LOGIN◇◇◇◇◇◇◇◇第十二話◇◇◇◇◇◇◇◇
商会の中は思った以上にスッキリとしている。目の前に待っていたのは受付だった。そこにはスーツに似たものを着ている受付嬢が待ちかねている。 「ようこそ。ファウスト商会へ」 あたしを見てニッコリと微笑みを零す受付嬢はファウストと視線が合った。会長の客人と理解した受付嬢はペコリと丁寧にお辞儀をする。その姿を見て、満足そうに笑顔を向けていく。ファウスト商会は接客の質を向上させる為に、徹底的な指導を導入しているようだった。左奥には用品の搬入口があり、そこから業者が商品を下ろしている。 対応している従業員は作られた笑顔を相手に向けると、軽やかな身のこなしで自分の仕事を進めていった。 異世界と言ってもあたしのいた世界と何ら変わりない日常がそこにはある。ここでも皆生きる為に生活をしている。ファウスト商会は得にーー 「業者の方、結構いるんですね」 「お陰様で、皆さんの尽力があったからこそ今のファウスト商会がありますから」 ファウストは今までを思い出すように彼らを見つめている。ここまで大きな商会にするのは簡単な事ではない。それは何の知識もないあたしにも分かるほどだった。 「ファウスト商会は元々小さな商会の一つだったんだ。ここまで大きくなったのはファウストが頑張ったからだよ。勿論、ここの皆もね」 「そうだったんだ……凄いね」 「ああ。ファウストは僕の友人の中でも努力家の人だからね」 ダーシャはまるで自分の事のように嬉しそうに語っていた。ファウストの様子を伺うと、モゴモゴと恥ずかしそうにしている。あたしの前ではファウストを褒め続けているけど、どうやら彼本人に直接言う事は殆どないと見える。接客用の表情が崩れていくと、そこにはダーシャが大切に思っている彼の本当の姿が見えていた。 「……普段、褒めない癖に、こういう時だけいっちょ前な」 「ん? 何か言ったかい?」 あたしがいるのに、プライベートな顔を見せたファウストに向けた瞳がギラついている。ダーシャは言葉では口に出さないが、笑顔の裏に見せる圧力が顔を覗き込んでいる。気のせいかもしれないと何度も言い聞かせてきたけど、ここまではっきり表情に出ている。 自分の妻に粗相をしないようにな、と忠告をしているような…… コ゚ホンと咳を二回吐くと、気を取り直して商会の説明に入っていく。あたし達の為に用意された部屋へ辿り着くのはいつになる事だろうか。 ◇◇◇◇◇◇◇◇第十三話◇◇◇◇◇◇◇◇ 最低限の説明を終えたファウストは、仕事の事で呼ばれてしまった。商会の事はなんとなく分かってきたけど、それでも確実ではない。ダーシャの願い通りに行動するつもりはなかったはずなのに、いつの間にか受け入れている自分がいた。 ダーシャからちょこちょことサポートするような説明を入れてくれたから、より受け入れやすかったのかもしれない。ファウスト商会はライカの街を中心に勢力を伸ばしていると勘違いをしていた。それよりももっと大きい。 ここの商会がまさかこの国を取りまとめている大元とはーー 異世界って言ったら国王とか王子様とかいるイメージなのにこの世界には存在しない。そこを埋める為に四つの商業国を取りまとめる存在があった。ウスト、ルボルダ、ムギダリ、ペリア。この四カ国を纏めて付けられた名称を『ヘイべス』と呼ばれている。全ての実権を握り、人々の暮らしさえも管理出来る存在、それが商業国家ヘイベスの正体だった。 あたしの横でまったりとお茶を嗜んでいる人がこの世界の頂点にいる人物だった。その事実を知らされると、どう接していいのか分からず、声が裏返ってしまう。 「本当に、サリアは分かりやすいなぁ」 「何がですかぁ?」 急に声をかけてくるから語尾が上がってしまった。変な喋り方に顔が赤くなっていく。ダーシャから見るあたしはどんなふうに見えているのか気になっていく。 「そんなに緊張しないで欲しいな。どんな立場でも僕達は対等だろう? 上下関係を感じてほしくないんだ。それに僕はそんな大した人間ではないからね」 「……対等、なのかな?」 「僕はそう思ってるんだけど、サリアは違うの?」 キョトンとした表情で見つめてうる姿は小動物のように愛らしい。ここまであたしをエスコートしてきた彼とは別人のように思えてくる。あたしの返答を待っている間、二人の間には不思議な空気が流れていく。 