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第6話

Author: かすかな光
美礼は弁解しようとした。自分は濡れ衣だと伝えようとした。

だが口を開いた瞬間、広がったのは生臭い血の味だけだった。

祐の視線が、部屋の隅に置かれた白いグランドピアノへと移る。

それは彼女がこの屋敷に越してきたときに持ち込んだ、最も大切にしているものだった。

その瞬間、彼は最も効果的な仕返しを思いついたかのように笑った。「そういえば、お前……ピアノが好きだったな?」

言葉が落ちた瞬間、彼は床に散らばっていた花瓶の破片を拾い上げ、美礼の手首を乱暴に掴んだ。

そして、鋭い破片で、彼女の手首を一気に切り裂いた。

「――ああああっ!」

美礼の絶叫が部屋に響き渡る。

激痛が手首から弾けるように広がり、血が噴き出して、瞬く間に腕全体を赤く染めた。

「あ……な……た……」

全身が痙攣し、言葉にならない声が漏れる。

彼女はただ、絶望的な目で彼を見つめることしかできなかった。

祐は手を離し、苦しみにうずくまる彼女を見下ろす。

その目には一片の情もなく、あるのは冷たい満足感だけだった。「覚えておけ。お前が雫に手を出したなら、俺はお前の一番大事なものを壊すんだ」

彼は振り向き、震えが止まらない雫を引き寄せて抱きしめた。

そして、柔らかな声で言う。「行こう。こんな場所、反吐が出る」

二人の足音が遠ざかり、やがて完全に消えた。

……

美礼は血の中に倒れたまま、声すら上げられない。

意識がゆっくりと遠のいていく。朦朧とした中で、彼女は遠い昔を思い出した。

まだ学生だった頃。

手作りのチョコレートを祐に渡そうと体育館の裏へ行ったとき、彼と仲間たちの会話を聞いてしまった。

「なあ祐、こんなにモテるのに、どんな子がタイプなんだ?」

若い頃の祐は壁にもたれ、棒付きキャンディーをくわえながら、だらしなく笑っていた。

だがその視線には、どこか気の抜けたような自信が漂っている。「ピアノ弾ける子かな」

……

その日から、美礼は狂ったようにピアノを練習した。指が腫れるまで、指先にタコができるまで。

いつか、祐に一番綺麗な曲を聴かせるために。

だが今は――

彼女は血にまみれた自分の手首を見下ろし、ふと笑いたくなった。

何年もかけて積み上げたものを、最後は彼自身の手で壊されたのだ。

視界が暗く沈む。

そして彼女は、完全に意識を失った。

……

次に目を覚ましたとき、彼女は自室のベッドに横たわっていた。

血の痕はすべて片付けられ、専属医が道具を整理している。

彼女が目を開けたのを見て、医師はため息をついた。

声には隠しきれない憐れみが滲んでいた。「月城さん……手ですが、腱と神経を損傷しています。今後、精密な動作は難しいでしょう。ピアノのような楽器については……元の精度を取り戻すのは難しいでしょう」

美礼は包帯でぐるぐるに巻かれた手首を見つめ、長い間沈黙した。

「……分かりました」

彼女は小声で答え、静かに目を閉じる。

……

それからの屋敷は、異様なほど静かだった。

祐は雫を連れて旅行に出た。彼女を慰めるためだという。

雫のSNSには毎日のように更新があり、海辺や山、ホテル――二人の親密な写真が並んでいた。

【あなたと一緒の毎日が、とても幸せ】といった言葉が添えられていた。

以前なら、それを見るたびに、美礼は胸が痛み、涙がこぼれ、どうして祐が好きなのは自分じゃないのか、どうして自分が雫に負けてしまったのかと苦しんでいただろう。

だが今は、ただ静かにスクロールして、それで終わりだ。心に波は立たない。

もう、彼の婚約者は自分ではない。彼が誰を好きでも、自分には関係ない。

美礼は毎日、荷物をまとめ続けた。服、本、細々とした私物。

彼女はここで七年も暮らしてきたはずなのに、この家にあった彼女のものは、たった三つの箱に収まるほどしかなかった。

……

ある日、美礼が書棚を整理していると、月城家本家の執事が訪ねてきた。

「美礼様」

その声は丁寧ではあるが、どこかよそよそしい。かつての敬意はもうない。

「旦那様と奥様からの伝言です。由奈様は数日以内にお戻りになります。

美礼様の航空券はすでに手配済みです。こちらでの用事を速やかに片付け、期限通りにご退去ください」

美礼はチケットを受け取り、日付を確認し、頷いた。「分かりました」

執事は一礼し、それ以上何も言わずに去っていった。

――しばらくして、外から聞き慣れたエンジン音が響く。

窓越しに見ると、祐の黒いスポーツカーだった。

冷たい外気をまとったまま、彼が入ってくる。

眉をひそめ、去っていく執事の背中を目で追いながら、不機嫌そうに言う。「月城家の執事がなんで急に来た?」

美礼はさりげなく航空券を本棚の引き出しに押し込み、振り向くと、何事もないように話題を逸らした。「それより……どうして急に帰ってきたの?夏目雫と旅行中じゃなかったの?少なくとも一ヶ月は戻らないと思ってたけど」

祐は冷笑し、ネクタイを緩め、上着をソファに投げる。

そのまま深く腰を沈めた。「俺が帰りたくて帰ったとでも?」

彼は彼女を見上げる。その目には嘲りが混じっていた。

「なかなかやるじゃないか。告げ口なんて覚えたのか?お前の親がうちに来て、結婚の話を進めてきたんだ。今月末には式を挙げるってな。

美礼、よく聞け。たとえ結婚したとしても、俺がお前を好きになることはない。俺の心には、この先一生、雫しかいないんだ」

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