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第2話

Auteur: ねんねん
それでも渉は、きっと私の運が悪かったか、体が弱かっただけだと思うのだろう。

渉は黙り込み、茉莉もうつむいたままだった。

さっきまで騒がしかった空気が、嘘みたいに重くなる。

そのとき、スマホが鳴った。

席を立ってトイレへ向かう途中、背後で誰かが小さく息をつくのが聞こえた。

扉を閉める。

その途端、向こう側から明るい声が上がった。

「ほらほら、続きやろう。茉莉も一枚引いて。まずチーム分けね」

茉莉が小さく鼻をすすった。

「渉はもう引いた?」

「とっくに引いたよ。ほら、茉莉も早く」

私は扉に背を預け、喉の奥にこみ上げるものを無理に飲み込んだ。

電話口で、人事部長が言った。

「本当に退職するの?来月から主任に昇格する予定だったでしょう?」

私は目を閉じた。

壁の向こうでは、渉と茉莉の組が勝ったらしい。歓声のあと、ぱん、と手を合わせる音が聞こえた。

「はい。もう決めました」

人事部長はしばらく黙ったあと、あきらめたように退職日までの手続きと引き継ぎについて話し始めた。

電話を切って席へ戻ると、さっきまでいた部屋は空になっていた。

店員が片づけをしていて、私に気づくと少し驚いた顔をした。

「あの、お客様。先ほどの皆さまのお連れ様ですか?藤宮様たちでしたら、海辺でバーベキューをするそうで、もうお会計を済ませて出られました」

握りしめていた拳から、ゆっくり力が抜けていく。

私は小さく息を吐いた。

また、忘れられた。

……

遅い時間だったせいで、タクシーはなかなかつかまらなかった。

ようやく乗れたころには、もうすっかり夜が更けていた。

家に着き、玄関のドアを開けたところで、渉から電話がかかってきた。

出るなり、責めるような声が飛んできた。

「なんで車に乗らなかったんだよ。

茉莉がお前のピーチティーをちょっと飲んだくらいで、そこまで拗ねることか?こっちはずっと探してたんだぞ」

私はうつむいたまま靴を脱ぎ、スリッパに履き替えた。

「みんなが出るとき、私はトイレで電話してた」

電話の向こうで、渉が数秒黙った。

それでも、口調はきついままだった。

「そんなに長く話すような用だったのかよ」

つまり、私が悪いらしい。

一拍置いて、渉は言った。

「今夜はまだ長くなりそうだから。悪いけど、帰りは自分でなんとかしてくれ」

私が何か言う前に、電話は切れた。

通話が切れた画面に、大学の卒業式の日に撮った、渉と私の写真が映っていた。

あの頃の渉は、いつだって私を優先してくれた。

食事は私の好きな店を選び、服も私に似合いそうなものを探してくれた。

私の誕生日だって、二か月も前から準備してくれた。

渉は大学でも成績がよく、記憶力のよさでも知られていた。

朝、私がたまごサンドをおいしいと言えば、翌日には同じものを私のアパートまで届けてくれた。

何気なくカフェラテが飲みたいと言ったときも、私自身がそんなことを忘れかけたころに、渉は汗を拭いながらペットボトルを差し出してくれた。

「常温のにしといた」

そう言って、キャップまで開けてから私の手に渡してくれた。

卒業式の日、レンタルした袴を私がきれいだと言うと、渉は後日、同じ柄の一式を買い取ってくれた。

いつか前撮りをするときにも使おう、と言って。

けれど先月、渉はそれを返し忘れたレンタル品だと思い込んだらしい。

場所を取るからと、何の断りもなく処分してしまった。

代わりに、その棚には小さなアクセサリーボックスが置かれていた。

どれも品がよくて、いかにも茉莉が好きそうなものばかりだった。

茉莉の誕生日はまだ半年も先なのに、今から少しずつ用意しているのだと、渉は言った。

しばらくの間、私は何も言えず、その箱を見つめていた。

渉は、記憶力が悪いわけじゃない。

むしろ、いいほうだ。

箱の中身を見れば分かる。

茉莉の好きな色も、好みのデザインも、彼はちゃんと覚えている。

渉の中で、茉莉はずっと残しておきたい人なのだろう。

私はきっと、今だけそこにいる人間でしかない。

必要がなくなれば、静かに片づけられる。

翌日の昼過ぎ、渉は茉莉と笑い合いながら帰ってきた。

「覚えてる?高二のとき、授業サボって二人でバーベキュー行ったじゃん。渉、裏口のフェンスにズボン引っかけて破いてさ。先生に聞かれたとき、猫にやられたって言い張ってたやつ」

渉は茉莉を、肘で軽くつついた。

「よく言うよ。お前がどうしても行きたいって騒がなきゃ、俺だってそんなことしなかっただろ」

茉莉は舌を出してごまかすように笑い、そのまま自分で吹き出した。

ふと私に気づくと、笑顔のまま言った。

「遥那さんも来ればよかったのに。海辺で食べるバーベキュー、ほんと最高だったよ」

私は適当にうなずいて、渉に目を向けた。

「渉、話がある」

「あとでいいだろ。茉莉がわざわざドリンクスタンドで作り方を教わって、二杯作ってきてくれたんだ。こっちがお前の分」

渉は有無を言わせない調子で、カップを私の手元に押しつけた。

そのとき初めて、渉がもう片方の手にもカップを持っていることに気づいた。

マンゴーラッシーだった。

ナタデココが多めに入っていて、中身はもう半分ほど減っている。

「遥那さん、これ、私が作ったピーチティーなの。桃の味、ちょっと濃いめにしてみたから、早く飲んでみて」

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