微かに香る懐かしさがあたしの隠された記憶を呼び覚まそうとしているーー ◇◇◇◇◇◇◇◇第十四話◇◇◇◇◇◇◇◇ 「僕達には上下はいらない。必要なのは同じ目線で世界を見る事だ」 一人の少年が崖から伸びる世界を見つめながら、決め事を口にした。そんなあたしは何も分からず、知らない光景に怯える事しか出来ないでいる。振り向く事もしなかった彼は、何の反応もないあたしの心を解すように、太陽の微笑みを贈る為に、くるりと振り向く。 「……あたしにはよく分からないよ。何を言っているのか」 「ふふ。いいんだよ、今は分からなくても、まだ今はね」 差し伸ばされた彼の手はあたしの心に向かって伸びてくる。彼の存在は光そのものだった。その眩しい姿にくらくらと目眩がしてしまいそうになってしまう。必死の、攻防で振り切ると、迷う事なくぴったりと重ねていった。 「サンザ・ナムル・リーガ」 呪文を唱えた少年の手のひらから光が溢れてくる。何が起きているのかついていけないあたしはただただその美しさに飲み込まれていく。彼がその光に一つ「ふう」と息を吹きかけると、徐々に光は小さくなり、最後には消えていった。 光の変わりに何かの感触を感じる。固くて平面でツルツルしていて……なんだろうと見下ろすと、そこに現れたのは一つの手鏡だった。 「……綺麗」 「君にプレゼント。受け取ってくれる?」 「いいの?」 「勿論だよ」 突然のプレゼントに目を輝かせながら嬉しそうに笑顔を零していく姿を見て、彼の心は安心と愛情に満ちていく。幼い二人の間には切っても切れない縁が存在している。その事実を知っているからこそ、魔法の手鏡をあたしに渡したのかもしれない。 この時の少女は大人になった時に始まる恋の物語を知らずに、この世界の住人として生きていた……確かに。◇◇◇◇◇◇◇◇第二十九話◇◇◇◇◇◇◇◇ サリアを世界追放してから事実をダーシャに知られてしまったヒエンは自由を失った。あの世界で存在していたはずなのに、沈めば沈むほど綻びていく。どちらかしか選ばれない。そんな現実を受け入れられる訳がなかった。 「最低ね、私」 輝いていた二人の背中が遠くなっていく。ヒエンはダーシャを愛していたが、それ以上にサリアを愛していた。その事に気付く事になるなんて、どれほど自分は愚かなのだろうと口にしていく。 今までの感情を吐き出すように、沢山の言葉を重ねていった。誰にも届く訳がないのに、それでも彼女は語る事しか出来ない。 鏡の女神ーーその存在を知って以来、ヒエンの中で知らない自分が生まれていた。もう一人の彼女は本来のヒエンとは別人のように感情を荒ぶっていく。抑えれる所まで我慢していたヒエンは、痛みと呪詛に苦しみながら、綺麗な涙を流して呟いた。 「サ……リア」 同じ人を愛した。 二人が相思相愛だった事を理解しているはずなのに 止める事が出来なかったーー 空間の一部となって揺れていく彼女の行き着く先は誰にも分からない。 ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー 空から降ってくる声はあたしを呼んでいる。その声はずっとあたし見守ってくれていた存在、姉のヒエンの声だった。昔のように優しく語りかけてくるような声に涙が溢れていく。自分が知らない所で彼女は何を想い、何を隠したのだろう。 あたしはヒエの声の洗礼を受けるように両手を天井に掲げていく。すると祝福するように流れ星が天井を突き破り、あたしの体へと注がれていった。 物体化されていない星屑達は、まるで映像
◇◇◇◇◇◇◇◇第二十七話◇◇◇◇◇◇◇◇ 二人の様子を伺っていたファウストは声をかけるタイミングを逃していた。気楽に話しかけられる雰囲気ではない。頭を抱えながらも、ゆっくりと近づいていく。 時間が止まったまま動かない二人に声をかける。彼の言葉で現実に戻ってきた実感が湧いてきたあたしは急に立ち上がった。 「ごめんなさい」 急にファウストに向かって謝る。状況が掴めないファウストはただただ唖然としていた。そんな彼に手をかけ、耳元で囁きかけてくるダーシャ。気を抜いていた彼は「ひゃぁ」と可愛らしい声を漏らしながら、跳ねた。 「耳元で話しかけてくるなよ」 「悪い……」 「いいけど、それより顔色悪いぞ?」 