LOGIN私の名はダミアン。
元帝国軍伍長だ。その経歴を買われて、いまはアーヴィング大公国の惑星地上軍に雇われている。
――報酬は、悪くない。私が乗るトロント重戦車は、この惑星クレイドの戦場でよく働いた。
敵の陣地を踏み潰し、田舎貴族どもを捕虜にし、奴隷として扱われていた連中を解放した。正直、気分は悪くなかった。
一週間前なんて――解放された民衆に囲まれて、歓声を浴びた。
若い娘に抱きつかれながら、田舎町の狭い通りを戦車で進んだものだ。英雄気取り、ってやつだな。
だが。
五日前から、様子が変わった。補給が――来ない。
「こちらダイムラー中尉だ! 地上司令部、応答しろ! 燃料が尽きる!」
部隊長は、毎日のように通信機に怒鳴りつけている。
だが、返事は一度もない。燃料も、飲料水も、食料も。
減る一方だ。 誰も口には出さないが、分かっている。――見捨てられたのかもしれない。
その夜。
私は眠れず、外に出た。この星の夜空は妙に澄んでいて、やけに遠くまで見通せる。
だからだろうか。
最初は、ただの流れ星だと思った。「……?」
だが、違和感があった。
軌道が、おかしい。私は双眼鏡を取り出し、落下物を追う。
そして――気づいた。「……おいおい」
流星じゃない。
――船だ。しかも。
「味方の……輸送船?」
識別灯が、かろうじて確認できる。
その瞬間、嫌な予感が胸を締めつけた。やがて。
輸送船は、遠方の地平へと突き刺さるように落下し―― 閃光。続いて、地鳴りのような爆発音が遅れて届いた。
炎が、夜空を赤く染める。「……」
言葉が出なかった。
背後で、ドアが乱暴に開く音。「クソがッ! 応答しろ、司令部!!」
ダイムラー中尉だ。
また通信機に怒鳴り始める。だが、その声には――もう焦りしか残っていなかった。
私はそれを背にして、空を見上げたまま立ち尽くす。そして、ふと気づく。
さっきの爆発地点から―― 新たな光が、いくつも落ちてきていることに。「……まだ、落ちてくるのかよ」
呟いたところで、急に眠気が押し寄せてきた。
先ほど飲んだ睡眠薬が、ようやく効いてきたのだろう。意識が、ゆっくりと沈んでいく。
燃え上がる夜空を見ながら―― 私は、そのまままどろみに落ちた。◇◇◇◇◇
あれから三日が過ぎた。
砂嵐が収まると、上空に銀色の機影が現れる。敵の気圏戦闘機だ。
「退避! 急げ!」
部隊長の怒声。
私はトロント重戦車を退避壕へと滑り込ませる。だがそれは名ばかりの簡素な壕だった。
直撃弾を受ければ、鉄棺に変わるだけだ。車内で、誰も言葉を発しない。
ただ――祈る。やがて日が落ちた。
この惑星では、夜になると砂嵐が吹き荒れる。 その間だけ、敵機は姿を消す。「撤退だ。動けるうちに離脱するぞ!」
エンジン始動。
視界の利かない砂嵐の中、我々は強行軍に出た。六時間後。
前方に、影が浮かび上がる。「敵戦闘車両だ……!」
「戦闘用意! 右翼から回り込め!」
中隊長の指揮は的確だった。
動きも悪くない。――だが。
「……おい、速度が……」
戦車が、鈍る。
まるで泥に沈むように。「くそっ……!」
視線を落とす。
燃料計の針は――既に「空」を指していた。弾はある。
敵もいる。 だが――動けない。これほどの屈辱は、初めてだった。
やがて。
トロント重戦車のエンジンが、完全に沈黙する。その音は――
まるで、自分の心臓が止まる音のように聞こえた。「各車、爆破準備!」
部隊長の声が飛ぶ。
「手榴弾を投げ込め! 敵に使わせるな!」
私は、操縦席から身を乗り出し――
自分の戦車に、手榴弾を放り込んだ。鈍い爆音。
