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第2話

Author: 藤川 紅葉
翌日、瑶が自宅に戻ると真哉はまだ家にいたが、煌花の姿はすでになかった。

玄関を入るなり、真哉が嬉しそうに駆け寄ってきて、両腕を広げて抱きしめようとしてきた。

ふわりと漂う香水の香り。

大きく開いたシャツの襟元から、肌に散らばる無数の赤い痕をのぞかせていた。

――昨夜、どれほど激しかったのかがわかる。

抱き寄せられそうになった時、胸の奥に鋭い痛みが走り、瑶は思わず彼を押し返した。

「ちょっと疲れてるの。先に休むわ」

真哉は異変に気づく様子もなく、心配そうに歩調を合わせてついてくる。

「ゆっくり休んで。だから仕事もそんなに無理するなって......」

瑶はその言葉を聞き流し部屋に入った。

そこで真っ先に気づいたのは、化粧台の上からいくつも小物が消えていることだった。

瓶や陶器のような壊れやすいものばかりだ。

彼女の視線に気づいたのか、真哉が口を開く。

「昨日、物を運んでるときにぶつけちゃってね。かなり壊しちゃったんだ。でも大丈夫、もう新しいのを注文してあるから、数日で届くよ」

――物を運んだ?

その「物」って、煌花のことじゃないの?

昨日、あの化粧台の上で何をしていたかを思い出し、瑶は吐き気がした。

「この化粧台、もういらないわ。処分して」

「どうして?プレゼントしたとき、あんなに気に入ってくれたじゃないか」

真哉は不思議そうだった。

確かに、あの時は嬉しかった。

物が欲しかったからではない――彼が贈ってくれたからだ。

けれど、目を覆っていた靄が消えた今となっては、かつての喜びなど滑稽なだけだった。

瑶は冷ややかな笑みを浮かべ、静かに言った。

「もう、好きじゃなくなったの」

その言葉にも真哉は怒らず、すぐに使用人を呼び化粧台を運び出させた。

「じゃあ、新しいのをまた贈るよ」

――彼はいつだってそうだった。

瑶の言うことには何でも従い、どんな無茶でも叶えようとした。

以前はそれを愛の証だと思っていた。

だが今は、それがすべて煌花のためだったとわかる。

主寝室のベッドにも、きっと二人は手をつけたに違いない。

瑶はたまらずゲストルームに向かい、ほとんど眠れなかった疲れから、ベッドに横たわるや否や眠りに落ちた。

昼になって、真哉が起こしに来た。

目を開けた瑶の目に飛び込んできたのは、一束の真紅のバラだった。

「瑶、起きて。今日はバレンタインのやり直しだ」

花束を一方的に胸に押しつけた。彼女が拒む間もなく抱き起こし、服を着せる。

昼食には、真哉が彼女を小料理屋へ連れて行った。

食事中、彼は終始もっと食べろと皿に料理を取り分け続ける。

これまでのデートと何も変わらない。

だが、見えないところではすべてがひっくり返っていた。

食事もほぼ終わりの頃、真哉がふいに箸を止めスマホを見ると「ちょっとトイレに」と席を立っていった。

少し急ぐ様子のその背中に瑶は胸騒ぎを覚え、静かに後を追った。

角を曲がった先で、真哉が助手らしき男の前に立っていた。

両手をポケットに突っ込み、苛立ちを隠さずに言う。

「親父とお袋に伝えろ。もし俺と煌花のことを認めないなら、二度と帰らないってな」

助手は困惑の色を浮かべた。

「ですが真哉様、今は篠宮さんとご結婚されているのでは?婿養子に入られることも桐生家は反対していませんし、次女様は何といっても――」

「彼女とは血は繋がってない。それに、婿なんてもうごめんだ。恥ずかしいだけだ!」

曲がり角の影で、瑶の身体が凍りつく。

――そういうことだったのね。

彼が家と縁を切ったのは、自分のためではなかった。

最初から、彼が私のためにしたことなんて一つもなかった。

心臓を鷲掴みされたような感覚とともに、涙が込み上げる。

それでも、意地でも涙をこぼすまいと気持ちを抑えた。

助手が立ち去った。真哉が戻ってくる前に、瑶は足早に個室席へ引き返した。

表情は大丈夫だが、胸の痛みは消えない。

感情の波が胸を締め付け、胃が激しく痛んだ。その痛みは全身へと広がっていく。

真哉は入ってくるなり異変に気づき、慌てて膝をついた。

「瑶、どうした?また胃が痛むのか?家に送るよ」

そう言うや、彼女を横抱きにし、足早に車へ乗り込む。

真哉の腕の中で、瑶はその表情が演技とは思えないほど必死に見え、心は混乱する。

――本当のあなたはどっち?

車内で瑶は窓の外を見つめ、痛む胃を押さえていた。

耳元では、絶え間なくスマホの着信音が鳴り響く。

煩わしくなって真哉に目を向けると、彼は赤信号の間に画面を開いた。

その瞬間、彼の顔が分かりやすく動揺していた。

瑶の視線にも入ったメッセージには、こう表示されていた。

【兄さん、食欲がなくて......ご飯が食べられないの】

――煌花からだ。

瑶は目を伏せ、作り笑いをうかべた。

「......行ってあげれば?」

しかし真哉は首を振った。

「駄目だ。君の胃は痛み出すと危険だ。今、置いて行けるはずがないだろ」

そのとき、画面が再び点灯する。

【兄さん、胃がちょっと痛いの。そばにいてくれない?】

――また、煌花からだった。

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