「お前に頼みがある」 自分が動く事を前提で考えると、どうしてもファウストの力が必要になってくると判断した、ダーシャはあたしに聞かれないように小声で指示をしていく。ダーシャは何を言ったのだろうと眺めていると、真っ青にして震えそうになっているファウストの姿が目に映った。 「お前、それ」 「僕達は間違えたんだ、選択を」 「……伝達始動を使う」 「それがいいな」 伝達始動と言う言葉が聞こえてきた。それが何を意味するのかを把握出来ないあたしは、二人の会話に混ざろうと問いかけていく。 「伝達始動って何?」 「緊急の時に使う通信の事さ。詳しい事はダーシャから聞いた。ミレニア鉱石の正体も」 「……」 「辛かったな、サリア」 口調が変わっている事に気づかない程、焦っている。二人の会話を聞いていたダーシャは言いたい気持ちを
◇◇◇◇◇◇◇◇第二十四話◇◇◇◇◇◇◇◇溶けていく記憶は大切な宝物だった。本来ならサリアがダーシャの隣にいたはずなのに、目の前にあるのは溶けていく世界。涙が溢れて止まらない。ポンとヒエンに突き落とされた時空の溝に飲み込まれていった。右のポケットにダーシャから渡された手鏡が光り続けている。本物の女神はここにいると示すようにーーーーーーーーーーーーーーーーーー全てを思い出したあたしは悲しくて、悲しくて泣いている。そんなあたしを見つけたダーシャが駆けてくる。地べたに座り、手で顔を覆っているサリアを見ている。その姿はまるであの時のようで、自分の手の中から溢れていくんじゃないかと不安が押し寄せてきた。悪夢から助けるようにあたしを抱きしめるダーシャ。その姿をファウストが見つめていた。「大丈夫だ、サリア。僕がいる」「うう……」「何があった?」「……出した」「ん?」「思い出したの、全て」引き裂かれてしまったあたし達の姿を、ヒエンのしてしまった罪を、そして全てを見ていた手鏡の存在を。「すまない、僕のせいだ」「……知っていたの? もしかして」「……」違和感を感じていたダーシャはヒエンが隠している魔導書を見つけてしまった。鏡の女神は鏡に反応する、その記述を読んで、本当に女神なのかを確認したのだ。ここでもし反応がなかったら、魔導書が何かしら要因を持っていると過程していた。「手鏡が必要なのか……そういえばあったはず」ゴソゴソと探しているがなかなか見つからない。元々はサリアに渡すものだった手鏡。それをヒエンに渡すなんて考えたくない。それでも確かめる為にはあの手鏡が必要だった。この世界で手鏡は女神の写しと言われている。女神以外の女性が手にする事は出来ない仕組みになっていた。ダーシャはこの日の為に、サリアが女神と信じて
◇◇◇◇◇◇◇◇第二十一話◇◇◇◇◇◇◇◇真っ白なドレスを着ている彼女はどこからどう見てもあたしの母と同じ姿をしていた。ふんわりとした微笑みを向ける彼女は、空中に浮いたようにあたしの前に現れた。距離があったはずなのに、あっという間に距離が詰められた。「私は鏡の女王クラベリー。私の力を使い貴女はこの世界に戻ってきたのです」「鏡の女王……力を使ったって」「先程も言ったでしょう? 彼は貴女をどうしても戻したかった、この世界に」「……彼?」「ふふふ。ダーシャ以外いないでしょう?」クラベリーはダーシャの名前を告げると、何が楽しいのか笑っている。その光景を見て、恐怖を感じてしまうあたしはただただ立ち尽す事しか出来なかった。彼女は右手を開くと支えるような格好をする。その瞬間隠れていた星屑達が彼女の手のひらの上に降り注ぐと、一つの集合体に変化していった。物体として姿を現したその姿は、ファウスト商会で触れてしまったミレニア鉱石そのものだった。「人々はこれをミレニア鉱石と呼んでいます。これは鉱石なんかではありません。この物体の名前は『クラピア』この世界を支える力の源と言ってもよいでしょう。本来なら人の手に渡る事はありませんが、貴女を召喚させた事により浮き上がってしまったのです」「力の源……」「そう。クラピアは奥深くに眠る創造の力を持っています。土台でしっかりとこの世界を支えていた……クラピアが物体として人々の前に現れる現象を『崩壊証明』と呼んでいます。前にこの現象が起こったのは十年前でした。クラピカを元の場所へ戻し、世界の崩壊を回避させる為に、一つの追放を行ったのです」十年前と聞いてドキリとしてしまう。ヒエンが口にしていたこの世界で生きていたサリアがいなくなった時期と重なっていた。これは偶然なのだろうか。嫌な予感に包まれたあたしの心が震えている。その震えは全身に巡り、クラベリーの前に現れて行った。「一度追放された者はその世界の記憶を保有する事が出来ない、そう定められています。
