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第8話

Autor: 春を追って
私は頷き、冷ややかな声で言った。

「許すからといって、昔に戻れるわけじゃないわ。

あなたの親権は引き取らない。お金の面では、これからも責任を持つつもりだけど、もうあなたの『お母さん』にはならない」

理人は呆然とした。

「どうして?あんなに僕のことを愛してくれてたのに、お母さん……

自分がした悪いことはちゃんと分かってる。これからは絶対に直すから……」

理人はすがるように私の手を掴んだ。

私は避けず、手首の傷跡を彼に見せた。

それはあの時、彼に針で刺された痕だった。

「見える?刺さった針は抜けるけれど、この傷跡は消えないのよ。

あなたを許すことはできる。でも、もう愛することはできない。

あなたももう大きくなったんだから、自分の人生には自分で責任を持ちなさい」

理人はその場に立ち尽くし、全身を震わせていた。

私はもう彼を見ることはなく、背を向けて立ち去った。

背後では、理人だけが席に残り、胸が裂けるような声で泣いていた。

しばらく歩いた後、私は苛立たしげに振り返り、曲がり角に隠れている人に目を向けた。

「出てきなさい。見えてるわ
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  • 愛の灯火を吹き消して   第9話

    涼真の体は激しく震え出した。 「すまない……」 私はそれ以上何も言わず、迷うことなく花屋へと戻った。 一日後、ドアの隙間から、サイン済みの離婚協議書が差し込まれていた。 涼真は進んで財産分与の権利をすべて放棄し、全財産を私に明け渡した。三年後、海辺で結婚式が行われた。 司と私の結婚式。 人生で最も暗いどん底の時期に、彼は私の居場所を作ってくれた。 私の人生に光が差し込み始めた時、彼はありったけの賛辞を贈ってくれた。凍える時には温もりを、満ち足りた時には彩りを。そのすべてを彼一人が与えてくれたのだ。 だから、再び結婚することにも、もはや何の恐れもなかった。 そして二年間付き合った後、私は純白のウェディングドレスを着て、司の腕に手を添え、新しい人生へ歩き出した。 少し離れた場所から、涼真がその光景を見ていた。 彼の目は真っ赤に腫れ上がり、まるで長い間泣き続けていたかのようだった。 「お父さん、まだ止められるよ」涼真の傍らに立つ理人が、焦燥に駆られた顔で言った。 涼真は首を横に振った。「もういいんだ」 「俺があいつを傷つけた。彼女には、自分の幸せを追求する権利がある」 理人はうつむき、その涙が足元の砂浜に落ちた。 「ごめんなさい、お母さん……でも、幸せになってね」 結婚後の生活は、確かにとても幸せだった。 花屋の規模は徐々に大きくなり、近隣の都市にいくつもの支店を出すまでに成長した。 司との愛はさらに深まり、誰もが羨むほど甘く幸せな時間を過ごしていた。再び涼真の消息を耳にしたのは、それから半年後のことだった。 彼は会社をプロの経営者に任せ、一人で山あいの村へ行き、子どもたちに勉強を教える支援活動を始めたという。 その後、理人も彼を追って行ったそうだ。 二人は遠く離れた場所で、懸命に生活していたらしい。 スマホを置くと、心の中にほんのわずかな、言いがたい感情がよぎった。 司が近づいて、私の肩を抱き寄せた。「どうしたの?」 「ううん、なんでもない」私は首を振った。「ちょっと考え事をしてただけ」 司はそれ以上は追及せず、ただ優しく私を抱きしめてくれた。 「過去のことは、もう過去に置いておこう。俺たちには、これから一緒に歩んでいく長い未来があるんだから」

