Share

泣き虫サリア

last update Dernière mise à jour: 2025-10-19 01:03:43

◇◇◇◇◇◇◇◇第五話◇◇◇◇◇◇◇◇

風は星のように降り注ぎながら馬車は走り続いていく。あたしの心を置き去りにしてただ前へ前へと。あたしは男の子の影を追い続けていた。何か大切なものをなくしたようにぽっかり心に穴を開けて。正直ヒエンの事もダーシャの事も、何も覚えていない。10年前にいなくなった子と似ているから、勘違いしているだけじゃないかとか思っても、なんだかしっくり来なかった。

「ダーシャ? 考え事?」

「ん? ああ」

「ふうん」

何を考えているのか知りたかったけど、そこは彼の心の部分に触れる気がして怖かった。だからそっと横顔を見ながら考えてみた。もしあたしがいなくなったサリアだったとして、この世界でいた頃の事を忘れていたとしたら、彼はどんな顔をするのだろう、どんな気持ちになるのだろう。ダーシャは完璧って感じの男性で隙がないように思う。だから余計に考えている自分がいる。

──ズキン

どうしてだろうか、ダーシャの立場をあたしに置き換えて考えてみると心が痛くなる。あの時の涙と同じでポロポロ零れ落ちそうになりそう。正直、泣き顔なんて誰にも見られたくない。自分がどうしてここまで感情的になるのかも分からない。

気づかれないように、髪で顔を隠した。

「サリア、どうした?」

「……」

話すと泣いている事がバレてしまう。それが恥ずかしくて苦しくて、どうしても無言になる。顔も見られたくない、どうしてだか、ダーシャにはこんな表情見られたくないの。

髪で隠していたはずの瞳はダーシャの手によって露わになる。彼は優しくあたしの瞼にキスをし、涙を拭う。こんな事、平気で出来てしまうのはあたしにだけ? それとも他の女性にもしているのだろうか。そう思うと切なくなる。

(どうしてこんな気持ちになるの? あたし何かを知ってるの?)

ぐしゃぐしゃになっていく自分、ずっと抱え込んでいた気持ちを放出するように泣きじゃくる。まるで子供のようだ。だけどどうしてだか、ダーシャの手が温かくて、素直なあたしに変えていく。まるで魔法にかかったようで不思議に落ち着く。

「ゆっくりでいい」

そう耳元で呟くダーシャの吐息がくすぐったい。ん、と瞼を閉じてしまう。今のあたしはきっと顔も目も真っ赤なのだろう。馬車の隙間から風が舞い込んでくる。あたしとダーシャを包み込むように、ゆったりと。

(落ち着く、この匂い、知ってる?)

風の匂いが心地よく、何かを思い出しそうになる。でもすぐに掻き消え、心の奥底へと隠れていく。あたしに何があったの? そう思えば思う程、混乱してしまう。

──ゆっくり、ゆっくりでいいよ

昔同じ事を誰かに言われた気がする、気のせいかもしれないけれど。

◇◇◇◇◇◇◇◇第六話◇◇◇◇◇◇◇◇

 貴方の傍にいたかった。

 貴方との日々を忘れたくなかった。

 綺麗な心のあたしだけを見つめて──

 汚いあたしは見ないで──

 あたしの願いはいつでもちっぽけなもので、心に手を当てるとより自分の存在が小さいんだなって思ったりもする。この世界で生きていたあたしは、貴方にとってどんな存在だったのだろう。今のあたしには分からない。だけど言葉にする勇気はなくて、ひっそりと貴方の横顔を見つめた。ダーシャは気づいているのか、気づいていない振りをしているのか分からない。この空間はあたしとダーシャだけの居場所。

 そう考えてしまうのは欲張りなのかな?

 馬車はとある街に到着した。あたしはダーシャがこちらを向くタイミングを見計らって、顔を隠す。横顔を見ていたなんて気づかれていたら恥ずかしいし、どうしてだか見惚れていた事を認めたくない自分がいた。

 「サリア、街に着いたよ、降りようか」

 そう声をかけられ、あたしはダーシャの顔を見た。ふんわりとした優しい表情でにっこりと微笑んでくる。その姿が昔「約束」した彼によく似ているように思えた。

 記憶の中の彼は真っ黒で色を失っている。最初からなかったように、塗りつぶされているの。顔なんて覚えてないのにヒエンが言っていた言葉を思い出すと、きっと同じ人なんだろうとぼんやりとした頭で考えていた。

