LOGIN【もし結婚してなかったら、私のこと、好きになってくれますか?】 村田美羽(むらた みう)と名乗る女の子から、真夜中に山崎梨花(やまざき りか)の夫へメッセージが届いた。彼の返事は、たった一言だけ。 【ああ】 そのやり取りのスクリーンショットが届いたとき、梨花は夫の山崎翼(やまざき つばさ)と一緒にパーティーに出ていた。 彼女の表情は一瞬こわばったけど、すぐにいつもの微笑みに戻った。 挨拶に来た人とにこやかに話してから、梨花はそのメッセージの送り主に返事をした。 【分かった】 夫の翼は、この東都で誰よりも気高く、自分自身に厳しい人として知られている。 彼は自分にとても厳しく、スケジュールは分刻み。食事も生活も、すべて計画通りに進める。何があっても、その予定が狂うことは絶対にない。 身持ちもとても堅い。クラブで遊ぶなんてありえないし、お金持ちの息子たちが好むような遊びにも一切興味がない。悪い趣味というものが、何一つない人だった。
View More渚の計画がばれると、翼はチャンスを逃さず反撃に出た。まず渚の息子を刑務所送りにし、残りの敵も一人ずつ潰していった。それからまもなく、彼らは元の立場に逆戻り。中には、かえって損をした者もいた。翼にとって唯一の後悔は、離婚訴訟の末、結局は二人が離婚する判決が下されたことだ。今の彼と梨花は、もう法律上でも夫婦ではなくなった。役所で離婚届を提出したその夜、翼は泥酔した。彼は強いお酒を次々とあおったが、喉が焼けるような辛さでも、心の鋭い痛みを消すことはできなかった。朦朧とする意識の中、翼は15歳の梨花を見た。彼女は鈴木家の人たちにいじめられていたけど、顔を上げて絶対に屈しようとしなかった。ゴミ箱に捨てられても、泣きもせず、助けも求めなかった。翼は、その負けん気の強い瞳に惹かれたからこそ、梨花を山崎家に連れ帰り、自分の妻にしたんだ。8年間、彼は梨花を「慎ましくあるべき」という型にはめようとし続けた。でも、彼女の本当の情熱的な性格を忘れてしまっていた。梨花は一度、道端でケガをした子猫を助けたせいで病気になり入院したことがある。その罰として、家のルールを10回も書き写させられた。またある時は、人助けで口論になって警察沙汰になり、家のルールを20回書く罰を受けた。翼の誕生日に手作りのプレゼントをあげようとした時もそう。センスがないと馬鹿にされて、家のルールを5回も書かされた。……梨花の情熱は、そんな家のルールに一つ一つ押さえつけられて、だんだんと消えていったんだ。そんな中で美羽に初めて会った時、翼はその瞳の奥にある芯の強さが15歳の梨花にそっくりだと感じた。だから、ついプライベートな連絡先を教えてしまったんだ。彼が美羽に惹かれたのは、すべて梨花がいたからだった。長年のあいだ自分を律し、感情を抑えてきたせいで、翼は人を好きになる感覚をすっかり忘れていた。だから、自分の気持ちにすぐには気づけなかったんだ。本当は、あんなに昔から梨花を愛していたのに。でももう、その想いを伝えるチャンスは永遠にない。山崎グループの危機が去った後、翼はまるで燃え尽きてしまった。毎日をぼんやりと過ごし、何もやる気が起きなかった。かつての、自分に厳しくストイックだった御曹司の姿とは、あまりにもかけ離れていた。毎日、梨花に会いたく
梨花は、翼のしつこくて厚かましいアプローチに、すっかりうんざりしていた。彼女はさっぱりした性格なので、好きでもない人や物事に余計なエネルギーを費やすことはない。ある日の真夜中、梨花は誰にも告げず、ひっそりとA国を後にした。現地での仕事はすべて健吾に任せ、自身はファッションショーを見るため他の国へ向かった。15歳で翼に引き取られて以来、梨花には自分の好きなことをする時間がほとんどなかった。今はもう結婚という足かせもない。だから、これまでの時間を取り戻したかった。彼女はある小さな町でマンションを借り、毎日お昼ごろまで寝ていた。仕事が入ればそれに集中し、疲れたら気の向くままにイベントを見て回る、そんな日々だ。あっという間に2週間ほどが過ぎ、梨花には新しい友人がたくさんできた。その中には同じ国の出身である女性インフルエンサーがいて、彼女とはかなり親しくなった。ある日、そのインフルエンサーが内緒話でもするように梨花を呼び止め、一枚の写真を見せた。「梨花、これあなたでしょ?名家のお嬢様だったなんてびっくり!それに、こんなすごい結婚式も挙げてたんだね。やっぱり玉の輿ってうまくいかない?離婚の時も大騒ぎになってたけど、もう完全に終わったの?」梨花は彼女の手にある写真を見つめ、しばらく考え込んだ。あの結婚生活には、期待もしたし、夢も見ていた。そして、全身全霊で翼を愛していた。でも、人の心は脆いものだ。ずっと無視され、ないがしろにされて、傷つかないわけがなかった。心から愛していた人に愛されていないと知ってしまったら、もう一緒にはいられない。でも幸いなことに……そう、ありがたいことに、どんな辛いこともいつかは過去になる。この結婚のおかげで自分は成長できたし、誰にも奪われない能力や財産を手に入れることもできた。これも一種の成功と言える。梨花はふっと笑うと、口の端を上げて言った。「まあ、悪くはなかったわ。お互い、欲しいものを手に入れただけだから」その言葉に、友達は一瞬きょとんとしたが、すぐに納得したように笑って、うんうんと頷いた。その夜、二人は多くのことを語り合った。話は、翼のことにまで及んだ。翼は、梨花がA国を去ったと知ってから、彼女を探そうとしたようだ。しかしその頃、山崎家は穏やかではなかった。渚