装甲の内側から、黒煙が噴き出す。それは、兵器の最期であると同時に――
自分の「栄光」の終わりだった。――そして、翌朝。
私は、捕虜になっていた。武装は剥ぎ取られ、衣服も奪われる。
下着姿のまま、荒縄で縛られ、列をなして座らされた。冷たい視線が、突き刺さる。
見物に来た田舎貴族が、笑う。誰かが、唾を吐いた。
それが顔にかかる。拭うこともできない。
ふと、視線を感じる。 あの村娘だった。数日前。
私に抱きつき、笑っていたはずの娘。その目は――
まるで、汚物でも見るかのように冷えていた。「……」
私は、何も言えなかった。
休戦ラインを越える瞬間まで、星間ギルドの商船「銀の秤」の船内には、張りつめた空気が満ちていた。 パニキア連邦側の警戒宙域では、数度にわたり検問艇が接近し、古びた船腹へ鋭い捜査光を這わせてきた。 だが、「銀の秤」は武装を持たぬ旧式商船であり、しかも星間ギルド所属の古参船である。 積荷目録も航路記録も、それらしく整えられていたため、大事には至らなかった。「船籍確認完了。積荷照会、一致」「……よし、通してやれ。こんな骨董品で戦をしようって奴もおるまい」 管制側の声が同時翻訳機を通して流れると、操舵席のヘッジボックが小さく肩を落とした。「いやはや、寿命が縮みますな」 ユリウスは商人風の外套の襟を整えつつ、静かに答える。「ご配慮ありがとうございます」 それから「銀の秤」は数度の短距離ワープを重ね、ようやくパニキア連邦最前線の辺境惑星「レーベ」へ到達した。 暗褐色の海に覆われた惑星だった。 低い雲が空一面へ垂れこめ、海上には巨大な浮体構造物がいくつも連なっている。 宇宙桟橋のような洗練された設備はなく、旧式の水上宇宙港へ直接降りるしかないらしい。「こちら『銀の秤』、入港を許可されたし……」 ヘッジボックが送信すると、すぐ応答が返る。「了解。三番ゲートへの接岸を許可する」「助かりましたな」「まだ早いですよ」 ユリウスは窓の外を見たまま言った。「降りるまでが航海ですから……」 次の瞬間、船体が大きく震えた。 「銀の秤」は一気に大気圏へ突入し、外殻がみるみる赤熱してゆく。 老朽化した船体が低く軋み、接合部が悲鳴を上げた。 窓外では、剥がれた耐熱タイルが火の尾を引きながら後方へ流れてゆく。「おいおい……まだ持ってくれよ」 操舵士が舌打ちする。「左舷外板、熱負荷上昇!」「分かっている! だが今さらどうしようもない!」 激しい振動の末、「銀の秤」はどうにか海上宇宙港の三番ゲートへ滑り込み、重い音を立てて接岸した。 船内に安堵の息が広がる。 ヘッジボックは額の汗を拭い、苦笑した。「いやぁ、長年のワープで船が悲鳴を上げております。応急修理に二日、いや三日ほど日をいただきたいですな」 ユリウスはうなずく。「はい、安全第一でお願いします」 この間、彼は商人の服へ着替えていた。 付き従うグレゴールも、護衛らしさを隠すため、目
夜明け前の薄青い光が、ヴァルカンの館の回廊へ静かに差し込んでいた。 ユリウスが外交使節として出立する朝――その少し前、ツーシームは館の奥に設けられた一室へ足を向けていた。 荒鷲の金印を持つ少女。 帝国軍特殊部隊が昨夜あれほど執拗に探した以上、もはやこの館も絶対安全とは言い切れない。 どこか別の隠し場所へ移す必要があった。「さて、寝ぼけ眼のまま運ばれてくれると助かるんだがねぇ……」 安煙草をくわえたまま、ツーシームは扉を押し開けた。 だが、そこで彼女の足が止まる。「……ん?」 部屋の中央に、少女が立っていた。 いつもは伏せがちで、どこか夢の中を漂うような目をしていた娘が、いまは背筋を伸ばし、凛とした面持ちでこちらを見返している。 