 「ねぇダーシャ?」

 「どうしたんだい?」

 愛しい者を見るような瞳であたしを見ないで……あたしは貴方が思っているような人間じゃない。優しくされる資格なんてないのに、喉に詰まった言葉達は姿を現す事はなかった。あたしはいつでも一人。孤独なんて慣れっこで、そんなふうに優しくされても、平気なはずだった。

 先にダーシャが降りる。あたしは一端考える事を止めて、彼の背中についていこうとする。すると彼は降りた瞬間に、くるりと振り向き、手を差し伸べてきた。

 「僕の手を掴んで、君をエスコートさせてほしい」

 あたしは馬車から降りるのを躊躇いながら、彼の右手にそっと手を置く。優しく支えるようにあたしが躓かないように、サポートしてくれた。男の人にこんなふうに扱われる事自体が初めてのあたしはドキドキしながら、ゆっくりと足元を確認しながら地面に足をつける。

 「この世界ではエスコートするのが当たり前なんだ。だから僕にもっと甘えてくれたらいい」

 「っ……」

 ボフッと顔が赤くなっていくのが分かる。まるで瞬間湯沸かし器のようだ。そんな優しく言われたら、断る事なんて出来ないよ。

 髪の間からひょっこりと顔を出すあたしの瞳はダーシャの姿だけを捉えて、離さなかった。

Continuez à lire ce livre gratuitement
Scanner le code pour télécharger l'application

Latest chapter

  • 月が紡ぐ心〜君と僕が再び出会う時   終焉

    ◇◇◇◇◇◇◇◇第二十九話◇◇◇◇◇◇◇◇ サリアを世界追放してから事実をダーシャに知られてしまったヒエンは自由を失った。あの世界で存在していたはずなのに、沈めば沈むほど綻びていく。どちらかしか選ばれない。そんな現実を受け入れられる訳がなかった。 「最低ね、私」 輝いていた二人の背中が遠くなっていく。ヒエンはダーシャを愛していたが、それ以上にサリアを愛していた。その事に気付く事になるなんて、どれほど自分は愚かなのだろうと口にしていく。 今までの感情を吐き出すように、沢山の言葉を重ねていった。誰にも届く訳がないのに、それでも彼女は語る事しか出来ない。 鏡の女神ーーその存在を知って以来、ヒエンの中で知らない自分が生まれていた。もう一人の彼女は本来のヒエンとは別人のように感情を荒ぶっていく。抑えれる所まで我慢していたヒエンは、痛みと呪詛に苦しみながら、綺麗な涙を流して呟いた。 「サ……リア」 同じ人を愛した。 二人が相思相愛だった事を理解しているはずなのに 止める事が出来なかったーー 空間の一部となって揺れていく彼女の行き着く先は誰にも分からない。 ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー 空から降ってくる声はあたしを呼んでいる。その声はずっとあたし見守ってくれていた存在、姉のヒエンの声だった。昔のように優しく語りかけてくるような声に涙が溢れていく。自分が知らない所で彼女は何を想い、何を隠したのだろう。 あたしはヒエの声の洗礼を受けるように両手を天井に掲げていく。すると祝福するように流れ星が天井を突き破り、あたしの体へと注がれていった。 物体化されていない星屑達は、まるで映像

  • 月が紡ぐ心〜君と僕が再び出会う時   断ち切る過去

    ◇◇◇◇◇◇◇◇第二十七話◇◇◇◇◇◇◇◇ 二人の様子を伺っていたファウストは声をかけるタイミングを逃していた。気楽に話しかけられる雰囲気ではない。頭を抱えながらも、ゆっくりと近づいていく。 時間が止まったまま動かない二人に声をかける。彼の言葉で現実に戻ってきた実感が湧いてきたあたしは急に立ち上がった。 「ごめんなさい」 急にファウストに向かって謝る。状況が掴めないファウストはただただ唖然としていた。そんな彼に手をかけ、耳元で囁きかけてくるダーシャ。気を抜いていた彼は「ひゃぁ」と可愛らしい声を漏らしながら、跳ねた。 「耳元で話しかけてくるなよ」 「悪い……」 「いいけど、それより顔色悪いぞ?」 「お前に頼みがある」 自分が動く事を前提で考えると、どうしてもファウストの力が必要になってくると判断した、ダーシャはあたしに聞かれないように小声で指示をしていく。ダーシャは何を言ったのだろうと眺めていると、真っ青にして震えそうになっているファウストの姿が目に映った。 「お前、それ」 「僕達は間違えたんだ、選択を」 「……伝達始動を使う」 「それがいいな」 伝達始動と言う言葉が聞こえてきた。それが何を意味するのかを把握出来ないあたしは、二人の会話に混ざろうと問いかけていく。 「伝達始動って何?」 「緊急の時に使う通信の事さ。詳しい事はダーシャから聞いた。ミレニア鉱石の正体も」 「……」 「辛かったな、サリア」 口調が変わっている事に気づかない程、焦っている。二人の会話を聞いていたダーシャは言いたい気持ちを

