也は当然このまま引き下がるつもりはなかった。宴会の最中も、隣に寄り添う莉子のことなど構うことなく、彼は麻美の一挙手一投足を目で追っていた。慎也にとって麻美に謝罪すら受け入れてもらえない以上、莉子はもう何の役にも立たない駒でしかなかったからだ。そして宴会が終わって、麻美が翼と連れ立ってあっさりと立ち去るのを見届けてから、ようやく慎也はその眼差しを戻した。そこへ、莉子は急いで近づいていった。「慎也……今や麻美さんも新しい生活を始めたのだから、もう彼女なんて忘れましょうよ。それで私たちも、またやり直せるはず……」莉子はすがるように慎也を見つめながら、希望を抱いていた。しかし、莉子と向き合った慎也の目は、先ほどまでの情熱はなく一気に冷めていった。そして彼は淡々と言い放った。「お前はもう帰れ」「えっ?」一方、そう言われた莉子は信じられないように目を見開き、顔面蒼白になった。「失せろと言

  • 愛の減点表、初恋を選ぶ夫を0点で捨てる   第21話

    例のインタビューが放送されてすぐ、慎也は麻美の現在の居場所を知った。麻美は深津市にいた。かつての夢通り、彼女は自分のデザイン事務所を開いていたのだ。それを知って、慎也は貪るようにイナホ・デザインについて検索した。自分から離れてからの1年間、麻美がどう過ごしていたのかを知りたかったからだ。そして彼女は自分のように落ちぶれてはいなかった。むしろどんどん輝きを増し、ゼロから立ち上げた事務所も今や誰もが知るブランドに成長していた。こうして照明の下に立つ麻美の姿を凝視し、慎也はかつてのように抱きしめたい衝動を必死に抑え込んだ。そして、我慢できず駆け寄ろうとした時、隣にいた莉子が彼の腕を引いた。「慎也……」莉子がすがるような目で慎也を見つめたが、慎也は振り向こうともせず、莉子の手を振り払った。すると、莉子は憎しみをこめて拳を握りしめた。あの時、二人が決裂したあと、慎也は佐々木家の本家で3日間も懺悔し続けて、ようやく復帰のチャンスを得ることができたのだ。すると彼はかつて一言で佐々木グループの相続権を捨てた男とは別人のように、仕事に打ち込んでいったのだった。一方で、莉子は不安を募らせていた。佐々木グループに戻っても慎也が自分のスキャンダルを揉み消してくれなかったからだ。レストランの悪事は暴露され、世間から唾を吐かれ、前夫との事も笑いものにされていた。一方、そんな事態に初めて直面した莉子は、かつてのプライドを捨てて慎也に縋るしかなくなった。そして世間の批判に押され、彼女は頭を下げ、慎也の許しを乞った。だが、泣き崩れる莉子を見ていると、慎也の胸には複雑な思いが込み上げた。昔、あれほど大切に愛してきた相手がやっと手に入ったのに、自分はまるでゴミを拾ったかのような気分だった。慎也はもともと莉子には興味がなかった。自業自得だと思っていたからだ。しかし、麻美に莉子の謝罪を聞かせ、自分の悔いを見せるまでは傍に置いておこうと思った。だから、嫌々ながらも慎也は莉子を受け入れた。しかし、彼女を以前のように大事には扱わなかった。それどころか莉子は慎也の顔色を窺う立場に成り下がった。現に、書斎の思い出の品々を焼かれる時、炎を見つめて莉子は怯えるしかなかった。彼女も自分はもう慎也に依存するしかない身分だと分かっていたから。幸い、この1年麻美は姿を見せず

  • 愛の減点表、初恋を選ぶ夫を0点で捨てる   第20話

    そこで、麻美は涼しい顔でそのインタビューを観ていた。内容はほとんどイナホ・デザインの作品についてで、麻美としての素性や、慎也との関係に触れる部分はほんの一部だった。インタビュー公開後、ネットで少し話題にはなったが、麻美は軽くチェックしただけで興味を失った。麻美が退屈そうにしているのを察したのか、翼が近づいてきた。彼は一枚の招待状を手に持ち、麻美の目の前でひらひらと揺らしてみせた。読み通り、麻美の目が瞬時に輝きを放った。「あれなの?」すると、翼は得意げに微笑んだ。「その通り。今日の朝届いたばかりなんだ」麻美はすぐにそれを受け取り、嬉しさのあまり招待状を掲げてくるくるとその場で回った。これはデザイン業界への登竜門となるイベントへの切符だ。そこには業界の権威だけでなく、各地から名だたるコレクターや実業家も集まる。イナホ・デザインの名がようやく業界に轟いた今こそ長年の夢をようやく成し遂げられそうだ。「よかった、翼!」麻美は感激のあまり翼に飛びつき、力いっぱい抱きしめた。それは麻美がずっと待ち焦がれていた瞬間だった。一人で必死にもがき、一から始めた日から、仲間と共に努力を重ねた今日まで。ついに実力で認められる時がきた。麻美の瞳が涙で潤んだ。学生時代にもチャンスはあったが、慎也と結婚したことで諦めなければならなかった。何年も経ってゼロからやり直し、数々の困難を乗り越えてようやく光が見えたのだ。「ありがとう、翼……」麻美は言い切れないほどの感謝に溢れていた。自分の成功は一人だけの力じゃない。夏帆からの誘いや、翼の加入、みんなの努力がなければとうに失敗していただろう。一方、翼は麻美の背中を優しく叩いた。「麻美の実力さ。本当にすごいよ」翼は麻美の頑張りを見てきた。最後まで諦めなかったのは麻美自身だ。自分はただ、麻美に引き寄せられ、そんな眩く輝く光を纏う彼女を追いかけて突き進んできただけだから。それから、二人は顔を見合わせ微笑んだ。この時二人は言葉を交わさずとも、互いの心は通じ合っていた。その後、麻美は早速夏帆にこの朗報を伝えたが、残念ながら夏帆は事務所の切り盛りで忙しく、この宴会には参加できないとのことだった。他のメンバーにも確認したが皆時間が取れず、結局麻美と翼の二人で参加することになった。その日、麻美と翼はそ

