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八回も延期された結婚式、私は諦めることにした

八回も延期された結婚式、私は諦めることにした

By:  ぽんたろうCompleted
Language: Japanese
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式の飾り付けについて話しただけなのに、婚約者の思い人が突然泣きながらその場を飛び出していった。 次の瞬間、悠真にビンタされて、私は床に倒れ込んだ。彼は歯を食いしばり、私を憎むような眼差しで見下ろしていた。 「ことは、お前ってそんなに結婚したいのか?まるで他に誰もお前をもらってくれないみたいに、必死で俺にしがみついて、結婚を急かして……!」 「一週間後の結婚式、延期だ!」 顔を押さえながらも、不思議と心の中は静かだった。 これで八回目だ、悠真が式を先延ばしにするのは。 二十八歳のときから彼を待って、気づけばもう三十歳を過ぎているのに、それでも答えはもらえない。 だから、今回はとても静かに荷物をまとめて、出ていくことを決めた。 この結婚、もう無理してしなくてもいいかなって思った。

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Chapter 1

第1話

打たれた頬に残る火照りがじんじんして、体が震えて止まらない。

目の前にいる婚約者は、憎しみを込めたまなざしでこちらを見下ろしていた。

そして、ティッシュを取り出し、まるで汚れでも落とすみたいに、私をビンタした手を拭き始めた。

「ことは、お前、咲良(さくら)が体調悪いの知ってて、なんでわざわざ彼女の前で結婚式の話なんか持ち出すんだよ。

俺が結婚するって言ったからって、そんなに焦ってるのか?俺以外に結婚相手が見つからないとでも思ってるのか?そんなに待てないのか?」

彼の顔には、言葉にしきれない苛立ちと、深い軽蔑が滲んでいた。

ふと三年前、如月悠真(きさらぎ ゆうま)がプロポーズしてくれたときの言葉が頭をよぎる。

「ことは、できるだけ早くお前と結婚したい。そうしたら、ずっと一緒にいられるから」

それからしばらくして、私の方から結婚の話を切り出したら。

「盛大な結婚式を挙げよう」って、そう約束してくれた。

でも、あれから三年――その式は、いまだに実現していない。

最初は「まだ早い、若いんだから急ぐことはない」って。

もしかしたらマリッジブルー(結婚前の不安症)なのかと思って、私は彼に心配しないようにと慰めてきた。

その後も「仕事が忙しい」「出張がある」と、理由をつけて二度目も延期。

こんな延期を繰り返すうちに、もう八回目にまでなっていた。

そのたびに、私はワクワクしながら会場を決めたり、司会者と打ち合わせしたり、ご祝儀袋やギフトも用意したのに。

結局、悠真はいつも何かと言い訳をして、逃げてしまう。

ついに今日、私は限界だった。

もう若くもないし、仕事も落ち着いたのだから、覚悟を決めて「いつ結婚式を挙げるの?」と問いかけた。

まさか答えがビンタだなんて。

長い沈黙。

唇をきつく噛みしめて、ジンジン鳴る耳と腫れ上がった頬をただぼんやりと感じていた。

悠真はため息をついて、背を向けて歩き出す。

思わず手を伸ばして、その腕を掴んでしまった。

「どこに行くの……?」

彼はビクッとしたように、私の手を振りほどき、半歩下がる。

そのまま呆然として手を中途半端に浮かせたまま、信じられない思いで見つめていた。

「ごめん、ことは。今のは衝動的だった。すぐに薬を買ってくる」

悠真はすぐに言い訳をして、少しだけ罪悪感のにじむ声でそう言った。

私は何も返さず、ただ唇を噛んだまま。

三年も一緒にいたのに、ふいに別人みたいに思えてしまう。

