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第7話

Author: にゃー
「そ、そんなの俺が知るかよ!二人があまりにも似てたんだ!おまけに暗かったし、一人を殴って気絶させたら、もう一人が飛びかかってきたから、ついでにそっちも殴ったんだよ……

どうせ二人とも連れてきたんだ。朝倉奏人に選ばせればいいだろ。あいつは妻を溺愛してることで有名なんだから、自分の妻を見分けられないはずがない。10億円用意しろと言えば、払わないわけにもいかないだろ?」

紗良の心は、深い谷底へ沈んでいった。

苦労して顔を横へ向けると、案の定、少し離れた場所にもう一人、体を丸めて倒れていた。

意識を失った真帆だった。

「外から車の音がする!来たぞ!」

拉致犯の一人が声を潜めた。

古びた倉庫の扉が開き、逆光の中に、背の高い男が立っていた。

奏人だった。

「金は持ってきたのか?」

拉致犯のリーダーが荒々しい声で尋ねた。

奏人は倉庫の中を素早く見回した。

床に縛られている二人の女を目にした瞬間、その瞳が大きく揺れ、顔色が一気に険しくなった。

「10億円ある。お前たちがさらった二人を解放しろ」

冷え切った声には、抑え込んだ怒りがにじんでいた。

「おやおや、朝倉社長。そう簡単にはいかないんですよ」

拉致犯のリーダーは不気味に笑い、床にいる紗良と真帆を指した。

「10億円で解放するのは一人だけだ。選べ」

「駄目だ」

奏人は迷うことなく拒んだ。

その声には、取りつく島もなかった。

「二人とも解放しろ。金ならいくらでも出す。すぐに、もう10億円持ってこさせる」

「朝倉社長、ここは店じゃねえんだ。金を足せば何でも買えると思うな。これ以上待って、警察でも来たらどうする。一人だけだ。さっさと自分の妻を選べ。でなければ……」

男はナイフを取り出した。

月明かりを受けて冷たく光る刃を、奏人に近い位置にいた真帆の首へ突きつける。

奏人の息が止まった。

握りしめた拳から、骨が軋むような音がした。

その視線は、縛られた二人の顔を何度も行き来した。

眉を強く寄せ、こめかみには血管が浮き上がっている。

激しい迷いと苦悩に揺れていることは、誰の目にも明らかだった。

時間だけが過ぎていき、息が詰まるほど空気が張り詰めていく。

やがて奏人は、全身の力を使い果たしたように片手を上げ、真帆のほうを指した。

「右にいるほうが……俺の妻だ」

乾ききった、かすれた声だった。

「そいつを解放しろ」

その瞬間、紗良の頭の中で何かが弾けた。

何も考えられなくなる。

右側にいるのは、真帆だった。

奏人は、真帆を選んだ。

紗良だと分からなかったはずがない。

暗がりの中では、最初は見分けにくかったかもしれない。

だが、拉致犯が真帆の首へナイフを突きつけたとき、奏人にははっきり見えていたはずだ。

ただ奏人は――

生死を分けるその瞬間、無意識のうちに、真帆を救いたいと思ったのだ。

拉致犯のリーダーは口元を歪めると、すぐに手下へ真帆の縄を解くよう合図した。

真帆はちょうど意識を取り戻したらしく、ぼんやりしたまま縄を外された。

口に詰められていた布も取られる。

奏人の姿を見た途端、その目から涙があふれた。

「奏人くん……」

奏人は一気に駆け寄り、真帆を強く抱きしめた。

安堵と恐怖の入り混じった声が震えていた。

「もう大丈夫だ。俺が来た」

真帆を抱き上げると、奏人はそのまま立ち去ろうとした。

倉庫を出る直前、その足がわずかに止まった。

振り返り、今も床に縛られたまま、目を開いて自分を見つめている紗良へ視線を向ける。

奏人の目には、罪悪感と迷いが浮かんでいた。

