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第3話

Author: 匿名
ドアの隙間から、ソファに座る二人――海男と祢々の姿が目に入った。

「海男さん、今回はこの案件を弊社にお引き立ていただき、誠にありがとうございます!ご期待に沿えるよう、全力で取り組みます!」

日影の父、入江宗一郎(いりえ そういちろう)の声には、どこかへつらいが混じっていた。

海男はそっけなくうなずいた。

「いいえ。祢々が、お世話になったと申しておりましたので。一つや二つの案件など、問題ではありません」

「はい、はい!お二人は本当にお似合いです!」宗一郎はすぐに同調し、声を張り上げた。

「日影の件はどうぞご心配なく!どのようなお決めになられようとも、彼女が一言でも異を唱えるようなことは、絶対にございません!私が保証いたします!」

二人の言葉は、冷たい礫のように日影の全身を打ちつけた。

彼女は、心臓が瞬間で凍りつき、次の瞬、粉々に砕け散る音が聞こえるような気がした。息を吸うことさえ、重苦しかった。

せめて……せめて父だけは、ほんの少しの親子の情けにかけて、味方になってくれるかもしれないと思っていた。

けれど、それは甘すぎた思い込みだった。

利益という名の天秤の前では、彼女の心の痛みなど、取るに足らないものに過ぎないのだ。

「副部長……?」

背後で、動かない日影を不審に思った秘書が、小声で呼びかけた。

その声に中の者が気づき、視線が集まる。

日影は深く息を吸い込み、ドアを押し開けた。

「来たか。ちょうどいい」

宗一郎は彼女を見るなり、淡々と切り出した。その口調は、明日の天気について話すかのように、平然としていた。

「話しておくことがある。お前の営業部副部長のポストを、祢々ちゃんに譲ってもらう」

日影の心は、底なしの闇へと沈んでいった。

確かに、退職と留学の意向を父に伝えるつもりではあった。

けれど、まさか自分が七年かけて血のにじむような努力で築き上げた地位が、父によってこんなにも軽々と、海男を取り入るために祢々に譲り渡されるとは――

あの時、卒業したばかりの日影は、海男に一歩でも近づくために、最も愛した油絵の道を断念し、不本意ながら入江グループに入社した。

一番下の社員から始め、徹夜で企画書と向き合い、案件のために奔走し、難しい顧客と渡り合った。

七年という歳月をかけて、ようやく自らの実力で営業部副部長の座を勝ち取り、社内の信頼を集めてきたのだ。

「……どうして、ですか」日影の声には、抑えきれない震えが宿っていた。

先に口を開いたのは、海男だった。

「祢々は名門大学の経営学博士だ。君のようなただの学士卒より、副部長の資格は十分にあると思うが?」

その言葉で、日影の顔色は一瞬で血の気を失った。

目の前の三人を眺めながら、ただただ、すべてが悲しいほど滑稽に思えた。

「もし……私が『嫌だ』と言ったら?」

彼女の声は大きくはなかった。けれど、これまでになかった強固な意志が込められていた。

「私は入江グループの会長だ。人事権は私にある」

宗一郎の口調は完全に冷たくなり、即座に自分の秘書に電話をかけた。

「総務部に連絡しろ。入江日影の営業部副部長職を解任し、後任は小林祢々とする。すぐに通達を出せ」

電話を切った瞬間、ようやく祢々が躊躇がちに口を開いた。声は柔らかく、申し訳なさそうに。

「入江社長……私、実務の管理経験がほとんどないんです。ですから……日影さんにそのまま続けていただいて、私がまずは現場から学ばせていただければ……」

「そんな必要はない」

海男が優しく祢々の言葉を遮り、手を伸ばして彼女の髪をそっと撫でた。甘やかすよう言った。

「君の能力を、俺は信じている。それに……俺がついている。何でも手伝ってあげる」

「その通りです!海男さんが支えてくださるなら、何も心配はありません!」

宗一郎はにこやかに付け加えた。

祢々の視線がゆっくりと日影に向けられた。もはや口元に浮かぶ微かな笑みを隠そうともせず、彼女は言った。

「では……これからはお世話になります。日影さん、引き継ぎの件、よろしくお願いしますね」

三人の和やかで一体となった光景は、日影の瞳の奥深くまで突き刺さった。

息が詰まりそうになった。彼女は振り向き、一瞬も早くと、会長室を飛び出した。あの場所には、もう一秒もいられない。

その後、祢々は宗一郎の秘書に付き添われ、入社手続きへと向かっていった。

日影は自分のオフィスに戻り、無心で業務引継ぎ資料の整理を始めた。

意外にも、その時海男が、後を追うように入ってきたのだ。

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