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第75話:灯火は絶えず

last update Terakhir Diperbarui: 2025-07-21 20:36:58

崩れた神殿の影も、今はただの瓦礫となった。

だがその日、中心に、一つの高台が設けられていた。

風にたなびく新たな“旗”。

その下に立つのは、静かに立ち上がった青年──リリウスだった。

かつては王子として名を知られ、今は“語る者”として人々に姿を見せている人物。

集まった民、神官、レジスタンス、そして武装を解いたアルヴァレス兵たちが、一斉にその声に耳を傾けていた。

リリウスはゆっくりと前を見据え、声を上げた。

「……僕はクラウディアの王子です。帰ろうと思えば、今すぐでも戻れる。兄は、それを望んでくれるでしょう。でも、僕は帰りません。僕は“どこかに属する”ことで救われたいんじゃない。……“誰かの居場所”になりたいんです」

その言葉に、ざわめきが走る。

「……僕は、誰の駒でもありません。そして貴方達も」

淡々と、けれど一つひとつの言葉を、噛み締めるように告げていく。

「だから、ここに“新しい国”を作ります。誰かの支配ではなく、“祈る者”と“語る者”と、“生きようとする者たち”の国を」

沈黙の中で、空気が変わる。

誰も言葉を挟めなかった。ただ、胸の奥に何かが燃えるのを感じていた。

「この旗は、過去の象徴ではありません。争いを越えて、生き残った希望です。──それが、“新たなアルヴァレス”です」

リリウスは、両手で旗を掲げる。

風が吹き、光が布を照らした。

銀糸の紋章が朝の光にきらめき、広場の誰もがその象徴に目を奪われる。

──その頃、クラウディア本営。

演説を伝える伝令が入ると、将官たちは一様に黙り込んだ。

「……なるほどリリウス殿下はアルヴァレスを“壊す”おつもりですな」

神妙に言った男に、補佐官が静かに返す。

「ええ、暴力ではなく民意で。支持も広がりつつあります」

「まさか、あのリリウス殿下が。……さて、我らはともかくヴァルドがどう出るか」

「認めずとも、止める方法がありません。“正しい”という声が、既に民の中にあるのです」

──ヴァルド陣営。

リリウスの映像記録を見た将校たちは、視線を交わす。

その中央で、ゼノは腕を組んだまま沈黙していた。

「……やりおる。ほんとうに、やってのけるとは」

誰ともなく漏らすと、カイルが通信の向こうで言った。

『情勢より、意志を優先した結果だ。俺は、それを支える』

「それでいいのか?我々は──」

『“正しい”ものを、否定し続ける国
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