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第908話

Author: 楽恩
海人は一口お茶を含み、唇の端に浮かぶ微笑が次第に意味深なものに変わっていった。

「俺から情報を引き出そうとしてるのか?」

清孝が何か言おうとした矢先、秘書がそっと近づき、耳元で何かを囁いた。

彼の表情がわずかに沈み、手を振って秘書を下がらせた。

そして向かいの二人を見据えながら、ゆったりと口を開いた。

「道木青城が北河勇斗のプレゼン会に来たぞ。お前らの嫁も、今そこにいる」

その言葉が落ちた瞬間、向かいの二人の姿はすでになくなっていた。

清孝は焦る様子もなく、しばらくお茶を味わってから、ようやく腰を上げて現場に向かった。

……

青城の登場は、来依と南にとって完全な予想外だった。

このレベルの会議に、彼ほどの地位の人物が直々に現れる必要はなかった。

ましてや藤屋家が関与している場で、彼が来たところで何も変わらないはずだった。

勇斗は青城の顔を知らなかったが、清孝の部下の一人がそっと彼に耳打ちした。

そして「彼は味方ではない」とだけ告げた。

勇斗はそれを聞いて、発言の一部をうまくぼかして話した。

彼に退席を命じる権限はなかった。なにせ相手の身分があまりにも違いすぎた。

幸い、青城もその内容に深く突っ込む気配はなかった。

ただ、彼は一言も発せず、視線だけは無意識のように、しかし明らかに、何度も来依の方へ向けられていた。

南はテーブルの下でそっと来依の手を握り、小声で耳打ちした。

「たぶん、あなたが目的だよ」

来依もそれを感じ取っていた。まさかこんなに早く、そしてこんなに堂々と現れるとは思わなかった。

まったく隠そうともしない。

「どうりで道木社長が石川に来たわけだ。本業には興味がないらしい」

淡々としていながらも、はっきりとした声が会場に響いた。

来依が振り返ると、海人が会場に入ってくるのが見えた。

彼女はすぐに目配せして、近づかないように合図を送った。

だが彼は構わず近づいてきて、彼女の隣に腰を下ろした。

鷹も続いて南の隣に座った。

最後に現れた清孝は、当然のように主席に座った。

勇斗はプロジェクター画面の前で完全に呆然としていた。

なんで、こんな大物たちが次々に集まってくるの?

青城の目には、隠す気などまったくなかった。

その笑顔は作り笑いで、見ているだけで不快になるほどだった。

「菊池様、随分と足が速い
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