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感情を消した私、後悔する夫と息子

感情を消した私、後悔する夫と息子

By:  匿名Completed
Language: Japanese
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結婚式の一週間前、香月紀之(こうつき のりゆき)は私に花嫁が変わったと告げた。 彼の心にずっと住み着いていた、たった一人の女性が帰ってきたから、彼女と結婚したいのだと。 それを聞いた息子は、飛び上がって喜んだ。 「パパ、本当に杏奈おばさんが僕のママになるの?これからずっと、杏奈おばさんと一緒にいられるの?」 紀之は息子の頭を撫で、その目元には、私が見たこともないような安堵の表情が浮かんでいた。 「ああ。パパが杏奈おばさんと結婚したら、彼女がお前のママになるんだ」 結局、紀之と結ばれる夢は叶わず、代わりにあるシステムが私の感情を抜き取った。 私は無感情になったけれど、紀之は私に執拗に迫ってきた。 「澪、俺を見てくれ!昔はそんな目で俺を見なかった!」 息子の律までもが、泣きながら私の手にしがみついた。「ママ、お願いだから、僕を抱きしめてよ......」

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Chapter 1

第1話

結婚式の一週間前、香月紀之(こうつき のりゆき)は私に花嫁が変わったと告げた。

彼の心にずっと住み着いていた、たった一人の女性が帰ってきたから、彼女と結婚したいのだと。

紀之が庄司杏奈(しょうじ あんな)と結婚すると発表した後、誰もが二人に祝福の言葉を贈った。

彼の親友たちはこぞって「いいね!」を押し、「十年越しの片想いが実って、苦労が報われたな」と囃し立てた。

一方の私は、彼らのコミュニティで笑いものにされる存在へと成り果てた。

本来なら私のためのものだったはずの結婚式グループチャット。そこで飛び交う祝福の言葉は、まるで鋭い刃となって私の心に突き刺さった。

中には、わざわざ私にメンションを飛ばし、露骨な嘲笑を浴びせる者までいた。

【マジビビったわ。紀之さんが、あの押しかけ女房とマジで結婚すんのかと思ったぜ】

【どっかの誰かさんはガッカリだろうな。ガキを盾に玉の輿狙ったって、結局は無駄ってわけだ】

【何言ってんだよ。兄貴があの女と結婚する気なら、六年も前にしてるって。子供がこんなにデカくなるまで待つかよ】

スマホの画面を流れる文字を、私は自虐的に一つ一つ目で追った。

矢のように降り注ぐ嘲笑を、私はただ黙って受け入れた。

誰もが、私が紀之の最も忠実な犬だと揶揄した。

十八歳から今の二十八歳まで、丸十年という歳月を、私は紀之に費やしてきた。

おまけに、彼のために子供まで産んだ。

もう六歳になる。

息子は生まれた直後に香月家に引き取られ、私がそばで育てることは許されず、面会を許されるのみだった。

私はただ、普段から紀之の両親の機嫌を取り、この世界で唯一血の繋がった我が子の世話をする機会を窺うしかなかった。

紀之がプロポーズしてきた時、誰もが噂した。臥薪嘗胆の末、子供をダシに名家への嫁入りを果たしたと。

何しろ、私のような孤児が紀之に取り入れただけでも大した手腕だと言われたのに、ましてや香月家の子供を身籠って産んだのだ。

地味な女が玉の輿に乗れたのは、日頃の涙ぐましい努力の賜物だろう、と。

その言葉は、あながち間違いではなかった。

律が生まれたのはアクシデントだったが、紀之と結婚するために、私が全霊を懸けてきたのは事実だ。

システムが与えた任務は、紀之を攻略し、彼と結婚することだから。

任務に成功すれば、私は健康な体を手に入れ、元の世界に帰るか、この世界に残るかを選べる。

失敗すれば、任務の達成度に応じて罰が下され、元の世界には二度と戻れない。

だから十八歳でこの世界に来てから、私はすべての愛情を紀之に注いできた。

真心は真心で返されると信じ、紀之を攻略するために、まず彼を愛する必要があった。

十年もの間、私の生活は紀之を中心に回っていた。

彼の身の回りの世話を焼き、彼の実家では彼の代わりに親孝行に努めた。

そして、私たちの息子である律にも、ありったけの愛情を注いだ。

十八歳の明るく輝く少女だった私は、今や香月家のためだけに尽くす家政婦同然の存在と成り果てていた。

紀之がプロポーズしてくれた時、彼は本当に私を愛してくれたのだと思った。

元の世界へ帰ることを諦め、この世界で彼と、そして私たちの子供と、一生を共に過ごそうとさえ考えていた。

しかし、彼のプロポーズの甘い言葉は、忘れられない初恋の相手を呼び戻すための口実だったとは。杏奈と一緒にいるためだけに。

スマホに映る棘のある言葉を眺め、悲しみに打ちひしがれていると、そのタイミングでシステムが起動した。

「宿主、シナリオによれば、あなたの攻略任務は失敗と判断されました。契約に基づき、あなたは元の世界へ送還され、交通事故で損壊した体に戻り、死を待つことになります。しかし、この十年間のあなたの働きを鑑み、特別待遇を申請しました。元の世界で死を待つか、我々と取引し、人間特有の『感情』と引き換えに現在の体を維持するかを選べます」

