第989話

これはおそらく、由美が初めて、彼の前でここまで激しく怒りをぶつけた瞬間だった。

明雄は黙ったままだ。

由美は体を起こし、彼を見つめて言った。

「一体、どういうつもりなの？私にあんなことをして……私はあなたの妻よ、私のことを何だと思ってるの？」

あの時、彼からはほんの少しの優しささえ感じられなかった。

乱暴で、荒々しくて——

以前は、彼はそんな風じゃなかった。

どれだけ激しくなっても、彼はいつも自分の気持ちを気遣ってくれた。

決して、自分を不快にさせるようなことはしなかった。

彼の思いやりがあったからこそ、自分はあそこまで心を開くことができたのに——

けれど……今回は、違った。

彼女はたくさん考えた。

もしかして明雄は、自分を手に入れたから、もう大事にする気がなくなったのか？

そんなはずない。

彼は、そういう男じゃない。

でも――他に何か理由があるのだろうか？

ふと、彼女は憲一のことを思い出した。

――もしかして……憲一が、何か余計なことを言ったの？

きっと、そうに違いない。

じゃなければ、あんなことを彼はするはずがない。

でも――彼は、自分の過去も知っている。

分からない。

分かりたくても、分からない。

理由も、答えも、見つからない。

胸の奥が、ぐちゃぐちゃに乱れていく。

「明雄……もし、私のことで何か不満があるなら、はっきり言って。あんな風に――人を傷つけるやり方は、やめて」

明雄は、ぽつりと謝罪の言葉を口にした。

「……ごめん」

「謝ってほしいわけじゃないの！」

由美は彼を見つめた。

明雄は、女性と口論をするような男ではない。

だから、彼はただ静かにしていた。

由美は唇を引き結び、感情を飲み込むようにして言った。

「……本気で言ってるよ。もし不満があるなら、ちゃんと話し合いたい。冷戦も、喧嘩も、したくない」

明雄は目を伏せた。

「悪いのは君じゃない。全部……俺が悪い」

そして目を上げて続けた。

「俺が、狭量だった。酒なんて飲むべきじゃなかったし、くだらない妄想で自分を見失ってた……」

由美は眉をひそめた。

「……何を言ってるの？」

「俺……」

明雄は言葉を詰まらせた。

自分でも、こんな自分が嫌だ。

由美の過去を知っている。

ずっと前から。

それで悩んだこともなかった。