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第2話

Author: みそ煮
last update publish date: 2026-04-22 22:54:21

それから碧斗は、毎日のように紫苑のいた病室で泣き続けた。彼女がいなくなり、火葬されたあともずっと。仕事も手に付かなくなるほど毎日のように大声で泣き、隙あらば彼女の痕跡を探した。

彼女が生前着ていた服を抱きしめ、服が濡れるまで泣いた。もちろん両親も深い悲しみに暮れていたが、それでも彼の絶望は異常ともいえるほどだった。

この世の全てを失ったかのように、真っ暗な部屋で酒を浴びるように飲み続けた。彼女のいない世界なんて、意味がないのだろう。

由利はそんな彼をただ見ていることしかできなかった。姉妹ではあるが、紫苑に似ているところなんてほとんどない由利に、彼女の代わりなんて到底務まらないからだ。

そしてある日、事件は起こった。

いつものように彼女が碧斗の部屋に入ったときだった。碧斗が、自らの頭に猟銃を突き付けていたのだ。由利は理解が追い付かず、呆然とその姿を眺めていた。

それからすぐ、轟音と共に血しぶきが上がり、一瞬にして部屋を真っ赤に染めた。銃を手に倒れる碧斗の姿が目に入り、由利は慌てて彼に駆け寄った。

体を抱き起こして呼びかけるも、返事は無い。由利の目から涙が溢れた。あぁ、あそこまで酷いことを言われても自分はまだ彼を愛していたのか。由利は嗚咽を上げながら彼に縋りついた。

嫌、私を置いていかないで。そんな願いは届くことなく、彼は既に息をしていなかった。碧斗にしがみつく由利の白い服が真っ赤に染まっていく。

愛する人は、愛する人の死に耐えられず彼女の元へ行ってしまったのだ。

部屋の外から足音が聞こえる。さっきの銃の音を聞いたのか、誰かが慌ててやってきているようだ。

両親か、それともメイドか。誰でもよかった。今は彼の死を受け止めるので精一杯だったから。

由利の目の前が真っ暗になっていく。それと同時に、体から力が抜けていった。彼を失った絶望から来るものだろうか。そのまま彼女は意識を手放した。

――目が覚めたら、紫苑が死ぬ前に時間が巻き戻っていた。

結婚して三年目を迎えていた由利と碧斗だったが、どうやら一年目を過ぎたあたりに戻ってきたようだ。由利は到底信じることができなかったが、彼と紫苑が生きている世界に酷く安心した。ならあれは悪い夢だろうか。

しかし、夢にしてはあまりにも鮮明だった。回帰した由利は、あのような悪夢を再び迎えないため早速行動に移した。前世紫苑に降り注いだ全ての不幸を回避するため、あらゆる手を尽くした。そのためには不正だって平然とやってのけた。

「姉さんのおかげで最近体が軽いの」

「そう、よかったわね」

「一人で外も歩けるようになったわ、父さんと母さんはまだやめたほうがいいって言うんだけどね……」

「その通りよ、紫苑。あなたに何かあったら、私も……碧斗も耐えられないでしょうから」

その言葉に、紫苑は頬を赤く染めた。

「まぁ、碧斗義兄さんが?」

「……えぇ、彼はとってもあなたのことを大切に思っているわ」

前世ではあまり良くなかった紫苑との姉妹仲も、徐々に変化しつつあった。そして、由利にとって嬉しい変化はもう一つあった。

「――おめでとうございます、ご懐妊です」

「わ、私がですか?」

何と、結婚四年目にして碧斗の子を身籠ったのだ。由利は感嘆の声を漏らしながら、まだ平らなお腹に手を置いた。

こんなにも嬉しいことはない。愛する人との子を産むことは女性にとっての最大の幸せだ。由利は心からの喜びを感じ、彼との子が産まれてくるのを待った。

***

「姉さん、妊娠おめでとう」

「ありがとう、紫苑」

由利が妊娠八ヵ月を迎えた頃、紫苑が彼女のために妊娠祝いのパーティーを開いた。

「義兄さんもおめでとう、父親になるのね」

「そうだな……まだ実感が湧かないよ」

碧斗は紫苑に向けて微笑んだ。由利には一度たりとも見せたことのない笑みだ。しかし、碧斗がどれだけ紫苑を想っていようと意味のないことだ。彼は私の夫であり、彼の子を産むのは私だけ。そう思うことで、由利は自分を落ち着かせた。

紫苑が碧斗をどう思っているのかは知らないが、たとえ相思相愛だったとしても二人が結ばれることは絶対に無い。そのように考えることでしか、由利は自分を保てなかった。

元より紫苑に勝っているところなんて何一つなかった。容姿も性格も彼女より下で、両親からの愛だって全て彼女に奪われてきた。

最初から全部あなたのものなんだから、碧斗くらいは私に譲ってくれない?

そんな姉の気持ちなど知る由もなく、紫苑は碧斗と由利にニッコリと笑いかけた。

「本当におめでとう。こんなにも喜ばしいことはないわ。碧斗義兄さん、姉さ……」

そのとき、紫苑が突然前のめりに倒れ込んだ。

「紫苑!?」

由利は慌てて駆け寄ろうとした。しかし、それよりも先に碧斗が前に出た。

「紫苑!」

「キャッ!」

紫苑に駆け寄った碧斗に、由利は思いきり突き飛ばされた。彼女は床に体を打ち付け、血が噴き出た。由利の体から流れ出た血は、瞬く間に床を真っ赤に染めていく。

(わ、私のお腹の子が……!)

そんな、お願い、神様。どうかこの子だけは助けて。

薄れゆく意識の中で、由利は目の前の碧斗をじっと見つめた。彼女が今、唯一助けを求めることのできる相手。しかし、彼の目に彼女は映っていなかった。

「紫苑、しっかりしろ!紫苑!」

――こんなときでも、彼が見ているのは紫苑だけだった。

「あ、碧斗……」

縋りつくように手を伸ばすも、届かない。伸ばしかけた腕は、そのまま下がり、二度と上がることはなかった。

激しい痛みと共に、由利は意識を手放した――

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