つまり、システムは私の感情を根こそぎ抜き取ると告げたのだ。

そうすれば、私は生き続けられる。

ただ、元の世界には戻れず、この体のままで。

私はスマホに表示された新しいメッセージに目をやった。

紀之と杏奈が撮ったウェディングフォトだった。海辺で抱き合い、キスを交わしている。

男の端正な顔には、私には一度も見せたことのない甘く優しい表情が浮かび、女の美しい顔からは幸福が満ち溢れていた。

だが、私が思わず息を呑んだのは、二人の間でブーケを手に持つ子供の姿だった。

――香月律(こうつき りつ)。私と紀之の、息子!
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第1話
結婚式の一週間前、香月紀之(こうつき のりゆき)は私に花嫁が変わったと告げた。彼の心にずっと住み着いていた、たった一人の女性が帰ってきたから、彼女と結婚したいのだと。紀之が庄司杏奈(しょうじ あんな)と結婚すると発表した後、誰もが二人に祝福の言葉を贈った。彼の親友たちはこぞって「いいね!」を押し、「十年越しの片想いが実って、苦労が報われたな」と囃し立てた。一方の私は、彼らのコミュニティで笑いものにされる存在へと成り果てた。本来なら私のためのものだったはずの結婚式グループチャット。そこで飛び交う祝福の言葉は、まるで鋭い刃となって私の心に突き刺さった。中には、わざわざ私にメンションを飛ばし、露骨な嘲笑を浴びせる者までいた。【マジビビったわ。紀之さんが、あの押しかけ女房とマジで結婚すんのかと思ったぜ】【どっかの誰かさんはガッカリだろうな。ガキを盾に玉の輿狙ったって、結局は無駄ってわけだ】【何言ってんだよ。兄貴があの女と結婚する気なら、六年も前にしてるって。子供がこんなにデカくなるまで待つかよ】スマホの画面を流れる文字を、私は自虐的に一つ一つ目で追った。矢のように降り注ぐ嘲笑を、私はただ黙って受け入れた。誰もが、私が紀之の最も忠実な犬だと揶揄した。十八歳から今の二十八歳まで、丸十年という歳月を、私は紀之に費やしてきた。おまけに、彼のために子供まで産んだ。もう六歳になる。息子は生まれた直後に香月家に引き取られ、私がそばで育てることは許されず、面会を許されるのみだった。私はただ、普段から紀之の両親の機嫌を取り、この世界で唯一血の繋がった我が子の世話をする機会を窺うしかなかった。紀之がプロポーズしてきた時、誰もが噂した。臥薪嘗胆の末、子供をダシに名家への嫁入りを果たしたと。何しろ、私のような孤児が紀之に取り入れただけでも大した手腕だと言われたのに、ましてや香月家の子供を身籠って産んだのだ。地味な女が玉の輿に乗れたのは、日頃の涙ぐましい努力の賜物だろう、と。その言葉は、あながち間違いではなかった。律が生まれたのはアクシデントだったが、紀之と結婚するために、私が全霊を懸けてきたのは事実だ。システムが与えた任務は、紀之を攻略し、彼と結婚することだから。任務に成功すれば、私は健康な体を手に入れ
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第2話
私の前でいつも小さな顔をこわばらせ、大人ぶっていた姿とはまるで別人のようだった。写真の中の律は、太陽のように眩しく笑っていた。父親である紀之と同じように、その瞳はウェディングドレス姿の女性に釘付けだった。それは、彼が私の前では決して見せたことのない笑顔だった。私が香月家へ彼の世話をしに行くたびに、返ってくるのはいつも冷たく、突き放すような言葉ばかりだった。「ママ、僕のこと、放っておいてくれない?家庭教師の先生に色々教わってるから、ママが口出しする必要ないよ。ママって、本当にウザい。そんなこと、言われなくても分かってる。ママって他にやることないの?毎日顔を出さなくてもいいのに」......以前は、香月家の教育が厳格だから、この子は幼いのにあんなに大人びてしまったのだと思っていた。