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第62話……退路なき艦隊

last update publish date: 2026-06-10 15:42:46

 帝国領内深くで、後方を遮断されたアーヴィング大公国軍艦隊。

 その中で、なお戦意を失わぬ者たちは――逃走ではなく、突破を選んだ。

「退路は読まれている! 待ち伏せを避けよ!」

 怒号が、艦橋に響く。

「――正面を食い破る! それが唯一の生路だ!」

 統制を失いかけていた艦隊は、ここでようやく一つの意思を持ち始める。

 逃げ散らなかった艦艇――それはすなわち、選りすぐりの精鋭であった。

 彼らは急ごしらえの隊形を整え、一個の戦闘集団として再編される。

 その中心に立ったのは――

 エグモント伯爵。

 元帝国軍人にして、艦隊司令の経験を持つ歴戦の指揮官。

 誰からともなく推挙され、その場の総指揮を引き受けた男であった。

 艦隊は進む。

 突破のために。

 確かに、緒戦の小規模戦闘においては連戦連勝であった。

 だが――

 一週間後。

 その進路を、完全に塞ぐ影が現れた。

「……来たか」

 キスリング上級大将率いる、近衛艦隊。

 帝国最精鋭の艦隊が、正面に展開していた。

「右翼を伸ばせ! 半包囲で押し潰す!」

「敵の矛先を砕け! 逆に包囲してしまえ!」

 双方、ほぼ同時に指示が飛ぶ。

 ――金床戦術。

 片翼を伸ばし、敵を挟撃する古典的機動。

 戦闘艦艇数、双方およそ千隻。

 乗員練度、指揮官の技量――いずれも拮抗していた。

 だが。

 決定的に異なるものがあった。

「――光子魚雷、発射!」

 帝国の近衛艦隊の最先鋒。

 五十隻の新鋭高速駆逐艦群が、同時に牙をむく。

 放たれたのは、短距離光速兵器――光子魚雷。

 通常のミサイルは、威力こそ大きいが、速度と機動に限界がある。

 ゆえに迎撃可能な兵器であった。

 だが、この魚雷は違う。

 ダークエネルギー場の表面張力を利用し、空間そのものを「弾く」ように加速。

 軌道は不規則に跳ね、まるで水面を飛ぶ魚のように防御網をすり抜ける。

 ……ゆえに、凡そ、迎撃不能。

 次の瞬間。

 エグムント艦隊の前衛に、無数の閃光が突き刺さった。

 爆発。

 装甲が裂け、艦体が内側から吹き飛ぶ。

「お味方の前衛、崩壊!」

「隊形維持できません!」

 エグモント艦隊の先鋒は、ほぼ一撃で瓦解した。

 崩れた陣形に、近衛艦隊の砲火が集中する。

 艦隊側面が晒される。

 そこへ、さらに追撃。

 ――半包囲が、完成した。

「……」

 エグモント伯爵は、スクリーン上の戦況図を見つめた。

 既に、戦況は覆らない。

「……もはや、これまでか」

 誰にともなく呟く。

「皆……すまぬ」

 静かに拳銃を抜き――

 引き金を引いた。

 乾いた音が、艦橋に響く。

 その死を境に、艦隊の統制は完全に崩壊した。

 やがて。

 残存艦艇の多くが、白旗を掲げる。

 投降。

 それが、唯一残された選択だった。

 ――だが。

 その「勝利」は、帝国側にも代償を強いる。

 後方支援船舶を含め千隻規模の艦艇、膨大な乗員。

 それらの収容、武装解除、移送――

 近衛艦隊は、その処理に多くの戦力を割かざるを得なかった。

 結果として。

 本来であれば可能であった追撃戦は、中断される。

 戦術的勝利。

 だが――

 戦略的には、一瞬の時間的「空白」が生まれた。

◇◇◇◇◇

 ――ほぼ同時刻。

 パウルス元帥率いる艦隊、約六百隻。

 グラストヘイム要塞を発し、第三総管区外縁宙域へと進出していた。

 その任は明確だった。

 ――撤退中の味方を救い、戦線をまとめ直すこと。

「全艦、迎撃隊形。砲雷撃戦用意」

「了解!」

 命令は簡潔に、無駄なく伝達される。

 各宙域から追われる形で流入してくる味方艦。

 それを追撃する帝国軍部隊は、いずれも小規模で散発的であった。

 パウルスはそれを見逃さない。

 局地的優勢を維持しつつ、敵を一個ずつ叩き潰す。

 艦隊は常に秩序を保ち、無理な追撃を避け、確実な戦果だけを積み重ねていく。

「敵、前方小集団。数、三十」

「主砲、斉射。第二群、側面へ回り込め」

 冷静な指揮。

 その結果、各地で取り残されていた大公国軍艦艇が、次々と救出されていった。

「閣下、このまま前進すれば、さらに多くの味方を救えます」

 参謀の進言。

 パウルスは、しばし戦況図を見つめる。

「……」

 本来、現れるはずの存在があった。

 ――近衛艦隊。

 帝国最精鋭。

 それと正面から衝突すれば、この艦隊では到底持たない。

 それは、幕僚全員の共通認識でもあった。

 だが。

「……来ない、か」

 低く呟く。

 そして、決断した。

「――もう一歩だけ前へ出る」

「哨戒を強化しろ。接触兆候があれば、即時離脱だ」

「はっ!」

 その一歩が、多くの味方の命運を分けた。

 パウルス艦隊はさらに前進し、多数の友軍を回収。

 味方の撤退に大きく寄与することとなる。

 そして――

 十日後。

「哨戒艦一一六号より報告!」

 通信士の声が、緊張を帯びる。

「敵戦闘艦艇、二千隻以上を確認!」

 静寂。

 そして、誰もが理解した。

 ――来た。

 帝国軍、本隊。

「……そうか」

 パウルスは、短く息を吐いた。

 迷いはなかった。

「全艦、後退。グラストヘイム要塞宙域へ帰投する」

「了解!」

 命令は即座に実行される。

 各艦は事前に定められていた分散撤退計画に従い、小集団へと分離。

 ワープを定期的に繰り返し、追撃を避けながら段階的に後退していく。

 統制された撤退。

 それは、敗走とは明確に異なるものであった。

 こうして。

 パウルス艦隊は戦力を保ったまま、グラストヘイム要塞へと帰還を果たす。

 だが――

 戦役全体の損害は、あまりにも大きかった。

 アーヴィング大公国軍。

 本侵攻作戦において失われた艦艇は、非戦闘船舶を含め、大小合わせて四千隻以上。

 惑星地上軍に至っては――

 六百万を超える死傷者および捕虜。

 もはや、それは敗北を通り越した「崩壊」であった。

 そして。

 逆襲へと転じた帝国軍大艦隊が、ゆっくりと――しかし確実に迫る。

 その目標はただ一つ。

 グラストヘイム要塞。

 ――双方にとって、もっとも重要な戦略拠点であった。

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