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第11話

Author: 空木悠人
再び聖真に会ったのは、母の忌日のことだった。

彦成と共に母のための形見塚を建てていたとき、彼は白磁の骨壺を抱えて現れた。

「南枝……俺はお前の仇を討った。高野家を、ひとり残らず消した。

だから……もう一度だけ、チャンスをくれないか?海外へ行って、やり直そう」

私は淡々と、静かに答えた。

「篠宮聖真。私は同じ相手に二度もだまされるほど愚かじゃない。

母だって、私があなたと一緒になることを望まないはず」

聖真は一瞬きょとんとしたが、すぐに笑みを浮かべた。

「南枝、まだ俺に怒っているんだろう?

もう何も持たない俺にできるのは……命を賭けることだけだ。そうすれば許してくれるのか?」

私は眉をひそめた。

「命で脅すつもり?」

「違う」彼は小さく笑った。

「俺はただ、賭けてるだけだ。お前がまだ俺に情を残していると」

「滑稽ね」私は冷ややかに嗤った。「自惚れすぎよ」

聖真は苦笑し、手にした刃を自らの胸に突き立てた。

刃先が皮膚を裂き、白いシャツがじわりと紅に染まる。

「これで、どうだ?」

私は深く息を吸い、吐き出す。

「死ぬなら、母の前で血を流さないで。――遠くでやって」

汗が額を伝い落ちる中、彼はさらに刃を押し込んだ。

沈黙が長く続いた。

私が背を向けかけたとき、聖真の声が呼び止める。

「南枝……本当に俺に、少しの哀れみもないのか?」

「ないわ。無関係な人に心を砕くことなんて、私はしない」

その瞬間、低い笑いと共に、重い音が背後に響いた。

振り返ると、血に染まった聖真が大理石の階段に倒れ込み、絶望の吐息を漏らす。

「南枝。お前は、本当に……冷たいな」

赤黒く広がる血溜まりを茫然と見つめる私の肩に、彦成がそっと上着を掛けた。

我に返り、滲む涙を瞬きで追い払う。

彦成は母の遺骨を改めて安置し、ようやく静寂が訪れた。

だが――聖真は死ななかった。

彦成は自らの医療チームを動かして彼を救い、その後、法廷に引きずり出した。

彼は言った。

「約束したはずだ。篠宮聖真がお前にしたことは、俺が一つひとつ償わせると!

今や篠宮家はすでに俺が呑み込んだ。そして、愛しても手に入らない女を持った男にとって、ただ生きていることこそが地獄だ。これからは俺たちの幸せを見せつけられながら、死ぬよりも辛い思いをするだろう」

三件の命を奪った
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