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第288話

Author: 結奈々
黒崎グループの社長に関する情報は、ほとんど表に出ていなかった。

「他には?」と遥真が尋ねる。

「ない」凛音はパソコンを閉じたが、頭の中ではまだ、師匠が残した二つ目の防御をどう突破するかを考えていた。「これを突破して、他に何か分かったらまた知らせる。今日はもう帰るね」

遥真は軽く「うん」とだけ返し、それ以上は何も言わなかった。

オフィスのドアが閉まると同時に、彼はスマホを取り出して電話をかけた。

時也はすぐに出た。「どうした?」

「資料は送ってある」遥真の胸には、ある疑いと仮説が浮かんでいた。「時間を見つけて、あの人と柚香の親子鑑定をしてくれ」

「了解」時也はあっさりと引き受けた。

柚香は、自分が知りたがっていることを、遥真がすでに把握しているなんて思いもしなかった。ましてや、その情報が自分より何歩も先を行っていることも。

その頃の彼女は、まだ病室で安江に付き添い、話しかけていた。母が相変わらず目を覚ます気配もないのを見て、ベッドに身を乗り出し、母の手を握りながら、最近のあれこれや、離婚がうまくいかなかったことをぽつぽつと話していた。

話しているうちに、ふとどっと疲れ
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