Share

第522話

Author: フカモリ
たとえそれが単なる建前で、自分の顔を立ててくれただけだったとしても。

克典は本当に根が優しくて、周りの気持ちをよく気遣ってくれる人だ。

昔も、そして今も。

克典がくれたその心強さに、真琴は感謝の笑みを浮かべた。

「ありがとう、お兄さん」

長年、ずっと紗友里に合わせて「お兄さん」と呼んできたのだ。

真琴が礼を言うと、克典はドアを開けて車を降り、助手席側へと回ってきた。

真琴がすでに降りているのを見ると、克典はごく自然な動作で彼女のバッグを受け取った。

片桐家の祖父母は手土産の類を好まず、親しい間柄でなければ家に招いて食事をすることもない。

そのため、真琴も戻ってきて殊更によそよそしく振る舞うことはなかった。

昔から、真琴であれ、拓真や司たちであれ、片桐家を訪れる際は、水臭い真似や他人行儀な振る舞いは一切禁止というのが、老夫婦の決まりだった。

克典の隣を歩いて屋敷に向かう途中、真琴はすぐさま信行の車を目に留めた。

片桐家での家族の食事会なのだから、信行がいるのは当たり前のことだ。

それは百も承知で、心の準備もできていた。

まもなく二人が屋敷に入ると、ちょうど二階
Continue to read this book for free
Scan code to download App
Locked Chapter
Comments (1)
goodnovel comment avatar
ウサコッツ
なんだろ 読んでくうちに 真琴は信行以外の男性なら 誰でも良いって思って行動してる そんな感じしかしない 信行と離れる決意はどこ? 信行の近くの人ばかりと 交流してるじゃん
VIEW ALL COMMENTS

Latest chapter

  • 暴走する愛情、彼は必死に離婚を引き止める   第571話

    祖父はそう思っているなら、随分と舐められたものだ。信行が目を通したファイルを机に放り投げると、祐斗はビクッと体を強張らせ、身動き一つできなくなる。しばらく重苦しい沈黙が降りたが、信行からそれ以上の指示はない。それを確認し、祐斗はようやく一礼して静かに執務室を後にした。ドアが閉まるのと同時に、信行の胸の内にふつふつと怒りが沸き上がってきた。いくら一族の長とはいえ、自分の領域に踏み込みすぎだ。これ以上オフィスでくすぶっている気にはなれず、信行は祐斗が持ってきた調査資料を鷲掴みにすると、そのまま片桐家の本邸へと向かった。*四十分後。本邸の裏庭に車が滑り込んだ。ドアを開けて降り立つと、祖父である由紀夫が、のんびりと盆栽の手入れをしている姿が目に入った。信行は暗い顔つきで祖父に歩み寄るなり、手にした証拠を遠慮会釈もなく石のテーブルにバサッと叩きつけ、唐突に口を開いた。「……これは、どういう腹積もりですか。少々、干渉しすぎじゃないですかね」由紀夫が口を開くよりも早く、信行は言葉を続ける。「世間の圧力でも掛ければ、俺が大人しく首を縦に振るとでも?随分と事態を甘く見ているようですが」目の前に証拠を突きつけられても、由紀夫は顔色一つ変えなかった。ゆっくりと信行へ顔を向け、事も無げに言い放つ。「でなければ、お前は他に何を考えているというんだ?真琴のことは、もう諦めろ。お前がこれ以上あの子を煩わせることを、この家の者は誰一人として望んじゃおらん。だいたい、自分が過去にしてきた行いを胸に手を当てて振り返ってみろ。どの面下げて、あの子に会いに行こうなどと思えるんだ」反論の隙を与えず、由紀夫はたたみかける。「成瀬家の嬢ちゃんなら、お前の妻として釣り合いも取れるだろう。週末、成瀬の爺さんと孫娘を食事に招いてある。予定を空けて戻ってこい」信行が口にする真琴への感情など、由紀夫はとうの昔に見限っていた。だからこそ、信行を思い通りに動かせるなら、どんな強引な手でも使う構えだった。どこまでも独断専行を貫く祖父を前に、信行は両手をズボンのポケットに突っ込み、その顔を真っ直ぐに睨みつけた。どれだけ鋭い視線を浴びせても、由紀夫は意に介する様子もなく、再び盆栽へと視線を戻す。その悠然とした背中へ向けて、信行は吐き捨てるように