だが結局、それも腕の中の温もりと、真帆を救えた安堵にのみ込まれていった。

奏人は歯を食いしばった。

最後まで何も言わず、真帆を抱いたまま、振り返ることなく夜の闇へ駆けていった。

倉庫の扉が再び閉まり、最後の光も、希望も断ち切られた。

「兄貴、こっちはどうする?」

残った拉致犯が紗良を指した。

リーダーは地面へ唾を吐いた。

「ちっ、顔は悪くないな。朝倉奏人にも見捨てられたんだ。だったら……俺たちで楽しむか?」

「へへ、それがいい」

下卑た笑い声が、暗闇に響いた。

紗良は恐怖に目を見開き、必死にもがいた。

だが縄はきつく、口もふさがれている。

絶望に満ちた呻き声しか出せなかった。

拉致犯たちが取り囲み、汚れた荒い手で服を引き裂き始めた。

冷たい空気が肌に触れ、全身が震えた。

絶望が冷たい海水のように押し寄せ、紗良をのみ込んでいく。

やがて紗良は抵抗するのをやめた。

虚ろな目で、真っ暗な天井を見つめた。

これが、奏人の望んだ結末なのだろうか。

自分をこの獣のような男たちに置き去りにし、別の女の無事と幸せを選ぶ。

奏人。あなたは、なんて残酷なの。

すべてを諦めかけ、意識が次第に遠のいていった、そのときだった。

激しい音とともに、倉庫の扉が蹴破られた。

まぶしい懐中電灯の光が差し込んでくる。

「警察だ!動くな!」

入り乱れる足音。

鋭い怒号。

拉致犯たちの叫び声。

紗良が最後に見たのは、制服姿の警察官たちが駆け込んでくる光景だった。

そして再び、意識を失った。

次に目を開けると、疲れ切った奏人の顔が目に入った。

奏人は病床のそばに座っていた。

紗良が目を覚ましたと気づくと、すぐに喜びの表情を浮かべた。

「紗良!目が覚めたのか!」

紗良の手を握る声には、安堵と恐怖の名残があふれていた。

「よかった……本当に心配した」

紗良は何も言わず、静かに奏人を見つめた。

その視線に耐えられなくなったように、奏人は目をそらした。

「その……あの夜は倉庫の中が暗かった。それに、俺も焦っていて、見間違えたんだ……右側にいたのがお前だと思った。わざとじゃない。紗良、信じてくれ」

いったん言葉を切ると、慌てて付け加えた。

「拉致犯たちは全員、警察に捕まった。一人も逃げてない。必ず重い罪を償わせる。もう二度と、お前を傷つけさせない。誓う」

その弁解は、あまりにも空虚だった。

誓いも、笑い話にしか聞こえない。

だが紗良には、もう嘘を暴く気力もなかった。

そのとき、奏人のスマホが震えた。

画面を確認すると、顔色がわずかに変わり、すぐに立ち上がった。

「紗良、会社で急ぎの用事ができた。付き添いを手配する。仕事が終わったら、すぐ戻ってくるから」

紗良の返事も待たず、奏人は上着を手に取り、足早に病室を出ていった。

紗良は、その背中が扉の向こうへ消えるまで見つめていた。

それから残った力を振り絞り、腕の点滴針を抜いた。

全身の痛みに耐えながらベッドを降り、奏人のあとを追った。

長い廊下を進み、別の特別室の前までたどり着く。

中から、泣き声の混じった真帆の声が聞こえた。

「奏人くん、やっと来てくれた……怖かった。目を閉じると、あの拉致犯たちの顔が浮かぶの……」

「怖がらなくていい、真帆。俺がいる」

奏人の声は、溶けるほど優しかった。

「もう大丈夫だ。全部終わった。これからもずっと、俺がそばにいる」

「奏人くん……」

真帆は鼻をすすった。

その声には、様子をうかがうような響きがあった。

「あのとき……本当は紗良さんを助けるつもりだったんでしょう?私と見間違えたの?」

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