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第4話

Auteur: 七月金
壁には、巨大なウェディングフォトが飾られていた。

ビスチェドレスを着た澪が、智也の胸元にぴったりと身を寄せていた。

二人の鼻先は触れ合い、まるで長年愛を育んできた恋人同士のように見つめ合っていた。

そのとき、リビングから智也が追いかけてきた。「綾音、客室で休んでくれないか。澪は体が弱くて、この部屋は日当たりもいいから……俺の判断でここに泊まってもらうことにしたんだ……」

言いかけたその瞬間、彼の視線が壁のウェディングフォトにとまった。一瞬動揺し、間を置いてようやく口を開いた。

「この写真は……彼女の家族の無理な結婚の押し付けに対処するために撮っただけだ」

結婚届は「助け」のため、ウェディングフォトは「対処」のため。

冷たい目で彼を見つめる綾音を前に、智也の心には妙な焦りが生まれ、思わず彼女の腕に手を伸ばした。

「綾音、誤解しないで。俺はただ……」

だが次の瞬間、綾音は彼の手をすっと避けた。「触らないで」

六年間付き合ってきて、彼女が初めて見せた拒絶の姿勢だった。

智也の胸が、ズキリと痛んだ。

何か言おうとしたそのとき、突然、澪が泣きそうな顔で部屋に駆け込んできた。

「篠原さん、智也さんと喧嘩しないでください。悪いのは私だわ……私が引っ越してきたせいでご迷惑をおかけして、本当にすみません……すぐに出ていくから……」

その言葉に、智也は慌てて彼女の前に立ちふさがった。

「君は関係ないよ……」

すると、澪の目から涙がぽろぽろとこぼれ落ちた。

「智也さんはもう十分すぎるほど私を助けてくれたよ。私のせいで篠原さんが不快な思いをするなら、それはきっと私の過去の過ちに対する罰なんだ。私はもう……運命を受け入れるわ……」

涙に濡れた彼女の目と、未練がましいまなざしが、智也の心を深く刺した。

彼は優しく彼女の肩を抱きながら言った。「心配するな。俺がいる限り、誰も無理やり結婚させたりしないさ。綾音だって怒ってるわけじゃない。どこにも行かなくていい。ここにいてくれ」

その様子を見ていた綾音は、かすかに口角を引き上げた。

「……そうね。私が怒る理由なんてないもの。どうせ、ここはもうあなたの家になるんでしょうから」

そう言い捨て、彼女は寝室を出て行った。

澪はすすり泣きながら、「篠原さん……まだ怒ってるんでしょうか……」と弱々しくつぶやいた。

だが、今度は智也が何も言わなかった。

綾音の言葉が、彼の胸に嵐のような衝撃をもたらしたのだ。彼は我を忘れて彼女を追いかけ、手首をつかんだ。

「今の言葉、どういう意味だ?ここは彼女の家になるってどういう?澪は家族に結婚を強いられ、見知らぬ男にも付きまとわれてるんだ。俺はただ、助けてやりたいだけだ。君も女だろ?彼女の気持ち、少しは理解できないのか?こんなときに嫉妬して喧嘩するなんて……」

言い終わらぬうちに――

寝室から、ガラスが割れる音が響いた。

智也の表情が一変し、彼女の手を振り払って部屋へと飛び込んでいった。

「澪!何をしてるんだ!」

その声には、取り乱したような焦りがにじんでいた。

床に膝をつき、泣き崩れる澪。手首には血の滲む傷があり、涙で顔はくしゃくしゃになった。

「……もう放っておいて……この世に私を気にかけてくれる人なんて誰もいないの……もし私が死ぬことで篠原さんの怒りが静まるなら、それで十分よ……」

智也は急いで彼女の手からガラス片を奪い取り、傷口を必死に押さえながら、綾音の方へ怒鳴った。

「篠原綾音!澪のこの姿を見て満足か!?罪悪感は少しもないのか!?君が恩知らずって言われる理由がようやく分かったよ。自分の実の父親が死んだ時でさえ、一滴の涙も流さなかった。そんな冷血で自己中心的な人間が、他人を気遣えるわけがない!」

――まるで、鋭い槌で綾音の心を打ち砕かれたようだった。

手足は震え、血の気が引いていった。

彼女が覚えている幼少期の記憶は、酒に溺れた父と、折れた棒で叩かれた痛みだけだった。

だから、父が事故で亡くなった時、彼女は一滴の涙も流さなかった。親戚たちは彼女を「恩知らずだ」と蔑んだ。

その言葉は、彼女の心に深く刺さった棘となっていた。

何度思い出しても、そのたびに血を流す傷だった。

その傷を、かつて智也だけが優しく包み込んでくれた。あのとき、彼の言葉に救われたと思っていた。

けれど今、同じ彼が、再びその棘を彼女の心に突き立てた。

彼女の中に残っていた、彼への最後の愛情が……音もなく崩れていった。

「智也、私は『彼女を家に入れるな』なんて一言も言ってない。喧嘩もしてない。あなたを避けたのは、私が甲殻類アレルギーだから」

ようやく、智也は気がついた。さっき自分が掴んだ綾音の手首に、赤い発疹が広がっていることに。

彼女の赤くなった目を見つめ、さっき自分が放った言葉を思い出すと、心の奥底に、ひどい後悔が渦巻いた。

「綾音、俺……」

だがそのとき、澪が苦しげに呻き、再び身をよじった。

「智也さん……もう止めないで……お願いだから、私を……このまま死なせて……」

彼女の傷口から、再び鮮血が流れ出した。

智也は、もう綾音に気を配る余裕すらなくなった。澪をひょいと抱き上げ、そのまま外へと駆け出していった。

「絶対に君を死なせない!今すぐ病院に連れて行く!」

綾音は、ただその場に立ち尽くしていた。二人の姿が完全に視界から消えるまで――
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