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攻略終了、愛だけ残して私は消えた

攻略終了、愛だけ残して私は消えた

By:  にゃー Completed
Language: Japanese
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最も愛し合っていた頃、高瀬紗良(たかせ さら)は朝倉奏人(あさくら かなと)の世界から姿を消した。 深い悲しみに打ちのめされた奏人は、彼女によく似た女・小野寺真帆(おのでら まほ)を身代わりとしてそばに置いた。 3年後、紗良が戻ってくると、奏人は真帆に金を渡し、迷うことなく紗良のもとへ戻った。 ところが、真帆が別の男と結婚する日、奏人は魂が抜けたようになり、ためらうことなく式場へ乗り込んだ。 紗良は気づかれないよう、そのあとをついていった。 奏人が扉を蹴破り、バージンロードの中央に立つウエディングドレス姿の真帆のもとへ、まっすぐ歩いていくのを見つめていた。 「奏人くん……」 突然現れた奏人を見て、真帆の目がたちまち潤んだ。 「どうしてここに?」 奏人は真帆の手首をつかんだ。その目には、狂気じみた怒りと独占欲が渦巻いていた。 「俺が来なかったら、本当にそいつと結婚するつもりだったのか?そいつを愛してるのか?真帆、お前が一番愛してるのは、俺じゃなかったのか?」

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Chapter 1

第1話

真帆の目から大粒の涙がこぼれ、真っ白なベールの上へ落ちた。

「答えろ!」

奏人の怒鳴り声が、静まり返った教会に響き渡った。

「そうよ!私が愛してるのは奏人くん!」

真帆はついに堪えきれなくなったように泣き叫んだ。

「でも、奏人くんが一番愛してるのは紗良さんでしょう?紗良さんが戻ってきたからって、私を捨てたじゃない!奏人くんにとって特別なのはあの人で、私は何でもない!私が残ってどうするの?二人が幸せそうにしてるのを見てろっていうの?!」

奏人は涙に濡れた真帆の顔を見つめ、大きく息を吸った。

何かを決意したように、一言ずつ、はっきりと言った。

「今は、違う」

そう言うなり、周囲が息をのむ中、奏人は邪魔なベールを乱暴に取り払い、真帆の手を強く握ると、そのまま教会の外へ駆け出した。

会場は一瞬で混乱に包まれた。

参列者たちは声を上げ、人波が大きく揺れた。止めようとする者もいれば、面白がって見ようとする者もいる。押し合う人々に巻き込まれ、よろめく者までいた。

紗良は人波に押され、頭の中が真っ白になっていた。

耳の奥では、奏人の「今は、違う」という言葉だけが、何度も繰り返されていた。

奏人が真帆の手を引き、人混みをかき分けて教会を飛び出していく。

まぶしい陽射しの中、二人の絡み合うような後ろ姿は、走りながら次第に遠ざかっていった。

一方の紗良は、人波に押されて足元を崩し、そのまま床へ倒れ込んだ。

起き上がろうとしたが、人が多すぎた。

無数の足が慌ただしくそばを行き交う中、必死に身をよけ、もがいても、どうしても立ち上がれない。

そのときだった。

耳をつんざくようなエンジン音が、急速に近づいてきた。

教会脇の車道から、黒いスポーツカーが猛スピードで走ってくる。

奏人が乗ってきた車だった。

床に倒れたまま、紗良は恐怖に目を見開いて顔を上げた。

次の瞬間、タイヤが両脚の上を通過した。

耐えきれず、紗良の口から凄まじい悲鳴が上がった。

「きゃああっ!」

窓がわずかに開いていたのか、真帆の慌てた声がかすかに聞こえた。

「奏人くん、今、誰かにぶつからなかった?降りて見たほうがいいんじゃない?」

奏人の冷たい声は風にかき消されかけながらも、壊れそうな紗良の耳に届いた。

「放っておけ。誰を轢いたとしても、金ならいくらでも払う」

「今、一番大事なのは、お前を連れていくことだ」

……

目を覚ましたとき、紗良は病院のベッドに横たわっていた。

全身が痛んだ。

特に両脚は、重い機械に何度も押し潰されたように痛んでいた。

「21番ベッドの方、目が覚めましたか?」

看護師が記録を取りながら近づいてきた。

「意識が戻ってよかったです。両脚の脛骨と腓骨に粉砕骨折があり、軟部組織も複数箇所損傷しています。ご家族に連絡して、入院手続きと費用の支払いをお願いしてください。しばらく入院が必要ですから」

家族?

