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第15話

Auteur: カンカンドド
「雪だ!」

澄人は屋内から飛び出し、手のひらにひとひらの雪を受け止める。

「すごい……こんなにきれいなのか」

雪片が彼のまつげに舞い降りる。ソフィアがその後ろからコートを手にして追いかけてくる。

「澄人、ちゃんと上着を着て。まだ体が戻りきっていないのよ」

彼の傷はほとんど癒えていて、少しばかりの虚弱さを除けば、他に不調はほとんど残っていない。

ソフィアはイタリアでも名だたる眼科医を呼び寄せ、交代で診察させた。何度も何度も確認を重ね、やっと胸を撫で下ろした。

澄人の視力は回復したものの、長期の失明状態が神経に及ぼした影響は残っており、長時間の酷使や大きな感情の起伏は避けるべきだという。

知らせを受けたソフィアは、深く息を吐き出し、安堵に肩を落とす。

「本当に、不幸中の幸いだわ。

澄人、もうひとつ朗報があるよ」

ソフィアのまなざしがそっと彼に注がれる。その紺碧の瞳にあたたかな微笑みを宿す。

「明日からなら、ダンスのリハビリを始めていいって、先生が」

「本当か!」

澄人はぱっと立ち上がり、嬉しさに顔を輝かせてソフィアの手を取る。

「ソフィア、本当に嘘じゃないんだな?」

頷く彼女の腕に、ふいに重みがかかった。澄人が衝動のまま彼女を抱きしめたのだ。

「よかった!ソフィア、ありがとう!」

五年もの間、心の奥底で思い続けてきた人が今、自分を抱きしめている――その事実に気づいた瞬間、ソフィアは歓喜に呑まれる。

彼女は全身がこわばって動けなくなり、やっとの思いで手を伸ばし、澄人の背にそっと触れる。

「おめでとう、澄人」

澄人の肩はしなやかで強く、今は喜びにわずかに震えている。

ソフィアは宝物に触れるように、そっと抱きしめる。

――澄人、これからは堂々と、自信をもって、ただ自分のために踊って

……

港町。

救急室の『手術中』を示す赤いランプは、一晩中消えることがなかった。祈は外の長椅子に座り込み、その三文字をただ呆然と見上げていた。

瑠璃は炭を呑み、自ら命を絶とうとした。今は生死の境にいる。

ようやく事の全貌を理解したとき、祈はこの世界の荒唐さと滑稽さに打ちのめされた。

たった一週間のあいだに、彼女は大切な二人の親友を同時に失うところだったのだ。

「パチン」と音を立て、灯りがふっと消えた。

祈ははっと我に返り、顔をぬぐって声
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