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第3話

Author: 喜々(きき)
編集長室を出たとたん、澪はずきずきとしているこめかみを指で押さえた。

週刊ルミナスが凛也に取材するのは、思いつきではなく以前からの計画だった。ただ、凛也がずっと断っていて、なかなか機会がなかっただけ。

だから、本来なら喜ぶべきことだ。なのに、胸はちっとも弾まない。

編集部に戻ると、澪は近くのデスクを軽く叩いた。みんなの視線が集まるのを待って、淡々と言った。

「今号のインタビューは三浦社長に差し替えるの。準備して。来週水曜は、神崎社長の特集を組むことになる」

空気がふっとゆるむ。穴は埋まった。さっそく新入りたちがひそひそと話し始める。

「神崎グループの社長って……あの神崎社長?」

「ほかに誰がいるんだよ」

「鬼だって噂あるよね」

「鬼かどうかは知らないけど、テレビだと顔はいいんじゃない?」

「てか聞いた?あの社長、めちゃ一途らしい。大学のとき彼女できて、ずっと続いてるって」

勝手に盛り上がる声を背に、澪は自分の席へ戻った。

バッグを置き、コーヒーマシンで一杯淹れる。ひと口含んだとたん、さっきの噂が頭をよぎる。

……凛也が大学一年のとき、恋人がいたのは事実だ。仲もよかった。けれど、卒業を機に別れた。理由ははっきりしていない。

「相手がより良いキャリアを求めて別れを選んだ」とか、そんな話だけが残っている。

それからは凛也が誰とも付き合わず。次に表に出たのは、澪との政略結婚だった。

そして今は、離婚。

協議書、もう署名しただろうか。凛也なら、引き延ばすタイプじゃないはずだ。

澪はスマホを取り、昨夜の相手に続けて送る。

【澪:凛也に連絡した?】

三十秒ほどして返信が来た。

【朱里:したよ。褒められた】

【澪:?】

【朱里:アフターが手厚いって。結婚から離婚まで、ぜんぶセットで頼めるってさ】

相手は佐伯朱里(さえき あかり)。澪の親友で、離婚案件を山ほど扱う弁護士。未婚のくせに、毎日誰かを別れさせている。

結婚の話より、離婚のほうがしっくりくる。本人がそう言っていた。

当時の婚前契約も、作ったのは朱里だった。

……

一週間なんて、あっという間だ。

気づけば、もう来週の水曜だった。

早朝、澪が台本を抱えて撮影スタジオに入ると、スタッフが二人、青い顔で駆け寄ってきた。

その慌てた様子を見て、澪が先に聞いた。

「どうしたの?」

「時間が……もうすぐなのに、神崎社長がまだ……」

澪は腕時計を見る。残り十分。

「秘書には連絡した?」

「しました。でも、電話に出ませんでした」

「私がやる。あなたたちは準備して」

「ありがとうございます……!」

澪はうなずき、廊下へ出る。ポケットからスマホを取り出し、凛也の番号にかけようとした、その瞬間。

扉が開いた。

外気をまとった凛也が、そこにいた。

家の中で見る姿とは別物だ。仕立てのいいスーツ、感情の見えない目。手首には、黒檀の数珠が静かに揺れている。

冷たく、きれいで、近寄れない。

視線がぶつかる。互いに、余計な表情はこぼさない。

凛也は澪を一瞥しただけで、足を止めずに通り過ぎた。

その後ろに続く秘書が、澪の前で小さく頭を下げる。

「……奥様」

かすれるほど小さな声だった。澪は、ほんの一瞬だけ動きを止めたが、何も言わなかった。

撮影が始まる。

週刊ルミナスの担当として、澪が最初に質問を投げる。定型のやり取りをいくつかこなして、話はやっと本題に入った。

「神崎社長は霧城市の新鋭として知られていますが、これまで目立ったスキャンダルはほとんどありません。もしご意欲があれば、お相手に求める条件は?」

凛也は数珠を指で転がし、淡々と答えた。

「ない」

澪は笑みを崩さない。

「条件が高い方ほど、そうおっしゃいますよね」

「事実だ」

その返しに、澪の肩がわずかにこわばる。視線をそらし、次の問題へ。

「現在、おつきあいしている方はいらっしゃいますか」

凛也は顔色ひとつ変えずに言った。

「いま、離婚の話をしている最中だ」

スタジオがざわっと沸いた。

「離婚?」

「いつ結婚してたんだよ」

「聞いてない!」

「うわっ……これ、でかいぞ……!大手企業の社長が隠れ婚をしてまた離婚?!絶対大ヒットだなこれ!」

インカム越しに、スタッフの声が飛んできた。

「澪さん、これめちゃ使えます!結婚の時期と、離婚の理由、突っ込んでください!」

澪は凛也を見た。まさか、正面から答える気だと思わなかった。

質問カードを押さえる指に、わずかに力がこもった。

数秒で息を整え、落ち着いた声で続いた。

「失礼ですが……これまで既婚の報道はありませんでした。いつご結婚なさったんですか」

「去年の秋」

「秘密保持が徹底されていますね」

凛也は眉をひそめた。

「相手が公表したがらなかった」

一拍置いて、さらに低い声で言う。

「……俺が世間に出すほどの男じゃないって思ったんじゃないか」

澪は、その言葉を拾えない。笑みで流し、最後の質問へ進む。

「差し支えなければ、離婚の理由を伺ってもよろしいでしょうか?」

凛也の手が止まった。

口元だけが笑ったまま、二人にしか聞こえない声でささやいた。

「その理由、おまえが知らないとでも?」
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