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第3話

Penulis: 雲居の樵
「泉さんのことだけど……樹が彼女を認めないんだったら自分が死ぬって言い張るもんでね。だから、仕方なく河野家にいてもらってるんだよ。

樹は、俺にとってたった一人の跡取りだから、あの子を見殺しになんてできない。俺にだってどうしようもなかったんだ」

彰人が深いため息をつく。その目には、諦めの色が浮かんでいた。

しかし、そんな嘘は若葉に通用しない。若葉は向かいの椅子に座り、足を組む。「正直に話してください。何をネタに、樹を脅して結婚させたんですか?

彼の母親の死の真相ですか?それとも、お墓のこと?あるいは、残した形見のことでしょうか?」

彰人の目が泳ぐ。若葉がここまで知っているとは、思ってもみなかったようだ。

「若葉、俺が樹に君と結婚するよう言ったのはね、あの子にまっとうな道を歩んでほしかったからなんだ。だから……」

彰人の言葉が終わる前に、若葉は大きく一呼吸すると、うんざりしたように顔を上げ、話を遮った。

「樹に私と結婚させたのは、和田グループと手を組んで、つぶれそうな河野グループを救うためですよね?

それに、おじさん。本当は樹のことなんて、考えてもないくせに。あなたにとって、今も昔も大事なのは河野グループだけなんですから」

どうやら図星のようで、彰人の顔色が変わった。テーブルの上の拳も、きつく握りしめられている。

若葉は鼻で笑った。「おばさんには、とてもお世話になりました。だから、おばさんの遺言で、私は樹と結婚しました。

河野グループは私が立て直してみせますから」

彰人は一瞬呆気にとられたが、すぐにはっと立ち上がった。しかし、彼が何かを言おうとしたとき、若葉は暗い顔で、しかしはっきりとした口調で話し始めた。

「でも、グループを立て直せたら樹と離婚します。あ、でも心配しないでください。私が持つ株は、すべて彼に渡しますから。

もし、あなたが立て直しを邪魔をするようなら、和田グループは河野グループを吸収しますので」

言い終えると、若葉は真っ青になる彰人を無視して書斎をあとにし、大股で河野家を出て行った。

……

家に帰ると、若葉は棚から強いお酒を取り出し、ぐいっとあおった。

お酒を飲むのは、これが初めてだった。

焼けるようなお酒が喉を通り過ぎていく。それと一緒に、胸の奥もずきずきと痛みだした。

意識が朦朧とする中、目の前に樹がいるような気がした。

ゆっくりと近づいてくるその人を見て、若葉は笑みを浮かべた。しかし、伸ばしかけた手は、自嘲するようにだらりと落ちる。

「樹はもう、私のことなんて好きじゃないんだから、こんな家に帰ってくるわけないか……」

しかし、そうつぶやいた瞬間、手からお酒のボトルがひったくられた。

取り返そうともがく若葉の前で、険しい顔をした樹が、ボトルに残っていたお酒を一気に飲み干す。

樹は若葉のあごをぐっと掴むと、無理やり顔を上げさせた。固く結ばれた唇が、抑えきれない怒りを物語っている。

「お前はアルコールアレルギーだろ!それなのに酒を飲むなんて、死にたいのか!」

若葉はきょとんとした。自分のために彼が怒ってくれるなんて、信じられなかったのだ。

夢ではないと確かめたくて、若葉は樹の顔をじっと見つめる。しかし、耳に届いた彼の声は、とても冷たいものだった。

「若葉!泉をどこへやった?」

その一言で、若葉の酔いが一瞬で覚めた。体中の血が凍りつく。

「お前が河野家を出た直後、泉が何者かに連れ去られたんだ。今も行方がわからない!

お前との結婚に同意しただろ!なのに、なんで泉に手を出すんだよ!」

樹から発せられる言葉の一つ一つは、まるで切れの悪いナイフのように何度も若葉の心を抉った。若葉は痛みで立っているのもやっとだった。

痛みに必死で堪える声はどうしても震えてしまう。

「樹、私はそんな卑怯なことはしない。それに、もうあなたとは……」

「離婚」という二文字を口にする前に、若葉のスマホから着信音が鳴り響いた。

若葉が通話ボタンを押したとたん、電話の向こうから泉の甲高い悲鳴が響きわたった。

泉の悲鳴を聞いた樹が、若葉のスマホを奪い取る。その目は充血し、怒りと焦りで燃えていた。

すると、電話越しに男の冷たい声が聞こえてきた。「若葉さん、人をこんなにしちゃうなんて。これで、満足かい?」

樹の瞳孔が、きゅっと縮まった。彼はぎこちない動きで、若葉を振り返る。

その目に浮かんだ疑いと憎しみは、あの日、樹の母親が亡くなったときの目と、まったく同じだった。

「言ったよね?私はやってない」

「あの時のお前も、そう言った」

すると、樹は額に手をあて、声を上げて笑いだした。

ひとしきり笑い終えると、彼はぞっとするほど静かな目で若葉を見つめる。

「若葉。俺はもう、お前のせいで大切な人を失ってるんだ。なのに、また同じことを繰り返すつもりなのか?」
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