  • 愛の灯火を吹き消して   第8話

    私は頷き、冷ややかな声で言った。 「許すからといって、昔に戻れるわけじゃないわ。 あなたの親権は引き取らない。お金の面では、これからも責任を持つつもりだけど、もうあなたの『お母さん』にはならない」 理人は呆然とした。 「どうして?あんなに僕のことを愛してくれてたのに、お母さん…… 自分がした悪いことはちゃんと分かってる。これからは絶対に直すから……」 理人はすがるように私の手を掴んだ。 私は避けず、手首の傷跡を彼に見せた。 それはあの時、彼に針で刺された痕だった。 「見える?刺さった針は抜けるけれど、この傷跡は消えないのよ。あなたを許すことはできる。でも、もう愛することはできない。 あなたももう大きくなったんだから、自分の人生には自分で責任を持ちなさい」 理人はその場に立ち尽くし、全身を震わせていた。 私はもう彼を見ることはなく、背を向けて立ち去った。 背後では、理人だけが席に残り、胸が裂けるような声で泣いていた。 しばらく歩いた後、私は苛立たしげに振り返り、曲がり角に隠れている人に目を向けた。 「出てきなさい。見えてるわよ」 隅の影が揺れ、顔面を蒼白にした涼真が私の前に歩み出てきた。 「俺が悪かった。佳音、だから頼む、離婚だけは考え直してほしい。これだけ長年連れ添ってきたのに、本当に、全部捨てられるのか?全部俺が悪かった。だから頼む、許してくれ」 彼は焦れば焦るほど早口になり、私の手を掴もうとまでした。 「本当に後悔した。あの女はすでに追い出した。二度とはしないから、許してくれないか?俺たちには理人がいるじゃないか。あいつもずっと君に会いたがってたんだ」 掴まれた手に赤い跡がつくほどだった。私は嫌悪感を露わにして彼を振り払い、冷たく笑った。 「よくもその口で夫婦の情なんて言えるわね?自らの手で十数年の絆を壊したのはあんたよ。自分が大事にしなかったくせに、どうして許してもらえると思えるの?『悪かった』と一言言えば、私はあんたを理解し、無条件に愛さなければならないということ?あんたの心の中では、私は妻じゃなく、ただの所有物だった。 気が向けば拾い上げ、要らなくなれば捨てる。 私に何をしようと、最後は笑って水に流すべきだと思ってるの?この世に、そんな都合のいい

  • 愛の灯火を吹き消して   第7話

    私がこれらすべての顛末を知ったのは、すでに半年後のことだった。 この半年間、私は母の葬儀や後片付けを済ませた後、海辺の小さな町で花屋を開いた。 教師を辞めてから、私にとって植物の世話をすることが一番の癒しになっていた。 毎日、日が昇れば働き、日が沈めば休む。 あの苦痛に満ちた過去の記憶を思い出すことも、今ではほとんどなくなっていた。 あの男がいつまでも離婚を引き延ばしていることさえ除けば、穏やかで良い日々だった。 今日もいつも通り店を開けて客を待っていると、一番会いたくない人間の姿が目に入った。 なんと、涼真がここまで探し当ててきたのだ。 彼は逆光を背に店の入り口に立っていたが、別人のようにやつれ果てていた。 かつては体にぴったり合っていたスーツも、今ではぶかぶかになって浮いている。 私を見た瞬間、彼の目は真っ赤になった。 「佳音……」 彼は大股で近づいてくると、手を伸ばして私を掴もうとした。 私は眉をひそめ、慌てて大家の鳴海司(なるみ つかさ)さんの背後に隠れ、声を出さずに口パクで「助けて」と伝えた。 司はすぐに意図を察し、私の腰に腕を回して引き寄せた。 思った通り、涼真の手は空中で止まった。 彼が手を引っ込めると、その目は、今にも泣き出しそうなほど赤く充血していた。 「お前は誰だ?」 司は軽く笑った。「僕は彼女の大家で、この花屋の共同経営者ですよ」 彼は少し言葉を区切り、こう付け足した。「それに、佳音さんにアタック中の身でもあります。あなたが例の元旦那さんですね。お会いできて光栄です」涼真の顔色は土気色になった。 だが司は全く気にする素振りもなく、彼の肩をポンと叩いた。 「元旦那さん、早く離婚してくれませんかね。僕、早く正式なパートナーになりたくて待ちきれないんですよ」 涼真の顔色はこれ以上ないほど険悪になった。 私は吹き出しそうになりながら、机の上に置いてあった離婚協議書を手に取り、男に押し付けた。 「さっさとサインして。理人の親権はいらない、その代わりに財産は八割もらう。私に少しでも申し訳ないという気持ちがあるなら、今すぐサインしてね」まるで協議書で火傷でもしたかのように、涼真は手を引っ込め、逃げるように立ち去っていった。 それからの一ヶ月間、涼真