  • 月が紡ぐ心〜君と僕が再び出会う時   強制

    ◇◇◇◇◇◇◇◇第二十四話◇◇◇◇◇◇◇◇溶けていく記憶は大切な宝物だった。本来ならサリアがダーシャの隣にいたはずなのに、目の前にあるのは溶けていく世界。涙が溢れて止まらない。ポンとヒエンに突き落とされた時空の溝に飲み込まれていった。右のポケットにダーシャから渡された手鏡が光り続けている。本物の女神はここにいると示すようにーーーーーーーーーーーーーーーーーー全てを思い出したあたしは悲しくて、悲しくて泣いている。そんなあたしを見つけたダーシャが駆けてくる。地べたに座り、手で顔を覆っているサリアを見ている。その姿はまるであの時のようで、自分の手の中から溢れていくんじゃないかと不安が押し寄せてきた。悪夢から助けるようにあたしを抱きしめるダーシャ。その姿をファウストが見つめていた。「大丈夫だ、サリア。僕がいる」「うう……」「何があった?」「……出した」「ん?」「思い出したの、全て」引き裂かれてしまったあたし達の姿を、ヒエンのしてしまった罪を、そして全てを見ていた手鏡の存在を。「すまない、僕のせいだ」「……知っていたの? もしかして」「……」違和感を感じていたダーシャはヒエンが隠している魔導書を見つけてしまった。鏡の女神は鏡に反応する、その記述を読んで、本当に女神なのかを確認したのだ。ここでもし反応がなかったら、魔導書が何かしら要因を持っていると過程していた。「手鏡が必要なのか……そういえばあったはず」ゴソゴソと探しているがなかなか見つからない。元々はサリアに渡すものだった手鏡。それをヒエンに渡すなんて考えたくない。それでも確かめる為にはあの手鏡が必要だった。この世界で手鏡は女神の写しと言われている。女神以外の女性が手にする事は出来ない仕組みになっていた。ダーシャはこの日の為に、サリアが女神と信じて

  • 月が紡ぐ心〜君と僕が再び出会う時   真実

    ◇◇◇◇◇◇◇◇第二十一話◇◇◇◇◇◇◇◇真っ白なドレスを着ている彼女はどこからどう見てもあたしの母と同じ姿をしていた。ふんわりとした微笑みを向ける彼女は、空中に浮いたようにあたしの前に現れた。距離があったはずなのに、あっという間に距離が詰められた。「私は鏡の女王クラベリー。私の力を使い貴女はこの世界に戻ってきたのです」「鏡の女王……力を使ったって」「先程も言ったでしょう? 彼は貴女をどうしても戻したかった、この世界に」「……彼?」「ふふふ。ダーシャ以外いないでしょう?」クラベリーはダーシャの名前を告げると、何が楽しいのか笑っている。その光景を見て、恐怖を感じてしまうあたしはただただ立ち尽す事しか出来なかった。彼女は右手を開くと支えるような格好をする。その瞬間隠れていた星屑達が彼女の手のひらの上に降り注ぐと、一つの集合体に変化していった。物体として姿を現したその姿は、ファウスト商会で触れてしまったミレニア鉱石そのものだった。「人々はこれをミレニア鉱石と呼んでいます。これは鉱石なんかではありません。この物体の名前は『クラピア』この世界を支える力の源と言ってもよいでしょう。本来なら人の手に渡る事はありませんが、貴女を召喚させた事により浮き上がってしまったのです」「力の源……」「そう。クラピアは奥深くに眠る創造の力を持っています。土台でしっかりとこの世界を支えていた……クラピアが物体として人々の前に現れる現象を『崩壊証明』と呼んでいます。前にこの現象が起こったのは十年前でした。クラピカを元の場所へ戻し、世界の崩壊を回避させる為に、一つの追放を行ったのです」十年前と聞いてドキリとしてしまう。ヒエンが口にしていたこの世界で生きていたサリアがいなくなった時期と重なっていた。これは偶然なのだろうか。嫌な予感に包まれたあたしの心が震えている。その震えは全身に巡り、クラベリーの前に現れて行った。「一度追放された者はその世界の記憶を保有する事が出来ない、そう定められています。

