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第3話

Author: みそ煮
last update publish date: 2026-04-22 23:04:41

目が覚めると、由利は病院の一室にいた。

「無事だったんですね、よかったです」

「あなた……」

ベッドに横たわる由利の顔を、夏目家のメイドが心配そうに覗き込んだ。また巻き戻ってきたのではないかと思ったが、どうやらそうではないようだ。

由利は自身の安否など気にも留めず、メイドに尋ねた。

「お腹の子は……」

「……」

その問いに、メイドは痛々しそうに視線を逸らした。由利は彼女の反応で全てを悟った。

――あぁ、流産してしまったんだ。

奇跡のように私の元へやって来てくれた子は、産まれることもなく亡くなってしまったのね。悲しくて、悔しくて、やりきれない気持ちになった。

由利は病室内を見渡した。流産したというのに両親はおろか、夫すらいなかった。

「ねぇ……碧斗はどこにいるの……?」

「そ、それは……」

「紫苑のところにいるんでしょう?言わなくてもわかるわ」

「……」

メイドは黙り込んだ。それがまさに肯定を意味していた。いちいち聞かなくてもわかる。彼は結婚してからの四年間、いつだって紫苑を優先していたのだから。

「紫苑お嬢様の容態が芳しくないようで……碧斗様はそちらに……」

「そう……」

由利は額を手で押さえた。最後に碧斗に突き飛ばされたときの記憶が、彼女の頭に鮮明に蘇った。

守ってあげられなくてごめんね。彼女の目から涙が溢れた。昨日までは生まれてくることを毎日楽しみに待っていたというのに、今日になって突然私の元からいなくなるだなんて。

天国から地獄とはまさにこのことを言うのだろう。

「ごめんなさい……ちょっとだけ一人にしてほしいの……」

「はい、お嬢様」

メイドは一礼すると、由利を心配そうにチラチラ見ながらも部屋を出て行った。一人になった部屋で、由利は嗚咽を上げて一晩中泣き続けた。

***

数日後、由利は退院した。入院している間に彼女の見舞いに来たのはメイドだけだった。紫苑の容態が悪化していて、両親や碧斗はそれどころではないのだと。

「ありがとうございました」

由利は医師や看護師たちに礼を言い、病院をあとにした。お腹の子を亡くしたのは悲しいが、いつまでも引きずっているわけにはいかない。

前を向いて生きなければいけない。かつて彼女が碧斗に対して言ったことだった。

家に帰ると、誰もいなかった。両親も碧斗も紫苑につきっきりで、家に帰る暇などないようだ。

「暇だわ……」

由利はどうしても紫苑に会いに行く気にはなれなかった。今はお腹の子を失った悲しみで手一杯だったからだ。もちろん、紫苑は彼女にとって大切な妹だが、我が子には敵わない。

紫苑や碧斗に会えば、自分が何をしてしまうかわからなかった。由利がお腹の子を失うことになった原因は、彼らだったからだ。

紫苑のいる病院へ行くこともなく、ただ一人部屋でじっとしていた頃、扉がノックされた。

「お嬢様、いらっしゃいますか?」

「どうしたの?」

扉を開けて入ってきたのはメイドだった。彼女の入院中、唯一お見舞いに来てくれたメイド。

「紫苑お嬢様が……お嬢様に会いたいと言っていらっしゃるそうです」

「……紫苑が?」

由利は驚きを隠せなかった。紫苑の病状が悪化していることは知っていたが、彼女がそのようなことを言い出すなんて。

「お嬢様……最後に紫苑お嬢様に会いに行かれてはいかがですか?」

「……そうね」

由利は重い体を動かし、紫苑の入院している病院へと向かった。病室へ入ると、器具に繋がれた紫苑の姿が目に入った。

ちょうど両親と碧斗は不在だった。彼らに会いたくないと思っていた由利にとってはちょうどよかった。

「……姉さん」

「紫苑」

由利が来たことに気付いたのか、紫苑はゆっくりと目を開けた。その弱々しい姿を見ていると、胸が締め付けられる。昔から妬みの対象だった妹だが、ここまで早く亡くなることなんて由利は望んでいなかった。

(あれだけやったのに……結局はこうなってしまうというの……?)

これまでの由利の努力が全て水の泡になった瞬間だった。どうして何の罪も犯していない歳若い女性が、こんなにも早く亡くならなければならないのか。由利は紫苑に残酷な運命を与えた神を憎んだ。最後の希望を抱き、彼女に声をかける。

「紫苑……まだダメよ……まだ私は……」

「姉さん」

紫苑は由利の言葉を遮った。彼女は虚ろな目で姉と視線を合わせた。由利は何も言わずにその瞳をじっと見つめていた。彼女の瞳からは、様々な感情が見て取れた。生きることへの未練、この世を去ることに対する悲しみ、そして――得体のしれない罪悪感。

由利は何故か嫌な予感がした。とんでもなく残酷な現実を知ってしまうような、そんな気がしてならない。

紫苑は彼女の手にそっと触れると、消え入りそうな声で呟いた。

「――私ね、碧斗義兄さんの子を妊娠しているの」

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