さっきまで平気で手を上げていたのに、今度は謝って頭を下げてくるなんて。

悠真が出ていったきり、なかなか戻ってこなかった。

心配になって外に出てみると、ホテルの前の街灯の下で、誰かと抱き合っている二人の影が目に入る。

男が女の耳元で囁く。

「大丈夫だよ、咲良。お前が納得しない限り、俺は絶対にあいつと結婚なんてしない」

「お前がここまでしてくれたんだ、お前の言うことは何でも聞くよ」

私は泣き出しそうになるのを必死にこらえて、口を押さえた。

本当はすぐに問い詰めたかったのに、足が重くて一歩も動けなかった。
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第1話
打たれた頬に残る火照りがじんじんして、体が震えて止まらない。 目の前にいる婚約者は、憎しみを込めたまなざしでこちらを見下ろしていた。 そして、ティッシュを取り出し、まるで汚れでも落とすみたいに、私をビンタした手を拭き始めた。 「ことは、お前、咲良(さくら)が体調悪いの知ってて、なんでわざわざ彼女の前で結婚式の話なんか持ち出すんだよ。 俺が結婚するって言ったからって、そんなに焦ってるのか?俺以外に結婚相手が見つからないとでも思ってるのか?そんなに待てないのか?」 彼の顔には、言葉にしきれない苛立ちと、深い軽蔑が滲んでいた。 ふと三年前、如月悠真(きさらぎ ゆうま)がプロポーズしてくれたときの言葉が頭をよぎる。 「ことは、できるだけ早くお前と結婚したい。そうしたら、ずっと一緒にいられるから」 それからしばらくして、私の方から結婚の話を切り出したら。 「盛大な結婚式を挙げよう」って、そう約束してくれた。 でも、あれから三年――その式は、いまだに実現していない。 最初は「まだ早い、若いんだから急ぐことはない」って。 もしかしたらマリッジブルー(結婚前の不安症)なのかと思って、私は彼に心配しないようにと慰めてきた。 その後も「仕事が忙しい」「出張がある」と、理由をつけて二度目も延期。 こんな延期を繰り返すうちに、もう八回目にまでなっていた。 そのたびに、私はワクワクしながら会場を決めたり、司会者と打ち合わせしたり、ご祝儀袋やギフトも用意したのに。 結局、悠真はいつも何かと言い訳をして、逃げてしまう。 ついに今日、私は限界だった。もう若くもないし、仕事も落ち着いたのだから、覚悟を決めて「いつ結婚式を挙げるの?」と問いかけた。まさか答えがビンタだなんて。 長い沈黙。 唇をきつく噛みしめて、ジンジン鳴る耳と腫れ上がった頬をただぼんやりと感じていた。 悠真はため息をついて、背を向けて歩き出す。 思わず手を伸ばして、その腕を掴んでしまった。 「どこに行くの……?」 彼はビクッとしたように、私の手を振りほどき、半歩下がる。 そのまま呆然として手を中途半端に浮かせたまま、信じられない思いで見つめていた。 「ごめん、ことは。今のは衝動的だった。すぐに薬を買ってくる」 悠真はすぐに言
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第2話
しばらくして、悠真は未練たっぷりに橘咲良(たちばな さくら)を離し、こっちへ向かって歩いてきた。 私は慌てて家まで逃げ帰る。 家に着く前に、スマホが鳴る。 悠真からだった。 声には苛立ち気配が混じっていて、怒鳴るように言い放つ。 「ことは、ホテルで待ってろって言っただろ。お前、どこ行ったんだよ!」 喉の奥がひりついて、気付けば目尻に涙が溜まっていた。 本当は問い詰めるつもりだったのに、口から出たのは情けない声だけ。 「だって、なかなか戻ってこないから……家で待ってようかと……」 電話の向こうで、悠真がしばらく黙る。 次の瞬間には声色が優しくなって、私をなだめるみたいに。 「悪かったよ。道が混んでてさ、ちょっと遅れただけだ」 ソファに座って間もなく、悠真が帰ってきた。 