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第4話

Author: 緋色の追憶
「星奈!大丈夫か? 怪我はないか!」

頭上から千隼の焦燥に満ちた声が降ってくる。彼は未だ恐怖に震える星奈をきつく抱きしめ、食い入るように彼女の状況を確認していた。

友人たちもすぐさま駆け寄り、口々に星奈を案じる。

一方、唯織は剥き出しの荒い斜面を数メートル滑落し、せり出した岩の角に辛うじて引っかかった。

鋭い石に切り裂かれた腕や足には、いくつも生々しい裂傷が走り、ヒリヒリとした熱い痛みが全身を駆け抜ける。

だが、何よりも耐え難いのは、岩に強打した膝だ。突き刺すような激痛が走り、さらには激しい摩擦によって背中の古傷が、再び火を噴くような灼熱に包まれていた。

視界がチカチカと暗転する。唯織は耐えきれず、小さな呻き声を漏らした。

数秒が経ち、ようやく誰かが悲鳴を上げた。

「唯織!唯織が下に落ちたぞ!」

千隼が弾かれたように顔を上げた。斜面の下、無残にうずくまり、ボロボロになった唯織の姿が、ようやく彼の目に映る。

彼の表情を掠めたのは、驚愕、そしてありありとした後悔だった。今の今まで、唯織がそこにいたことさえ、彼は完全に忘れていたのだ。

だが、その後悔はすぐに、重苦しく、どこか疲れ切った「責任感」に取って代わられた。

彼は星奈をそっと地面に下ろし、周囲に手短に告げる。

「星奈を頼む」

千隼が助けに降りてきた時、唯織は痛みで意識が飛びかけていた。

彼はプロフェッショナルな手つきで彼女の膝や足首を確認した。

「動けるか?」

彼の声には、焦りも慈しみもなかった。ただ目の前の問題を片付けようとする、淡々とした響き。

「骨は大丈夫そうだ。靭帯の捻挫と擦り傷だろう。背負うから、捕まれ」

唯織は、至近距離にある彼の顔を見つめた。八年間愛し続け、一生を添い遂げると信じて疑わなかったあの顔。

千隼の額には汗が浮いている。星奈を救った時の緊張のせいか、あるいは急いで斜面を降りてきたせいか。

彼が近づいた瞬間、唯織の鼻腔を星奈の残り香と思われる、甘く爽やかな香水の香りが突いた。

それが自分自身の傷口から漂う生臭い血の匂いと混ざり合い、眩暈を覚えるほどの吐き気を催させる。

唯織は何も言わず、彼に抱え上げられるまま、その背中に身を預けた。

広く、逞しい彼の背中。かつては、世界で一番安らげる場所だと思っていた。だが今はただ冷たく、強張った塊にしか感じられない。

彼の足取りは確かだったが、一歩ごとに伝わる筋肉の緊張は、彼女を案じる慈しみからくるものではなかった。

それは、逃れられない重荷を背負わされた者が抱く、忌々しいまでの「負担」そのものだった。

唯織は、残酷な現実を突きつけられていた。あの刹那の窮地において、彼の本能も、心も、その身のすべては星奈へと捧げられていた。

自分に向けられているのは、事が終わった後に果たさなければならない、事務的な「補償」という名の義務の残滓に過ぎないのだ。

平坦な場所まで戻ると、星奈が真っ赤な目で駆け寄ってきた。

「唯織さん!血が……ごめんなさい、全部私のせい……」

彼女は青ざめ、今にも泣き出しそうだった。

千隼は唯織を慎重に下ろすと、星奈を宥めるように穏やかな声を出した。

「自分を責めるな。これはただの事故だ」

そして、血に染まった唯織の腕に視線を移すと、「……応急処置を済ませたら、すぐに下山して病院へ行くぞ」と短く告げた。

下山の道中、唯織は友人たちの背を借り、交代で運ばれた。

星奈の手にも擦り傷があった。千隼は手早く手当てを済ませると、その後はほとんどの時間、星奈の傍らに寄り添って低い声で励まし続けていた。

友人の背に揺られながら、唯織はただ黙って、遠ざかっていく二人の背中を見つめていた。

膝と背中の痛みが波のように押し寄せる。けれど、心の奥底に広がる寒さに比べれば、そんな痛みなど無に等しかった。

八年前の、あの火災を思い出す。

彼を突き飛ばしたあの瞬間。振り返った彼の顔に浮かんでいたのも、今と同じ驚愕と、そしてありありとした後悔だった。

その後、彼を支配したのは、底知れない罪悪感と、一生を懸けた誓約。

そうか。あの日からずっと、私は彼にとって、ただ背負い続けなければならない「責任」という名の重荷に過ぎなかったのだ。

病院の夜間救急は混み合っていた。

星奈の傷はごく軽微なもので、看護師によってすぐに消毒と絆創膏の処置が済まされた。

一方、唯織の傷は深く、傷口を洗浄し、縫い合わせる処置が必要だった。

千隼は、星奈の処置がすべて終わるまで彼女に付き添い、落ち着くのを見届けてから、ようやく唯織のもとへと足を向けた。

医師が唯織の膝の深い傷口を洗浄している最中、消毒液の強烈なしみるような刺激に、彼女の体はガタガタと震えた。

「この子がショックを受けて、情緒が不安定なんです。先生、なるべく急いでいただけませんか」

千隼が医師にそう告げるのが聞こえた。

医師は唯織をちらりと見たが、何も言わずに処置の手早さを上げた。

背中の古傷は、激しい摩擦と感情の昂ぶりのせいで赤く腫れ上がり、酷い炎症を起こしていた。失血と精神的なショックも重なり、真夜中、唯織は激しい高熱にうなされた。

朦朧とする意識の中で、彼女は両親を亡くしたあの夜の記憶に引き戻されていた。手術室の前、沈み込む彼女の手を強く握り、千隼はこう言った。「怖がるな、唯織。俺がいる」

そうか。「俺がいる」の意味は、「愛している」ではなく、「責任を取る」だったのだ。

すべてが燃え尽き、ただの灰に帰すその時まで。

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