LOGIN夜――。
残業の空気が、部の中を重く満たしていた。
今日はどうにも集中できなかった。
(いつもみたいに処理できない……)
他人には言えない。言いたくもない。
「離婚したんだよ、私……」
目の奥がじんわりと重たくなった頃、ようやく最低限の仕事を終えた。
(お疲れ様、私。今日はよく頑張った)
誰も褒めてくれないので、自分で自分を褒めると言う虚しい行為をしながらロッカー室へ向かう。
「中原」
背後から呼び止められた名前に、びくりと肩が跳ねた。
振り返ると、そこに立っていたのは御門本部長だった。
「……はい?」
緊張で背筋が伸びる。やだよやだよ、今さら追加残業なんて~っ!
「5分、時間をくれ。休憩室で話そう」
淡々とした口調でそう言い残し、彼は何の説明もなく歩き去った。
(え……マジなの?)
御門本部長が、私に直接“休憩室”を指定するなんて。
「……今日はこのまま帰りたかったのに……」
小声でぼやきながら、私は肩を落として休憩室へと足を向けた。
終業後の休憩室は、空気がひんやりしていた。
(誰もいない……当然か)
薄暗い照明の中、私は深くため息をつく。仕事を辞めてくれと言われた時のシミュレーションが頭によぎる。
離婚したばかり。
扉が開く音がして、御門が入ってきた。呼び出しておいて私より後から来るなんて、と文句のひとつもぶつけてやりたい。
「来ました……お話って、なんでしょうか?」
彼は無言のまま、椅子に座り、私を見つめた。
「まどろっこしいのは嫌いだから、単刀直入に言う」
「あ、はい」
身構えた。今日でお前はクビだ、と唇が動くのかと思いきや――
「俺と、結婚してくれ」
「……は?」
一瞬、言葉の意味が理解できなかった。
「結婚といっても契約だ。形式だけの関係だから」
(え? なに言ってるのこの人……)
「……っ、すみません、本気で言ってます?」
「本気だ」
真顔。無表情。
「なぜ、私なのですか? 本部長もご存じだと思いますが、私、今日、離婚が成立したばかりなんですけど……」
「わかってる。だから頼んでいるんだ」
「え、どういう意味ですか……?」
離婚したての女性に契約婚持ち掛けるなんて、どうかしてるよ!
白のタキシードが驚くほど似合っていた。 背筋を伸ばし、凛とした男らしさを纏いながらも、その瞳だけは私へ向けるときだけ見せる甘さを帯びている。 歩み寄るほど、蓮司の視線が私をすべて受け止めるように優しく細まり—— ついには、息を呑むような小さな声音で囁いた。「……ひかり。綺麗すぎる」「蓮司こそ……格好良すぎ」 伸ばされた手に、自分の手をそっと重ねる。 触れた瞬間、ひんやりとした指輪が指先を撫で、半年間の出来事が胸の奥で光に変わった。「式を始めます」 司祭の声がしんと響く。 参列席には、私たちの人生で出会ったすべての人の笑顔。 だけど
半年後。 柔らかな日差しが降り注ぐチャペルのステンドグラスが、虹色の光を床に散らしていた。 季節が変わる間に、私と蓮司の関係も、ぐっと深く濃く変わった。 新居での生活にもすっかり慣れ、毎日の朝食や夕食を一緒に食べるのはもう当たり前になった。 そして今日—— 偽装婚として始まった関係は、本物として永遠の形になる。 「準備はよろしいですか?」 ドレススタッフの声に振り向く。 鏡の中には、少し照れたように微笑む花嫁が映っていた。純白のドレスは身体にぴたりと馴染み、胸元のレースが静かに揺れている。 その姿を見たお母さまが、目元を指先でそっと押さえた。私のお母さんとも打ち明け、2人は仲良くなってしまった。そして師匠も駆けつけてくれた。私には3人もお母さんがいる。最高に幸せだ。「……ひかりさん。とても綺麗よ」 「ほんと……」 「素敵な人と再婚できてよかったわねぇ……」 母は口々に歓びの言葉を口にする。ありがたい。心配してくれていたもんね。「ひかりさん。あなたのおかげで蓮司は変わったわ。それに御門家も。古風で凝り固ま