紗良は乾いた唇をわずかに動かした。

声を出そうとしたが、喉がひりついて、うまく声にならなかった。

苦しそうな様子を見た看護師は、首を振った。

「スマホはベッド脇の棚にあります。ご自分で連絡してください。なるべく早めにお願いしますね」

そう言い残し、看護師は別の仕事へ戻っていった。

病室は静まり返り、医療機器の規則的な電子音だけが響いていた。

紗良は苦労しながら顔を横へ向け、どうにかスマホへ手を伸ばした。

画面が明るくなる。

どうでもいい通知がいくつかあるだけで、着信履歴も、奏人からの連絡もなかった。

ただ、見知らぬ番号から未読メッセージが1件届いていた。

開いてみると、動画だった。

騒がしいバーを背景に、奏人と数人の親しい友人がボックス席に座っている。テーブルの上には、空の酒瓶がいくつも積まれていた。

一人が奏人の肩に腕を回し、酔いの回った口調で尋ねた。

「奏人、お前、紗良にぞっこんだっただろ?あいつが消えた3年間、お前、危うく死ぬところまで自分を追い込んでたじゃないか。それなのに、戻ってきた途端、今度は真帆の結婚式をぶち壊すなんて。いったい何を考えてるんだ?」

奏人はソファに深くもたれ、指先に煙草を挟んでいた。

煙の向こうに見える整った顔には、苛立ちと苦悩が色濃く浮かんでいた。

しばらくして、奏人はかすれた声で口を開いた。

「紗良を愛する気持ちは、何も変わってない」

友人の佐々木優太(ささき ゆうた)は理解できないという顔をした。

「だったら、どうして……」

「でも、紗良がいなかったあの数年間、俺が生きていくのもつらかった頃、ずっとそばにいてくれたのは真帆だった。

酒を飲みすぎて胃から出血したときも、真帆が夜中に病院へ連れていって、朝まで付き添ってくれた。

俺が手首を切ったときも、早く見つけてくれたのは真帆だった。泣きながら医者に助けてくれと頼んで、何度も『奏人くん、お願いだから死なないで』って言ってた。

俺がどれだけ紗良を恋しがってるか知ってたから、わざわざ顔まで変えた。少しでも紗良に似せるために」

奏人はそこで言葉を切り、自嘲するように笑った。

「紗良が戻ってきてから、みんなは俺が正気に戻った、ようやく元の生活に戻れたって言った。でも、本当は違う。それを分かってるのは俺だけだ。

紗良を抱いていても、真帆のことが頭に浮かぶ。

紗良と花火を見ていても、昔、真帆が大きな音を怖がって、いつも俺の胸にしがみついてたことを思い出す。

胃が痛むと、紗良は薬を探して水を用意してくれる。でも真帆は、不器用な手つきで、正直うまくもないお粥を作るんだ。それで、俺が全部食べ終わるまで、そばでじっと見てる」

