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107.ごめんの意味

last update Last Updated: 2025-12-11 20:03:01

佐奈side

「本当は、佐奈のことを待っているつもりだったんだけれど……」

蓮が言いにくそうに顔を下に俯かせている。その様子に私の心はざわめきを増している。

「何?どういうこと。もう少し分かるように話をして?」

「実は、両親に縁談を受けるように言われたんだ」

「え……」

「この前、親に佐奈との結婚について聞かれて、佐奈の仕事が落ち着いてからの予定だから結婚はまだ先だと思うって答えたんだ。両親も佐奈のことを気に入っていたから、分かってくれると思っていたんだけれど、『一年経っても言うことが変わらない。彼女は、本当に結婚する気があるのか』と強く言われてしまって」

(ご両親はずっと息子の結婚を望んでいて、蓮がそれをなだめていてくれたの?)

「もちろん俺は、佐奈も真剣に考えていることや家業を継ぐことの責任感もあるから、今、真剣に仕事と向き合っていることを説明したんだ。結婚は自分たちのタイミングで考えていこうと話をしているから、急かさずに待ってくれと説得を重ねたんだ。今までもそうやって納得してくれていたんだけど……」

私が仕事に打ち込めるように、蓮が影で自分の両親からのプレッシャーに耐え、守ってくれていたことを私は

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