それに、私が観察してきた限り、多くの子供は親に対して反抗的な態度をとるものだ。心理学で言うところの「印象操作」というやつだ。だから、彼が私にそう接するのは、ごく普通の事だと思っていた。だが今となっては......「宿主、あなたは香月紀之の攻略に失敗しただけでなく、あなたの息子からも全く情を持たれていないようですね」システムは傷だらけの私の心に容赦なく追い打ちをかけた。涙がスマホの画面に落ち、滲む視界の向こうでは、写真の中の笑顔がもう見えなかった。涙を拭い、スマホの電源を切った。「香月家に行かせてくれない?彼はまだ結婚してないんでしょ?厳密に言えば、私の任務はまだ失敗じゃないはず」私はシステムに最後の悪あがきをした。紀之に未練があるわけではない。十年という時間、律が生まれてすぐに引き取られたあの時から、私は自分の最終的な結末を理解しておくべきだった。それでも諦めきれなかったのは、任務がまだ終わっていないことを言い訳に、自分を騙していたに過ぎない。それでも納得できなかった。十月十日、苦しんで産んだ我が子が、私に何の感情も抱かず、笑って他の女を「ママ」と呼ぶなんて。律は、この世界と元の世界で唯一、私と血の繋がった存在。私は彼に、心血の全てを注ぎ込んできた。律が生まれてからは、紀之の攻略任務さえ二の次にしていたほどだ。それなのに、どうして律はこんなにもあっさりと私を見捨てられるのだろう?私の
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第3話
感情が抜き取られるという行為が、これほどまでに激痛を伴うものだとは想像もしていなかった。無数の針が心臓に突き刺さり、全身の血と肉を暴れ回り、骨の髄まで砕かれるような感覚だった。最後に、その激痛は全身に広がり、皮膚のあらゆる毛穴から噴き出すようだった。この痛みは、元の世界で交通事故に遭い、轢かれた時の痛みなど、比べ物にならない。律を産んだ時の陣痛の、何千、何万倍も痛かった。もしシステムが脳内で抽出の進捗を報告していなければ、このまま痛みで死んでしまうのではないかと、本気でそう思った。これが任務失敗の罰だというのなら、素直に元の世界に戻り、事故で怪我した体で死を待つべきだったのかもしれない。どうせ元の世界では、私は天涯孤独の身だったのだ。そして、この世界でも同じこと。血の繋がった息子は私を嫌悪し、死ぬほど憎んでいる。私の選択と十年間の努力は、本当に間違いではなかったと、そう言い切れるのだろうか?意識が遠のく直前、紀之と律が焦ったようにこちらへ駆け寄ってくるのが、幻のように見えた気がした。なんて滑稽なことだろう。感情を失う寸前だというのに、まだ彼らにそんな幻想を抱いているなんて。よかった......これで、やっと、終わる......次に目を開けた時、そこは病院の真っ白い壁で、空気中には、鼻腔を刺激するような消毒液の匂いが充満していた。「澪さん、お目覚めですか?どこか具合が悪いところはありませんか?」私を気遣って声をかけてきたのは、杏奈だった。これまでスマホの画面越しにしか見たことのない女性。紀之のスマホの壁紙が彼女で、彼のアルバムにも彼女の写真がたくさん保存されていることは知っていた。紀之の親友もみんな、時折グループチャットやSNSで過去のツーショット写真を投稿していた。もしかしたら、過去だけのものではないのかもしれないけれど......以前は、そうした写真を見るたびに、胸が痛んで涙がこぼれた。特に紀之のスマホの壁紙を見た時は、胸を締め付けられるような切なさがこみ上げてきた。そのたびに私は泣きながら、任務が終われば大丈夫、と自分に言い聞かせていた。紀之を攻略したら、今度は私から彼を振って、跪いて許しを乞わせてやろうと、そう心に誓っていた。しかし、それらが自己欺瞞の幻想に過ぎない
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第4話