奏人は、紗良の知らない、自分と別の女との思い出を一つずつ挙げていった。

「真帆が結婚すると知った瞬間……」

奏人は煙草を押し消した。

声は低くなり、苦しみを押し殺しているようだった。

「人を殺したいと思うほど、おかしくなった。たぶん俺は、二人を同時に好きになったんだと思う」

奏人は顔を上げ、呆然とする友人を見た。

「今でも紗良を愛してる。でも、真帆への気持ちも、それに劣らない」

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松坂 美枝
松坂 美枝
こっちの世界に来るかと思ったけど来なくて良かった〜 主人公が消えてから被害者ぶって自傷してたけど、結局自分が車で主人公を轢いたことは知らんままなのか あれだけのことしといて主人公のこと想って後悔とか意味わからん
2026-08-27 09:51:17
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20 Chapters
第1話
真帆の目から大粒の涙がこぼれ、真っ白なベールの上へ落ちた。「答えろ!」奏人の怒鳴り声が、静まり返った教会に響き渡った。「そうよ!私が愛してるのは奏人くん!」真帆はついに堪えきれなくなったように泣き叫んだ。「でも、奏人くんが一番愛してるのは紗良さんでしょう?紗良さんが戻ってきたからって、私を捨てたじゃない!奏人くんにとって特別なのはあの人で、私は何でもない!私が残ってどうするの?二人が幸せそうにしてるのを見てろっていうの?!」奏人は涙に濡れた真帆の顔を見つめ、大きく息を吸った。何かを決意したように、一言ずつ、はっきりと言った。「今は、違う」そう言うなり、周囲が息をのむ中、奏人は邪魔なベールを乱暴に取り払い、真帆の手を強く握ると、そのまま教会の外へ駆け出した。会場は一瞬で混乱に包まれた。参列者たちは声を上げ、人波が大きく揺れた。止めようとする者もいれば、面白がって見ようとする者もいる。押し合う人々に巻き込まれ、よろめく者までいた。紗良は人波に押され、頭の中が真っ白になっていた。耳の奥では、奏人の「今は、違う」という言葉だけが、何度も繰り返されていた。奏人が真帆の手を引き、人混みをかき分けて教会を飛び出していく。まぶしい陽射しの中、二人の絡み合うような後ろ姿は、走りながら次第に遠ざかっていった。一方の紗良は、人波に押されて足元を崩し、そのまま床へ倒れ込んだ。起き上がろうとしたが、人が多すぎた。無数の足が慌ただしくそばを行き交う中、必死に身をよけ、もがいても、どうしても立ち上がれない。そのときだった。耳をつんざくようなエンジン音が、急速に近づいてきた。教会脇の車道から、黒いスポーツカーが猛スピードで走ってくる。奏人が乗ってきた車だった。床に倒れたまま、紗良は恐怖に目を見開いて顔を上げた。次の瞬間、タイヤが両脚の上を通過した。耐えきれず、紗良の口から凄まじい悲鳴が上がった。「きゃああっ!」窓がわずかに開いていたのか、真帆の慌てた声がかすかに聞こえた。「奏人くん、今、誰かにぶつからなかった?降りて見たほうがいいんじゃない?」奏人の冷たい声は風にかき消されかけながらも、壊れそうな紗良の耳に届いた。「放っておけ。誰を轢いたとしても、金ならいくらでも払う」「今、
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第2話
優太は口を開きかけたまま、しばらく言葉を失っていた。「つまり……二人とも手放したくないってことか?それは無理だろ。紗良は裏切りを許すような女じゃない。知ったら、迷わずお前のもとを去るぞ」「なら、永遠に知られなければいい。真帆とはもう話をつけてある。これからは俺の秘書として、そばに置く。月・水・金は真帆と過ごして、火・木・土は紗良と過ごす。そのときは、真帆はがんを患っていて、あとどれくらい生きられるか分からない、死ぬ前の最後の願いが、少しでも長く俺のそばにいることだと紗良に話す。紗良は優しくて情に厚い。反対なんてしない」優太は呆れたように舌を鳴らした。