あきらかに空気が違った。 ただ起きているのではない。自分が誰であるかを、ようやく思い出した者の眼だった。 ツーシームは片眉を上げ、煙を細く吐いた。「お加減はどうさね?」 少女は小さな顎を上げる。「悪うない。余は、ようやく記憶を取り戻したぞ……」 その言葉は幼い顔立ちに似合わぬほど重く、古い響きを帯びていた。 ツーシームは一瞬だけ黙り込み、それから肩をすくめて笑う。「あはは、そいつはめでたい。……いや、こっちの都合で言えば、もうちょっと忘れていて欲しかったんだけどね」 少女は「ふん」と鼻で笑うだけだった。 だが、その仕草にさえ、ただの怯えた娘にはない気品がある。 荒鷲の金印。 帝国が血眼になって追う理由が、ようやく輪郭を持ってきた気がした。「余をどこへ連れてゆく気だ?」「安全な場所さ。少なくとも、昨夜みたいに犬ころが窓から雪崩れ込む場所じゃない」「そなた、存外に世話焼きだな」「海賊と商売人はねぇ、預かった品が傷つくのを嫌うのさ」 少女はわずかに目を細めた。 その視線は幼いのに、妙に人を洞察し値踏みする。 ツーシームは心の中で舌を巻いた。 ――こりゃ本物だねぇ。 そのころ館の表では、ユリウスの出立準備が整っていた。 正門前に待つ陸上ホバークラフトの周囲には、護衛のSPたちが忙しく動いている。外交使節の旅とはいえ、向かう先は異星人国家パニキア。 警戒は当然だった。 二階のバルコニーへ出た幼い妻イオナが、身を乗り出すように手を振る。「あなた、行ってらっしゃいませ!」 下で振
停戦成立後、アーヴィング大公家の艦隊は、グラストヘイム要塞へ必要最小限の守備兵力を残し、主力をいったん後方へ下げた。 そのすぐ後方にある補給拠点として選ばれたのが、惑星ヴァルカンである。 衛星軌道上には、巨大なエーテル・タンカーが数珠つなぎに並んでいた。 鈍く光る船腹のあちこちへ補給アームが食らいつき、青白い流体が脈打つように移送されてゆく。 宇宙桟橋の一角では、VLS用の長大なミサイルコンテナが何列にも寝かされ、整備員たちが汗まみれで搬入指示を飛ばしていた。 また別の区画では、砲弾、予備反応炉部材、艦載機部品、食糧コンテナ、医療資材までが山となって積まれている。 桟橋と地上を結ぶ専用シャトル群も、まるで蜂の群れのように休みなく往復していた。 上がってくるのは物資。 降りてゆくのは、休暇を許された兵員たち。 疲れ切った水兵や機関兵たちは、シャトルの扉が開くや否や、ヴァルカンの酒場街へ吸い込まれていった。 酒、女、賭博、熱い飯。 前線帰りの兵に必要なものは、昔から大して変わらぬらしい。 戦艦ハンニバルの艦橋でも、補給士官たちが目を回すような忙しさで働いていた。「第三倉庫、誘導弾積載完了!」「機関部予備材、右舷搬入口より受領!」「食糧補充、基準値の〇・六倍! この艦、兵員数のデータに消費が読めません!」 怒鳴り声と足音、端末の警告音がひっきりなしに交差する。 その只中で、ユリウスだけは少し離れた高座に座し、正面スクリーンへ映る補給桟橋の光景を静かに見つめていた。 彼の脳裏を占めていたのは、戦況でも、物資量でもなかった。 もっと根源的な、奇妙な違和感である。 ミサイルも、弾薬も、艦内配管の継手も、果ては工具規格に至るまで、帝国軍の軍需物資は地球規格で統一されている。 それだけなら、まだ分かる。帝国は地球文明の流れを汲む国家だからだ。 だが奇妙なのは、その規格が人類統合共和国でも通用し、さらには地球文化を起源に持たぬはずのパニキア連邦でさえ、大筋では同じ規格を用いているという事実だった。 ユリウスは低く呟いた。「……なぜだろう」 そばに控えていた副官が顔を上げる。「何がでございますか、閣下」「規格だよ」 ユリウスは視線を外さずに言った。「国家が違えば、思想も言葉も法律も違う。敵同士であればなおさら、兵器体系など別
