LOGIN式の飾り付けについて話しただけなのに、婚約者の思い人が突然泣きながらその場を飛び出していった。 次の瞬間、悠真にビンタされて、私は床に倒れ込んだ。彼は歯を食いしばり、私を憎むような眼差しで見下ろしていた。 「ことは、お前ってそんなに結婚したいのか?まるで他に誰もお前をもらってくれないみたいに、必死で俺にしがみついて、結婚を急かして……!」 「一週間後の結婚式、延期だ!」 顔を押さえながらも、不思議と心の中は静かだった。 これで八回目だ、悠真が式を先延ばしにするのは。 二十八歳のときから彼を待って、気づけばもう三十歳を過ぎているのに、それでも答えはもらえない。 だから、今回はとても静かに荷物をまとめて、出ていくことを決めた。 この結婚、もう無理してしなくてもいいかなって思った。
View More翌朝、私はいつも通り病院に出勤した。 着替えを終えたばかりのころ、看護師長が少し不思議そうな顔で。 「朝霧さん、患者さんがわざわざあなたを指名して包帯を巻いてほしいって言ってるよ?」 最初は何も気にせず、救急室に向かった。 中に入ってみると、そこにいたのは悠真だった。 手は一晩放置されたせいで、さらにひどく腫れ上がっている。 私を見た途端、彼の顔がぱっと明るくなった。 でも、また去られるのが怖いのか、興奮を抑えながら、情けなく言った。 「ことは、これ……手、すごく腫れちゃってさ……だから、お前に包帯を巻いてほしくて……」 私は何も言わなかった。 それでも、その場を立ち去ることもせず、ただ普通の患者として彼に消毒と包帯を巻いた。 処置が終わると、淡々と声をかける。 「しばらくは、ちゃんと消毒と包帯を交換すること。忘れないで」 そして、ナースステーションに戻った。 午前中はずっと忙しく働いていたが、昼休みに入ると、悠真はまたもや諦めきれない様子で昼食を届けに来た。 ナースステーションの外で、こそこそと私の様子を窺っている。 私が出てきた途端、彼は弁当箱を私の手に押し付けた。 「ことは、お前が一番好きなものばっかり入れておいたんだ。お願い、断らないで。今日は包帯を巻いてくれたお礼だと思って……頼むよ」 とても情けなくて必死な顔。 でも、私は首を振り、お弁当を突き返した。 「傷の手当てをしたのは、この病院の患者さんですから。その分の給料はちゃんと病院からもらっており、それ以上のお礼はいりません」 悠真の上下の唇がぴたりとくっついて、がっかりした様子を見せた。 午後、仕事が終わって、もう悠真は諦めたと思っていたのに、まさかの展開で今度はおじいさんを連れてきた。 あの、前に私の手を離さなかったり、一緒に写真を撮ってくれた老人だ。 心の中ではすでに答えが出ていたけど、ふたりが並んでいるのを見ると、どこか現実味がなかった。 おじいさんの話を聞いて、やっと全部がつながった。 あのとき空港で私がおじいさんをスタッフに託した時、そのスタッフこそが咲良だった。 だから、悠真は「咲良が命の恩人」だと誤解して、ずっと彼女を特別扱いしてきたのだ。 「ことは、君のこともそう呼ばせてもらう
その後の二日間、悠真は町中を探し回ったが、ことはの行方は掴めなかった。 仕方なく病院で張り込むことにしたが、休暇中だと聞くと、他の手段を探すしかなかった。 私はこの二日間、家で休んでいて、食事も全て出前で済ませていた。 毎日のように見知らぬ電話やメッセージが何通も届く。 いくつか拾い読みしてみると、悠真からだとすぐ分かった。 きっと、あの婚約解消届を読んだんだろう。 でも、私は一切返事をせず、そのままスマホの電源を切った。 それが一番はっきりした返事だと思ったから。 夕方、アパートのドアが激しくノックされた。 ドアを開けると、乱れた髪と濡れた上着のまま、ボロボロの悠真が立っていた。 私を見つけると、ようやく肩の力を抜き、ドア枠に寄りかかる。 彼は管理会社の情報を頼りに、友人にも協力してもらって、あの日私が呼んだ運転手の連絡先を割り出した。 そしてまる二日間、執拗に私を探し回った。本気で探せば必ず見つけられるとは思っていたが、まさかこんなに早く来るとは。 悠真はしばらく黙っていたが、やがて呟くように言った。 「ことは、なんで家を出てきたんだ……? もうやめよう。お願いだから、一緒に帰ろう」 そう言って、手を伸ばして私の腕を掴もうとした。 思いきり振り払って、眉をひそめ、真っ直ぐに彼を睨む。 「とぼけるの、やめてよ。 私はちゃんと婚約解消届を置いてきた。それで、もう私たちは何の関係もない。あれはあなたの家、私の家じゃない」 悠真の顔は一瞬で強張り、唇をきつく結んだまま、しばらく黙っていた。 やがて震える声で。 「俺は認めない。絶対に認めないから」 「ことは、もう一度だけ俺を信じてくれ。今度こそ、俺はお前だけを一生大切にする!」 その言葉に思わず吹き出してしまう。 腰が抜けるほどおかしくてたまらない。 「悠真、その台詞、ついこの前、咲良に向かって同じこと言ってたじゃない」 その言葉を聞いた途端、悠真は呆然とした表情になった。 ドアの外で、ただただ慌てふためきながら説明しようとしたが、結局口を開いて出たのはたった一言。 「ごめん…… やっぱり、あの日、洗面所で全部聞いてたのか……?」 顔には深い後悔が浮かんでいた。 「ことは、全部俺が悪かったん