  • 暴走する愛情、彼は必死に離婚を引き止める   第570話

    執務デスクの前に由美が姿を現した。信行は冷ややかな視線を向けただけで、すぐに手元の書類へ目を落とし、作業を再開した。あからさまに歓迎されていないと分かっても、由美は気にする素振りも見せない。いつものように愛想の良い笑みを浮かべて声をかけた。「信行」企画書に目を通したまま、信行は一切応じない。無視された由美は、勝手にデスクの向かいの椅子を引いて腰を下ろした。ここでようやく、信行が口を開いた。「用件だけ言え」容赦のない物言いに由美の顔色が一瞬変わったが、すぐに笑みを取り繕う。「東央の件なんだけど、間に入って話をつけてくれないかしら?西脇社長ったら、本当に理不尽なの。彼が誤解している件なんて、私には全く関係ないのに。信行なら東央と提携しているし、西脇……」由美が言い終わるよりも早く、信行は手元の資料を机に放り投げた。顔を上げ、鋭い視線で射抜く。「自分で仕掛けたんだ、どんな結末になろうと甘受しろ。代償を払う覚悟もないくせに、火遊びなどするな」光雅と一言一句違わぬその指摘に、由美は即座に首を振った。「違うわ。あの件に私は一切関わっていない」頑なに非を認めない由美を、信行はただ静かに見据えた。しばらく沈黙が落ちた後、底冷えのする声で告げる。「しらばっくれて、何になると思っている?何年経っても、お前は少しも成長しないな」その一言に、由美は完全に言葉を失った。まさか信行までもが、少しも自分の味方をしてくれないなんて。成美という存在は、もはや彼の心の中でいささかの価値も持っていない。「成美」という切り札に縋っても、この局面は到底打開できない。成美が真琴のように、死の淵から蘇りでもしない限り。由美は信行の顔をじっと見つめ続け、やがて酷く疲れた声で口を開いた。「……あなたって、一度失ってみないと大事さに気づけないの?だとしたら、もし成美が生き返ったなら、あなたはようやく昔のことを思い出すのかしら。少しは私に情をかけてくれるわけ?」そんな戯言のような問いかけに対し、信行は氷のように冷たい視線を向けるだけで、一言も発しようとはしなかった。その冷ややかな態度を見て、由美は苦々しく笑みをこぼした。「そんな目で見ないでちょうだい。私はただ、あなたの本心を推し量ってみただけよ」そう言い

  • 暴走する愛情、彼は必死に離婚を引き止める   第569話

    由美が本当に欲しているのは、もっと確かな、もっと上の何かだ。やがてエレベーターが1階に到着し、扉が開いた。由美がロビーへ足を踏み出したその瞬間、外のエントランスから入ってくる真琴の姿が目に飛び込んできた。真正面からの鉢合わせ。由美の足がピタリと止まり、真琴もそれに気づいて歩みを緩める。ワイドパンツのポケットに両手を突っ込んだまま、由美はゆっくりと真琴へ歩み寄った。そして、うっすらと笑みを浮かべて口を開く。「正直なところ、真琴ちゃんは本当にすごいと思うわ。ある意味、私も見習わなくちゃいけないと認めざるを得ないくらいにね」由美に話しかけられ、真琴も完全に足を止めた。口元に微かな笑みをたたえ、淡々と返す。「どういう意味でしょう」どこまでも飄々とした真琴の態度は、由美の胸でくすぶる嫉妬の炎に油を注いだ。何にも執着せず、何も欲しがらないような顔をしておきながら、最終的にはすべてをかっさらっていく。その余裕がどうしようもなく憎かった。真琴の目を真っ直ぐに見据え、由美は沸き上がる感情を必死に押さえつけながら笑ってみせた。「最初は信行と結婚して、次は五十嵐事務局長に取り入って。そして今は、西脇社長があなたのために必死になって後ろ盾になっている……真琴ちゃん、自分の出自を考えれば、少々やり手すぎるとは思わない?」悪意に満ちた憶測をぶつけられても、真琴は顔色一つ変えない。ただ、一言だけ短く返した。「運がいいんです」そのあっけらかんとした返しに、由美の顔色が見るに耐えないほど歪む。これ以上、彼女と言葉を交わす気にもなれず、真琴は話を切り上げた。「内海さんも、まだ処理すべき案件がたくさんおありでしょう。お邪魔しては悪いので、これで失礼します」そう言って立ち去りかけ、ふと思い出したように付け加える。「ああ、そういえば……あなたが発表したあの論文、私が原本と初期のデータ資料を持っているんです。もしご興味があるなら、お見せしても構いませんよ」「論文」という単語が出た瞬間、由美は弾かれたように顔を上げ、真琴を凝視した。その顔色は先ほどよりもさらに暗く、どす黒く沈んでいる。どうしてこの女が、原本とデータを持っているの?だって、あれは確かに……!目まぐるしく変わる由美の表情を眺めながら、真琴はあくまで穏やか

