LOGIN「鈴夏、その病人みたいなメイクにいくら金をつぎ込んだんだ。あれほどリアルに仕上げるには、相当かかっただろう」柚乃に目を向けると、光也の胸が苛立ちと痛みに苛まれた。こんなに小さな子なのに、体中を傷だらけにさせて。「自分がどんな子育てをしているか、まともな目で現実を見てみろ。これだけ高い熱を出させて。子どもの手を見てみろ。包丁の深い切り傷に、火傷の水ぶくれ……どういうことだ!鈴野製薬の研究機密を奪うことに頭を使う暇があるなら、なぜ自分の子どもの面倒を見ない!ちゃんと育てられないなら、なぜ産んだんだ。産んだからには、まともに育てる義務があるだろう」もう、光也には一言も説明したくなかった。それでも、自分がいつ本当に死ぬかわからない。その後に柚乃の世話をする人がいなくなることが、何よりも恐ろしかった。あらゆる痛みを胸の奥に押し込め、静かに言葉を紡いだ。「小野寺さん、私は演じてなんていません。全部、本当のことです。柚乃が病気になって怪我をしたのは、私がちゃんと母親をできなかったから。でも、どうしようもない事情があったんです。あなたが認めてくれないなら、里親を探すしかない。里親の家に引き取られる前に、一人でご飯が作れるように、家事ができるように、誰かに寝かしつけてもらわなくても一人で眠れるように……そうやって覚えさせるしかなかったんです。私のことは、信じてくれなくていい。でも、もし私が死ぬ前に柚乃の里親が見つからなかった時、どうかこの子のためだけでいいので、もう一度親子鑑定を受けてもらえませんか」他に手立てがあれば、こんな男に何度も頭を下げたりしない。顔も見たくない相手なのに。言えることは、もうこれだけだった。ぼろぼろになった体を引きずって椅子に座り直し、柚乃の熱い頬にそっと触れた。背後で、光也の冷たい声が続いた。「鈴夏、鈴野製薬の研究機密を手に入れるためなら、何だってやるんだな。万が一本当に癌になったとしても、研究室で開発中の特効薬が完成したとしても、お前には絶対に使わせない」一言一言に、呪いのような憎悪が滲んでいた。言いたいことを言い放った光也だったが、胸のつかえは少しも下りなかった。その時、ベッドの柚乃が目を覚ましたようだった。熱に浮かされた声で二度ほど「ママ」と呟き、ゆっくりと重い瞼を開いた。本当に、
電話口で相手が口を開いた瞬間、光也だとわかった。責め立てる声には、深い嫌悪が滲んでいた。鈴夏は点滴の針を乱暴に引き抜き、ベッドから飛び起きた。ふらつく足で廊下へ駆け出しながら、スマートフォンに向かって必死に問い詰めた。「小野寺さん、柚乃は一緒にいますか?柚乃はどうしたんですか?今どこにいますか、すぐに行きます」様子を見ていた看護師が、ふらつく鈴夏の背中に鋭い声を飛ばした。「ちょっと、どこへ行くんですか!まだ動いちゃ駄目です。血が出てますよ!」無理に針を抜いた手から、血が床へ滴り落ちていたが、鈴夏の耳には何も届いていなかった。園からの度重なる着信は、柚乃に何かあったことを知らせるものだった。よりによって、スーパーで倒れてしまうとは。今も熱で頭がぼうっとしており、足元は宙を歩いているように頼りなかった。柚乃の入園書類の父親の欄には、あえて光也の名前を書いておいた。自分がいつ突然どうなるかわからなかったためだ。道の途中で倒れるかもしれないし、家で倒れるかもしれない。その時に誰も柚乃を迎えに行けなかったら困るから。それに、光也ならきっと柚乃を認めてくれると、そう信じていたから。連絡がつかない園側が、光也に電話したのだろう。ふらつきながら走り、焦燥に駆られて訊ねた。「小野寺さん、柚乃はどんな状態ですか?お願い、一言だけでも教えてもらえませんか?」「鈴夏、よくそんなことが言えるな。母親のくせに、自分の子どもがどうなっているかも知らないのか!そんな無責任な人間に、よく子どもが産めたものだ」電話越しの光也の声は、激しい非難と嫌悪に満ちていた。他の誰に何を言われても構わない。でも、光也にだけは言われたくなかった。全力で走って柚乃の病室に飛び込むと、火のように熱いおでこにそっと触れた。「柚乃、ごめんね。ちゃんと面倒を見てあげられなくて……」傍らに立つ光也が、冷ややかに鼻を鳴らした。「あんな下劣な裏工作に時間を費やして、自分の子どもを見る暇もないのか。お前のどこが母親だと言うんだ」もう光也の顔は見たくなかった。この冷酷で容赦のない声も、聞きたくなかった。それでも涙を乱暴に拭い、ベッドの傍らから立ち上がって光也へと向き直った。血の滲む手を上げて見せながら、必死に弁解した。「私も病気で、さっきまでこの病院に入