「本当に紗良にばれないと思ってるのか?知られたら、あいつは振り返りもせずに出ていくぞ。前に突然消えた3年間を忘れたのか?跡形もなくいなくなって、お前は狂ったように捜してただろ」奏人は痛いところを突かれたように、さらに眉を寄せた。「跡形もなく消えるなんて、あるわけないだろ」苛立ちをにじませながら言った。「3年後には戻ってきたじゃないか。あの3年間は、山へ写生旅行に行っていたと言ってた。次にまた姿を消すとしても、きっとどこかへ絵を描きに行くだけだ。そのときは……世界中の山を捜せばいい」動画はそこで終わった。紗良はスマホを握りしめていた。指先は氷のように冷え、震えが止まらず、今にも取り落としそうだった。心臓を見えない手で強くつかまれ、締め上げられた末に引き裂かれていくようだった。息をするたび、血の味がするほど胸が痛んだ。そういうことだったのだ。奏人はとっくに愛を二つに分け、二人の女に与えていた。紗良をどう欺き、もう一人の女との間をどう行き来するかまで、すでに考えていたのだ。突然、涙があふれ出した。大粒の涙が次々と画面に落ち、かつて心の底から愛した奏人の顔をにじませていく。もう奏人に紗良を見つけることはできない。今度こそ、永遠に。紗良は攻略者だったからだ。7年前、紗良はシステムによってこの世界へ連れてこられた。与えられた任務は、この世界でやがて一代で巨万の富を築くことになる奏人を救うことだった。当時の奏人の暮らしは、ひどいものだった。母親は彼を厄介者扱いし、別の男と出ていった。父親は酒に溺れ、何かあるたびに奏人へ暴力を振る
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第3話
退院の日、紗良は一人で車を呼び、家へ戻った。帰ってから間もなく、奏人も戻ってきた。紗良の姿を見ると、奏人はすぐに優しい笑みを浮かべ、足早に近づいて抱きしめようとした。「紗良、ただいま。この数日、俺に会いたかった?」紗良はわずかに顔をそらし、その腕を避けた。奏人の動きが止まった。だがすぐに紗良の前へしゃがみ込み、その手を握った。「ごめん。この数日、本当に忙しくて、寂しい思いをさせた。怒らないでくれないか?何をして過ごしてたのか、聞かせてくれ。俺のこと、少しは考えてた?」紗良は、すぐ目の前にある奏人の顔を見つめた。今も変わらず、胸が揺れるほど整った顔だった。口を開き、この数日、病院にいたのだと言おうとした。あなたが運転する車に轢かれて運び込まれた病院で、両脚を失いかけていたのだと。だが言葉にするより先に、玄関のチャイムが鳴った。扉の外に立っていたのは、真帆だった。「朝倉社長、カードケースを車にお忘れでした」柔らかな声でそう言いながらも、真帆の視線は奏人の向こうを通り越し、ソファに座る紗良へ向けられていた。その目に、かすかな得意げな色が浮かんだ。奏人の表情がわずかに変わった。とっさに体をずらし、真帆から紗良を隠すように立った。カードケースを受け取ると、振り返って紗良を見る。その声には、わずかな緊張がにじんでいた。「紗良、誤解しないでくれ。確かに前に真帆とは別れた。でも少し前、胃がんだと診断されたと言って、俺を訪ねてきたんだ。抗がん剤治療の費用も払えず、ほかに頼れる相手もいないと……それで、秘書としてそばに置くことにした。ただ……困っている人を助けるつもりで、善いことをしただけだ。怒らないでくれないか?俺の紗良が、誰より優しいことは分かってる」紗良は顔を上げ、奏人の目をまっすぐ見つめた。長い間、黙ったまま見つめ続けた。奏人がその優しい表情を保てなくなりそうになるほどに。やがて、紗良はうなずいた。「分かった」奏人は明らかに安堵した。紗良がこんなにもあっさり受け入れるとは思っておらず、胸に浮かんだわずかな違和感も、安堵に押し流された。「ありがとうございます、朝倉社長。それから……紗良さんも」真帆は玄関先に立ったまま、柔らかく礼を言った。控えめで、立
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第4話
