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第14話

Auteur: カンカンドド
さっきまで怒号を上げていた瑠璃は、その場でぴたりと固まる。茫然と顔を上げ、瞳に絶望と驚愕をいっぱいに湛える。

「何て言ったの?」

彼女は祈の胸ぐらをわしづかみにして詰め寄る。

「澄人が自殺だなんて、あり得ない!あんなに誇り高く、自信に満ちた人が、そんなことするわけない!」

祈は鼻で笑い、嘲るような視線を投げる。

「そうよ。じゃあ、どうして、彼はそんなことをしたのかしら?

瑠璃、彼を死に追いやったのは、実はあなたよ」

その言葉は落雷のごとく、彼女をその場に打ち据えた。

瑠璃は信じられないというように一歩後ずさり、思わず否定する。

「あり得ない!そんなの、あり得ない!」

「彼を苦しめたのはあなただ。なのに、彼が味わった痛みを都合よく忘れて、愛しているふりをするなんて。

瑠璃、彼はもういない。ここだよ――あなたが彼を欺き、五年も閉じ込めたこの邸宅。

この一生、あなたは彼に償いきれない」

吐き捨てるように言い残すと、祈は背を向けて歩き去った。

真昼の陽は容赦なく照りつけ、瑠璃は突然、目の前がくらむ。

次の瞬間、耳元にいくつもの声が一斉に押し寄せる。

「澄人、怖がらないで。これからは私があなたの目になるから」

「私と結婚してくれる?あなたのおばあちゃんみたいに、一生あなたを愛するわ」

「私は安部澄人と共に、夫婦として歩んでいくことを誓います。病めるときも健やかなるときも、貧しさの中でも富の中でも、互いに支え合い、寄り添い続け、永遠に共に生きていきます」

その言葉を聞いているうちに、瑠璃の表情は少しずつ和らいでいく。

未来の自分も、確かに澄人を愛していたのだ、と。

だが、続いて浮かんできた声が、その喜びを粉々に打ち砕く。

「澄人、今夜は残業なの。あなたの大好物の黒糖入りのくず餅を作って冷蔵庫に入れておいたわ。取り出すとき、気をつけてね」

「会議中なの。あとでかけ直してもいい?」

「澄人、ほんとに忙しいの。片付いたら一緒にコンサートへ行こう」

「澄人、ごめんなさい。誕生日のこと、わざと忘れるつもりなんてなかったの。このところ会社で色々あって……」

幾重にも重なる声が、瑠璃の頭を締め上げるように響きわたる。彼女はかすかに息を震わせた。その瞳には怒りと悔恨が入り混じる。

――未来の瑠璃、いったい何をしているの?

あんな大企業に、
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