  • 愛の灯火を吹き消して   第6話

    かつて温かかった家は、今やがらんとしていた。佳音の持ち物はすべて姿を消し、代わりに紗良のピンク色で可愛らしい小物が並べられていた。 若い子のセンスが可愛いと思っていた涼真だったが、今や急に吐き気がこみ上げてきた。 涼真はソファに呆然と座り込んだ。突然、目の前に無数の光景がフラッシュバックした。 それは佳音と初めて出会った日のことだ。 学校の桜の木の下で、白いワンピースの裾を揺らす佳音。 彼女は目を三日月のように細め、彼に向かって微笑んでいた。 「こんにちは、藤田佳音(ふじた かのん)です」 彼は彼女に一目惚れしたのだった。 場面は変わり、結婚式の日。 純白のウェディングドレスに身を包んだ佳音は、彼の腕に手を添え、幸せいっぱいの瞳をしていた。 「誓います」 その瞬間、自分が世界で一番幸せな男だと、涼真は思っていた。 そして、理人が生まれた日。 佳音は病室のベッドに横たわり、顔色は蒼白だったが、幸せそうに微笑んでいた。 「あなた、私たちに息子ができたのよ」 突然スマホが鳴り、涼真は回想から引き戻された。 彼は何度も画面をスワイプして、ようやく通話ボタンを押すことができた。 電話の向こうから、アシスタントの口ごもる声が聞こえてきた。 「社長、奥様が先ほど弁護士を通じて、離婚協議書を送ってこられました」 「奥様は坊ちゃんの親権は求めず、財産も折半という条件です。余分なものは一切要求せず、ただ離婚だけを求めておられます」 涼真の心臓は鷲掴みにされたように痛み、息ができなくなった。 彼はスマホに向かって怒鳴りつけた。 「探せ!何としてでも彼女を探し出せ!」 その後の三日間、涼真はすべての人脈を動員して佳音を探した。 しかし、佳音はまるで人間蒸発したかのように、どこにも見当たらなかった。 スマホは電源が切られ、銀行口座も解約されていた。 彼女の友人たちにすら、連絡がつかなかった。 涼真はがらんとした邸宅に立ち尽くし、初めて恐怖を感じた。 佳音は本気で自分から離れようとしているのだと。 「お父さん」 背後から理人の声がした。 振り返ると、理人が眉をひそめて彼を見上げていた。 「お姉ちゃんが、いつ帰ってくるのって。ショートケーキが食べたいんだって」