翌日は、二人の母校の創立100周年記念式典だった。奏人は自分から紗良を母校へ連れていくと言い出し、真帆も「秘書として式典関係の業務がある」という理由で同行した。校内は多くの人でにぎわい、若々しい学生たちの姿や、久しぶりの再会を喜ぶ笑い声があちこちにあふれていた。当時の担任だった田辺先生は、二人を見つけると、嬉しそうに近づいてきた。「奏人!紗良!やっと来たな!おや、こちらは?」奏人は何事もないように紹介した。「田辺先生、俺の秘書の小野寺真帆です」田辺先生は笑顔でうなずき、特に気に留めることもなく、自分が指導している大学院生たちに、得意げに二人を紹介した。「見てみろ。前に話した、当時うちの大学で一番有名だったカップルだ。朝倉奏人と高瀬紗良。美男美女で、学生時代からそのまま結婚までたどり着いた、うちの学部の伝説だよ」後輩たちは羨ましそうに声を上げた。「先輩、お久しぶりです!」「本当にお似合いですね!」「先輩、すごくきれい!」「キスしてください!キス!」若い学生たちがはやし立て、辺りは一気に盛り上がった。奏人は感じよく笑っていたが、無意識に、少し離れたところで静かに立つ真帆へ目を向けた。真帆はわずかにうつむいていて、表情までは見えなかったが、指先をそっと絡ませていた。「紗良は恥ずかしがり屋で、人前でこういうことをするのは苦手なんだ」奏人は笑いながら手を振った。「だから、やめておこう」紗良はその隣に立ち、奏人が形だけ自分の肩を抱いているのを感じながら、胸の内が冷え切っていくのを感じていた。恥ずかしがり屋?人前では嫌がる?以前の奏人は、学校にいる間も、いつも紗良のそばにいたがった。まるで皆に、自分のものだと見せつけるように。図書館の片隅でこっそり口づけを交わし、桜の木の下で抱き合った。一度など、気持ちが高ぶり、人気のない校舎の廊下で紗良を壁際へ追い込み、息が苦しくなるほどキスをしたこともあった。そのとき奏人は言った。「紗良の体に俺の印を残したい。お前は俺のものだって、世界中に知らせたいくらいだ」それなのに今は、別の女が傷つくのを恐れ、形ばかりのキスさえしようとしない。その後、奏人は紗良と校内を歩きながら、見覚えのある場所を指し、当時の思い出を語った。「覚え
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第5話
木の下にどれほど座っていたのか分からない。やがて背後から、ハイヒールが地面を軽く叩く音が聞こえてきた。真帆は紗良の前まで来ると、勝ち誇った笑みを隠そうともせず、見下ろすように彼女を見た。「この前、奏人くんが結婚式に乗り込んできたとき、紗良さんがいたの、見えてたよ。人混みの後ろに隠れて、つらかったでしょう?」紗良は何も言わず、頬の涙をゆっくり拭った。「本当は、とっくに分かってたんでしょう?私、がんなんかじゃないの。奏人くんが私をそばに置いてるのは、私のことが好きだから。私がいないと駄目だから」真帆はしゃがみ込み、紗良と目線を合わせた。蜜のように甘い声には、毒が混じっていた。「奏人くんは、二人とも愛してるって言った。でも見て。あなたたちの未来は捨てたのに、私との願いはここに埋めた。紗良さん、あなたの完敗よ」紗良は顔を上げ、真帆の化粧の整った顔を見た。わざと自分に似せたことで、どこか面影はある。けれど中身があまりにも違うせいで、その顔はひどく見知らぬものに見え、嫌悪感さえ覚えた。急に、ひどく疲れた。もう一言も口にしたくないほどに。「話は終わった?」紗良の声はかすれていた。「終わったなら、消えて」真帆の笑みが消え、代わりに険しい色が浮かんだ。「何様のつもり?私に消えろなんて言える立場?消えるべきなのは、あなたでしょう!奏人くんをいつまでも独り占めしてるくせに!」真帆は勢いよく立ち上がると、紗良を強く突き飛ばした。もともと脚が不自由な紗良は、とっさに踏ん張ることもできず、後ろへ倒れた。後頭部を、背後に積まれていたレンガへ強く打ちつける。鈍い音が響いた。温かい液体がたちまち髪を濡らし、首筋を伝って流れ落ちた。そのまま、深い闇にのみ込まれた。再び目を覚ますと、目に入ったのは、見慣れた病院の真っ白な天井だった。後頭部が裂けそうに痛んだ。紗良が苦労しながら指先を動かすと、ベッド脇にいた人物がすぐに気づいた。「紗良!目が覚めたのか?!」奏人が勢いよく顔を上げた。充血した目には、大きな喜びと安堵が浮かんでいた。「やっと目を覚ました……どれだけ心配したと思ってるんだ。あんなに血が出て……医者には、もう少し遅かったら、もしかしたらって……」奏人は声を詰まらせ、最後ま