「おろすぞ。ゆっくりな」 蓮司がキッチンの椅子に私をそっと降ろす。 まるで壊れ物でも扱うみたいに優しい動作で、胸がじんと温かくなる。「蓮司……そんなに気を遣わなくていいのに」「無理だ。今のお前をひとりで歩かせる方が不安だ」「……昨夜の原因の半分は蓮司だからね?」「半分じゃない。九割九分九厘俺だよ」「自覚あるんだ……!」「あるとも。だから今日は俺が全部やる」 そう宣言すると、蓮司はトースターの前に立った。 寝癖が少し残っている後ろ姿なのに、妙に格好良くてずるい。「はい、本日の朝食は——俺特製の押すだけトーストです」「名前ひどすぎない? せめて『御門家のモーニング』とか言ってよ」
感情溢れた蓮司に抱きしめられ、ぐっと奥まで入ってこられた。 肉を打つ音が寝室に卑猥に響き、甘い声が抑えられない。 互いの名を呼び合い、愛を交わし、蕩けていく。「蓮司」 「ひかり」 大好きな旦那様の剛直に貫かれる。 肌を重ねることが、こんなに愛しくて切なくて幸せだと感じたことがなった。 夫の名を呼び、ぎゅっと手を握りしめてふたりで果てる。 なんども絡み合い、ふたりで乱れ、蕩ける夜を過ごした。 翌朝。朝の光がやわらかく差し込み、枕元の空気を金色に照らしていた。 昨夜の余韻がまだ身体の奥に静かに残っていて、動くたびにじんわりと温かさが広がる。 隣を見ると蓮司が薄く笑っていた。 寝起きの癖に、妙に余裕のある顔をしている。「おはよう、ひかり」「ん……おはよう。なんでそんな見てるの?」「いや。可愛いなと思って」「朝からハードル高い言葉やめてよ」 冷徹男だとばかり思っていたのに、激甘男の間違いだった。「事実だから仕方ない」 さらっと言って、私の頬に指を沿わせる。 その優しい触れ方だけで、胸がぎ
「ンっ……」 甘い声が鼻から抜けていく。蓮司に優しく体に触れられ、息が乱れていく。 期待を込めて顔を上げると、彼の瞳には、私がしっかりと映っている。 私も同じ。蓮司が映っている。「これから先、どこへ帰ってもいいけど──」 頬に指を沿わせ、蓮司は優しく囁く。「最後に帰る場所は、必ず俺の隣にしてくれ」 胸がぎゅっと締めつけられ、涙が零れそうになる。「うん。約束する」「じゃあ──今日も新婚の夜を楽しもうか」「お手柔らかにお願いします」 腕を絡めてキスを交わす。唾液が絡まり、2人の舌がもつれる。 大きな腕が包み込み、鼓動が耳元で一定のリズムを刻む。 優しくて、温かくて──もう、離れたくなかった。「ひかり」
実家でのドタバタ楽しい食事タイムを終え、お母さまとシリウスに惜しまれつつもマンションに戻った。泊っていけばいいのに、としきりにい言われたけれども、蓮司がひとこと。『俺たち新婚なんだから邪魔しないでくれよ』なんて言っちゃったものだから!! お母さまに生温かい目で見られた挙句、うふふ、と微笑まれてしまったのよぉぉっ!! なんてことッ!! 恥ずかしすぎるっ!!!! 鍵を開けると、静かな部屋が迎えてくれる。 見慣れたはずのリビング。もうここが私の家なんだ。信じられない気持ちがまだあるけれど、でも、ここにいてもいいんだ……。胸が熱くなった。「さ。邪魔者はいなくなったし、2人でイチャイチャしますか」蓮司が私を抱きしめる。 「さっきのアレ、お母さまに変な目で見られたじゃない。蓮司があんなこと言うから……」「好きな女性と暮らしていたのに、手を出さなかった俺を褒めて欲しいくらいだ」 「もう……」 キスが降ってくる。「待って、お風呂……入らなきゃ……」「どうせ汚れる」 言い方っ!!