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第40話

Author: 結奈々
「遥真」玲奈がまた甘えた声を出した。「さっきのはただの事故よ。きっと彼女もわざとじゃなかったわ」

「わざとだろうが、うっかりだろうが、君がケガした原因が柚香なのは事実だ」遥真はずっと柚香を見たまま、彼女の表情の微かな揺れさえ見逃さずに続けた。「自分のしたことには、それ相応の代償を払ってもらう」

その言葉の意味を、柚香は完全に理解した。

彼は理屈を言いに来たんじゃない。玲奈の味方をするために来たのだ。昔、彼女を甘やかしていた頃と同じように、誰が悪かなんて関係なく、ただ彼女だけを庇っていたように。

そして今はこう告げに来た。玲奈と夫を「共有する」なんて受け入れられない結果、自分に向けられる愛が他の誰かに移ることになる、と。

……そんな移ろいやすい愛情なんて、いらないのに。

「言ったこと、守れる?」柚香が問う。

「もちろん」遥真も即答した。

その言葉が落ちた瞬間、柚香は横の棚から医療用の小型メスを取り、ためらいなく自分の掌をスッと切った。皮膚がぱっくり開き、血が勢いよくあふれ出す。みるみる掌が赤く染まった。

「橘川さん!」高橋先生が悲鳴を上げた。

遥真の瞳孔が一瞬、強く縮む。深夜の底みたいな黒い瞳で、止まらない血とその手をじっと見つめる。

昔は、ちょっと擦りむいただけで涙目になって「痛い」と訴えてきた子なのに。どうしてこんな大きな傷を、自分でつけて、しかも顔色ひとつ変えないんだ。

そこまでして、俺を頼りたくないのか?

そこまでして、自分を傷つける覚悟を貫くのか。

「これで満足?」血がにじむどころか、どくどく流れ落ちて指先から床へぽたぽたと滴り続ける。「足りないならもっと返すよ。あなたが満足するまで」

「久瀬さん、桐谷さんのケガは大したことありません。軽く擦りむいただけです」高橋先生は柚香の傷が深くなっていくのを恐れ、慌てて言った。「橘川さんのこれで、十分すぎます」

十倍どころじゃない。五十倍返しにもなるレベルだ。

遥真の心はじわじわと沈んでいき、表情はこれまででいちばん険しくなった。

「遥真はちょっと冗談を言っただけよ。なんで本気にするの?」玲奈が口を挟む。「もし本当にあなたのお母さんに治療させたくなかったら、とっくにどこかへ移されてるわよ」

「冗談ね」掌は焼けつくように痛む。でも柚香は弱みを見せなかった。「でもその『冗談』で、人の命
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