数か月前――。 旧第六総管区の片隅に、惑星リチャードはあった。 豊かな鉱脈、繁忙な港、絶えず上下する株価。 この星を治めるドリス伯爵は、善政家か悪政家かで評価の割れる男であったが、ただ一つだけ確かなことがあった。 彼は何よりも経済を優先する統治者である、という事実である。 税制は企業寄り。 港湾使用料は安く、投資家には甘い。 その一方で、労働者への配慮は薄く、景気が悪化すれば真っ先に切られるのは現場の人間たちだった。 たしかに数字の上では繁栄している。 だが、その繁栄が誰の懐を温めているのかは、街路の空気を吸えばすぐに知れた。 そんな折――。 第六総管区を実質的に統治するアーヴィング侯爵が、帝国中央政府へ反旗を翻した、という報せが届いた。 その一報は、遠い戦場の政変では終わらなかった。 人々の胸に長年たまっていた不満へ、火のついた油を注いだのである。 伯爵邸の執務室へ、青ざめた家令が駆け込んだ。「伯爵様! 民衆どもが暴徒となり、屋敷へ押しかけております!」「なんだと!?」 机上の端末から顔を上げたドリス伯爵は、肥えた喉をひきつらせた。「警備隊は何をしておる!」「各所で手が回りませぬ! 銀行街も襲われ、大手保険会社の支店も炎上中にございます!」 伯爵は立ち上がり、窓辺へ走った。 夜の街に、いくつもの火の手が見える。 怒号。 警報。 銃声。 経済優先で築き上げた秩序が、たった一夜で紙細工のように崩れはじめていた。「……すぐ脱出するぞ!」「はっ!」 中央政府に近しい立場を取ってきたドリス伯爵は、民衆にとって旧体制そのものであった。 日頃より不満を募らせていた労働者階級は、侯爵の挙兵を合図に一斉蜂起したのである。 暴徒たちは銀行や保険会社を『資本の城』と叫んで打ち壊し、倉庫を略奪し、酒に酔った群れは婦女子へも牙をむいた。 火は商業区画から住宅街へ広がり、正義を名乗った怒りは、たちまち無差別な暴虐へ変わっていった。革命。 革命と言う甘い言葉を口にする者は多い。 だが現実の街路を埋めるのは、理想ではなく、煙と血と恐怖である。 このままでは星そのものが壊れる。 そう悟った者たちがいた。 教師、下級役人、教会関係者、町工場の親方――いわゆる良識派である。 彼らは広場へ集まり、拡声器を奪い、暴徒たちへ必死
停戦成立の報せが銀河を駆けめぐった翌日――。 ヴァルカン軌道上、アルテミス商会の私室では、場違いなほど気の抜けた空気が流れていた。 長椅子にだらしなく寝ころび、ツーシームは片脚を投げ出したまま新聞を広げている。 唇の端には、いつもの安煙草。紫がかった煙が、照明の下でゆらゆらとたなびいた。 紙面の一面には大きな活字が躍っていた。 ――帝国中央政府軍、アーヴィング家率いる反乱軍、停戦成立。 ――グラストヘイム要塞戦線、当面の戦闘停止へ。 ツーシームは鼻で笑った。「ようやくかい。随分と高くついた花火だったねぇ」 その声には、呆れ半分、満足半分の色があった。 今回の戦は、同じ帝国圏に属する者同士が噛み合う内輪揉めに近い。異星人相手の外征戦争とは訳が違う。 補給線の先にも後ろにも、敵味方と縁を持つ地方貴族家がいる。 交易路が詰まれば、その領内経営は痩せる。鉱山の産出は滞り、農業衛星の資材も届かず、税収もまた細る。 つまり――。 