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第5話

Author: ミントソーダ
翌朝、英理が目を覚ますと、ちょうど京平と唯人が朝食のトレイを手に、部屋へ入ってくるところだった。

目覚めた英理を見つけると、京平はごく自然な仕草でトレイを差し出し、とろけるような眼差しを向けた。

「もう少し寝かせてやりたくて、俺たちで早起きして、朝食をもらいに行ってきたんだ」

唯人も短い手足でベッドへよじ登り、英理の肩に寄りかかる。

「ちょっと離れてただけなのに、もうママに会いたくなっちゃった」

隣の冷え切ったシーツに触れながら、英理の瞳に自嘲の色が浮かぶ。

一晩中部屋に戻ってこなかったくせに、たった今郁子のベッドから抜け出してきたばかりだというのに。この父子にかかれば、「朝食をもらいに行っていた」のひと言で済んでしまう。

これほど演技が上手いとは、今の今まで気づきもしなかった。

朝食を終えるなり、ふたりは急かすように英理をスキー場へ連れ出した。

郁子はすでにスキーウェアに着替え、入口で待ち構えていた。

けれど英理には、スキーを楽しむ気力など残っていなかった。

京平が心配そうに彼女を見つめ、探るような口調で切り出した。

「なあ、ここ数日どうしたんだ?俺か唯人が、何かお前を怒らせるようなことでもしたか?」

英理は首を横に振る。

「ううん、ただ前に見たあのニュースで、少し気が滅入ってるだけ」

京平はほっと息をつくと、英理の額にそっと口づけを落とした。

「安心しろ、俺たち家族に限って、そんなことは絶対に起きないから。

滑りたくないなら、それじゃあ……」

言い終わらないうちに、わざとらしく言い淀む郁子の声が割り込んだ。

「京平さん……」

郁子の期待に満ちた眼差しを見た京平は喉仏を上下させ、口にしかけた言葉を変えた。

「なら、ここでおとなしく待っててくれ。俺たち3人で少し滑ってすぐ戻ってくるから」

唯人は何も言わなかったが、英理は、息子の手がこっそりと郁子の裾を掴んでいるのを見逃さなかった。

よほど3人だけの水入らずの時間を望んでいるのか、もはやその親しげな素振りを英理に見られることすら気にしていない。

英理は黙って頷いた。

京平はホテルのスタッフに英理の世話を頼み、鞄から手袋を取り出して丁寧にはめてやった。

「ここは寒いから風邪をひかないか心配だ。具合が悪くなったらすぐ電話しろよ」

唯人もいっちょまえな手つきで、英理の服のファスナーを確かめた。

「僕も、ママが風邪引いちゃうの嫌だもん」

京平と唯人が英理ばかり気遣うのを見て、郁子は思わず嫉妬を滲ませた。

「京平さんも唯人くんも、本当に英理さんに優しいんですね」

その言葉に英理が顔を上げると、郁子の瞳にはまだ隠しきれない嫉妬の色が残っていた。

英理は小さく笑い、含みを持たせて答えた。

「あなたの彼氏と、その息子さんのほうが、あなたのことをもっと愛してると思うわ」

英理に隠れて、郁子ともうひとつの家庭を築き上げていること自体、彼らが英理の気持ちなど顧みず、郁子との時間を何より大切にしている証拠だった。

そう言い終えた瞬間、雪山から轟音が響き、足元の地面までもがかすかに震え始めた。

何が起きたのかと尋ねようとした矢先、顔を上げた英理の目に、巨大な白い雪崩が猛スピードで押し寄せてくる光景が飛び込んできた。

周囲の人々は蜘蛛の子を散らすように逃げ惑い、辺りは瞬く間に混乱に包まれる。

英理は反射的に京平の裾を掴んだ。

けれど次の瞬間、その裾は手からするりと抜け落ち、京平は郁子のいる方向へと駆け出していった。

さっきまで英理のそばにいた唯人も、同じ方向へ走っていく。

「郁子っ!」

「郁子ちゃーん!」

ゴゴゴゴッ!

重く積もった雪が、英理めがけて崩れ落ちてきた。

意識が途切れる直前、目に映ったのは、かつて愛を誓った京平と守ると約束したはずの唯人が、腕の中の郁子をしっかりと庇う姿だった。

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