Share

03

last update Last Updated: 2025-08-06 08:16:52

「実は祖父――会長命令で政略結婚をさせられそうになっている。だが、俺はその相手と結婚する気はない」

 政略結婚? そんな言葉、現実に存在してるの?

 それとも時代がおかしいの?

 ここは昭和?

「だから私と結婚するっていうのは、どうかと思いますが…それに、そんなことで諦めてもらえるものでしょうか?」

「既婚者になっておけば、形式的に断れるから。だから俺は契約結婚を望んでいる」

「そ、それだけで部下の人生を巻き込まないでくださいッ。実際に結婚するなんて――」

 私の台詞を遮って彼は言った。「報酬は、契約満了時に1,000万円」

 その金額に、私は言葉を失った。

(いっせんまん……!?)

 貯金ゼロどころかマイナス。今月中には今のマンションを出ないといけない。引っ越し先なんてもちろんまだ決まってない。

 元夫が残した保証人の署名や、支払い催促の通知がある状態。

 そんな私にとってこの提案は、あまりにも、あまりにも魅力的だった。

 今の一言で、完全に私の心は魅惑の1000万円に傾いてしまった。

 ほんとうに、人生はなにが起こるかわからない。

 まさか今日――離婚届を提出したその日に、別の結婚を提案されるなんて。しかも、契約結婚。上司から。

(夢かと思いたい……でも、妙にリアル)

 御門本部長は真剣そのものだった。それだけは表情からはっきり伝わっていた。

 私の人生、どうなるの?

 このまま、契約書にサインなんてして、いいの……?

 とりあえず契約についてすり合わせてみよう。あと、こちらの意向もしっかり伝えておかなきゃ。

「本部長だから言いますが、私の元夫は、人間としてサイテーな男でした。しかし口がうまい男なので、結婚前に騙されたのです。見る目がなかった自分にも落ち度はありますが、借金作って愛人孕ませた挙句、私から逃げましたから。とんでもない男でしょう?」

「それがどうした」

 私は言葉を失った。まさかそんな言葉が返って来るとは思わなかったから…。

「君の元夫について、俺がどうこう言えるものではない」

「そうですね。失礼しました」

 本部長はこういう男だった。結婚を持ち出されて忘れていた。完全合理主義、他人には一切興味ナシ。

「ええと…そんなヤツのせいで、必死に蓄えていた貯金も底を尽きましたから、実のところお金には困っています。なので、本部長の提案はものすごくありがたいのですが…」

「なら、受けてくれるのか?」

 どうせ受けるならと思い、交渉カードを切ることにした。「し、新しい住居も必要です。小さな単身用のところで結構ですので、そちらも用意いただければ、すぐにでも合意できるかと…」

「いいだろう。住居は提供する。生活費も俺が出す。1年くらい契約で結婚してくれたらそれでいい」

 なんて人なのっ。私が提示した条件をいとも簡単に承諾した!

「ほかに必要なものは?」

「えっと…」もうお願いする事項が見つからなかった。

「なら、問題ないとみなしても――」

「ちょ、ちょっと待ってください! あのっ……その…どうして、私を選ばれたのですか? いろいろ条件をクリアしていただいてこんなこと言うのもアレですけど、ほかに適任の方はいらっしゃらなかったのでしょうか?」

 最大限の疑問をぶつけてみた。

 そう。だって私は、相手に落ち度があったとはいえ、一度結婚に失敗した身。

 なんで私を? って思っちゃう。

「君は俺の部下で、信頼しているからだ。それに、離婚したばかりで俺に感情的な恋愛を求めてこないだろう。情に流されるタイプではない。そしてなにより口が堅い。この契約のことを誰彼構わず吹聴するような女性ではないとわかっているから」

 ……評価されてるのかな。

 とにかく彼は常に合理主義。感情よりも効率。面倒を嫌い理論で動く男。

 1000万円は魅力的。でも、肝心なことを忘れていた。自由が手に入ったばかりなのに、また誰かに縛られるなんて。

「私は結婚を失敗したばかりの女です。そんな私が、誰かの“パートナー”になるなんておかしいですよ」

 私の言葉に本部長がほんの一瞬目を細めた。「だったらこれは再出発のつもりでどうだ?」

「え?」

「これは結婚ではなく、人生のリハビリだ。形はどうであれ“誰かと暮らす”ことをもう一度経験する。案外うまくいくかもしれないだろう?」

「でも…」

「では、言わせてもらう。今日のミスは大変な損失につながるところだったんだ。貯金も無い状態でクビになりたくないだろう? 契約を飲んでくれたら、今日のミスはここだけの話にしておこうじゃないか」

 本部長が少し口角を上げて言った。含み笑いをしているように見える。

 この男! しれっと私を脅してきた!