その頃、悠真はことはを探し回って、ほとんど狂いそうになっていた。 家中をくまなく探し、病院も公園も、ことはがよく行く場所を全部回った。 けれど、どこにも彼女の姿はなかった。 家に戻ると、衣装ダンスは空っぽで、テーブルの上には婚約解消届が一枚だけ残されていた。 悠真はその紙を一字一句、呆然と読み返す。 気付けば目は赤く充血し、指先まで震えていた。 婚約解消届を読み終えると、思わずそれをビリビリに破り捨てて叫ぶ。 「ありえない……ことは、俺は絶対にお前と婚約を解消なんかしない!」 ヒステリックな叫び声が隣人から苦情が出るほどだった。 管理人が様子を見に来た時、ふと「最近、お引っ越しの予定でも?」と尋ねた。 悠真は一瞬きょとんとした後、反射的に首を振る。 「いや、特に……」 「おかしいなあ、この前、朝霧さんが業者を呼んで、荷物をたくさん運び出してましたよ。お引っ越しかと思ってました」 その言葉を聞くや否や、悠真は管理人の肩を掴み、必死で問い詰めた。 「彼女、どこに荷物を運んだのか分かりますか?知りませんか!?」 管理人はびっくりしたが、結局「すみません、分かりません」と首を横に振るだけだった。 「じゃあ、引っ越しは何日だったか覚えていますか?」 「二日前くらいですかね……」 二日前? 悠真はその日、自分が何をしたかと深く考え込んだ。 咲良と一緒に、遊園地や観覧車で遊んで、近くの山に登って、朝日まで見ていた。 ふらふらと帰宅した悠真は、家の中がたった数日で埃だらけになっていることに気づいた。 今まで掃除や家事は全部ことはがやってくれていた。 それをまるで当たり前のように思っていた自分。 思い立って掃除を始めてみるが、リビングの床を少し拭いただけで、もうぐったりしてしまった。 ソファに倒れ込むようにして息をつき、無意識にことはの番号に電話をかけたが、やっぱりブロックされていて繋がらない。 この瞬間、悠真の中に、止めどない後悔が押し寄せてくる。 今まで、彼は何をしてきたんだ? 何度も何度も結婚式を延期した。何度も何度も彼女をすっぽかした。ついこの前も、彼女にビンタした。そう考えると、悠真がようやく自分がいかにばかげたことをしてきたのかに、気づいたのだ。 嘘つき
看護師としてのプロ意識で、どうにか怒りを押し殺し、冷たく告げる。 「ご家族の方ですね。患者さんは突然心不全を起こし、肝機能も急激に悪化しています。すぐに手術が必要なので、早く病院に来てください。 伝えるべきことは伝えました。信じるかどうかはあなた次第です。後悔しても、私は知りませんから」 電話の向こうで、悠真がすぐさま怒鳴り返してきた。 「ことは、もしじいちゃんに何かあったら、俺は一生お前を許さない!」 「許してもらえなくても別にいいですよ」 そう言って、あっさりと電話を切った。 悠真の絶叫が聞こえてきたけど、もう気にもならなかった。 病室に戻ると、医師と一緒に老人の救命処置に全力を尽くしていた。 なんとか間に合い、老人はすぐに意識を取り戻した。 目を開けた瞬間、彼は私の手をぎゅっと握って、とても嬉しそうに笑った。 「君か、また君が助けてくれたんだな!本当にありがとう」 「落ち着いてください。今はあまり興奮しない方がいいですよ」 老人に再びモニターをつけているとき、ふと、三年前の出来事を思い出した。 あのとき、まだ看護学生だった私は空港で偶然である老人を助けた。 あわただしく搭乗時間が迫り、空港のスタッフに彼を託して、名乗らずに立ち去った。 まさか、いまだに覚えてくれているなんて思いもしなかった。 「おじいさんだったんですね。三年も前のこと、ほとんど忘れかけていましたが、まだ私のことを覚えていてくださるなんて」 彼は私の手を離さず、真剣な顔で言った。 「命の恩人を忘れるわけがないさ。君がいなければ、とっくにあの世行きだった。だからこそ、孫の結婚式を夢見ることもできたんだ」 その言葉に、私の胸がチクリと痛んだ。 自分と悠真の関係を思い出して、なんだか不吉な予感が広がる。 おじいさんに挨拶してナース服を脱ぎ、退勤した。 病院の外に出ると、悠真がタクシーから飛び降りてくるのが見えた。 よほど急いだのか、服にはカラフルなリボンがついたまま。 たぶん、咲良の誕生日パーティーの途中で駆けつけてきたんだろう。 私は人混みに紛れて、彼に気づかれないようにこっそり歩き出した。 悠真が病院のロビーに駆け込んでくるのを見て、足を速めた。 だけど、アパートに着く前にまた電話が鳴っ