  • 月が紡ぐ心〜君と僕が再び出会う時   崩れる均衡

    ◇◇◇◇◇◇◇◇第十八話◇◇◇◇◇◇◇◇吸い込まれていったあたしが辿り着いたのは銀河の中だった。ファウスト商会にいたはずなのに、ここは全くの違う世界に見える。真っ黒な夜空に埋め尽くされて完成された世界。上からは透明な光が流れ星のように落ちてくる。ぶつかりそうになったあたしは、自分の体を守る体制に入り、ギュッと目を瞑った。「来ましたね、我が意志を受け継ぐ者よ」「ん?」聞こえてくる声はおっとりとしていて、癒やされてしまう雰囲気を漂わせている。大量の隕石が降ってきたはずなのに、痛みも何もない。声の正体と現状を確かめるように瞼を開いた。銀河の中にいたはずなのに、いつの間にか真っ黒の部屋に移動していた。そしてその中心に存在を示すように飾られてある大きな鏡がこちらを向いている。「貴女の名前は伊藤サリアですね。ようこそサリア鏡の世界へ」声がこの世界を示す言葉を並べると、彼女の言葉に揺られるように、真っ黒な部屋は光を灯し、本来の姿を見せようとしていた。何が起こっているのか頭が追いつかない。ファウスト商会にダーシャと行く事になり、そこでファウストと交渉兼商談を開始した。ここまでははっきり覚えている。順を追って頭の中がパンクしないように記憶を辿っていく。「そうよ」触ってはいけないと忠告を受けたのに、何故だか呼ばれた気がして引き寄せられていた。気がついた時にはミレニア鉱石に素手で触れてしまったのだ。そこからの記憶は事切れたように、何も浮かんで来ない。あたしの言葉はこの世界を受け入れた言葉として認識されると、声の主は安心したように音を言葉に変換し、伝えていく。「手鏡に選ばれた女神ーーそれが貴女です、伊藤サリア」遠いようで近いような、安全なようで危険なような、なんとも言えない感覚に揺られながら、声の主を探し続けた。◇◇◇◇◇◇◇◇第十九話◇◇◇◇◇◇◇◇姿を消して

  • 月が紡ぐ心〜君と僕が再び出会う時   ミレニア鉱石

    ◇◇◇◇◇◇◇◇第十五話◇◇◇◇◇◇◇◇ファウスト商会に来たのはある商談を纏める為だった。ダーシャは四カ国を束ねている。別々の価値観の中で合致点を模索しながら各々の情報を一つの物事へと繋げていく。最近各国に出現したミレニア鉱石と呼ばれる鉱石の取り扱いについてだ。商品として一般に普及されていない新種の鉱石の為、取り扱いが限定されていた。四カ国の中で中心となる街を起点にミレニア鉱石の価値を上げていく計画を立てていた。何に加工して売り出すかを協議するため、どうしてもファウスト商会の力が必要だった。後三箇所の商会には交渉と商談を取りまとめる事が出来たが、この商会だけは受け入れる素振りがなかった。停滞していた流れを改善する為に、ファウスト商会の会長でもあり、友人でもあるファウストと話をするべきと考えていたようだ。蹴散らされると思っていたが、サリアを同行した事で、その素振りはなくなっていく。ファウスト商会に資金提供として後ろ盾で守っているのがインリンス家だった。商業国家ヘイベスとして成り立つ前にこの世界を支配していた家名でもあった。商業国家ヘイベスの元の名前はメイベスだ。ダーシャの曽祖父メイベス・ヘイベスの名前が使われている。祖父はインリンス家に目をつけ、2つの勢力を一つに纏める為にある少女と接触の機会を狙っていた。無理矢理、繋げようとしていた祖父の想いは違った意味で裏切られる事となる。何の縁があったのかダーシャとサリアは出会い、特別な想いを抱くようになったのだから。この世界に引き戻されたサリアとインリンス家のサリアは同一人物だ。その事を知っているのはダーシャのみ。ヒエンが見た瞬間サリアと呼んだのも、本人だから当然の結果だった。サリアの姿を見たファウストは時間が止まったように感じていた。何度か遠目で見た事はあったが、それは十年前の事になる。あの時と比べて成長した子供は綺麗な女性となり、再びファウストの前に姿を現したのだ。彼がサリアに見惚れていた事実をダーシャは知らない。長い付き合いの二人だからこそ気付かれると感じていたが、平静

Plus de chapitres
Découvrez et lisez de bons romans gratuitement
Accédez gratuitement à un grand nombre de bons romans sur GoodNovel. Téléchargez les livres que vous aimez et lisez où et quand vous voulez.
Lisez des livres gratuitement sur l'APP
Scanner le code pour lire sur l'application
DMCA.com Protection Status