結局、柚乃が不格好な野菜炒めを一皿仕上げた頃には、小さな手に痛々しい火傷の水ぶくれができていた。テーブルに並んだのは二皿だった。焦げて黒ずんだ柚乃の炒め物と、鈴夏が作った色も香りも味も申し分ない肉じゃがだ。「柚乃、ご飯にしよう」肉じゃがは柚乃の大好物で、特にママが作ったものが世界で一番好きだった。最初の一口、迷わず肉じゃがへ箸を伸ばした。しかしその瞬間、鈴夏にピシャリと箸を持った手を叩かれた。「野菜炒めが上手に作れるようになるまで、ママの肉じゃがは食べられないわ」柚乃は、たちまち泣きそうになった。長い睫毛がぐっしょりと濡れ、今にも大きな涙がこぼれ落ちそうだった。鈴夏はあえて厳しく言った。「泣かない。自分で炒めた焦げた炒め物を食べなさい」自分は酢豚を口に運びながら、冷たい言葉を紡ぎ続ける。「今日から覚えておくこと。食べたいものは、自分で作れるようにならないといけないの。ほしいものは、自分の努力で手に入れるものだわ。誰も無条件であなたの願いを叶えたり、助けたりしてくれないのよ」黙々と白米を口に運びながら、鈴夏はずっと目の端で、柚乃の傷ついた小さな手を追っていた。包丁の切り傷と、火傷の水ぶくれ。胸が痛くて、直視できなかった。その夜、柚乃は焦げて苦くなった炒め物を食べながら、どうして優しいママが急にこんなに厳しくなってしまったのか、わからなかった。眠る時間になって、柚乃は悲しみを胸の奥に押し込んで、切ない目でそっと鈴夏を見た。「ママ、抱っこしてもらいながら寝てもいい?……一人じゃ、怖いの」鈴夏は冷たく言った。「柚乃、ママの新しいルールの二つ目。これからは一人で寝ること。寝かしつけてもらうのはなし」それだけ言って寝室の電気を消し、外のリビングへと出た。冷たいソファに毛布を一枚敷いて横になる。夜中の十二時を過ぎた。そっと寝室に忍び込んで、小さく丸まって眠っている柚乃を見た。身を引き裂かれるような罪悪感に苛まれた。柚乃を抱き上げて、鈴夏は声を殺してひどく嗚咽した。「柚乃……ごめんね……ママは、ちゃんとしたママじゃなかった。ずっと一緒に大きくなっていけなくて、ごめんね……うぅ……っ、これからの道は……あなた一人で歩いていかなきゃならないのっ」その夜、鈴夏はほとんど眠ることができなかった。
泰弘が、拳を握った滉一の腕を掴んだ。「滉一、もういい。あいつはお前の妹だ」……井山家の執事に案内されて、鈴夏は裏庭へ柚乃を探しに行った。執事は上田(うえだ)という。昔は「上田おじさん」と呼んで慕っていた。白髪で、背が高く細く、頬に長い傷跡がある。見た目は怖そうだが、本当はとても穏やかで優しい人だ。鈴夏の隣を歩きながら、上田は何度も重いため息をついた。「鈴夏ちゃん、そんなに悲しまないでください。あなたのお父さんもお兄さんも、確かに愚かだった。あなたのお母さんは濡れ衣を着せられたんだと、ずっとそう思ってきました。あなただってそうです。でも証拠がなくて……私に力があれば、鈴夏ちゃんを守れたのに。お母さんが亡くなる前に、あなたのことを私に頼んでいかれたのに。鈴夏ちゃん、本当に申し訳ない」鈴夏は深く感謝した。「ありがとうございます。自分のことは自分でどうにかしますから。どうか心配しないでください」時間さえあれば、母の濡れ衣も晴らしてやりたかった。でも今の自分には自分を守る力もなく、娘の行く末すら決められていない。今できる、一番大切なことだけを考えなければならないのだ。その時、裏庭の温室では、実奈と千恵美が柚乃の相手をしていた。鈴夏が近づくと、実奈がお菓子の箱を手に立ち上がった。「お姉ちゃん!」鈴夏は柚乃を無言で抱き上げた。「私は、あなたのお姉ちゃんじゃない」実奈は優しげな声で続けた。「お姉ちゃん、光也を訪ねたこと、私は恨んでないよ。だって……」聞きたくなかった。鈴夏はきっぱりと遮った。「実奈、光也の言葉を借りて言うよ。人の目は誤魔化せても、天は見ているわ。悪いことをしていれば、必ず報いが来る」隣の千恵美が不機嫌に口を挟もうとした。「なんて口の利き方を……」実奈が千恵美を引き止めた。「お母さん、もういいわ」鈴夏母子が遠ざかり、完全に見えなくなってから、実奈はそっと周りを確認した。「お母さん、さっきの鈴夏の目、見た?もしかして、私たちの秘密に気づいてる?」千恵美はしばらく考えてから、揺るぎない声で言った。「ありえないわ。完璧にやってきたもの。誰にも知られるはずがない。今や、あなたが井山家の正真正銘のお嬢様よ。大人しくしていれば、あなたの望みはすぐにすべて叶うわ」……鈴夏にはわかっていた。もう光也に