  • 愛の減点表、初恋を選ぶ夫を0点で捨てる   第19話

    お酒もほどほどに進んだところ、麻美は2階のテラスで夜風に当たっていた。少し酔ってはいるが、気分は晴れやかだ。慎也のもとを去って2年。自分はもはや、あの頃の苦しみから抜け出し、過去に縛られることもなくなった。もう慎也のために自分を失い、悲しむこともなくなったのだ。心地よい夜風に吹かれ、髪を靡かせながら佇む彼女の姿はまるで一枚の絵のようだった。そこへ、誰かがそっとやってきて、隣の欄干に身を預けた。「一人でここにいたの?みんなが探してたんだよ」と翼が声をかけてきた。「少し風に当たりたくて。なんだかすべてが夢みたいで、私たちが本当にここまでやってこれたなんてね」麻美は細めた瞳に、微かな笑みを浮かべていた。「そうだね。僕たちは成し遂げたんだ」麻美を見て、翼もつられて笑った。2年前、麻美と夏帆が立ち上げた事務所の一番重要な局面を迎える時に誘ってくれた。当時、麻美の名前は聞いていたが、あの時はこんな小さな事務所が業界大手になるなんて想像もしていなかった。けれど、麻美の真っすぐな瞳と熱意を前に、翼は断れなかった。そして、イナホ・デザインのメンバーとなった彼は、麻美のその強烈な情熱を間近で感じることができた。麻美は仕事に命をかけていた。ほんの少しのデザインの修正にも納得するまでこだわり、何日も徹夜を繰り返して完璧を目指した。いつから麻美に惹かれていたんだろう?最初の大きな契約をとった時か?初めて認めてもらえた瞬間?それとも喜びのあまり抱き合ったあの日か?翼がその感情に気づいた時には、既に麻美のために胸をときめかせるようになっていた。麻美の過去を知っているからこそ、翼はあせらず、彼女をサポートしていこうと決めたのだ。麻美の準備ができるその時まで陰ながら支えようと。自分たちには、まだたくさんの時間が残されている。翼は煌めく星空を見上げたが、それも麻美の瞳の輝きにはかなわないと思った。その想いを胸に翼が笑みを浮かべながら風に髪を揺らす麻美を見つめていると、遠くの湖面に広がる波紋のように、彼の胸の鼓動も次第に大きくなっていった。支え合っているうちに互いの気持ちは音もなく近づいていくものだ。そして、夜も深まり冷えてきた頃、翼は麻美を支えて階下へと降りた。スタジオには、夜遅くまで仕事をする人が休息を取れるよう、宿泊できる