  • 暴走する愛情、彼は必死に離婚を引き止める   第568話

    由美の問いかけに、光雅は背もたれに深く寄りかかり、気怠げな視線を向けた。「内海さん。自分で仕掛けたんだ、結果は甘んじて受け入れろよ。その程度の覚悟で火遊びをしてちゃ、つまらないだろう」意に介さない光雅の態度に、由美の顔色が一瞬だけ沈む。だが、すぐにいつもの笑みを取り繕い、余裕めいた口調で返した。「何をおっしゃっているのか私にはよく分かりませんわ。それに、何か決定的な証拠でもお持ちなのですか?」実際、光雅の手元に直接的な証拠などないはずだ。あの件に関して、彼女自身が直接手を下したわけではないのだから。ゆえに今、ここで由美さえ認めなければ、彼女がやったことにはならない。無関係で通せる。徹底してしらばっくれ、決して非を認めようとしない由美を、光雅は椅子にもたれかかったまま静かに見つめ返した。視線が絡み合う。ただじっと見据えてくるその眼差しに耐えかね、由美が再び口を開きかけた、その時だった。光雅が冷酷な薄笑いを浮かべる。「俺が動くのに、証拠なんてものは必要ない。俺がお前だと言えば、お前なんだよ」証拠、だと?「西脇光雅」という存在そのものが絶対のルールだ。どう扱おうが、どう処分を下そうが、すべては彼の思い通りに決まる。峰亜や内海家が束になったところで、彼に太刀打ちできるはずがない。傲岸不遜な光雅の言い草に、由美の顔からすっと表情が抜け落ちた。光雅と直接対峙するにあたり、彼女は致命的な思い違いをしていた。この男は、決して道理の通じるような真っ当な善人ではないという事実を、完全に失念していた。しばらく光雅の顔を凝視したあと、由美はどうにか引きつった唇を吊り上げ、声を作った。「峰亜のプロジェクトも、すでにいくつか潰していただいたでしょう。そろそろ溜飲を下げて、矛を収めてはいただけませんか」弱気を見せた由美に、光雅は鼻で笑った。「まだ始まったばかりだろう。自分から手を出しておいて、いざやり返される段になったら逃げ出す気か」その容赦のない追及に、由美はついに芝居を続ける余裕すら失い、顔色をどす黒く沈ませた。先日、新型チップが市場に出回り、峰亜はようやく息を吹き返したところだった。それなのに、ここへきてまたしても光雅が容赦なく横槍を入れてきた。由美はじっと光雅を見つめ返し、やが