 弱みを見せてしまったのが運の尽き!

「中原の命運は俺が握っているということを忘れるなよ」

 崖っぷちOL30歳。離婚された当日上司に結婚を迫られ、脅されています。

「……契約条件、提示してください。考えます」唇をかみしめながら伝えた。

 なんでこんなことに…。

 私が断らなかったことに満足したのか、彼は小さく頷いた。

「明日、正式な書面を用意する。条件に不満があれば修正も可」

 言いたいことだけ言った御門蓮司はその場を静かに去っていった。

 残された私は暫くその場を動けなかった。

 条件に不満があれば修正も可、じゃないよ――っ!!

Continue to read this book for free
Scan code to download App
Comments (1)
goodnovel comment avatar
雨降る雪降る
この展開面白すぎる...
VIEW ALL COMMENTS

Latest chapter

  • 捨てられ妻となったので『偽装結婚』始めましたが、なぜか契約夫に溺愛されています!   99

     亜由美に家まで送ってもらい、マンション前で降車し、通り慣れてきたロビーを抜け、エレベーターに乗り込み部屋に入る。ドアが静かに閉まった瞬間、世界の音量が一段下がった。ヒールを脱いで指をほぐす。冷蔵庫からミネラルウォーターを出し、ひと口。喉を滑る水の冷たさが、背骨の一番下まで降りていく。  私が来たばかりの頃は、冷蔵庫には水しか入っていなかったっけ。  ロクなものが入ってなかった。  週末、たこ焼きパーティーをしようと約束したのに、できなくなったから…。  たこ焼きの材料を少しだけ買ってしまったから、冷凍しておこう。  粉は持つからいいとして…って、なに考えてんだろ。もうこうなった以上、そんな約束を果たせる日はきっと来ない。 ソファに腰を下ろしてしまうと、もう立てなくなるのはわかっている。だから、まずは帰宅の儀。髪をゆるくまとめ直し、メイクを軽く落とし、膝に冷却シートを貼る。鏡の前に立ち、稽古で教わったとおり、肩甲骨を寄せて、顎の角度を一度だけ正す。たったそれだけなのに、胸のあたりが空いて、呼吸がまっすぐ出ていった。 でも、自分でも思う。頑張ってもせいぜい綺麗に姿勢を正して歩くのが関の山だろう。  正座にも不慣れで、やるからには頑張りたいけれど、この期間じゃ短すぎる。  だったらもっと別角度で切り込むしかないんじゃないかな。  正攻法で行っても、多分、真白さんには勝てないし、無様な姿を見せて終わりだ。

  • 捨てられ妻となったので『偽装結婚』始めましたが、なぜか契約夫に溺愛されています!   98

     稽古場を出ると、玄関の戸の向こうに夜の匂いが溜まっていた。水気を含んだ土。知らない間に少し雨が降っていたみたい。最近雨が多いな。  ふう、とため息をついた瞬間、膝が遅れて震える。そこでようやく、私は自分の体重がちゃんと戻ってきたことを知った。体バキバキ、背中超痛い。ついでに足が死んだ。暫く動けなくて10分くらい余分に時間もらって隅でじっとしていたのよね。さっきまで。 門を出ると、亜由美がポストにもたれて待っていた。街灯に照らされて、彼女の目尻がきらりと笑う。「よく頑張ったね。正直言うと、あの母親の厳しさについていけなくて、音を上げて帰ると思ってた」「やるって決めた以上は頑張るしかないよ。できていないんだし、時間もないからそれでいいよ。できない私が悪いんだから」「あの人に初回から付いていけるなんて、やっぱひかりは根性あるわ。だから好き」 やんちゃな亜由美らしいな。まあでも、だからこそ気が合う。「諦めたくないんだけど、どうにも向いてないよね。どうしたらいいかな」「どうしようもないね。で、向いてないのわかる」「だよね…」

  • 捨てられ妻となったので『偽装結婚』始めましたが、なぜか契約夫に溺愛されています!   97

     心の中でゴッと炎が燃え上がる。現実が追いかけてきた。(……でも、私、茶道ぜんっぜんやってこなかったからなぁ…) 茶碗に茶筅(ちゃせん)くらいはわかる。 この前お点前をお母さまに教えていただいて、なんとなくはわかる。 でも、着物着て披露するなんて…しかも1か月もないのにできるのかな…いやいや弱気になっちゃだめ! ゴゴっと燃え上がったまま、勢いでなんでもやりこなす勢いでやろう! ヨーチュブーにアップされている動画でも見ながら練習しようと思っていた時、亜由美から連絡があった。《今日のざまぁ、最高だったね。おつかれさま》(亜由美)(……そうだ!) 私は早速亜由美に連絡を取った。「ねえ亜由美、お母さまって確か茶道——」『ああうん。茶道の師範。言っとくけど超厳格だよ。私がグレた原因の八割があの人のせい』 超厳格…! しかも亜由美がグレた原因って…。 でもそれくらいじゃないと、間に合わない