まるでデートが誰かに邪魔されて、しぶしぶ帰宅したみたいなムスッとした顔。 無造作に薬を私の膝の上に放り投げる。 「薬、買ってきたから。自分で塗れよ」 私はぎゅっと薬を握りしめたまま、彼の背中を見つめる。 唇を噛みしめて、勇気を振り絞る。 「……顔の傷、あなたがやったんだから……塗ってくれない?」 その瞬間、悠真の目にハッキリとした嫌悪と軽蔑がよぎる。 彼は顔を背けて、冷たい声で鼻で笑った。 「それ、お前が自分で蒔いた種だろ」 「それに自分の手ぐらいあるだろ?大人なんだから、そのくらい自分でどうにかしろよ。他人に頼ってばっかで、まだ教えてもらいたいのか?」 次々に投げかけられる言葉に、恥ずかしさで胸が締め付けられた。 昔はこんなんじゃなかった。 前は、料理中にほんの少し指先を切っただけでも、悠真は大慌てで絆創膏を持ってきて、やたら大げさに貼ってくれた。 こっちは笑いながら「そんなに大騒ぎしなくても、すぐ治るのに」って言うと。 悠真は「そんなこと言うなよ」って、目を潤ませながら慌てて私の唇を押さえてくれたこともあったのに。 洗面台の前で、ひとり鏡に向かって薬を塗る。 そのとき、ふとリビングから電話の声が聞こえてきた。 かなり大きな声で話してるから、全部聞こえてしまう。 「明日、俺は病院でじいちゃんに会う。咲良も一緒に来ない?」 「……私が一緒でいいの?」 「いいに決まってんだろ
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第3話
翌朝、悠真は早くから家を出ていった。 たぶん咲良を迎えに行って、そのままおじいさんに会いに行くんだろう。 私は顔を洗ってマスクして、アパート探しに出かけた。 この家はもう悠真のもの──そう思うと、早く出ていきたい気持ちでいっぱいになった。 大家さんとの内見待ち合わせに向かう途中、つい咲良のSNSを開いてしまった。 そこには、悠真と咲良、そして年配の男性――悠真のおじいさんが並ぶ写真が投稿されていた。 キャプションには「家族写真」と書かれていて、コメント欄には祝福の言葉がぎっしり。 昨夜の出来事で覚悟はしていたはずなのに、胸の奥がまた重たくなって、息が詰まりそうだった。 写真をぼんやりと見つめていたら、タクシーの運転手さんに降車を促されてようやく現実に戻った。 降りる前に、私はその投稿に【いいね】を押して、【お幸せに】とコメントを残した。 内見は順調で、駅近くの病院のすぐそばという理想的なところだった。 少し前に看護師の資格を取って、この病院に採用されたばかりだった。 本当ならこの嬉しい報告を悠真に伝えるつもりだったけど、もうその必要はないのかもしれない。 契約を済ませて家に戻り、荷造りを始めることにした。 だけど、病院の前を通りかかったとき、ふたりに遭遇してしまった。 悠真と咲良は手をつないで、まるで恋人同士みたいに歩いていた。 遭遇と言うより、咲良の方が先にこっちに気づいたんだ。 彼女はわざとらしく悠真の腕をぎゅっと抱き、私に話しかけてくる。 「ことはさんもここにいたんだ、もしかして悠真と一緒に?来たのにおじいさんに会いに行かないの? まさか、来ることを悠真に伝えてなかったんじゃないの?」 その言葉で悠真は明らかに動揺して、咲良とつないでいた手を急いで離す。 でも、咲良に指摘されるやいなや、彼の動揺は一瞬で怒りに変わって、私を睨みつける。 「なんでここにいるんだ。俺、場所なんて教えてないだろ」 眉をひそめて、表情が険しくなって、恐いほどの目で私を見つめる。 「お前、俺のことストーカーでもしてるのか?」 さらに一歩詰め寄られて、私は思わず後ずさりして、彼の表情は恐ろしいほど歪んでいる。 次の瞬間、彼は片手でぐいっと私の腕を掴み、もう片方の手でマスクを乱暴に引き剥が
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第4話