紀之の目の前に引きずり出され、私は痛みに顔をしかめた。「ええ、存じておりますよ。あなたたちはもう入籍して、これから結婚式を挙げるのでしょう?ご結婚おめでとうございます、と言って何か問題でも?」私は理解できないまま紀之を見つめ、自分の手首に視線を落とした。「手を離していただけませんか?力が強すぎて、とても痛いです」紀之は私の顔に視線を固定し、手の力をさらに強めた。痛みに耐えきれず、私は足を上げて彼を蹴りつけた。彼の最もデリケートな部分に、見事に命中した!紀之は苦痛に呻き声を上げ、私の手を離すと、憎悪に満ちた目で私を睨みつけた。その憎しみに満ちた眼差しは、今にも私を殺そうとするかのようだった。私は思わず首をすくめ、もし彼が本気で襲いかかってきたらどう逃げようかと考えた。幸いにも、杏奈が駆け寄って彼を押しとどめた。「紀之、何してるの?結婚のことで澪さんには申し訳ないことをしたのに、そんなことまで言うなんて、あんまりだわ」そうそう、あんまりだわ!私はベッドの隅で警戒しながら、心の中で杏奈の言葉に同意した。紀之は少し落ち着いたのか、杏奈を抱き寄せつつ立ち上がった。しかし、私を見る目は依然として憎しみと毒気に満ちていた。「澪さん、深く考えないでくださいね。紀之も私を心配しすぎているから、ついあんなことを言ってしまったんです。どうか、お気になさらないでください」以前の私なら、彼女の顔を見るだけで胸が張り裂けそうになっただろう。そんなに杏奈が好きなら、なぜ私をそばに置いたのか?挙句の果てに、律まで産ませて。私が紀之に近づいたのは目的があったと認めるけれど、もし彼が私にチャンスを与えなかったら、私もこれほど長くは続けなかっただろう。さっさと見切りをつけるべきだったと、今なら痛いほど分かる。しかし、今の私の心には何の波風も立たない。杏奈の言葉の裏にある意図は読み取れたが、今となってはただ滑稽にしか思えなかった。これほどあからさまな挑発は、なかなかお目にかかれない。私は彼女に微笑みかけた。「気にしませんよ。でも、同じ女として、一つだけ親切に忠告しておきますね——―結婚を駆け引きの道具にし、約束を反故にするような男ですよ。あなたも、いつか同じ目に遭わないように気をつけた方がいいと思います」
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第5話
紀之が真っ先に振り返った。その瞳には、私には理解できない焦燥の色が浮かんでいた。だが、彼の口から出たのは、やはりうんざりするほど冷たい言葉だった。「まだ何か用か?」「大したことじゃないんですけど、あなたたちの謝罪があまりにも誠意がないと思いましてね」私は顎を上げ、二人を見据えた。「一人は結婚式のことで謝罪し、もう一人は私が香月家目当ての犬だったと言いました。それなら、何か手土産くらいは頂いてもいいでしょう?でなければ、あなたたちの結婚式が滞りなく執り行われるかは、私には保証できませんよ」紀之の顔が途端に冷たくなり、彼は目を細めて私を睨みつけた。杏奈は私が本当に騒ぎを起こすことを恐れたのか、慌てて口を開いた。「じゃあ、どうしてほしいですか?」「それは、お気持ち次第ですね」私は笑みを浮かべ、貪欲さを隠そうともしなかった。「香月さんご自身もおっしゃいましたよね。私が十年もの間、あなたの後ろを犬のように尽くし、あの恩知らずな子を産んだのですから、功労とまでは言いませんが、骨折り損ではなかったでしょう?それなのにあなたは、結婚式の一週間前に私を捨てました。これが世間に知れ渡ったら、あなたたちの結婚式はもっと盛り上がるでしょうね?その盛り上がりを受け入れられるかどうかは、知りませんけどね」私は微笑みながら首を傾げ、紀之と杏奈の顔色が険しくなるのを見て、してやったりと思った。ただ残念なことに、システムは私の感情を抜き取ってしまった。今の喜びや興奮を感じることはできない。私の心は凪いだままだったが、ただ、そう口にするべきだと感じた。