  • 愛の減点表、初恋を選ぶ夫を0点で捨てる   第18話

    一方、慎也と別れてから、麻美は深津市で新しい生活を始めていた。深津市に着いてすぐ、夏帆がメンバーを連れて出迎えにきた。彼らは誰もが夢を語り、瞳をキラキラさせていた。麻美は、もし慎也と結婚していなければ、自分もこんな風に輝かしい未来に向かって駆け出していたのだろうと思った。そしてその日は皆で食事をした後、休む間もなく仕事に取りかかった。立ち上げたばかりの事務所は、何から何まで手探りだ。場所探し、内装、登記、採用……ゼロから何かを作るのは簡単じゃない。それでも麻美は一つ一つ慎重に進めていった。忙しい日々に追われるうち、彼女は慎也のことを考える間もなくなっていた。こうして、数ヶ月の猛烈な仕事の末、事務所はやっと形を成した。屋号を決める時、麻美は少し考えて「イナホ・デザイン」と決めた。彼女はこの事務所に自分のこれからの人生への期待を込めていたのだった。将来は必ず、自身とともに事務所も輝かしく成長していくのだろう。それに対して夏帆もこころから、成功を祝ってくれた。この再出発は、麻美の人生に新たな命を吹き込んでくれた。こうして、麻美はわずかな仲間と共にデザインの世界へ飛び込んだ。最初は本当に過酷だった。仕事も貰えず、信用も無かった。一番苦しい時期はパン一つを分け合うほどだった。それでも、みんなの夢が詰まった場所だから、麻美は何としてもやり抜くつもりで踏ん張ったのだった。そして努力が報われ、満足のいく作品を世に出した時、イナホ・デザインは軌道に乗り始めた。さらにその勢いに乗り、麻美たちは自らの評判を確実なものにしていった。次第にイナホ・デザインの名は深津市で広がっていった。デザイン業界に関わる者なら誰もがその実力を知るようになり、大きな案件を任されるようになった。「また一つ、億単位のプロジェクトが無事終わったわね。乾杯!」スタジオの中で、麻美は笑顔でグラスを掲げた。「乾杯!麻美さんの腕は本当に最高です!」「そうです。でも、翼さんのサポートもあってこその成功ですね。これからもいろいろと教えてください」「お二人のコンビはまさに無敵ですね!」こうして皆が声を揃えてグラスを合わせた。一方、話題の中心にいた望月翼(もちづき つばさ)は控えめに笑い、ずっと麻美のことを見つめていた。「いや。やっぱり麻美の実力のおかげで

  • 愛の減点表、初恋を選ぶ夫を0点で捨てる   第11話

    結局のところ、慎也は莉子を邸宅には連れて帰らなかった。あの家は麻美と自分だけの場所であり、第三者を連れて行くべきではないのだと、彼は初めてはっきりと悟ったからだ。それは相手が莉子であっても、例外ではない。それから、莉子を澄波ヶ丘まで送ったあと、慎也は遠方の古い路地裏へと車を走らせた。そこに、麻美が大好きな、お菓子屋さんがあるから。昔、麻美が怒ったりすると必ずこのお菓子屋さんにきていた。あの時、慎也が仕事を終わらせて来ると、いつもきな粉の団子を美味しそうに頬張って、満足げにはしゃぐ麻美の姿があった。その可愛らしい声と、幸せそうに目を輝かせる姿を見るのが、慎也は何よりも好きだっ

  • 愛の減点表、初恋を選ぶ夫を0点で捨てる   第8話

    どれくらい時間が経ったのだろう、潮のように押し寄せる激痛を感じ、麻美は現実へと引き戻された。そして朦朧とする意識の中で目を開けると、そこは病院で、看護師が慌ただしく緊急対応に追われていた。「妊娠2ヶ月の患者さん、腹部への衝撃による大量出血で、至急輸血が必要です!でも院内の在庫は全て株主の指示で移送済みです……先生、どうしましょう?」医師はすぐに決断し、その株主の元へ事情を説明するよう指示した。「佐々木社長、病院の血液庫を全て押さえられていますね。こちらで交通事故に遭った妊婦さんが緊急輸血を必要としています。妊婦さんとお腹の子を助けるため、少しだけ調整できませんでしょうか?」

  • 愛の減点表、初恋を選ぶ夫を0点で捨てる   第7話

    公園で日が暮れるまで座り続け、麻美はようやく心を落ち着かせた。立ち上がって家の中に入ると、リビングのソファでは慎也が独り眠っていた。友人たちは既に帰ったようだった。慎也はひどく酔っ払っていて、寝言でも莉子の名前を何度も呼んでいるのだった。麻美は黙ってその声を聞きながら、減点表を取り出し、さらに5点を減点した。いつもの彼女なら慎也を介抱していたが、今日はそれもせず、黙々と荷造りを始めた。慎也からの贈り物や、二人の思い出のツーショット写真、お揃いのコップやスリッパまで……麻美は慎也に関係するものは全て整理して、ゴミ袋へ放り込んだ。一晩かけて片付けたあと、翌朝、目が覚めた

  • 愛の減点表、初恋を選ぶ夫を0点で捨てる   第1話

    結婚して3年、佐々木慎也(ささき しんや)は佐々木麻美(あおき あさみ)が付けていた減点表を見つけた。慎也が書斎の引き出しから何気なくその減点表を取り出したとき、麻美の心臓は止まりそうになった。そこには、こう書かれていた――【私の誕生日に、慎也はS国の初恋の人のもとへ行った。マイナス5点】【慎也が初恋の人を迎えに空港へ行くため、私を高速道路に置き去りにした。マイナス10点】【初恋の人に料理を作ってやるため、慎也は結婚指輪をなくした。マイナス10点】……こうした内容が綴られ、一番下の行には小さくこう書かれていた。【100点が0になったら、離婚しよう】しかし、慎

Higit pang Kabanata
Galugarin at basahin ang magagandang nobela
Libreng basahin ang magagandang nobela sa GoodNovel app. I-download ang mga librong gusto mo at basahin kahit saan at anumang oras.
Libreng basahin ang mga aklat sa app
I-scan ang code para mabasa sa App
DMCA.com Protection Status