家に戻った途端、スマホが鳴った。 悠真からだった。 「ことは、家に着いたか?」 まるで今日の喧嘩や責め言葉なんて無かったみたいに、優しい声。 その優しさが、今の私には嘘くさくて仕方ない。 電話を切りたくなったけど、この関係にもそろそろ区切りをつけないといけない。 悪いのはあっちなのに、どうして逃げ出すのが私なんだろう。 「何か用?」 「今ホテルにいる。場所送るから、ちょっと見に来てほしい。ここの内装、なかなか良いんだから、気に入るか見てくれ」 電話を切ってからも、心の中は疑問だらけだった。 ホテル?もしかして結婚式の話……? でも悠真がこんな風に自分から動くなんて、今までなかった。 軽くメイクを直して、送られてきた場所へ向かう。 会場についてみると、今までの八回の会場とは比べ物にならないほど立派なホテル。 思わず悠真に尋ねた。 「式はシンプルにしたいって言ってたんじゃないの?なんでこんなに豪華なホテルに?」 ちょうどその時、咲良が階段を下りてきて、ホテルの人と何やら打ち合わせをしていた。 「ことはさんもこのホテル素敵だと思わない?悠真、ここで私の誕生日パーティーしてくれるって」 疑問のまま固まっていると、悠真が咲良の方へ歩み寄り、ちらっと嫌そうな目で私を見る。 「勘違いすんなよ。ただホテルを見に来てもらっただけだ。式とか勝手に妄想するな」 恥ずかしさと悔しさで唇を強く噛みしめながら頷いた。袖に隠した両手は、かすかに震えている。それでも、心の底に渦巻く感情を必死に押し殺して、一語一語、歯の間から絞り出すように言った。「……うん、いいんじゃない」 咲良が私の腕に絡みついてきて、わざとらしく微笑む。 「じゃあ、ことはさんもパーティーの日は絶対来てね。ことはさんからお祝いされるの、すごく楽しみにしてるんだぁ」 その瞬間、彼女は私にだけ分かるように、あからさまな嘲笑を浮かべた。 さっきホテルのことで揉めたのを知っていて、今度は誕生日パーティーで挑発してきたのだ。 胸の奥の怒りが限界まで膨らんで、気がつけば咲良を思いっきり突き飛ばしていた。 彼女は大げさに悲鳴を上げて、その場に泣き崩れる。 「ことはさん、私、お祝いしてほしかっただけなのに……そんなに嫌いでも、わざ
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第5話
看護師としてのプロ意識で、どうにか怒りを押し殺し、冷たく告げる。 「ご家族の方ですね。患者さんは突然心不全を起こし、肝機能も急激に悪化しています。すぐに手術が必要なので、早く病院に来てください。 伝えるべきことは伝えました。信じるかどうかはあなた次第です。後悔しても、私は知りませんから」 電話の向こうで、悠真がすぐさま怒鳴り返してきた。 「ことは、もしじいちゃんに何かあったら、俺は一生お前を許さない!」 「許してもらえなくても別にいいですよ」 そう言って、あっさりと電話を切った。 悠真の絶叫が聞こえてきたけど、もう気にもならなかった。 病室に戻ると、医師と一緒に老人の救命処置に全力を尽くしていた。 なんとか間に合い、老人はすぐに意識を取り戻した。 目を開けた瞬間、彼は私の手をぎゅっと握って、とても嬉しそうに笑った。 「君か、また君が助けてくれたんだな!本当にありがとう」 「落ち着いてください。今はあまり興奮しない方がいいですよ」 老人に再びモニターをつけているとき、ふと、三年前の出来事を思い出した。 あのとき、まだ看護学生だった私は空港で偶然である老人を助けた。 あわただしく搭乗時間が迫り、空港のスタッフに彼を託して、名乗らずに立ち去った。 まさか、いまだに覚えてくれているなんて思いもしなかった。 「おじいさんだったんですね。三年も前のこと、ほとんど忘れかけていましたが、まだ私のことを覚えていてくださるなんて」 彼は私の手を離さず、真剣な顔で言った。 「命の恩人を忘れるわけがないさ。君がいなければ、とっくにあの世行きだった。