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第16話

Author: 飛べないライスヌードル
芽依はその言葉を聞いて、背筋がぞくりとした。見たくないものほど、目の前に現れたものだ。

風初は芽依の太ももをぎゅっと抱きしめ、いくら芽依が振りほどこうとしても離れようとしなかった。

その姿は、かつて芽依を嫌った風初とはまったく別人のようだった。

だが芽依は厳しい表情で風初を振り切り、嫌悪の眼差しを向けた。

風初は芽依を見上げ、呆然とした表情を浮かべた。彼を愛していたママが、どうしてこんなにも自分を嫌うのか、彼には理解できなかった。

一年間ママに会えず、久しぶりに再会したが、ただママからの嫌悪を受けた。

深志は、涙を浮かべながら芽依を見つめて口を開いた。

「芽依、一年のあいだ一体どこに行っていたの?君の行方を探しても、まったく見つからなかったんだ。

俺も風初も、本当に君が恋しかった。帰ってきてくれないか、芽依?」

彼の声は震えていて、その言葉を聞くとまるで涙があふれ出すほどだった。

しかし芽依は冷たく答えた。「浅間深志、私たちの関係はもう戻れない」

深志は信じられないという目で芽依の手を掴もうとしたが、芽依は一歩後退して言った。

「それに、私たちの関係は一年前に切れていたのよ。どうか、ご自愛ください」

芽依の声は、深志にはまるで別人のように冷たかった。

以前の芽依は、彼にこんなひどい言葉を話すことなど決してなく、いつもそっと囁くような優しい口調だった。だが今の芽依は、彼にはまるで見知らぬ他人にすら向けないほどの冷淡だった

しばらく黙ったあと、芽依と深志は美月の結婚式会場の入口へ向かった。

ここは美月の結婚式なので、ここで騒ぎを起こすわけにはいかなかった。

京平が彼女を心配そうに見つめたが、芽依は首を振りながら言った。「大丈夫。すぐ戻るわ」

入口に立ち、深志は震える声で問いかけた。「さっきの男は、誰なんだ?」

芽依は嘲るように笑いながら言った。「浅間さん、何の立場でそんなことを尋ねるの?私の交友関係なんて、あなたに関係ないでしょ」

深志は傷ついた目を伏せながらも、自ら招いた結果だと痛感していた。

彼は拳をぎゅっと握りしめ、悔しく聞いた。「芽依、どうして一年前に何も言わずに消えたんだ?」

風初も芽依を見つめながら聞いた。「ママ、風初のことが大好きなのに、どうして離れたの?きっと何か苦衷があるんだよね?」

芽依はその言葉を聞き、
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