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第3話

Author: 水瀬
自分から別れを告げた。彼らが「真実の愛」を全うするための場所を空けて、私は潔く身を引いた。

この五年間は、悪い夢でも見ていただけ。ただ、それだけのことだ。

新しくした番号を恩美に伝えると、彼女は電話越しに憤慨しながら私を慰めようとした。「寝取られるなんて、その男に甲斐性がないだけよ。でも、番号まで変えちゃうなんて……そこまでしなくてもよかったじゃない!」

私は力なく笑い、電車の窓に頭を預けた。流れていく景色を眺めながら、私は静かに問いかけた。「ねえ、恩美、知ってる?」

「え?何を?」

「私、本当に時安のことが好きだった。でも、彼が愛しているのは乃愛なんだって、ずっと前から気づいてたの。

本人は死んでも認めようとしなかったけれど、若い頃からずっと想い続けてきた相手を、単なる好奇心や一時の迷いだけであんなに特別扱いするはずがないもの。

五年間、必死に関係を繋ぎ止めようとしていたのは私だけ。彼は私のことなんて見ていなかった。ただの、情欲を処理するための『捌け口』が必要だっただけなのよ」

淡々とこれまでの日々を振り返る。かつては、彼も確かに私を愛してくれていた時期があったのかもしれない。

ふとした瞬間に意識が朦朧とし、心の奥底に押し込めていた無力感が、今にも決壊して溢れ出しそうになった。私はスマホを強く握りしめ、揺らぎそうな心を無理やり奮い立たせた。

「だから恩美、別れを告げたの。彼を解放して、私自身も自由にするために。私はもう二十八歳。公表するだの、結婚するだのといった不毛な押し問答に浪費するエネルギーは、もう一滴も残っていないわ。

日陰の女として生き続けるなんて、もう真っ平。私に必要なのは安らぎで、彼が必要としていたのは単なる性欲だった。それだけのことよ」

恩美は、傍目には華やかで順風満帆に見えた私たちの関係が、実際はこれほどまでに修復不能なほど崩壊していたことに衝撃を受けたようだった。彼女は動揺を隠せないまま途切れ途切れに問いかけた。

「……それで、これからどうするの?」

「海を見に行こうと思っているの。子供の頃からずっと行きたかった。ようやく、そのチャンスが巡ってきた。

うまくいけば、そこで新しい誰かと、新しい生活を始めたいな」私は喪失感を抱えながらも、重い溜息とともに、これまでのすべてを吐き出した。

恩美は私の決断を支持し、良い旅になるようにと言ってくれた。

海の見える街に到着したのは、翌日の午前中だった。旅の体験を最高のものにするために、私はマンツーマンのプライベートガイドを雇っていた。

そのガイドの名は、浅見颯太(あさみ そうた)。物腰が柔らかく、品のある男だった。整ったその顔立ちは、時安のような人を狂わせる毒のある色気とは正反対で、一目で安心感を抱かせるような、清潔感に溢れた心地よいものだった。

「はじめまして、浅見颯太です。本日、専属ガイドを務めさせていただきます」彼はスマートに私の荷物を受け取ると、慣れた様子でそう自己紹介をした。

「白石一花……」ただ名前を名乗るだけではあまりに素っ気ない気がして、私はつい、場違いな質問を口走ってしまった。「……身長、どのくらいあるの?」

その瞬間、あたりに何とも言えない気まずい沈黙が流れた。自分でも何を考えているのか分からない。初対面の相手にいきなり聞くようなことじゃない。

バカなの、私?

「あ、ごめんなさい。ただの好奇心で、他意はないの。もし言いにくければ……」私は誤解を解こうと、必死で言葉を重ねた。

「187センチです」彼は口元に微かな笑みを浮かべて正直に答えた。

理想の高さ。正直、ときめいてしまった。

「それで、明日はどこから回るの?」私がそう尋ねると、彼は助手席のドアを開け、「どうぞ」と言うように軽く手を差し向けた。私は礼儀として小さく頷き、屈んで車内に滑り込んだ。

彼はすぐには答えず、ドアを閉めると、車の前を回って運転席に乗り込んだ。シートベルトを締めながら、彼はようやく私の方を向いた。「どこか行きたい場所のリクエストはありますか?あ、白石様、シートベルトをお願いします」

「ふふっ……あははは!」白石様というあまりに慇懃な呼び方が妙にツボに入ってしまい、私は堪えきれずに吹き出した。

私が笑い転げると、彼は困惑したようにハンドルを握る手を止め、耳のあたりまで真っ赤に染めた。「そんなにおかしいでしょうか」

「『白石様』なんて呼ばないで。なんだか凄く堅苦しいわ。一花でいいし、なんなら一花さんでもいい。見たところ、私の方が年上みたいだしね」

シートベルトをカチリと締めながら、私は真顔で彼に言った。

「……二十三歳です。今年の春に大学を卒業したばかりで」年齢を口にするだけで、彼はまた顔を赤らめる。本当に、なんて純真な男なのだろう。
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