だからこそ、孫の結婚式を夢見ることもできたんだ」 その言葉に、私の胸がチクリと痛んだ。 自分と悠真の関係を思い出して、なんだか不吉な予感が広がる。 おじいさんに挨拶してナース服を脱ぎ、退勤した。 病院の外に出ると、悠真がタクシーから飛び降りてくるのが見えた。 よほど急いだのか、服にはカラフルなリボンがついたまま。 たぶん、咲良の誕生日パーティーの途中で駆けつけてきたんだろう。 私は人混みに紛れて、彼に気づかれないようにこっそり歩き出した。 悠真が病院のロビーに駆け込んでくるのを見て、足を速めた。 だけど、アパートに着く前にまた電話が鳴っ
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第6話
その頃、悠真はことはを探し回って、ほとんど狂いそうになっていた。 家中をくまなく探し、病院も公園も、ことはがよく行く場所を全部回った。 けれど、どこにも彼女の姿はなかった。 家に戻ると、衣装ダンスは空っぽで、テーブルの上には婚約解消届が一枚だけ残されていた。 悠真はその紙を一字一句、呆然と読み返す。 気付けば目は赤く充血し、指先まで震えていた。 婚約解消届を読み終えると、思わずそれをビリビリに破り捨てて叫ぶ。 「ありえない……ことは、俺は絶対にお前と婚約を解消なんかしない!」 ヒステリックな叫び声が隣人から苦情が出るほどだった。 管理人が様子を見に来た時、ふと「最近、お引っ越しの予定でも?」と尋ねた。 悠真は一瞬きょとんとした後、反射的に首を振る。 「いや、特に……」 「おかしいなあ、この前、朝霧さんが業者を呼んで、荷物をたくさん運び出してましたよ。お引っ越しかと思ってました」 その言葉を聞くや否や、悠真は管理人の肩を掴み、必死で問い詰めた。 「彼女、どこに荷物を運んだのか分かりますか?知りませんか!?」 管理人はびっくりしたが、結局「すみません、分かりません」と首を横に振るだけだった。 「じゃあ、引っ越しは何日だったか覚えていますか?」 「二日前くらいですかね……」 二日前? 悠真はその日、自分が何をしたかと深く考え込んだ。 咲良と一緒に、遊園地や観覧車で遊んで、近くの山に登って、朝日まで見ていた。 ふらふらと帰宅した悠真は、家の中がたった数日で埃だらけになっていることに気づいた。 今まで掃除や家事は全部ことはがやってくれていた。 それをまるで当たり前のように思っていた自分。 思い立って掃除を始めてみるが、リビングの床を少し拭いただけで、もうぐったりしてしまった。 ソファに倒れ込むようにして息をつき、無意識にことはの番号に電話をかけたが、やっぱりブロックされていて繋がらない。 この瞬間、悠真の中に、止めどない後悔が押し寄せてくる。 今まで、彼は何をしてきたんだ? 何度も何度も結婚式を延期した。何度も何度も彼女をすっぽかした。ついこの前も、彼女にビンタした。そう考えると、悠真がようやく自分がいかにばかげたことをしてきたのかに、気づいたのだ。 嘘つき
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第7話
その後の二日間、悠真は町中を探し回ったが、ことはの行方は掴めなかった。 仕方なく病院で張り込むことにしたが、休暇中だと聞くと、他の手段を探すしかなかった。 私はこの二日間、家で休んでいて、食事も全て出前で済ませていた。 毎日のように見知らぬ電話やメッセージが何通も届く。 いくつか拾い読みしてみると、悠真からだとすぐ分かった。 きっと、あの婚約解消届を読んだんだろう。 でも、私は一切返事をせず、そのままスマホの電源を切った。 それが一番はっきりした返事だと思ったから。 夕方、アパートのドアが激しくノックされた。 ドアを開けると、乱れた髪と濡れた上着のまま、ボロボロの悠真が立っていた。 私を見つけると、ようやく肩の力を抜き、ドア枠に寄りかかる。 