◇◇◇◇◇◇◇◇第十八話◇◇◇◇◇◇◇◇吸い込まれていったあたしが辿り着いたのは銀河の中だった。ファウスト商会にいたはずなのに、ここは全くの違う世界に見える。真っ黒な夜空に埋め尽くされて完成された世界。上からは透明な光が流れ星のように落ちてくる。ぶつかりそうになったあたしは、自分の体を守る体制に入り、ギュッと目を瞑った。「来ましたね、我が意志を受け継ぐ者よ」「ん?」聞こえてくる声はおっとりとしていて、癒やされてしまう雰囲気を漂わせている。大量の隕石が降ってきたはずなのに、痛みも何もない。声の正体と現状を確かめるように瞼を開いた。銀河の中にいたはずなのに、いつの間にか真っ黒の部屋に移動していた。そしてその中心に存在を示すように飾られてある大きな鏡がこちらを向いている。「貴女の名前は伊藤サリアですね。ようこそサリア鏡の世界へ」声がこの世界を示す言葉を並べると、彼女の言葉に揺られるように、真っ黒な部屋は光を灯し、本来の姿を見せようとしていた。何が起こっているのか頭が追いつかない。ファウスト商会にダーシャと行く事になり、そこでファウストと交渉兼商談を開始した。ここまでははっきり覚えている。順を追って頭の中がパンクしないように記憶を辿っていく。「そうよ」触ってはいけないと忠告を受けたのに、何故だか呼ばれた気がして引き寄せられていた。気がついた時にはミレニア鉱石に素手で触れてしまったのだ。そこからの記憶は事切れたように、何も浮かんで来ない。あたしの言葉はこの世界を受け入れた言葉として認識されると、声の主は安心したように音を言葉に変換し、伝えていく。「手鏡に選ばれた女神ーーそれが貴女です、伊藤サリア」遠いようで近いような、安全なようで危険なような、なんとも言えない感覚に揺られながら、声の主を探し続けた。◇◇◇◇◇◇◇◇第十九話◇◇◇◇◇◇◇◇姿を消して
◇◇◇◇◇◇◇◇第十五話◇◇◇◇◇◇◇◇ファウスト商会に来たのはある商談を纏める為だった。ダーシャは四カ国を束ねている。別々の価値観の中で合致点を模索しながら各々の情報を一つの物事へと繋げていく。最近各国に出現したミレニア鉱石と呼ばれる鉱石の取り扱いについてだ。商品として一般に普及されていない新種の鉱石の為、取り扱いが限定されていた。四カ国の中で中心となる街を起点にミレニア鉱石の価値を上げていく計画を立てていた。何に加工して売り出すかを協議するため、どうしてもファウスト商会の力が必要だった。後三箇所の商会には交渉と商談を取りまとめる事が出来たが、この商会だけは受け入れる素振りがなかった。停滞していた流れを改善する為に、ファウスト商会の会長でもあり、友人でもあるファウストと話をするべきと考えていたようだ。蹴散らされると思っていたが、サリアを同行した事で、その素振りはなくなっていく。ファウスト商会に資金提供として後ろ盾で守っているのがインリンス家だった。商業国家ヘイベスとして成り立つ前にこの世界を支配していた家名でもあった。商業国家ヘイベスの元の名前はメイベスだ。ダーシャの曽祖父メイベス・ヘイベスの名前が使われている。祖父はインリンス家に目をつけ、2つの勢力を一つに纏める為にある少女と接触の機会を狙っていた。無理矢理、繋げようとしていた祖父の想いは違った意味で裏切られる事となる。何の縁があったのかダーシャとサリアは出会い、特別な想いを抱くようになったのだから。この世界に引き戻されたサリアとインリンス家のサリアは同一人物だ。その事を知っているのはダーシャのみ。ヒエンが見た瞬間サリアと呼んだのも、本人だから当然の結果だった。サリアの姿を見たファウストは時間が止まったように感じていた。何度か遠目で見た事はあったが、それは十年前の事になる。あの時と比べて成長した子供は綺麗な女性となり、再びファウストの前に姿を現したのだ。彼がサリアに見惚れていた事実をダーシャは知らない。長い付き合いの二人だからこそ気付かれると感じていたが、平静