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第6話
奏人の表情がこわばった。「紗良、そういう意味じゃない……」「じゃあ、どういう意味?」紗良はかすかに口元を歪めた。だが、その笑みは泣き顔よりも痛々しかった。「さっき、私のために仕返しをして、傷つけた相手には代償を払わせるって言ったよね?それなのに、真帆だと分かった途端、何もしなくてよくなるの?」その言葉に刺されたように、奏人の顔から血の気が引いた。「紗良、お前が傷ついたのは分かってる。でも、真帆は本当にわざとじゃなかったんだ。本人も後悔してる」奏人は焦ったように、なだめる口調で続けた。「病気のこともある。今回だけは許してやってくれないか?もう二度とこんなことは起こさせない。約束する。埋め合わせなら、欲しいものは何でも用意する。だから、な?」どの言葉も、一見すれば紗良を慰めているようだった。だが実際は、すべて真帆を守るためのものだった。紗良は、すぐ目の前にある奏人の顔を見つめた。困り果て、懇願するような表情が浮かんでいた。その瞬間、何もかもがどうでもよくなった。説明することも。問い詰めることも。怒ることさえも。もう、何の意味があるのだろう。胸の奥は痛みすぎて、すでに感覚を失っていた。そこには大きな空洞だけが残り、冷たい風が吹き込んでいるようだった。「真帆を外に出して」紗良は目を閉じた。その声には、深い疲れがにじんでいた。奏人は一瞬戸惑ったが、すぐに安堵したように息をついた。そして真帆へ目配せした。「真帆、先に外へ出てくれ。紗良の休息を邪魔するな」真帆はおびえたように紗良を見てから、奏人へ目を向けた。奏人がうなずくのを確認して、ようやく泣きながら立ち上がった。何度も振り返りながら、病室を出ていった。それから数日、奏人は紗良の機嫌を取ろうと尽くした。自分で食事を口に運び、果物の皮をむき、冗談を言って笑わせようとした。ほとんど片時もそばを離れなかった。紗良はただ静かに受け入れていた。拒みもせず、応えもしない。魂を失った、美しい人形のようだった。退院の日は、ちょうど紗良の誕生日だった。奏人は彼女のために、盛大な誕生日パーティーを開いた。市内でも最上級のホテルの宴会場を貸し切り、大勢の著名人を招いた。奏人は紗良の腕を取り、招待客の間を歩きながら、
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第7話
「そ、そんなの俺が知るかよ!二人があまりにも似てたんだ!おまけに暗かったし、一人を殴って気絶させたら、もう一人が飛びかかってきたから、ついでにそっちも殴ったんだよ……どうせ二人とも連れてきたんだ。朝倉奏人に選ばせればいいだろ。あいつは妻を溺愛してることで有名なんだから、自分の妻を見分けられないはずがない。10億円用意しろと言えば、払わないわけにもいかないだろ?」紗良の心は、深い谷底へ沈んでいった。苦労して顔を横へ向けると、案の定、少し離れた場所にもう一人、体を丸めて倒れていた。意識を失った真帆だった。「外から車の音がする!来たぞ!」拉致犯の一人が声を潜めた。古びた倉庫の扉が開き、逆光の中に、背の高い男が立っていた。奏人だった。「金は持ってきたのか?」拉致犯のリーダーが荒々しい声で尋ねた。奏人は倉庫の中を素早く見回した。床に縛られている二人の女を目にした瞬間、その瞳が大きく揺れ、顔色が一気に険しくなった。「10億円ある。お前たちがさらった二人を解放しろ」冷え切った声には、抑え込んだ怒りがにじんでいた。「おやおや、朝倉社長。