彼は管理会社の情報を頼りに、友人にも協力してもらって、あの日私が呼んだ運転手の連絡先を割り出した。 そしてまる二日間、執拗に私を探し回った。本気で探せば必ず見つけられるとは思っていたが、まさかこんなに早く来るとは。 悠真はしばらく黙っていたが、やがて呟くように言った。 「ことは、なんで家を出てきたんだ……? もうやめよう。お願いだから、一緒に帰ろう」 そう言って、手を伸ばして私の腕を掴もうとした。 思いきり振り払って、眉をひそめ、真っ直ぐに彼を睨む。 「とぼけるの、やめてよ。 私はちゃんと婚約解消届を置いてきた。それで、もう私たちは何の関係もない。あれはあなたの家、私の家じゃない」 悠真の顔は一瞬で強張り、唇をきつく結んだまま、しばらく黙っていた。 やがて震える声で。 「俺は認めない。絶対に認めないから」 「ことは、もう一度だけ俺を信じてくれ。今度こそ、俺はお前だけを一生大切にする!」 その言葉に思わず吹き出してしまう。 腰が抜けるほどおかしくてたまらない。 「悠真、その台詞、ついこの前、咲良に向かって同じこと言ってたじゃない」 その言葉を聞いた途端、悠真は呆然とした表情になった。 ドアの外で、ただただ慌てふためきながら説明しようとしたが、結局口を開いて出たのはたった一言。 「ごめん…… やっぱり、あの日、洗面所で全部聞いてたのか……?」 顔には深い後悔が浮かんでいた。 「ことは、全部俺が悪かったん
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第8話
翌朝、私はいつも通り病院に出勤した。 着替えを終えたばかりのころ、看護師長が少し不思議そうな顔で。 「朝霧さん、患者さんがわざわざあなたを指名して包帯を巻いてほしいって言ってるよ?」 最初は何も気にせず、救急室に向かった。 中に入ってみると、そこにいたのは悠真だった。 手は一晩放置されたせいで、さらにひどく腫れ上がっている。 私を見た途端、彼の顔がぱっと明るくなった。 でも、また去られるのが怖いのか、興奮を抑えながら、情けなく言った。 「ことは、これ……手、すごく腫れちゃってさ……だから、お前に包帯を巻いてほしくて……」 私は何も言わなかった。 それでも、その場を立ち去ることもせず、ただ普通の患者として彼に消毒と包帯を巻いた。 処置が終わると、淡々と声をかける。 「しばらくは、ちゃんと消毒と包帯を交換すること。忘れないで」 そして、ナースステーションに戻った。 午前中はずっと忙しく働いていたが、昼休みに入ると、悠真はまたもや諦めきれない様子で昼食を届けに来た。 ナースステーションの外で、こそこそと私の様子を窺っている。 私が出てきた途端、彼は弁当箱を私の手に押し付けた。 「ことは、お前が一番好きなものばっかり入れておいたんだ。お願い、断らないで。今日は包帯を巻いてくれたお礼だと思って……頼むよ」 とても情けなくて必死な顔。 でも、私は首を振り、お弁当を突き返した。 「傷の手当てをしたのは、この病院の患者さんですから。その分の給料はちゃんと病院からもらっており、それ以上のお礼はいりません」 悠真の上下の唇がぴたりとくっついて、がっかりした様子を見せた。 午後、仕事が終わって、もう悠真は諦めたと思っていたのに、まさかの展開で今度はおじいさんを連れてきた。 あの、前に私の手を離さなかったり、一緒に写真を撮ってくれた老人だ。 心の中ではすでに答えが出ていたけど、ふたりが並んでいるのを見ると、どこか現実味がなかった。 おじいさんの話を聞いて、やっと全部がつながった。 あのとき空港で私がおじいさんをスタッフに託した時、そのスタッフこそが咲良だった。 だから、悠真は「咲良が命の恩人」だと誤解して、ずっと彼女を特別扱いしてきたのだ。 「ことは、君のこともそう呼ばせてもらう
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