  • 愛の灯火を吹き消して   第5話

    ギフトボックスに入っていたのは、血で満たされたガラス瓶だった。その中には、胎児の輪郭が微かに見えた。 涼真は箱を思わず取り落とした。瓶が割れ、生々しい血が床に飛び散る。 「何これ!?キモ……」 紗良は口を覆い、嫌悪感を露わにして後ずさった。 理人も眉をひそめた。「お母さん、どうしてこんなものを送ってきたの?」 しかし、涼真は金縛りに遭ったかのように、床の惨状をまじまじと見つめていた。 これは何だ? 子供……? 俺と佳音の間に、また子供ができていたというのか? しかし、佳音は理人を産んだ時に体を壊し、医者からはもう妊娠が難しいと言われたはずだ。 何年も子作りを頑張ったが、結局うやむやになっていたのに。 「バカな……」 涼真はそう呟くと、スマホを掴み取り、急いで佳音の番号に発信した。 出ない。 もう一度かける。 やはり出ない。 立て続けに十数回かけたが、返ってくるのは冷たい機械の音声だけだった。 「おかけになった電話は、電源が入っていないため……」 涼真は狂ったようにパーティー会場を飛び出し、車を飛ばして病院へと急行した。 産婦人科の当直看護師は、彼の姿を見て驚いた。 結城涼真ほどのVIPは、テレビでしかお目にかかれない存在だったからだ。 看護師が我に返るより早く、涼真は彼女の腕を乱暴に掴んだ。「俺の妻は!?どこにいる!?」 看護師は困惑していた。 「奥様のことですか?今日の午後、総出で医者を集めて検査されたばかりですよね?お体はとても健康なはずですが……」 涼真は目を血走らせた。「そっちじゃない」 無意識に「佳音」という名前を口に出そうとして、ふと力が抜けた。 その時、誰もが紗良のことを「結城の奥様」と呼んでいたのは、彼が黙認したのだ。 彼は看護師の腕を離し、深呼吸をして口を開いた。 「防犯カメラの映像を見せてくれ」 看護師は言われるがままに、今日の防犯カメラの映像を呼び出した。 涼真はモニターを血走った目で睨みつけ、マウスを握っている手に青筋が浮き出ていた。映像に佳音の姿が映った瞬間、彼は息を呑んだ。 「この女は今日、何をしに来た?」 看護師はカルテを確認し、ありのままを答えた。 「結城佳音さん……今日の午後、彼女は流産で救急搬

  • 愛の灯火を吹き消して   第4話

    医者はため息をつき、病室を出て行った。 私はさらに数時間眠った。 目を覚まし、弁護士に離婚協議書の作成を依頼しようとスマホを手に取った瞬間、救急病棟から電話がかかってきた。 「結城さん、お母様の容態が急変しました。一刻も早く、最期の面会に来てください」 やっと落ち着きを取り戻していた心が、激しくかき乱された。 私は点滴の管を引き抜き、ふらつく足取りで救急病棟へと走った。 そこにいるのは、廊下のベッドにぽつんと寝かされている母と、傍らに立つ見習い看護師一人だけだった。 「他の人は!?」 私は看護師の腕を掴んで問い詰めた。 「お医者さんは!?どうして誰もいないの?」 恐怖が心の中で次々と弾けた。 これほど大きな病院で、医者が一人もいないなんてありえるのか。 涼真は医療チームを手配したと言ったんじゃないか? 看護師は口ごもりながら答えた。 「社長の奥様が倒れられたとかで、社長がすべての医者を上の階に呼んでしまったんです」 頭の中が真っ白になり、私は本能的に涼真の番号に発信した。 何度かけ直したか分からない頃、ようやく電話が繋がった。 だが、向こうからのは理人の声だった。 「何?お母さん、何の用?」 私は震えそうな声を必死に押し殺した。「お父さんに代わって」 理人は苛立った声で返した。「お父さんは時間ないよ。今、お姉ちゃんの妊婦健診に付き添ってるんだから。用がないなら邪魔しないで」 電話が無情に切られた。母の呼吸はどんどん弱まっていく。私は仕方なく涼真のアシスタントに電話をかけ、彼に繋ぐよう頼み込んだ。 「奥様、いかがなさいましたか?」スマホを握る手は震え、私は泣き叫んだ。「涼真、母がもうダメなの!お願い、何人かお医者さんを下によこして、手術を……」涼真は一瞬沈黙した後、嘲笑った。「佳音、君いい加減にしろ!医療チームはとっくにそっちに行ってるはずだろ。何の芝居のつもり? どうしても紗良と張り合わないと気が済まないの?」 私は泣きじゃくりながら訴えた。「違うの、母が本当に危ないから……お願い、本当にお願いだから……」 涼真は鼻で笑った。 「なら、そこで勝手に死なせとけよ」 ツー、ツーという音と共に、電話は切れた。 全身の力が一瞬で抜け

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