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第84話:再会、そして執着

last update Last Updated: 2025-07-30 21:06:13

──王都、南門近くの城壁下。

霧雨のような細かな砂塵が舞う中、重たい足音が石畳を打つ。

リリウスの前に立ち塞がるのは、王都を守る最後の門──そしてその中央に、かつての番・王太子レオン・アルヴァレスの姿があった。

剣も鎧も纏わず、ただ漆黒の軍衣に身を包んだその姿は、どこか異様に静かで、そして不気味だった。

「ようやく来たか。──俺の“番”」

冷たい声。

その言葉に、リリウスの足が止まる。

「……違う」

しばしの沈黙の後、リリウスが静かに言った。

「僕は……あなたの“もの”なんかじゃない」

声は震えていない。

けれど、レオンの瞳が微かに揺れた。

「何を言っている。番の儀式は、あの日確かに交わされた。神に誓っただろう」

「……あれは偽りだった。あなたが“そうした”んだ。僕には、拒む力も、逃げる自由もなかった」

リリウスの声は静かだった。

けれど、その言葉は確かに、過去に縋る王太子の胸を貫いた。

「じゃあなんだ。お前はあの儀式を“なかったこと”にする気か?」

レオンの目が血走る。

口調が荒くなり、雨粒が頬を伝っても、それに気づかぬまま言葉を続けた。

「俺は……あの時からずっと、お前を“俺のもの”として扱ってきた。何をしても、どこへ行っても、それが変わると思ってるのか!」

「だから、違うって言ってる」

リリウスはまっすぐにレオンを見た。

「あなたは、僕を“もの”のように扱った。番でも、家族でもない。ただの所有物として、利用して、飽きて、雪原に捨てた」

淡々としたその口調に、レオンの呼吸が乱れる。

「僕はね、アルヴァレスに来たとき……ずっと考えてたよ」

ふと、リリウスが目を伏せる。

そのまなざしの奥には、過去の自分が確かにいた。

「“番”って言われたからには、きっと一生一緒にいるんだって……そう思った。だから、あなたを愛そうとした。わからなくても、好きになれるように努力した」

言葉のひとつひとつが、痛みと共に落ちていく。

「でも……どれだけ近づこうとしても、あなたは僕を見ていなかった。ただ従うことだけを求めて……僕の祈りも、感情も、名前すら、ただの“役割”に押し込めてた」

その言葉が、レオンの胸を苛むように響く。

「あなたは、“番”じゃない。ずっと対等じゃなかった。最初から“上から繋いでいた鎖”で、僕をつなごうとしていた」

リリウスの表情が、ほんのわずかだけ、哀しげに揺れる。
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