そう簡単にはいかないんですよ」拉致犯のリーダーは不気味に笑い、床にいる紗良と真帆を指した。「10億円で解放するのは一人だけだ。選べ」「駄目だ」奏人は迷うことなく拒んだ。その声には、取りつく島もなかった。「二人とも解放しろ。金ならいくらでも出す。すぐに、もう10億円持ってこさせる」「朝倉社長、ここは店じゃねえんだ。金を足せば何でも買えると思うな。これ以上待って、警察でも来たらどうする。一人だけだ。さっさと自分の妻を選べ。でなければ……」男はナイフを取り出した。月明かりを受けて冷たく光る刃を、奏人に近い位置にいた真帆の首へ突きつける。奏人の息が止まった。握りしめた拳から、骨が軋むような音がした。その視線は、縛られた二人の顔を何度も行き来した。眉を強く寄せ、こめかみには血管が浮き上がっている。激しい迷いと苦悩に揺れていることは、誰の目にも明らかだった。時間だけが過ぎていき、息が詰まるほど空気が張り詰めていく。やがて奏人は、全身の力を使い果たしたように片手を上げ、真帆のほうを指した。「右にいるほうが……俺の妻だ」乾ききった、かす
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第8話
「見間違えてない、真帆。あのとき俺の頭にあったのは、お前を一人であそこに残したら、どれだけ泣くか、どれだけ怖がるかってことだけだった。そんな姿を想像しただけで、胸が痛くてたまらなかった。だから、俺はお前を選んだ」その言葉の一つ一つが、焼けつくような痛みとなって紗良の胸に突き刺さった。やはり、そうだったのだ。生死を分ける瞬間、奏人は本能的に、別の女の涙と恐怖を気にかけた。「じゃあ……」真帆の声には、震えるような期待と得意げな響きが混じっていた。「今の奏人くんにとっては……私のほうが、紗良さんより大切ってこと?」今度の沈黙は、さらに長かった。奏人は答えないのではないかと、紗良が思うほどに。やがて、かすかな迷いを含んだ奏人の声が聞こえた。それでも、否定はしなかった。「……そうかもしれない」そうかもしれない。その何気ない一言が、最後の巨石となって、紗良の心にかろうじて残っていた砦を粉々に打ち砕いた。紗良は冷たい壁に背を預けたまま、ゆっくりと床へ座り込んだ。口元を押さえたが、声は少しも出なかった。涙だけが次々とあふれ、熱く頬を焼いた。病室の中で、真帆は何かに気づいたらしい。扉のほうへちらりと目を向け、勝ち誇ったように口元を上げた。紗良は、それを見た。壁に手をつき、残った力を振り絞って立ち上がると、背を向け、よろめきながらその場を離れた。それから数日、奏人が紗良の病室へ来ることはなかった。紗良も何も聞かなかった。静かに傷を癒やし、静かに食事を取り、窓の外の空が明るさを失っていくのを、黙って眺めていた。退院の日、まだ完全には治っていない体を引きずるようにして、自分で手続きを済ませ、病院を出た。道端で車を待っていると、勢いよく通り過ぎた車が水たまりを踏み、泥水が全身に跳ねた。白いワンピースは、たちまち汚れてしまった。紗良は眉を寄せ、近くにある高級ショッピングモールへ入った。着替えを買うつもりだった。シンプルなベージュのワンピースを選び、店員に包んでもらおうとしたときだった。「そのワンピース、私がもらう」聞き覚えのある甘い声が、背後から聞こえた。真帆がハイヒールを鳴らし、ゆったりと近づいてきた。紗良が手にしているワンピースを指し、店員へ愛らしい笑みを向け
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第9話