戦場で勝ちさえすればよい戦ではない。 帝国中央も、アーヴィング家も、地方貴族たちの支持なしには戦争を続けられぬ。 兵も金も糧食も、最後にはそこへ行き着く。内乱とは、剣だけでは終わらぬ戦なのであった。 ツーシームは灰を落とし、新聞の経済欄へ視線を滑らせた。 そこには、停戦成立を受けた星間株式市場の混乱が細かく載っていた。 造船。鉄鋼。軍需輸送。 いずれも戦時特需を見込んで買い上げられていた銘柄である。 だが停戦の一報で流れは一変し、値は崩れ、投げ売りが投げ売りを呼んでいた。 彼女の口元が、ゆっくり吊り上がる。「ゾル婆、そろそろゆっくり買いを入れてみるかね?」 部屋の隅で端末をいじっていたゾル婆が、顔も上げずに答えた。「あいよ。どのへんから拾うんだい?」「まずは造船屋だ。慌て者が投げた分を、底でさらう。鉄鋼も悪くないね。停戦したからって、艦隊が消えるわけじゃない。傷んだ船は直さにゃならないし、要塞だって補修が要る」「……ほほう。狼狽売りした連中の逆を行くってわけだね」「そういうこった」 数日前。 停戦の気配を、誰より早く嗅ぎつけていたアルテミス商会は、戦時特需銘柄を大きく売り浴びせていた。 グラストヘイム戦線での空気の変化も、極低周波通信から拾った断片も、彼女らには十分な材料だった。 市場
巨艦「ハンニバル」の現在位置から、およそ六光秒。 その虚空に、音もなく一本の潜望鏡が浮かび上がっていた。 否。 正確には、浮かび上がったように「見えた」だけである。 新型海賊船「モリガン」は依然として位相空間の膜を半ば残したまま、現実宇宙の縁に爪をかけている。 巡洋艦級の船体で異次元潜航を維持するなど、本来なら狂気の沙汰であった。 だが、その狂気を形にしたのが、いまこの艦である。 潜望鏡越しに戦場を覗いていたツーシームは、細く息を漏らした。「……へぇ、やるじゃないか。あの巨艦」 視界の彼方では、「ハンニバル」が帝国軍の集中砲火を正面から受け止めていた。 幾百もの火線。無数の誘導弾。 それらをものともせず進む艦影は、もはや艦艇というより移動する要塞であった。 隣に控えるトロスト技師が、乾いた笑みを浮かべる。頬はこけ、指先はかすかに震えていたが、声音だけは妙に弾んでいた。「そりゃあそうでしょう。あの艦の主機関、燃料はエーテルじゃない。小型とはいえ、人工重力井戸――要するに、ブラックホールです」「本物かい?」「ええ。本物ですとも。生きた地球文明の超兵器。帝国中枢の工廠でも、あそこまで頭のおかしい代物はそうそう作れません」 ツーシームは片眉を上げた。「褒めてるのか、けなしてるのか、よく分からないねぇ」「技術屋にとっては最大級の賛辞ですよ」 彼女は再び潜望鏡に目を戻した。 「ハンニバル」の艦腹には、あの巨大な砲身が抱え込まれている。 戦場へ現れた瞬間から、帝国軍はあれを恐れていた。だが。「だが、やはり撃てないようだね?」 そのひと言で、トロストの笑みがわずかに薄れた。「ええ。火器管制はまだ沈黙したままですな。防壁も対空火器も化け物じみているが、肝心の牙が閉じたままです」「それさえ出来れば、単艦で帝国軍を追い払うこともできように……」「できましょうな。いや、追い払う程度で済むかどうか」 ツーシームは舌打ちし、潜望鏡から目を離した。 艦橋に投影された簡易戦術図では、「ハンニバル」を中心に帝国軍の針路が歪んでいる。 一隻が戦場の戦術力学そのものを書き換えていた。「ヤツを前にしては、この新型『モリガン』の性能がかすむなぁ……」 その声には、珍しく本気の落胆が混じっていた。 海賊船「モリガン」の大改造は、彼女が執着して