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第6話

مؤلف: 六月の猫
翼の表情は、まったく変わらなかった。まつげ一本、ぴくりとも動かない。

「いい子だから、騒がないで」彼は梨花をちらっと見て、静かに言った。

「子どもの話は本気だ。お前の体がよくなったら、さっそく始めよう」

もうとっくに期待していなかったからだろうか。それとも、すっかり諦めてしまったからだろうか。梨花の心は、驚くほど静かだった。

彼女は口の端をゆがめて笑った。美羽のことを話そうかと思ったけど、もう意味がない。結局、出てきたのはあざけるような言葉だった。「もうすぐ離婚するのに、子どもなんて産むわけないでしょ?」

だけど翼は、きっぱりとした口調で言った。「離婚はしない。子どもも、お前は産むことになる」

彼が梨花の前髪を直そうと手を伸ばしてきた。でも梨花は、さっと顔をそむけて避けた。

それでも翼は怒る様子もなく、表情ひとつ変えなかった。

梨花はもう何も言わなかった。ただ彼に背を向けて、静かに目を閉じた。

彼女の怪我はひどかった。入院してからも、たびたび高熱が出て、毎日ぼーっと眠たい感じが続いていた。

翼は毎日、時間通りに病院へやって来た。それから、たくさんの宝石や服をプレゼントしてくれた。

退院の日、翼は梨花を子会社の新規プロジェクトの記念式典に連れて行った。

美羽は、式典のコンパニオンをしていた。ドレスを着て、はさみを乗せたお盆を持ち、翼の隣に立っている。

彼女はうっすらと笑みを浮かべて、翼の体にぴったりと寄りそっていた。

美羽は、なにかと理由をつけては彼に触れたり、話しかけたりしている。

翼は表向きは平然としている。でも、その瞳の奥には、彼女への深い愛情がにじみ出ていた。

ステージの下から二人を見ていた梨花の胸は、やっぱり少し苦しくなった。

彼女は席を立って、お手洗いへと向かった。

お手洗いから出ると、美羽が待ち構えていたかのように、行く手をふさいだ。

美羽は顔を赤らめている。どこか頼りなさげで、悔やんでいるようにも見えた。でも、彼女は意を決したように口を開いた。「梨花さん、私たち、お話ししませんか?」

梨花はただ黙って、美羽を見つめ返した。

美羽は深くお辞儀をすると、意を決したように顔を上げた。「ごめんなさい。私は翼さんのことが好きになっちゃったんです。いけないことだってわかっています。でも、この気持ち、どうにもできません。

翼さんも、私のことを好きで、すごく、すごく優しくしてくれます。だからもう、彼がいないなんて考えられません。

彼を、私に譲ってはもらえませんか?どんなことでもして、このご恩は必ず返します」美羽は不安そうな顔で、梨花を見上げた。「それか……なにか、私にしてほしいことがありますか?あなたが許してくれるなら、なんでもします」

目の前で純粋に、そして怖いもの知らずに話す美羽を見ていると、梨花はふと、15歳になる前の自分を思い出した。

あの頃の自分はまだ、「山崎家の嫁」という看板を背負っていなかった。継母にいじめられてつらい毎日だったけど、それでも心は自由で、情熱にあふれていた。

翼に教えられたからだ。「山崎家の妻たるもの、常に落ち着いて、感情を表に出してはいけない。自由に生きることなんて、もってのほかだ」って。

それなのに、彼は今、美羽のような情熱的な若い子を好きになった。

なんて皮肉なんだろう。

「梨花さん、だめですか?いえ、だめなのは当たり前ですよね。でも、安心してください。私はただ翼さんを好きなだけで、やましいことはなにもしていませんから。

せいぜいハグをしたり、手をつないだりするくらいで、キスだって、したことないんです」

梨花の顔が青ざめたのに気づいた美羽は、もう一度お辞儀をした。「ごめんなさい。お邪魔しました」

寂しそうに背を向けた美羽の瞳から、涙がぽろぽろとこぼれ落ちる。肩が小さく震えていた。

「私は翼ともうすぐ離婚するから。二人が付き合うのに、私の許可なんていらないわ」梨花は静かに言った。

その言葉に、美羽が勢いよく振り返る。その瞬間、彼女は足をもつらせて、そばにあった資材置き場に倒れ込んだ。

梨花は、とっさに美羽を支えようと手を伸ばした。だけど、その腕は強い力でぐいっと掴まれた。

次の瞬間、目の前に現れたのは、怒りに満ちた翼の顔だった。

「梨花、何をしている!」

翼は冷たく言い放つと、乱暴に梨花の手を振り払った。

不意をつかれた梨花は、そのまま倒れこんでしまった。散らばっていたガラスの破片が手のひらに突き刺さり、額を棚の角に強く打ちつける。

激しい痛みと、くらくらするめまい。生暖かい血が、どろりと頬を伝っていく。

血で赤く染まる視界の向こうで、翼が美羽を抱きかかえているのが見えた。

美羽は慌てて手を振って、涙ながらに訴えた。「翼さん、誤解です!私が勝手に転んだだけで……私のことはいいから、早く梨花さんを病院に連れて行ってあげてください!」

しかし翼は、美羽をぎゅっと抱きしめた。その目には心配と痛みがはっきりと浮かんでいる。「あいつの肩を持つな。君は、怪我はないか?」

「翼さん、離してください!早く彼女を病院へ!」美羽がもがいても、翼はまったく動じなかった。

彼は、梨花が美羽をいじめたのだと、決めつけているのだ。

翼のその態度は、鋭い刃のように梨花の心を突き刺した。昔、彼女を守ってくれたことや、信じてくれた言葉が、ひどく安っぽく感じられた。

心が、血を流しているようだった。梨花はなんとか壁に手をついて立ち上がると、まつげについた血をぬぐい、一歩、また一歩と外へ向かった。

翼の動きが、一瞬止まる。そして冷たい視線が彼女を射抜いた。「待て。お前は何か知ったのか?ばかな真似はよせ。この子はまだ学生なんだぞ」

梨花は足を止めない。その声には、あざけるような口調で言った。「なにを、かしら?」

翼が、わずかに眉をひそめる。

「安心して、翼。二人のこと、祝福してあげるから」梨花はゆっくりと歩き去っていく。彼女が手をついた壁には、赤い手形がくっきりと残っていた。

壁に残った手形を見て、翼はなぜか胸騒ぎがした。

腕の中の美羽は、しきりに梨花を助けに行くよう促している。しかし翼は、彼女を抱きかかえたまま、別の出口へと向かった。

梨花は唇をきつく噛みしめた。激しい痛みに耐えながら外に出ると、一人でタクシーを拾って病院に向かった。

傷の手当を終えて病院を出ようとした、その時。突然現れた大勢の人たちに、彼女は囲まれてしまった。
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