梨花は鼻で笑った。「愛してる?勘違いしてない?あなたが好きだったのは、あの女でしょ」「梨花、そんなこと言わないでくれ。本当なんだ」翼は彼女の首筋に深く顔をうずめ、まるで一つになりたいとでもいうようだった。「これまでは、自分の気持ちがわかってなかったんだ。美羽に感じた、あの短いときめきが愛だと思い込んでた。お前はずっと俺から離れないと思ってた。人生の一部になって、わざわざ愛したり、気持ちを伝えたりする必要もないって……でも、俺は間違ってた。とんでもない間違いだ。美羽のせいで危険な目に合わせるべきじゃなかった。彼女と向き合うたびに、お前をないがしろにすべきじゃなかったし、お前じゃなくて彼女を信じるなんて……なあ、俺が悪かった。お前がいないとダメなんだ。もう一度チャンスをくれ。やり直そう。離婚はしない」梨花は少し驚いた。翼がこんなに一気にしゃべるのを初めて聞いたし、彼が愛していると言ったのも初めてだった。もし以前なら、大喜びして受け入れただろう。でも今では、心は少しも揺れず、むしろ笑ってしまいそうだった。失ってから大切さに気づく、だっけ?そんなの、信じたことない。いまさら愛情をささやかれても、なんの価値もない。もう、翼の愛なんていらない。梨花は翼の頭を無理やり起こさせ、彼の目をまっすぐに見つめた。その瞳はひどく冷たい。「翼、私たち、もう元には戻れないの。離して。車から降りる」翼が放そうとしないので、梨花は彼の首筋に思いっきり噛みついた。まだ治りきっていなかった傷口から、またしても血がどくどくとあふれ出す。その傷は頸動脈に近かった。少しでもずれていたら、失血死していてもおかしくない。でも梨花は、ためらわずに噛みついた。かつて翼を刺した時と、まったく同じように。その瞬間、翼は彼女の決意のかたさを、改めて感じた。彼の心臓は、まるで手で強く握りつぶされたかのようだった。息もできないほど、痛かった。梨花はそのすきに反対側のドアを開けて車を降りた。そして翼に追いかけるひまも与えず、そばにあった黒いリンカーンに乗り込んだ。リンカーンに乗っていた友達の岡本健吾(おかもと けんご)は、梨花の崩れたメイクを見て、思わず口をとがらせた。「ずいぶん激しかったんだな。相手の生死なんてお構いなしか」「余計なこ
そのころ梨花はA国に戻っていて、ある学会の準備をしていた。彼女は業界で最も有名なAIの専門家として、講演を行うことになっていた。自分の設計思想や、その技術がもつ未来の可能性を、より多くの人に理解してもらうためだった。梨花は赤と黒のセットアップを着こなしていた。きれいに手入れされたピンク色の髪がさらりと流れていて、落ち着いた雰囲気の中に、情熱と若々しさが感じられる。彼女が姿を見せたとたん、会場は割れんばかりの拍手に包まれた。大きな歓声の中、梨花は自らの設計理念を語りはじめ、そして新しいコンセプトを打ち出した。一時間の講演が終わるころには、会場にいた人たちは皆、このAI技術について深く理解していた。多くの人が彼女に興味をもち、今夜の食事に誘って、なんとか親しくなろうとした。いつから会場にいたのか、そこに翼の姿があった。彼は知的で魅力的、そして自信にあふれた梨花を見つめていた。その胸は、今まで感じたことのない不思議な気持ちでいっぱいだった。梨花が、優秀な男性たちの間をまわって楽しそうに話しているのを見たとき、翼の目は嫉妬で真っ赤になった。胸に広がる痛みと、わけのわからない嫉妬の波が押し寄せて、彼は飲み込まれそうだった。狂おしいほど確かな一つの思いが、翼の頭の中ではじけた。そして、あっというまに彼の理性を奪っていった。翼はようやく気づいた。この、どうしていいかわからない不思議な感情が「愛」なのだと。彼はとっくの昔に、知らず知らずのうちに梨花を愛してしまっていた。彼女のいない生活なんて考えられない。彼女が他の男と親しくするのも耐えられないし、彼女の目に自分が映らないことなんて、絶対に受け入れられなかった。だから翼は、梨花が最後の理論を話し終えたとき、彼女をめがけて駆けだした。でも彼が近づくより先に、梨花は各国の若きエリートや実業家たちに取り囲まれてしまった。彼らはみな、彼女の自由で明るい、颯爽とした魅力に惹きつけられていた。人の輪の中心で、梨花は礼儀正しく一人ひとりに挨拶していた。誰の誘いを受けようか迷っていると、ある人影が彼女のほうへまっすぐ歩いてきた。翼は凍るような空気をまとっていた。そして鋭い眼光で、邪魔な人間をどかしていく。彼のスーツはいつもと雰囲気が違っていた。シャツのボタンをふたつほど無造
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