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第5話

Auteur: ネイファ
「出て行って」

紗月は立ち上がり、芳子を見る梨花の視線を遮るように立ちはだかった。

梨花は彼女を見上げ、その瞳をゆっくりと潤ませた。

「悪気なんてないですよ。私はただ、湊斗さんの代わりに孝行したいだけです。それに、お祖母様も私のこと気に入ってくれてますし。

紗月さん、知らないでしょう?以前、お祖母様がこっそり私に言ったんです。『あなたの方が湊斗にお似合いだ』って」

病床の芳子の呼吸が、不意に荒くなった。

紗月はすぐに身を乗り出した。

「お祖母様!」

芳子はカッと目を見開き、梨花の方を死に物狂いで凝視した。酸素マスクの下で、唇が激しく震えている。

紗月は芳子の背をさすって優しくなだめると、振り返って梨花に言い放った。

「よくもそんな嘘を!私もお祖母様も、あなたなんて歓迎していないわ。あなたが来ない方が、お祖母様は長生きできるのよ!」

梨花の目から、大粒の涙がポロポロと零れ落ちた。彼女は唇を震わせた。

「紗月さん、ひどい……どうしてそんなことを言うんですか……」

「じゃあ、なんて言えばいいの?」

紗月は一歩踏み込み、彼女に詰め寄った。

「あなたは純粋だ、無実だと言えばいい?それとも『うっかり』私の夫と寝てしまっただけだ、とでも言うつもり?」

いつも穏やかな紗月が、初めて見せた凄まじい剣幕だった。梨花は怯んだように後ずさり、背中を壁に打ち付けた。

紗月はそれ以上近づかなかった。かつて心から憐れみ、救い出した少女が流す空涙を、ただ冷ややかに見下ろした。

「消えて」

梨花は涙を拭い、赤い目のまま病床へ歩み寄った。だがその口元には、密かに歪な笑みが浮かんでいた。

「紗月さん。私、お祖母様にどうしても知っておいてほしいことがあるんです」

紗月が反応する間もなく、梨花は突然、スマホの画面を芳子に向けた。

スマホから、耳障りな男たちの嘲笑と、布が裂ける音が響き渡った。

薄暗い光の中、服を乱された紗月自身が、男たちに囲まれている映像だ。

カメラがズームし、涙に濡れた顔と絶望的な瞳が映し出される。

「離して!」

動画の中の紗月の悲鳴は、鋭く、そして壊れていた。

芳子の呼吸が、一瞬止まった。

直後、モニターが不吉な警告音を鳴らし始めた。老人の胸が激しく波打ち、目は画面に釘付けになったまま、喉の奥から「ヒュー、ヒュー」という異音を漏らす。枯れ木のような手が、空を掻きむしった。

「消して!」紗月はスマホを奪い取ろうと飛びかかった。

梨花は身をひるがえしてかわし、画面をスワイプした。

「まだありますよ。ほら、これは昨日の夜、湊斗さんが私と一緒に……」

「気でも狂ったの!」紗月は彼女の頬を思い切り引っぱたいた。

スマホが床に落ち、画面が暗転した。

だが、もう手遅れだった。

芳子の体が痙攣し、口の端から白い泡が溢れ出した。モニターの心拍波形が狂ったように乱れ、やがて――一本の直線に変わった。

ピーーーーという電子音が、部屋に響き渡る。

「先生!先生!」紗月はよろめきながらナースコールに覆いかぶさった。

廊下から、慌ただしい足音が近づいてくる。

混乱のさなか、紗月が最後に目にしたのは、騒ぎの縁に立つ梨花の姿だった。

彼女は腰をかがめてスマホを拾い上げ、画面の埃を軽く払った。そして顔を上げ、自分に向かって、純粋で天真爛漫な笑みを向けた。

それはまるで、初めて出会ったあの日。

野イチゴを両手いっぱいに捧げ持ち、潤んだ瞳で見上げてきた、あの素朴な少女そのものだった。

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