紀之は私の笑顔をしばらく見つめた後、ようやく口を開いた。「慰謝料を払おう。今お前が住んでいるヴィラも、お前の名義に変更する。だが月島、少しは身の程をわきまえろ。ここ数年、俺のそばにいたからといって、杏奈の前で威張り散らすな。ましてや、俺と杏奈の結婚式をぶち壊そうなどと、二度と考えるな!」私の関心は、彼の前半の言葉に集中していた。「お金はいつ振り込まれますか?ヴィラの名義変更は、なるべく早く済ませていただけますか?」紀之は私の言葉に絶句し、その表情は突然こわばった。しばらくして、彼はすべての感情を押し殺し、黙って私を見つめた。その視線に居心地の悪さを覚え、彼を追い出
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第6話
紀之の対応は早かった。退院手続きを終えるとすぐに、四億円が振り込まれていた。そして、彼からのメッセージ。【ヴィラの名義変更は、数日中にアシスタントにやらせる。連絡を待って、アシスタントと手続きを進めろ。俺を煩わせるな】彼を煩わせるつもりなんて、毛頭ない。私は口座の残高を真剣に数えながら、少し残念そうにシステムに話しかけた。「ねえ、システムちゃん。ちょっと手抜きして、喜びとか満足感とか、そういう感情を少しだけ分けてくれない?」四億円の残高を見ても、心が全く動かない。何かが足りない、そんな気がしてならなかった。脳内にシステムからの返答はなかった。私は無理強いすることなく、ただ静かに口座の数字を数え続けた。やがて、それすらもつまらなくなった。三十分後、紀之からまたメッセージが届いた。【金は振り込んだ。これ以上、俺につきまとうな。律を口実に、二度と香月家には来るな】【お前も分かっているはずだ。律は、お前を母親だなんて認めたくないんだからな】もし以前の私なら、この二つのメッセージで、きっと脆くも泣き崩れていただろう。自分の世界に閉じこもり、苦しみ、自己嫌悪に陥り、精神的に壊れてしまっていたかもしれない。だが今、私には何の感情も湧かない。お金は手に入れた。このヴィラで、安心して暮らしていける。紀之と、あの恩知らずな律は、もう私とは何の関係もない存在だ。どちらにせよ、あのガキには香月家という後ろ盾がある。私が無責任な母親になったところで、別に大した問題ではないだろう。それに、律自身が、私を母親だと思っていないのだから。それでいい。私は紀之を連絡先から削除し、スマホの中身を整理した。削除すべき人間はすべて削除した。抜けるべきグループチャットもすべて退出した。紀之に関わる人々――彼の両親、友人、秘書や家政婦など......名義変更手続きで連絡が必要なアシスタント以外、全員削除した。律に関わる、彼の家庭教師、運転手、幼稚園の先生......それらもすべて削除した。すべてをクリアした後、私は業者に頼んでヴィラの中のものを一掃してもらった。不要なものはすべて捨て、私のものだけを残した。ヴィラの玄関のパスワードも変更した。紀之と律の指紋認証も削除した。すべてを終える
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第7話
私はカードの残高の半分を定期預金にした。残りの半分は、日々の生活費に充てることにした。二億円を老後の資金とし、もう二億円あれば、一般人として十分に豊かな生活が送れるだろう。金があるというのは、実に気分がいいものだ。新しく雇った家政婦の料理はとても美味しく、もう紀之の好みに合わせる必要などなかった。ヴィラの庭には私の好きな花を植え、内装も家具も、すべて私の好みのスタイルに一新した。かつて紀之が好んだミニマリストスタイルは、すべて捨てた。さらに、ジムにも入会した。この数年間、私の心は紀之と律にばかり向いていて、自分自身のことは全くと言っていいほど顧みなかった。服装は着心地の良さばかりを優先し、化粧やトレーニングに時間を割くこともなかった。