鋭い音とともに、強烈な電流が一気に全身を駆け抜けた。真っ赤に焼けた無数の針が、全身の皮膚へ同時に突き刺さるようだった。すべての細胞が悲鳴を上げ、筋肉は意思に反して激しく痙攣し、心臓は胸を突き破りそうなほど跳ねた。「ううっ——!」紗良は押し殺しきれない悲鳴を漏らした。体を激しく震わせながら床へ倒れ、そのまま小さく丸まった。電流はしばらく流れ続け、ようやく止まった。紗良は水から引き上げられた魚のように床へ力なく横たわり、必死に息を吸った。全身は冷たい汗で濡れ、意識も朦朧としていた。「奏人くん、この人、死んだりしないよね?」真帆は怖がるように、奏人の胸元へ身を寄せた。奏人は眉を寄せ、床で息も絶え絶えになっている女を見た。だが、胸の内に渦巻く荒々しい怒りは、まだ消えていなかった。「死にはしない。これだけじゃ、まだ生ぬるい。こいつの爪も剥がせ」奏人は冷たく言い放った。紗良は勢いよく顔を上げ、信じられない思いで奏人を見た。だが奏人は真帆を抱き寄せたまま、顔をそらした。二人の部下が、紗良の手を乱暴につかんで押さえつけた。冷たい金属製のペンチが、右手の人差し指の爪の根元を挟む。次の瞬間、一気に引き抜かれた。「――っ!」人の声とは思えないほど凄まじい悲鳴は、口をふさぐテープに遮られ、砕けた呻き声に変わった。無理やり爪を剥がされる痛みは、電流など比べものにならないほど激しかった。血が一気にあふれ、指先を赤く染め、床へ落ちていく。一本、また一本と、爪が剥がされていった。紗良は痛みに全身を痙攣させ、視界は何度も暗くなった。汗と涙と血が入り混じり、爪を剥がされるたびに、魂まで少しずつ引き裂かれていくようだった。奏人。奏人――紗良は心の中で、絶望しながらその名を呼び続けた。かつてあれほど愛した人が、今では最も深い苦痛を与える張本人になっていた。やがて、両手すべての爪がなくなった。紗良は泥のように床へ崩れ落ちた。指先から絶え間なく押し寄せる激痛だけが、まだ自分が生きていることを知らせていた。奏人はようやく満足したようだった。顔を下げ、真帆へ優しく尋ねた。「これで気が済んだか?帰ろう」真帆は奏人の胸に寄り添いながら、振り返った。床に倒れ、傷だらけになっ
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第10話
その夜、家に戻った奏人は、なぜか胸騒ぎを覚えていた。車をガレージに入れ、エンジンを切ったものの、すぐには降りなかった。指先で無意識にハンドルを叩きながら、胸の奥に湧いた理由の分からない不安が、次第に大きくなっていくのを感じていた。何かが胸の中から飛び出そうとしているようだった。リビングの灯りは、まだついていた。奏人は玄関を開け、無意識に声をかけた。「紗良?」返事はなかった。空気の中に、言葉では表せない空虚さが漂っていた。ソファも、ローテーブルも、フロアライトも、すべていつもと同じ場所にある。それなのに、どこかがおかしい。あまりにも静かだった。自分の体を流れる血の音さえ聞こえそうなほどに。きっと、上で眠っているのだろう。奏人はネクタイを緩めながら、あとでどう機嫌を取ろうかと考えた。そのとき、スマホが震えた。取り出して見ると、紗良からのメッセージだった。文字はなく、動画ファイルだけが送られてきている。奏人は眉を寄せ、動画を開いた。画面が明るくなる。映像は揺れ、周囲は薄暗かった。倉庫のようだった。床には誰かが膝をつかされ、二人のボディーガードに押さえつけられている。髪は乱れ、顔は――奏人の呼吸が止まった。その顔はひどく腫れ、元の姿が分からないほどだった。口元には血がつき、目はカメラを強く見つめている。そこには恐怖と、それ以外の何かが浮かんでいたが、すぐには読み取れなかった。口は幅の広いテープでふさがれ、くぐもった呻き声しか出せない。誰だ?奏人が動画を閉じようとした、そのときだった。映像の中から、自分の声が聞こえた。冷たく、見下ろすような怒りに満ちた声だった。「俺の大事な人に手を出したのか?北央市で、俺の身内にこんな真似をする奴がいるとはな」奏人の体が、激しくこわばった。続けて、画面の外から自分の声がした。「少し痛い目を見せろ。誰に手を出していいのか、悪いのか、思い知らせてやれ」部下の一人がスタンガンを手にし、床に膝をつく女へ近づいていく。違う。奏人の指が震え始めた。女は必死に首を振った。ふさがれた口から呻き声を漏らし、まっすぐ奏人を見ている。その目。その目は――鋭い放電音が響いた。女の体が激しく
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