そうであれば、母が濡れ衣を着せられたという疑いは、確信へと変わった。この世界で鈴夏が本当に大切にしている人間は、二人だけだ。母の朋世と、娘の柚乃。実奈は千恵美が産んだ子だ。でも滉一は、母から生まれた本当の兄ではないか。なのに、どうして自分の母親をそこまで貶めることができるのか。「もう一度お母さんの悪口を言ったら、私、絶対に許さないから」滉一は激しい怒りで言い返した。「あんな恥知らずなことをして……俺だって、息子として情けなくて……」パシッ。乾いた音が響いた。鈴夏は渾身の力で、滉一の頬を打った。息をするのも辛いほど弱り切った体で、それでも滉一を激しく睨みつけた。「あなたは……お母さんの息子と呼ばれる資格がない。人の心がないの!」パシッ。乾いた音が響き、滉一の掌が、容赦なく彼女の頬を跳ね上げた。その重い一撃で、鈴夏は床に崩れ落ちた。「鈴夏、俺がいつまでも我慢すると思うなよ!自ら破滅の道を歩み、みんなの好意を踏みにじるのは勝手にしろ。だがな、実奈を傷つけることだけは絶対に許さない。実奈と光也くんは五月に結婚するんだ。そこへのこのこ戻ってきて、余命いくばくもないだの、娘を頼むだの、どこまでかき回せば気が済むんだ。鈴野製薬の機密を手に入れられなかったら、死んでも構わないとでも言うのか!どうして昔一番お前を愛してくれた人たちを、こうも傷つけ続けるんだ」打ち据えた後、滉一は固く拳を握り締めた。これ以上手を出すのを、必死に堪えたのだ。彼女の体が、もう受け止めきれないほど弱っているのがわかったから。かつてこの世で一番可愛がった、大切な妹だ。こんな無惨な姿にしたくはなかった。でも、打たれて当然だと思っていた。滉一にとって、鈴夏は父の違う妹であり、実奈は母の違う妹だ。それでも彼にとっては、二人とも妹だ。今の滉一は、ただ実奈を守りたかった。歯を食いしばって言った。「いいか、実奈はもうすぐ結婚する。これ以上二人の仲を邪魔しようとするなら、俺はもう容赦はしない」茶台の前で一人お茶を点てていた泰弘が、音を立てて湯呑みを置いた。長い沈黙の後、重い口を開く。「鈴夏、滉一の言葉は、俺からの警告でもある。実奈と光也のことに口を出すな。鈴野製薬の研究機密にも近づくな。次に同じことが起きれば、二年の服役では済まな
「鈴夏、兄を認めないのはともかく、父さんまで認めないというのか。二十年以上、父さんはお前を掌中の珠のように大切にしてきた。母さんがよその男との間に作った子だとわかってからも、父さんはお前を井山家に置いてずっと可愛がってきたんだ。なのに、どうして父さんと呼べないんだ。だから光也くんにも見放されるんだ。癌だなんて嘘をついて人を騙して、それで天罰が怖くないのか。万が一のことがあったらどうするつもりだ」鈴夏を中に連れてきた滉一が、リビングに立って責め立てるように彼女を見下ろしていた。自分たちが可愛がり損ねたという悔しさが、滉一の腹の底にはあった。「鈴夏、早くお父さんって呼べ!」ソファに座っていた泰弘が、深くため息をついた。「滉一、もういい。鈴夏はこの何年も外で苦労してきた。心に荒んだものが残っていても無理はない。俺は、とがめたりはしない」滉一は、妹がこれほど道を踏み外しているのを見ていられなかった。どうにかして正しい道に引き戻してやりたかったのだ。厳しい声が、再びリビングに響いた。「鈴夏、父さんがどれだけお前を大切にしてきたか、自分で胸に手を当てて考えてみろ。祖父母は昔気質の人間で、父さんに再婚しろと言い続けていた。それに息子が俺一人しかいないんだから、跡継ぎを増やせとも言われていた。でも父さんは、後妻がお前に冷たくするのを恐れて、二十年以上再婚せず、男手一つでお前を育て、会社の仕事も小野寺家に任せきりにして、毎日お前のそばにいたんだぞ。そのせいで、じいちゃんばあちゃんがどれだけ騒いだか、わかるか?お前のことを厄介者と罵って、父さんはそれをかばってじいちゃんたちと揉めて、親不孝者とまで言われた。それはお前もよく知っているはずだ。母さんの不貞が露見した時も、さらに揉めて、それでもお前への愛情は少しも変わらなかった。それでもお前は、良心を失ってしまったのか」滉一は、本当なら鈴夏を何度も叩いてやりたかった。でも、これほど痩せ細った無惨な姿を見て、なんとか怒りをこらえた。滉一の言葉を聞きながら、鈴夏の中に遠い記憶が蘇ってきた。そうだ。泰弘はかつて確かに、鈴夏を空の上まで持ち上げるように溺愛した。祖父母は頑固な人間で、鈴夏が井山家の血でないと発覚してからは、泰弘と何度も激しくやり合った。それでも泰弘は、鈴夏を守り続けたの