あの恩知らずのガキに「オバさん」と言われるのも無理からぬことだった。彼を産んでからは、彼のことで頭がいっぱいだった。香月家は孫は欲しがったが、私が家に入ることは許さなかった。それでも、私がこの子を育てることまでは止めなかった。当時、私は律がこの世で唯一の血縁者だと思い、全身全霊で彼に尽くした。夜中に律が指を少し動かしただけで、私は飛び起きるほどだった。その頃の紀之は、私を見るたびに眉をひそめ、嫌悪感を隠そうともしなかった。後にシステムが起動し、もう少し身なりを整えないと任務の進行に影響が出ると警告され、初めて自分がどれほどみすぼらしい姿だったかに気づいた。それでも、自分に割ける時間はほとんどなかった。子供はまだ小さく、心配事は尽きなかった。香月家が本格的に律の教育に介入し始めて、ようやく私は少し楽になった。出産で崩れた体型にも、ようやく向き合うことができた。ダイエットを始めた時、紀之は「無駄なことだ。どうせ夜、電気を消せば同じだろう」と嘲笑した。律も、「どうせオバさんなんだから、ダイエットしたってオバさんはオバさんだよ」と私を打ちのめした。当時はひどく傷ついたが、それでも歯を食いしばって続けた。ただ、彼らの前で綺麗な服を着ることはなく、相変わらずゆったりとしたTシャツで、すべてを隠していた。今振り返ると、まるで他人の身に起きた出来事のようだ。走馬灯のように、遠い物語を見ている気分だった。私は私の生活を続けた。午前中のトレーニングを
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第8話
翌朝、紀之がまだヴィラの前にいるとは思わなかった。早朝のランニングに出ようとした時、みすぼらしい姿でうずくまっている人影を見て、ぎょっとした。地面にいた男は物音に気づき、目を開けて私を睨みつけてきた。「澪!」「......」私は警戒しながら彼を見つめ、昨夜のように酔って暴れることはないと確認してから、探るように尋ねた。「今日結婚式じゃないんですか?どうしてこんなところに......」しかも、こんなに酔っぱらって。全くもう。一晩経っても酒の匂いは消えておらず、今すぐにでもヴィラに逃げ込みたい気分だった。紀之は私の言葉が聞こえていないようだった。ただ、じっと私を見つめていた。「澪、もし俺が、結婚したいのはやっぱりお前だと言ったら、お前は......」「やめて!」彼の言葉を最後まで聞く気にもなれず、考える間もなく拒絶した。「嫌です!さっさと帰ってください」紀之は私の言葉を聞くと、急に瞳から光が失われ、まるで捨てられた子犬のようになった。だが私には、ただうんざりするだけだった。「香月さん、あなたが何を考えているのか私には分かりません。まだ数日、一週間も経ってないでしょう?庄司さん以外とは結婚しないと言っていたのに、真夜中に酒に酔って私と結婚したいなんて、頭おかしいんじゃないんですか?」「自分で言ったこと、忘れないで。『俺を煩わせるな』って。さっさと帰って結婚式を挙げなさいよ。奥さんが後で私に文句を言いに来たら来たら困るし、泥棒猫のレッテルを貼られるのはごめんですよ」たとえ任務のためだった昔でさえ、私が紀之にまとわりついたのは、彼と杏奈が別れた後だった。任務が失敗した今、彼が杏奈と結婚するというのなら、なおさら彼と関わる必要はない。しかし、噂をすれば影、というやつだろうか。私の言葉が終わるか終わらないかのうちに、一台の車がヴィラの前に停まった。杏奈が車から飛び出してきて、私を指差して罵倒した。「月島澪、恥を知りなさい!私が紀之と結婚するっていうのに、まだ割り込んでくる気!?いい加減にして!」彼女は罵りながら私に突進してきた。その長く尖ったネイルが、私に向かって振り下ろされる。幸い、私の反応は早かった。紀之を掴んで盾にし、横へ避けた。「紀之――!」悲鳴が響き渡る。
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