  • 捨てられ妻となったので『偽装結婚』始めましたが、なぜか契約夫に溺愛されています!   96

    「亜由美、今日はありがとね」 「どういたしまして~。あいつらの顔、最高にすっとしたね!」 「うん。亜由美のおかげだよ。ありがとう」 「そんなことない。ひかりが勇気を出して頑張ったからだよ。私はちょっと手伝っただけ」 亜由美の言葉にじんとくる。 「ううん。ひとりじゃ取り返せなかったかもしれないし、亜由美がいてくれて心強かった。ありがとう!」 「よーし、じゃあ夕飯おごれ♡」 「もちろん! おごりますとも!」  私たちは笑いあって歩いた。  カツカツと地面を鳴るヒールの音がやけに誇らしく聴こえた。  亜由美と居酒屋で食事をした。別れて家に帰ると、スマートフォンが震えた。新着通知——“@ena_baby 投稿がありました”。《だぁりんにもらった腕輪なくなっちゃったよ~》 《ぴえん(泣)》 ぴえんってなに(怒)  こっちがぴえんって言いたいわ! 《そんでぇ~赤ちゃんがお空に帰ってしまいました泣泣》  いやいや、はなからあなたの元には赤ちゃん来てなかったよ?  しかもノリ軽すぎない? どれだけ世の中に不妊で苦しんで、辛い思いをしている人がいると思ってんのよ!  冗談でもこんな投稿しちゃだめでしょーがっ!!  私だって…子供欲しかったのに…、辛い記憶

  • 捨てられ妻となったので『偽装結婚』始めましたが、なぜか契約夫に溺愛されています!   95

     沈黙のあと、私が淡々と告げる。「演出はもう結構。返して。——今ここで。私が旦那に初めてもらったプレゼントなの!」 球児が舌打ち。「だから知らねぇって言ってんだろ!」「言い訳は不要。『返却する/しない』の二択だけよ」  亜由美が、卓上に小型レコーダーを置いた。「録音・録画、継続中です。虚偽の妊娠で“業務妨害”を重ねた件も併せて整理します」 愛人の顔色がさっと悪くなる。「……返せばいいんでしょ」 彼女はふてくされたように立ち上がり、部屋の奥へ。失くしたと思っていたブレスレットがその手に握られていた。 私は手袋をはめ、直接触れずに薄紙へそっと置く。丸カンの脇、“457”。——間違いない。「返還、確認」 胸の奥で、固く縛っていた紐がふっとほどけた。「……これで満足?」愛人が挑むように言う。「まだよ。念書にサインして」  敬語を使うのもばからしくなったので、命令口調で言った。私は短文の紙をテーブルに滑らせる。  以後、御門ひかりへの接触不可、勤務先への来社不可、SNSでの言及等を行わない。違反時は法的措置に異議なく応じる――まあ、

  • 捨てられ妻となったので『偽装結婚』始めましたが、なぜか契約夫に溺愛されています!   94

    「偶然よ!」と愛人は言い張る。 「じゃあどう偶然なのか、合理的に説明していただけますか?」と私。 静かに、でも逃げ道は塞ぐ。 その時、亜由美がかけていた電話をスピーカーにした。「BSDコンシェルジュですね。そちらの新商品のブレスレットについてお伺いしたいのですが」『はい、どうぞ』「シリアルナンバーから購入者の照会もできるのですか?」『はい、もちろんでございます。但しご本人様と確認できるものが必要でございます』「実はそちらで購入したブレスレットが盗難に遭ってしまったのです…転売されたらすぐわかるようになっているのですか?」 受話口から落ち着いた声がする。『もちろんでございます。シリアルキーやチャームのロット番号をお伝えいただければ手配いたします』 もう覚えた。Serial:LG-K01457とロット番号:457。鍵のチャーム。  蓮司が私にくれた、大事なブレスレットだもん。 一点ものだということがこれで明確になっただろう。いよいよまずいと思った

More Chapters
Explore and read good novels for free
Free access to a vast number of good novels on GoodNovel app. Download the books you like and read anywhere & anytime.
Read books for free on the app
SCAN CODE TO READ ON APP
DMCA.com Protection Status