  • 暴走する愛情、彼は必死に離婚を引き止める   第567話

    手元の仕事を切り上げ、信行は技術部へと足を運んだ。入り口にたどり着くやいなや、ホストコンピューターの前に座り込んでシステム調整を行う真琴の姿が目に飛び込んでくる。周囲には数名の技術員が群がり、熱心に彼女の作業を見学していた。ズボンのポケットに両手を突っ込んだまま、信行は遠巻きに真琴を見つめる。その姿に、一瞬で目を奪われてしまった。技術員たちが真剣な眼差しで教えを乞う姿も相まってか、信行には真琴自身がまばゆい光を放っているようにすら思える。邪魔をする気にはなれず、ただ静かに入り口に佇んだ。ひたむきに仕事と向き合う彼女は、ひときわ輝いていた。一通りシステムの調整を終えると、真琴は傍らに立つ技術員たちへ顔を向けた。「おそらく操作ミスによるシステム障害ですね。今はもう復旧しているので、次からは気をつけてください」興衆実業が本格的にシステム開発やAI研究へ参入したのはここ数年のこととはいえ、企業としての総合的な技術力は極めて高い。今日起きたような初歩的なミスは本来あり得ないし、起こるはずもない。それでも、背後に立つ技術員たちが大真面目な顔で学ぼうとしている手前、真琴もきつい言葉はかけられない。ただ注意を促すに留めた。「ありがとうございます、西脇博士。今後は十分に注意します」「ありがとうございました。今日も博士から多くを学ばせていただきました」「本当にありがとうございます」真琴の言葉に、技術員たちは口々に感謝を述べる。それを受け、真琴はゆっくりと立ち上がった。穏やかな声で告げる。「他に用事がないようでしたら、私はこれで戻りますね」そう言って手提げ鞄を取り、肩に掛ける。まさにその場を立ち去ろうとした瞬間、背後から声が飛んできた。「社長」「社長」「社長」社員たちの声に反応し、真琴は鞄を肩に掛けたまま、焦ることもなくゆっくりと振り返った。そこには、信行の姿があった。男の真っ直ぐな視線が、真琴を射抜いている。視線が絡み合う。信行はポケットに両手を突っ込んだまま、周囲の空気を圧するような堂々とした足取りで歩み寄り、笑みを浮かべて声をかけた。「西脇博士」どこか上機嫌な信行の様子と、こちらを直視する眼差し。真琴はあっさりと視線を外し、彼を完全に無視した。推測が正しけ

  • 暴走する愛情、彼は必死に離婚を引き止める   第566話

    どこまでも冷淡な信行の態度を前にしても、渚は落ち着き払っていた。向かいの椅子を引いて優雅に腰を下ろすと、静かに口を開く。「お互い大人なのですから、何かあるなら直接お会いして、はっきり話し合ったほうがいいと思ったんです」その物言いを聞いて、信行は心底くだらないと感じた。いい大人の間で、わざわざ言葉にして白黒つけなければならないことなどあるものか。語りたがらないこと、そして沈黙を貫くこと。それ自体が立派な拒絶のサインだ。そもそも、この間の電話で十分に事情は説明したはずだ。だから信行は顔を上げることもせず、手元の書類に視線を落としたまま冷徹に言い放った。「言うべきことはすでに伝えたはずだが。俺の意思はあれが全てだ」どこまでも取り付く島もない信行の態度に、渚の顔に微かな気まずさがよぎる。これまでの人生、彼女は常に男たちから追いかけられ、機嫌を取られる側の人間だった。自分から身を低くしてまで異性に尽くそうとしたのは、今回が初めての経験だ。とはいえ、相手は他でもない信行だ。じっと身動きもせず、渚はしばらく信行の顔を見つめていた。やがてふっと笑みを浮かべて問いかける。「信行さん。私、何か至らないところがありましたか?それとも、何かお気に障るようなことをしてしまったんでしょうか」どこまでも穏やかな彼女の声音に、信行はついに手元の作業を止めた。顔を上げ、渚の目を真っ直ぐに見据えて、真摯に告げる。「いや、君に落ち度はない。ただ、俺が君を好きじゃない。それだけのことだ」渚が何か言い返すよりも早く、信行はさらに言葉を重ねた。「俺なりに試してみたし、努力もした。だが、これ以上君の時間を無駄にさせる義理もないからな」まだ正式に付き合っているわけでもない。だからこそ、ここまではっきり告げるのは、信行なりの誠意であり責任の取り方でもあった。信行を直視しながら、渚はみるみるうちに顔色を変えた。しばらく信行を見つめてから、渚は絞り出すように問いかけた。「……前の奥様の、真琴さんが原因ですか?まだ、彼女のことが忘れられないんですね」厳密に言えば、今の渚と信行の関係性において、彼女にそこまで踏み込んで問い詰める権利はない。だが、どうしても聞かずにはいられなかった。渚の追及にも、信行はあっさりと事実を

More Chapters
Explore and read good novels for free
Free access to a vast number of good novels on GoodNovel app. Download the books you like and read anywhere & anytime.
Read books for free on the app
SCAN CODE TO READ ON APP
DMCA.com Protection Status