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第1327話

Author: 楽恩
「じゃあ逆に、聞きたくないことまで俺が聞くと思うか?」

「……」

紀香は、これ以上言い合いを続ける気はなかった。

「最後にもう一度だけ言うわ――んっ!」

唇を塞がれた。

紀香は必死に押し返したが、びくともしない。肩を何度も叩きつけた。

顔をそらそうとしたが、後頭部をしっかりと押さえ込まれる。

彼女は口を開いて噛みつこうとしたが、逆に頬を押さえられ、さらに深く口づけを奪われた。

静まり返ったオフィスに、赤面するほど濡れた音が響いた。

紀香は腹立ちまぎれに蹴りを入れたが、長い脚で押さえつけられ、まるで身動きが取れなかった。

「その……」

ノックの音が響いた瞬間、部屋に漂っていた甘く危うい空気が一気に砕け散った。

「面接に来たんですが……今、お邪魔ですか?」

清孝がようやく唇を離した瞬間、紀香は彼を突き飛ばし、口元を乱暴に拭った。

そして思い切り足を踏みつけ、気を取り直してドアの方へ向き直る。

「ごめんなさい、もうアシスタントが決まったのです。せっかく来てもらったのに悪いですね」

引き出しから用意していた封筒を取り出した。

「少しだけど、ドリンク代にでもしてください」

応募者は慌てて手を振った。

「いえいえ、私は錦織先生のファンで、憧れて来ただけです。受からなくても全然大丈夫です。これからも応援してます!」

紀香は無理やり封筒をバッグに押し込んだ。

「受け取ってください。ありがとうございます」

彼女を見送り、ドアを閉めたあと、紀香は室内を見回した。

手近に叩きつけられる物が見つからず、ただ清孝を睨みつける。

――今日は絶対、一言も口をきいてやらない。

清孝は水を注ぎ、彼女の腰を抱くようにかがみ込み、わざと尋ねる。

「怒ったか?」

紀香は無言のまま作業を続けた。

清孝は彼女の頭を軽く押さえ、甘い声で囁いた。

「だって、君があまりにも可愛くて、我慢できなかった。どうしても納得できないなら、仕返しにキスしてもいいぞ?」

紀香は今にも罵声を浴びせたかったが、やはり黙って無視した。

清孝は笑い、カメラのレンズを拭いた。そして彼女のメールを自分のスマホに同期させ、届いた仕事依頼を整理していった。

昼になると、専属秘書が食事を運んできた。

清孝はそれをテーブルに並べ、彼女を呼んだ。

だが紀香は無視し、スマホをいじってい
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